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契約者は侵害する!  作者: るなふぃあ
第一章 忘れ去られた日々
5/34

本物

 ルナが部屋を出て行った後。

「それで、説明してくれるんだよな?」

「ええ。そうね、どこから話した方がいいのかしら。一応確認しておくけど、本当にわたくしたちのことは全て忘れてしまっているのよね?」

 わたくしたち、ということはティグリスとルナのことだろう。

 ティグリス、ルナ……うーん、やっぱり思い出せない。

「ごめん。どう頑張っても思い出せない」

「別に謝る必要はないわ。これはもともと起こる確率があることだと知っていたもの」

「確率?」

「ええ、確率はものすごく低いのだけれど……とりあえず順を追ってあなたに必要なことだけは言っておくわ」

 ティグリスがそう言いながら俺の座っているベッドの近くに来て、そばに置いてあった椅子に座る。 そして、


「落ち着いて聞いてほしいのだけれど……あなたは一度死んだ人間なの」


 とんでもないことを言いやがった。

「……は?」

 い、いきなり何を言い出すんだ、ティグリスは。

 一度俺が死んだ? 

 何をバカなことを。俺は現に、こうして生きているではないか。

「まぁ、受け入れられないのが普通だと思うわ。でも、あなたは一度死んで天国へやってきたのよ」

「俺が、天国に?」

「そうよ。天国へ来る前にもいろいろあったけど……それは面倒だから省略させてもらうわ。暇なときにルナにでも訊きなさい」

「お、おう」

 まだ納得なんてできていないけど、話を進めるためにも一応そういうことにしておこう。

 俺は一度死んで天国へやってきた、と。

「さてと……次はそうね。あなたはルナの契約者なのよ」

「契約者?」

「ええ、契約者」

 さっきから何度も契約者という言葉を耳にしたが……詳しいことはさっぱりわからない。

 契約者っていうのは一体何をするのか、どんな役割があるのか。

 それを詳しく教えてほしい。

「なあ、結局契約者って何をするんだ?」

「何をするのかっていえば、それは本当にさまざまなことだけれど。ただ一つ言えるのは文字の通りよ。あなたはルナの契約者、パートナーということよ。契約者というのは……そうねぇ、人間で言うところの夫婦みたいなものかしら」

「夫婦!? 俺と、ルナが!?」

「例えの話よ、例えの。でも安心しなさい」

「安心?」

「ええ。天国は日本とは違うの。だから一夫多妻制もありなのよ。ハーレムも築くことが可能なの」

「ハーレム……だと!?」

 先ほど部屋を出て行ってしまったが、ルナも相当な美少女だった。

 それに目の前のティグリスも。

 ハーレムかぁ。それは男として夢があって――

「って、どうしてそういう話になるんだよ!」

「あら、でも『ちょっといいなあ』なんて思ったでしょう?」

「ぐっ、た、確かにそう思ってしまったけども」

「くすっ。わたくしたちのことを忘れてしまったけれど、そこは変わってないのね」

「わ、悪かったな、変わっていなくて」

「別に気にすることはないわ。あなたはそれでいいのよ。さて、話が脱線しすぎてもいけないから元に戻させてもらうわよ」

「おう」

 俺が姿勢を正すと、ティグリスが一呼吸おいてから再び説明し始めた。

「あなたが一度天国へやってきた人間であること。そしてルナの契約者であること。それ以外には……あ、まだ言ってなかったわね。わたくしたちのことを」

「そういえばそうだったな」

 実際、まだ俺はティグリスたちのことを詳しく知らない。

 天国にいるとかなんとか言っていたけど、それってティグリスたちも俺と同じ天国の住民ってことになるのだろうか。

「んー、そうねぇ。こればかりは信じてもらうしかないけれど、わたくしたちは天使よ。お父様という天国の王に創られた存在なの」

「天使?」

「ええ、そうよ。この羽が証拠、とでも言えばいいのかしら」

 そう言いながらティグリスが自分の羽を、バサリバサリ、と羽ばたかせた。

「お、おぉ。動いた!」

 てことは、まさか本物?

