悪戯
「う、ん……」
目を覚ますとそこは真っ白な空間だった。
右を見ても白。左を見ても白。真上を見ても白。
おまけに自分が寝ていたベッドも白だ。
どこだろう、ここは。でもこの薬品の臭いは……病院、か?
「よっと」
とりあえず上体を起こし、前を確認。そして後ろも確認。うん、やっぱりここは病院か何かなのかも。俺の寝ているベッドを囲うようにして白いカーテンもしてあるし。
どうやら俺以外には誰もいないのか、ここは静けさに包まれていた。
点滴をしているわけでもなく、心電図を用いているわけでもない。ってことは、あの時後回しにされるほど俺の見た目は酷かったけど、実際は大したことがなかったのかもしれないな。
――でも、どこにも包帯とか捲いてないのはさすがに変だぞ。あれは夢だったのか?
「…………」
どう考えても包帯がないことや傷跡すら見当たらないのはおかしいよな。夢と考えるべきだろう……が、それにしては結構生々しかったし、ここが俺の知らない場所なのも事実なんだよな。
ふと周りを見渡す。が、白いカーテンで囲われているため特徴的な何かを見つけることはできなかった。やはり薬品の嫌な臭いや白いカーテン、白いベッドからここが病院の一室にしか思えないのも事実である。
「――まぁいいか。こうして無事なんだから」
結局俺は思考停止した。正直言って面倒くさい。ここがどこなのかとか後で誰かに聞けばいいだろう。俺以外に誰もいないってわけもあるまいし。
と、俺の思考が一度完結した時だった。
「あ、目を覚ましたみたいですね」
シャァァァっとカーテンがスムーズに開き、ピンク髪の少女が現れた。どうやら俺以外にも人がいたらしい。静かすぎて気付かなかった。
自然と少女の方に目が行き、お互いに視線が合う。
ナースキャップを被っているところから察するに、おそらく彼女は看護師なのだろう。ただ服装は病院へ行った時によく見かけるものではなく、俺の知らない学園の制服だった。おまけに背中からは変なものが生えている。――いや、つけているのか?
そう。なんと少女は背中に天使の羽のようなものを四本つけていたのだ。色は純白で本物にしか見えないほどの精巧さ。それに時々動いているように見えるのは……いやいや、気のせいだ気のせい。きっとこの羽は偽物だ。天使の羽なんてあるわけがない。
「あのー、どうでしょうか。気分の方は悪くないですか?」
「――え? あ、あぁ、大丈夫かな」
考え事をしていたせいか、ちょっとだけ声が変になってしまった。俺はそれを誤魔化すようにして続ける。
「えっと、君は?」
そもそも看護師なのかどうかという意味で。どう見てもこの少女は十代だ。初めはナースキャップを見ただけで看護師だと思ってしまったが、こんな娘が看護師なんておかしい。
俺の疑問を耳にした少女が、一瞬だけ不敵な笑みを浮かべたように見えた。
「あっ、申し遅れました。私はエルシュリカと申します。同名の双子の妹がいますので、私は皆さんから白エルちゃんと呼ばれています。こう見えてもちゃんとした看護師なんですよ?」
そう言いながらニコリと俺に笑顔を向け、免許証らしきものを俺に見せる少女、もとい白エルちゃん。どうやら看護師であるのは事実らしい。
でも、天使の羽なんていうコスプレをしている時点で怪しい人にしか見えない。ナース服じゃないって点でもおかしい……が、見たところ日本人じゃないからなあ。それに名前も明らかに日本人のものじゃない。
てことはそういうのにハマった外人さんなんだろうか。
「どうかしましたか?」
ジッと白エルちゃんのことを見つめていると、彼女は頬に人差し指を当てながら首を傾げた。
「い、いや、なんでもない」
咄嗟に俺は首を横に振る。っと、危ない危ない。あんまり人のことをじろじろ見るもんじゃないよな。
少々気まずくなって俺は視線を逸らす。すると彼女は遠慮がちな声を上げた。
「あの。何か訊きたい事があれば遠慮なくおっしゃってくださいね?」
「訊きたい事、か……」
ふと頭を悩ませる。が、何も出てこない。唐突にそう言われてもパッと思いつかないんだよな。
「何かありませんか?」
「うーん……あっ。じゃあ一ついいかな?」
「はい、どうぞ」
「ここは一体――」
どこなんだ?
