戸野差唯奈
俺の妹、戸野差唯奈は中学二年生。俺が高校二年生だから年は三つ離れている。
身長は低め。一五〇ちょっとしかない。それでもルナと比べると胸はそこそこある。さすがにティグリスほどあるわけではないが、日本人女性の平均くらいはあるだろう。
髪は俺と同じ黒色。だがルナやティグリスみたいに腰近くまで伸びているわけではない。ちょうど背中の真ん中くらい。
ポニーテールやツインテールのように髪を結っているわけでもないのだが……ちょっとウエーブがかかっている。オシャレパーマとでもいえばいいのだろうか。これは別にわざとそういう髪型にしているわけではなく、自然とこうなっている。
ちなみに唯奈は家事担当。というのは、俺の両親が共に家へ帰ってくることが滅多にないからだ。
父親が海外の日本語教師で、母親が旅行マニア。父親が帰ってこないのは当然だとしても、母親が帰ってこないのはおかしい。まったく連絡してこないため、今どこの国に滞在しているのかすらわからない。
三か月前に一度、手紙が送られてきたのだが……なんでもお金がないらしく、海外で適当にアルバイトをして生活しているとかなんとか。それだったら日本に帰ってこいよと言ってやりたいのだが、生憎母親は携帯電話を持っていない。それに頻繁に移動するため、こっちから手紙を送ろうにも送ることができない。
あぁ、ちゃんと生きているんだろうか、俺の母親は。
「で、おにいちゃん。そろそろ説明してほしいんだけど」
そして今、俺は唯奈に呼び出されてローカにいる。ルナとティグリスが話に加わるとややこしくなりそう……ていうか、ややこしくなるのは確実だから、居間でくつろいでもらっている。
うぅ、やっぱりローカは寒いな。スリッパ履いてくればよかった。
「おにいちゃん。せ・つ・め・い!」
「お、おう。んー、なんて言えばいいのかな。とりあえず一つはっきりしているのは、ルナもティグリスも今日からここで居候することになるってことだ」
「どうしてそうなったの? もっと詳しく説明して」
「えーっと……」
もっと詳しくって言われてもな。本当のことを言うとなれば、ルナやティグリスが天使であることも明かさないといけないし、俺が一度死んで天国へ行ったことや云々も言わないといけなくなるだろう。
ティグリスから天使云々は絶対に言うなと口止めされてるし……どういえばいいのやら。
「ねえ、黙ってないで何か言ってよ」
「ん……」
あ、そうだ。いい考えが思いついたぞ。
「いや実はさ、今日、街でお母さんに逢ったんだ」
俺が母親のこと口にすると、唯奈は目を丸くし、くい気味に訊いてきた。
「え、ママに逢ったの? 日本に帰ってきてたの?」
「うん、どうやら俺たちの知らない間に帰ってきてたみたいでさ。それで本当だったら一度、家に顔を出す予定にしてたみたいなんだけど」
「なに、なにかあったの?」
「いや、それがほら、あの二人のことだ」
「ルナさんとティグリスさんのこと?」
「うん、そうなんだ。お母さんがさ、あの二人を連れて来ていてさ。『今日から家で居候させることにしたからよろしくね』なんて言われて押し付けられたんだ」
一応説明し終えたものの……うわー、我ながらかなり無理のある話だな。
案の定、唯奈がジト目で俺を見つめてきた。
「それ本当?」
「う、嘘じゃないぞ。まぁ、なんだ。それでお母さんが家に帰る必要がなくなったとかなんとか言って、またどこかへ旅に出ちまったんだよ」
「そ、そうなんだ……まぁ、ママならあり得るか、そんなことも」
「あ、ははは……」
よかった、どうやら一応は納得してくれたみたいだ。俺の母親がそんな適当な人間で助かったぜ。
「それで、どうして居候させることになったとか、そういうことは言ってなかったの?」
「残念ながら……本当にさっきのことしか言われなかったんだよ」
「へー、そっか。じゃあ、ルナさんたちから何か詳しいことは?」
「なんか日本でやるべき任務が云々って。これに関しては国家に関わることだから言えないって言われたな」
天使とかそういうことは言うなって口止めされているし。
言うなってことは、天国が国家かどうかは置いておくとして、知られてしまうことに問題があるのは間違いないはず。
「じゃああの二人って、どこかの国のお偉いさんか何かっていうこと?」
「まぁ、そんなところだな」
いきなり話が大きくなってしまったけれど、別に問題ないだろう。どこかの国のお偉いさんかといえば……言えないこともないだろうし。
お父様っていう天国の王から任務を与えられるほどだからな。
「そうだったんだ。それじゃあ、やっぱり失礼がないように気を付けないといけないよね」
「いや、その必要はないと思うぞ。ほら、さっきティグリスが言ってただろ。『堅苦しいのは嫌だ』ってな。俺だって呼び捨てにしているし。むしろ自然体で接する方がいいんじゃないかな、うん」
「そっか。変に緊張とかして固くなる方がいけないのね……うん、わかった。そうする」
「よし、じゃあ戻ろうか」
と、俺が居間へと続くドアを開けようとしたところで。
「ちょっと待って、おにいちゃん」
「な、なんだ?」
「さっき玄関であの二人がおにいちゃんの彼女とか何とかって言ってたけど。話の流れからして、あれって……うそ、だよね?」
「え? あ、あぁ。もちろん嘘だよ。ちょっとでも早く仲良くなれるように冗談を言ったんじゃないかな」
声が上擦っているのは気のせいだと思いたい。
それに唯奈が俺をジト目で見つめているのも、きっと俺の勘違いだ。
「へー、でもそういう割にはおにいちゃん。なんだか焦ってたように見えたけど?」
「そ、そんなことないぞ。気のせいだ気のせい。よし、じゃあ戻ろう。ローカは寒いしな」
「ふーん、まぁいっか」
唯奈が俺から視線を外す。あ、あぶなかった。下手に動揺していたら、今まで話してきたことが全て台無しになるところだった。
妙に鋭いところがあるからな、唯奈は。気を付けないと、気を付けないと。
「あっ、そういえば唯奈。まだ夕飯食べてなかったんだよな?」
「そうだよ。おにいちゃんのことをずっと待ってたんだから、もうおなかぺこぺこだよ」
そう言いながら唯奈がお腹を抑える。
と、ちょうどその時、唯奈のお腹からきゅるるるぅぅぅ~と可愛らしい音が鳴った。
「ほんとごめんな。あの二人と出会ってからいろいろあってさ……って、今日の夕飯はなんだ? もちろん俺も夕飯は食べてないけど、あの二人も食べてないんだ。だから」
「大丈夫だよ、今日はカレーだから。いつも通り明日の朝も食べられるくらい作っておいたから二人増えたところで問題ないはずだよ」
「そっか。それは良かった」
安堵のため息をつく。もし俺と唯奈の二人分しかなくて、「二人は外食でもしてきてくれ」なんてことはさすがに言えないからな。いろいろあったせいか、すっかり夕飯のことを忘れていたよ。
それにしてもナイスだ、唯奈。こういう日に限って複数人いても問題ないカレーを作っているなんて完璧すぎるぜ。
「それじゃあ早速みんなで飯食うか」
「うん。今日はなんだか賑やかになりそうだね。いつもは二人だし」
「ははっ、そうだな。俺はもうあの二人とほとんど打ち解けたようなもんだから、唯奈も早く仲良くなれるといいな」
そう言って、俺は居間へと続くドアを開いた。