ダブル契約
その後ティグリスと契約し、契約者が二人となって迎えた朝。
活動エネルギーを補充する方法が一緒に寝ることなので、もちろん俺のベッドには――
奥から順にティグリス、俺、ルナの三人が一緒になって眠っている。
俺はもうすべての記憶が戻っているので、恐る恐る目を開ける。
自分の両手を見て……OK。
ルナの様子を見て……OK。
ティグリスの様子も見て……OK。
何も異変はない。
「はぁ……よかったぁ」
盛大に安堵のため息を吐く。思えば天国での朝も毎日こんな感じだった。
毎朝毎朝、恐る恐る目を開けて周りを確認していた。もちろん、そうなってしまったのはどれもこれも夜の魔王のせいである。
もうほんとね、あいつのせいで安心して起きることができないんだよ。かといって寝ないという選択肢はあり得ないし。
「……さてと」
今日からが本番だ。何としても唯奈を守り通して任務を成功させねば!
と、俺が気合を入れていたら――ガチャリ。また昨日と同じく唯奈が勝手に部屋へ入ってきた。
そそそ、と足音を殺しながら少し中へ入ってきて、俺と目が合う。
徐々に唯奈の表情が良くない方向へと変わっていくのは気のせいだろうか。
「おにいちゃん……また一緒に寝てる」
「お、おう。唯奈おは――」
「ごゆっくり!」
バタンッ。俺が朝の挨拶をしたかと思ったら急にドアをきつく閉められ、居間へと降りていきやがった。
「な、なんで怒ってるんだあいつ……」
意味がわからない。二人と一緒に眠っているということの何が悪いというのか。
唯奈は妹であって俺の彼女でもなんでもない。だから怒られる理由もないのだけれど。
「でもこのままはまずいよな」
詳しいことはわからないけど、怒っているのは事実だし。どうしてそうなったのかちゃんと考えないといけないな。俺に原因があるのは間違いないのだろう。
んー、どうして唯奈が怒っているのか。または最近機嫌がよくないのはどうしてなのか。
あっ、もしかして女性にだけあるというアレの日の――
「それは違うと思うわよ」
「うぉ!? ティ、ティグリス起きていたのかよ」
びっくりしたじゃねえか。急に声を上げるなよ。
――いや、それよりも今、俺の心を読まなかったか?
気のせい、だよな、うん。
「気のせいじゃないわよ」
俺の心の声に対して即座に答えるティグリス。い、いやいやいや、さすがにそれは冗談きついぜ。この能力はルナにしか備わっていないはず。
だからきっと偶然が二度重なったに――
「違いない、ということはないわ」
「なぁ。頼むから冗談だと言ってくれ」
「これは嘘じゃないわ。どうやらあの言い伝えは本当だったようね」
「あの言い伝え?」
「ええ、そうよ。一人の人間が二人の天使と契約した場合、その天使二人はお互いにもう片方の天使が持っている能力を得ることができる、という言い伝えがあったの。実際に一人の人間に契約者が二人いるケースはほとんど見られなかったから、嘘だと思っていたのだけれど」
「ていうことは……ティグリスは他人の胸中を読み取ることができるようになった、と?」
「ええ、読み取ることができるわ。もちろん真志さん以外もね。……なるほどね。ふふっ、これは確かに癖になってしまうわ。ルナの気持ちがようやく理解できたわ」
「おい待てティグリス。まさかお前……その能力をこれからも使っていくつもりなのか?」
「え? もちろん使っていくに決まっているじゃない。こんな面白い能力があるのに使わないなんてもったいないわ。でも」
と、少し考える仕草を見せてから。
「この能力の危険性についてはきちんと理解しているつもりよ。他人のプライバシーを侵害するということだからね。だから赤の他人には使わないわ」
「そうか、それはよかった」
それを聞いてホッと安堵する。
他人には使わない。つまりそれは、俺にも使わないということで――
「え、何を言っているのかしら? あなたには使うわよ。だって当然じゃない。ルナにだけ許してわたくしだけ許さないなんて不公平だもの」
「ぐっ、わ、わかったよ。いいよ、別にいいよ。どうせ俺は散々ルナに読み取られて慣れているからな。でも俺以外の人には使うなよ?」
「わかっているわ」
ちなみにルナにもこの約束だけは絶対に守らせている。俺の心を読み取っていい代わりに他の人の心は絶対に読み取るな、と。
だってほら、考えてみろよ。他人に心の中を読まれてうれしいやつなんてほとんどいないだろう? むしろ、勝手に読み取られているなんてことを知ったら、ある意味何も考えられなくなっちまうからな。
心を読み取られてしまうのが怖くて怖くて仕様がない。変なことなんて一切考えられなくなる。
でもまぁ、俺の場合はもう慣れてしまってその域は越えちまったんだけど。