 いや、でも――

「何なら触ってみる?」

「え、いいのか?」

「ええ、構わないわ」

 そう言うと、ティグリスがこちらに背を向ける。

 俺は壊れ物を扱うかのようにしてゆっくりと手を動かし、優しく羽を触ってみた。

「ふわっふわだ」

 そこそこ厚みもあって、柔らかい。それに暖かさもある。

 触った時に、ぴく、ぴくっと動くから偽物ではないだろう。

「こっちの方はどんな感じなんだろう……」

「あっ、そっちは」

 するっと手を滑らして、羽の根元を触ってみる。

 ふむふむ、この付け根の部分はちょっと硬くなっているのか。骨か何かあるのだろうか。

 いやそれにしても、この部分触り心地が――

「あ、あんっ」

「ん?」

 今、ティグリスが何か言わなかったか? 

「ま、真志さんそこは……ひゃあっ」

 びくんっ。ティグリスが背中を反らす。

 あ、もしかしてここ――

「ご、ごめん。触っちゃいけないところだったのか」

「い、いえ。そんなことはないのだけれど、敏感なの」

「び、敏感って」

「ふふっ。そう。敏感なの。さて、これでわたくしが天使だということは分かってもらえたわよね?」

「あぁ。わかったよ」

 明らかに本物の反応だった。もしあれが演技だったら驚きものだ。

「ってことは、ルナも天使なんだよな?」

 一応確認をしておく。

 ルナの羽はティグリスのような紫色の羽ではないけれど、四本中二本が純白で残りが漆黒の羽だった。初めはコスプレかと思っていたけど、ティグリスの羽が本物だと分かった以上、ルナの羽も本物と見て間違いないだろう。

 俺の問いにティグリスはしっかりと頷いた。

「ええ、そうよ。本物かどうか詳しく調べたかったらルナの羽も触ってみるといいわ。ちなみにルナは……」

「ルナは?」

「黒い方が敏感だってあなたが言っていたわ」

「俺が!?」

「ええ。そうなのよ。あなたはルナの契約者。だからルナのことはほとんど知っていたのよ。今は忘れているけれど……あなたはルナの羽を触るほどの仲だったのよ?」

「羽を触る仲って?」

 一体どういう仲の良さなのだろうか。天使たちのものさしで言われてもさっぱりわからない。

 せめて人間で言うところの○○だって例えてくれたらわかりやすいんだけど。

「羽を触る仲……そうねえ、夫婦の営みレベル、とでも言ったらわかりやすいかしら」

「夫婦の営み!?」

 お、おいおいおいおい、それって……あんなことやこんなことをするってことだよな?

「冗談よ、冗談。くすっ。赤くなって。ほんと、あなたをからかうのは面白いわね」

「っ、冗談だったのかよ! 変な想像をしちまったじゃねえか!」

「まぁ、嘘とも言えないかもしれないけれど?」

「え?」

 ど、どこまでが本気なんだ? 俺はルナとどういう関係なんだ!?

 俺がルナの契約者であることはわかった。でもそれって夫婦みたいなものだってさっき言ってたよな。しかもなんか俺、黒い方が敏感だということを知っていたみたいだし――

 あぁもう、わけわかんねえ!

「と、とにかくだ。話を元に戻そう。ティグリスたちが天使だってことはわかった。それに、天使と関わりがあるってことは一度俺が天国へ行ったってことも何となくわかる。でもやっぱりルナの契約者であるっていう証拠は……」

「あるわよ。左胸を見てみなさい」

「左胸?」

「ええ」

 そう言われて俺は、先ほど着直したばかりの制服をまた脱ぎ、Yシャツも脱ぐ。

 そして黒のヒートテックを胸元まで捲り上げたところで、

「うお!? なんだこれは」

 三日月のような模様が左胸に描かれていることに気が付いた。

 でも、なぜかそれは少し薄れている。

「それが天使と契約した証である紋章よ。契約した天使によって紋章の形は異なるの。それがルナとの契約の証であることは、今証明することはできないけれど……後でルナの体にある紋章と比較してみるといいわ。まったく同じものがあるはずよ。それに」