そう訊こうとしたら、ぐぎゅぅぅぅ。タイミング悪く腹の音が鳴ってしまった。
そのなんとも恥ずかしい音を聞かれてしまったことに俺が苦笑いをすると、白エルちゃんがクスッと微笑んだ。
「もしかしてお腹でも空きましたか? バナナ、食べます?」
「へ、バナナ?」
「はい!」
嬉しそうに頷くと、白エルちゃんが近くの棚に置いてあったバナナを取り出す。
ここがどこなのか訊きそびれてしまったけれど……別にいいか。確かにお腹は空いているし、バナナを食べた後にでも――
「って、どうしてバナナなんだ」
「バナナは栄養があるんですよ。よし、これくらいにしてっと。次にチョコレートを付けて」
きれいにバナナの皮を手で剥いた後、たらたらたらっとその上にチョコレートをかけていく白エルちゃん。どうやら祭りなどで見かけるチョコバナナを作っているらしい。
久しぶりに食べるなあ、チョコバナナなんて。
そうして俺が白エルちゃんの手に持っているバナナを見ながら、祭りの時に妹と一緒に食べたチョコバナナを思い描いていると、
「よいしょ……よいしょ。あっ」
半分ほどチョコレートをかけたところで受け皿がないためか、白エルちゃんがうっかりチョコレートを床へ零しそうになった。
「おっと、危ない危ない」
しかしそれにすぐさま気付いた白エルちゃんが、零れそうになったチョコレートを指に絡ませ、なんとかセーフ。
受け皿くらいすればいいのに。なんて俺が思っていると。
いきなり自分の指を、俺に見せつけるかのように舐め始めたじゃないか。
ちゅぱ、ちゅぱ。
ぴちゅ。
まるで愛おしいものでも舐めるかのように、白エルちゃんがゆっくりと舌を這わせていく。しかも、時々「ぁ、んっ……んんっ」などと甘美な声を発しながら。
「え、えーっと……?」
俺はどういった反応を示せばよいのか分からず、無言のまま白エルちゃんを見続けることしかできなかった。というか、一体白エルちゃんは何がしたいんだ? ティッシュで拭く代わりに、ただ単に舐めているだけ?
――いや、それにしては妙に長いような気がするんだけど。それになんだか頬が少し赤いし、時々俺の方を上目使いで見てくるのは気のせい、だよな?
しばらく白エルちゃんが指を舐め続けた後。漸く満足したのか、彼女はべちゃべちゃになった指を口から引き抜いた。
その際に指と口の合間で唾液が糸を引き、ぽたりと床に滴り落ちる。
「んっ、やっぱりチョコレートは最高ですね」
「あ、あぁ」
俺は戸惑いながらも返事をしておいた。どうやらただチョコレートを食べていただけらしかった。確かに白エルちゃんの言う通り、チョコレートは美味しいと思う。でも、なんだかエロいなあ、この人。
特に指や口元をティッシュやハンカチで拭かずに放置しているところが。
「今えっちぃこと考えましたね?」
「――へ? い、いやそんなことはないぞ!」
「そうですか、私の勘違いでしたか……」
俺の焦った返答に白エルちゃんはちょっと残念そうな顔をした。いちいち訳がわからない。なんでそんな顔をするのだろうか。
そのことについて少々頭を悩ませるが、やっぱりわからない。理解できない。俺がエロい事を考えていなかったこと自体が残念だったなんて余計に意味がわからない。
それでも何とかしてその気持ちを察しようと、白エルちゃんを見つめていると、
「よいしょっと」
今度は何を思ったのか、バナナについているチョコレートだけを舐め始めたじゃないか。
ぺろ。
ぺろぺろっ。ちろり。
舌先をうまく扱い、黒い部分を徐々に剥ぎ取っていく。これも先ほどのように、俺に見せつけているかのようにしながら、時々俺を上目使いで見つめてくる。
……えぇっとぉ?
俺は突如始まった白エルちゃんの不可解な行動に首を傾げることしかできなかった。どういう意図があってそういう行動に出たのかがさっぱりだ。っていうかそれ、俺のために作ってくれているんじゃなかったの?
ぴちゃ。ぴちゅ。
俺の心情などお構いなしに白エルちゃんがチョコレートの付いた部分だけを舐め続けている。それを見てただ一つ言えることは、白エルちゃんが何かイケナイことをしているようにしか見えないということだった。
俺は無言を貫き、何とか動揺を隠そうとする。
顔には……うん、何も出ていないさ、きっと。
「んっ。やっぱり美味しいですね。それじゃあもう一度」
そして綺麗に黒い部分をはぎ取った白エルちゃんが、一度だけでは満足しなかったらしく、バナナを口元から離すとチョコレートソースを右手に持った。
白くなってしまった部分を見ながら――たらたらたら。手に持ったそれをかけて、チョコバナナを作り上げていく。
数秒後、再びチョコバナナが完成。
したと思いきや――
はむっ。
いきなりバナナの先っぽを口に咥えやがった。しかもその状態を維持したまま、また俺のことを上目づかいで見つめてくる。
……あ、あの、白エルちゃん?
さすがに動揺を隠せない。俺は唖然としながら白エルちゃんを見つめる。すると、彼女は俺を一目見て、ふふっと微笑んだ。
そして――
じゅぼ、じゅぶっ。
じゅぽ、じゅぷっ。
ついにはバナナを噛まずに出し入れし始めやがった。
「お、おい……」
俺は恐る恐る声を掛ける。が、夢中になって気付かないのか、白エルちゃんは一生懸命バナナに奉仕を続けている。唾液を多く口に含んで奉仕しているためか、つーっとバナナからチョコレートの混じった液体が糸を引きながら床へ落ちていく。
いやらしい水音がこの場に流れ続ける。ついでと言わんばかりに彼女から漏れ出る喘ぎ声も時々聞こえてくる。
「えっと……」
一体俺はどうしたらいいのだろうか。こういう場合はどうすべきなのだろうか。止めるべき? それとも何も見なかったことにして寝転がる?
こんな状況に出会ったことがない。というか、出会うことすらあり得ないと思っていたせいか、どういう反応をすればいいのか全然わからない。そもそも白エルちゃんが何をしたいのか理解できないし。
そして、数十秒が経過した。
結局俺はどうすることもできず、イケナイことをやっているようにしか見えない白エルちゃんを見続けた結果。ついに奉仕されているバナナが何か別の物に見えてきてしまった。そう。それはまるで白エルちゃんが十八禁のゲームに出てくるような、今まさにアレを行なっているような姿に見えてきて――って、さすがにこれ以上はやべえよ!
「お、おい!」
俺は意を決して白エルちゃんの奉仕活動を止めにかかる。しかし、白エルちゃんは俺が大声を出したことにすら気付いていないのか、まだ奉仕活動を続けている。
「おいってば!」
「んっ、あふっ。んくっ……あはぁんっ。んんっ」
「おい白エルちゃん!」
「んっ、あっ……ん?」
じゅぽんっ。
漸く呼びかけられていることに気付いたのか、白エルちゃんがいやらしい音を立てながらバナナを口から引き抜いた。その際にまた、ねっとりとした液体が床へ零れ落ちる。
彼女は俺の方を見ると首を傾げた。
「なんですか?」
「なんですかって、お前は何がしたいんだ!」
「え、わかりませんか? あなたを誘っているんですよ?」
「――は?」
「だからぁ、いつでも襲ってくださって結構ですと言っているんです。はやく私にえっちぃことをしてください」
「はあ!?」
いきなりの大胆発言に俺は目を見開いた。
お、おいおいおい。うそ、だろ? 今の発言は俺の聞き間違い、だよな?
いや、でも――
「私のことを犯さないんですか?」
「……っ」
今の一言に俺は息を飲んだ。間違いなく白エルちゃんは俺を誘っている。
「ちょ、まてまてまて。俺たちは初対面のはずだ」
「そんなの関係ないじゃないですか」
「いや関係ないって言われても――」
「いいじゃないですか。私じゃ不満ですか?」
トドメとばかりに白エルちゃんが自分でスカートを捲り、桃色の下着をチラつかせてきやがった。さすがにそこまでされると理性が崩壊してしまう。
俺だって男だ。イコール野獣だ。そこまでされて襲わないわけがな――