「薄れているよな。これはどうしてなんだ?」

 明らかに紋章が薄い。

 またところどころが消えかかっている。

「それは契約が解除されかけている証拠なの。その紋章が消えた瞬間、あなたはルナの契約者ではなくなる。そして、もう二度とルナと契約することができなくなる」

「本当かよ」

 この紋章が消えてしまうと、俺はルナの契約者ではなくなるのか……。

 え、でも、なくなったらどうなるっていうんだ? 夫婦的なものって言われたけどさ、そもそも契約者が具体的にどのようなことをするのかは聞いていないぞ。

「やっぱり契約者ってやつを具体的に教えてくれないと詳しいことは理解できないんだが」

「んー、それはおいおいわかると思うわ。説明するよりも実際にこれから感じ取っていくと思うから、わざわざそうする必要はないと思うの。でも一つだけはっきりしていることがあるわ」

 そこでティグリスが、ピンっと人差し指を立てる。

「ルナとの契約が解除されてしまったら任務が失敗して大事になるわ。だからそれだけはなんとしても防がなくちゃいけないの」

「防ぐって……具体的にどうすればいいんだ」

「あなたがわたくしたちのことを、天国で過ごした日々を思い出すことができればいいのよ。期間は約一週間」

「約一週間か」

 ということは、今から計算すれば十二月二十六日の夕方までになるわけだが――

「それは二十六日も含むのか、含まないのか?」

「残念ながら含まれないわ。つまり二十六日になった瞬間、契約は解除される。だからそれまでに何としても思い出すしかないのよ」

「そうか」

 期間は二十六日になるまでか。たった一週間で思い出せるのだろうか。

 ――いや、弱気になっちゃダメだ。思い出す、思い出すんだ俺は。それまでに。

「とりあえずは真志さん。二十六日までに絶対わたくしたちのことを思い出してちょうだい。任務の話はそれからでも遅くないわ」

「任務って……そういや任務がどうのこうのって言ってたよな。それって何なんだ?」

「今は伏せておくわ。任務の話をして、それに気を取られてわたくしたちのことを期限までに思い出せなかったら、任務は確実に失敗するもの。だから今は思い出すことに専念してちょいだい」

「わかった」

 今はただ思い出すこと。それだけに専念しよう。

 でもどうやって思い出せばいいんだろうか。ただ『んー、んー』って唸っても思い出せないものだし。

 まぁ、いいか。そういうのは何とかなるだろう。

 今は期限までに思い出そうとする心構え、それが重要だ。

「あっ、そういやさ。今まですっかり訊くのを忘れていたけど、ここって地球だよな?」

「ええ、そうよ。それがどうかしたのかしら」

「俺ってさ、一度死んだんだよな?」

「ええ」

「じゃあ、なんで今生きてるんだ?」

 俺が当然の疑問を口にすると、ティグリスは如何にも面倒くさそうな顔をした。

「なんだかよくあるファンタジー小説の設定を話しているみたいで嫌だけれど……いいわ。簡単に説明してあげる」

 そして一呼吸置き、

「過去に戻った、とでもいえばいいのかしらね。お父様に任務を与えられたわたくしたちは、この時期に行く必要があったのよ。それで契約者、つまりはあなたよ真志さん。あなただけは、天国から地球へ行くには魂を入れるものが必要だったの。でも、本来魂というものは元あった入れ物にしか入れることができない。それで任務日よりも少し前のこの日に戻って、本来ここで死ぬはずだった現世の魂と天国にあったあなた自身の魂を融合させたのよ。ちなみにあなたがあの時死ななかったのはルナが生命維持の魔法を扱ったからよ」

「…………」

 さっぱりわからん。ファンタジーすぎて全然理解できなかった。すまんが俺は、中二病は得意じゃないんだ。

 俺がずっと黙っているとティグリスは頬に指を当てながら首を傾げた。

「理解できかしら?」

「い、いやー、そのー」

 そんな可愛い仕草をされても困るんだけど。わからなかった物は分からなかったというか、そもそも全然理解できなかったというか……この娘頭大丈夫なのかというか、いやでも天使ならあり得るのかというか――

「理解しなさい」

「は、はい」

 突然真顔になって命令口調で言われてしまったため俺は頷いてしまった。

 が、聞きたいことは訊いておくとしよう。いくら話がファンタジーすぎるとはいえ、気になった点を訊いていけば少しでも理解できるかもしれない。

「あのさ、『融合』って言ったよな? それって?」

「現世の魂と天国にいる魂の融合。そこで一パーセント未満の確率を引き当ててしまったのよ。だからほら、今あなたは天国での出来事を一切覚えていないでしょう?」

「……確かにそうだな」

 天国での出来事とやらを思い出そうとしてみるが、全く思い出せない。完全にその時の記憶が飛んでいる。

「一パーセントっていうことはさ、本来融合した際には天国側の記憶が強く残るはずだったのか?」

「ええ、そうよ」

「……なるほど。一応理解したことにしておくよ」

 過去に戻ったやら、魂の入れ物が云々はさっぱりだが、この記憶が吹っ飛ぶなんて非常事態が滅多に起こらないということだけは理解できたと思う。

 その言葉を聞いたティグリスがにっこりと微笑んだ。

「ん、それだったらいいわ。こういう説明は面倒なの。なかなか理解してくれないしね。さて、それじゃあ早速真志さんが記憶を取り戻すために何かをやっていきたいのだけれど。その前に」

「その前に?」

「あなたの家にお邪魔しましょうか」

「なっ、なんで俺の家!?」

「だって今いる場所は不便だもの。山奥よ、ここ。山奥」

「山奥!?」

 言われてみて窓から外を覗いてみると……確かにこの建物は山奥にあるようだ。

 どうやってこの建物を建てたのかは知らないが、周りの木々が薙ぎ倒されているところを見る限り、無理やり建てたのは間違いないだろう。道という道も見当たらない。

「お父様に無理言って一日だけ扱える場所を用意してもらったの。それがここなのよ。だからこの部屋、この家も明日には自然消滅するわ。何もなかったかのように。跡形もなく、ね」

「え、まじで?」

「ええ、本当よ」

 てことは、二人は住む場所がなくなるってことになるよな。

 つまりそれは――

「今日からあなたの家に居候することになるわ。もちろんルナと二人で。問題ないわね?」

「いや問題あるだろさすがにそれは。一応空いている部屋はあるけどさ、今俺は妹とのほぼ二人暮らし状態なんだ。どうやってティグリスたちのことを説明するんだよ」

「別に詳しく説明する必要なんてないじゃない。ただそこで知り合って気が合ったから連れてきた女二人。そういう設定でいいじゃない」

「よくねえよ! それ場合によっては犯罪レベルだぞ!?」

 知らない少女二人を連れてくる。下手したら近所の人に誘拐だと勘違いされるかもしれない。それにティグリスもルナも見た目は俺と同じ十代。絶対怪しまれるし、親がどうのこうのって件があるのは間違いないだろう。

 妹に、唯奈にどうやって説明しろっていうんだ。

「まぁ、何とかなるわよきっと。わたくしとルナに任せなさい」

「何か不安だなあ」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。あなたはわたくしたちのことを思い出すことに専念してくれればいいから」

「はぁ……わかったよ。その辺はティグリスたちに任せる。俺は思い出すことに専念するから」

「よろしい。それじゃあさっそく移動しましょうか。ルナを呼んでくるからここで待っていてちょうだい」

「おう」

 俺が返事をすると、ティグリスは部屋から出ていった。

 やっぱり何か良い言い訳でも考えておかないといけないような気がするなあ。


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