「というよりもトノサマの場合は、いきなりすぎて怖くなるなんて考える余裕すらもなかった気がしますけどね」
「あぁ、お前のせいでな! っていうかルナ、お前はいつから起きてたんだ!」
「バタンッ、と大きな音が鳴った辺りからです。また何か悪いことでもして唯奈さんを怒らせたんですか?」
「え、あー、いや……別に悪いことをした記憶はないんだけどな。なぁルナ、どうして怒っているのかわかるか?」
「いえ、私はわかりませんね。ティグリスは?」
「そうねえ……機嫌がよくない理由はわかるけれど。怒っている理由まではわからないわ」
「え、二つ理由があるのか?」
怒っているイコール機嫌がよくないじゃなかったのか。
「ええ、怒っているのと機嫌が悪いのは別だもの。機嫌が悪いのはおそらくわたくしたちが原因よ」
「私もですか?」
それを聞いてルナがキョトンとする。確かに俺も意味がわからない。
ここ三日間の行動を見る限り、二人とも唯奈に悪戯とかはしていないはずだけど。
ティグリスが俺の胸中を読み取ってムッとする。
「悪戯とかはしていないわよ。心外ね」
「よく言うぜ。俺にはやってくるくせによ」
もう記憶はちゃんと戻っている。今までにどれだけ俺がティグリスに悪戯をされてきたと思っているんだ。もう数え切れないほどだ。
また俺の胸中を読み取っていたらしいティグリスはこほんと咳払いをした。
「と、とにかく! 悪戯とかではないわ。ルナ。自分が唯奈ちゃんになったとして考えてみなさい。そうすればきっとわかるはずよ」
「私が唯奈さんになる……って無理に決まっているじゃないですか。私は私です。唯奈さんではありません」
「いや、そういう意味で言ったのではなくて。……はぁ、いいわ。真志さんにも理解してほしいから口で言うけれど、きっと唯奈ちゃんはわたくしたちに真志さんを取られた気分なのよ」
「俺を取られた気分?」
えーっと、どういうことだ?
「わたくしたちが急にここへやってきたのは仕様ないことだけど……いろいろあったとはいえ、毎日毎日あなたはわたくしたちの相手をしていた。そうよね?」
「あぁ、そうだな」
だって記憶を取り戻すことに精一杯だったし。
「そうね、その理由が最もね。でもつまりそれって、ここへきた当日を含めば約三日間唯奈ちゃんの相手をほとんどしてないことになるわよね?」
「確かにそうだな」
思えば唯奈と二人きりで出かけたりしゃべったりなんてほとんどしていない。いや、全くしていないと言っても過言ではない。大体は隣にルナかティグリスのどちらかがいたし。
唯奈を置いて三人で出かけてばかりしていたのも事実だ。
「てことは、唯奈が寂しがっているっていうのか?」
「まぁそんなところよね。だから真志さん。今日は唯奈ちゃんと二人でどこかへ出かけてきなさい」
「え、でも今日から唯奈のことを二人のどっちかが見守るわけだし……」
と、俺が戸惑いの表情を見せると、ルナが大丈夫ですよと言った。
「安心してくださいトノサマ。私たちには羽がありますから、空から見守っておきます」
加えて、ティグリスが補足する。
「それに隠ぺい魔法も使えるから大丈夫よ。空を飛んでいることは誰にもバレないわ。だから真志さん。今日は思う存分唯奈ちゃんとイチャイチャしてくるといいわ」
「い、イチャイチャって……何言ってんだ唯奈は妹だぞ。でもまぁ、ありがと。今日はそうさせてもらうよ」
『唯奈になって考えてみると』っていうアドバイスのおかげで、もう一つの怒っている方もわかったしな。
ただ問題はどうやって唯奈に許してもらうかだ。
怒っている理由というのは俺が唯奈に嘘を吐いた、もしくは隠し事をしているということで間違いないだろう。が、真実をすべて教えるわけにもいかない。
かといってまた違う嘘を吐けば余計に怒らせるのは確実だし――
あぁもう、どうしたらいいんだ。
「真志さん。それなら一部を除いて本当のことを言うのはどうかしら」
俺が考え込んでいると、あの忌々しい能力を手に入れてしまったティグリスが一つ提案してきた。
「一部を除いてっていうと?」
「それはもちろん、わたくしたちが天使であるということ。そして真志さん自身が一度死んだ身であるということよ」
「てことは」
「ええ、わたくしたちが真志さんの正妻や愛人であることだけを言えばいいじゃない」
「……っ。で、でもどこでどうやって出会ってとか、そういう流れ的なものはどうすんだよ」
「それならいい考えがあるわ」
といってから、さらに俺の耳元でごにょごにょごにょ――
「ええ!? ま、まぁ、確かに嘘は言ってないけど」
「別に問題はないでしょ?」
「う、うーん……わかったよ」
とりあえずそれで何とかしてみるか。




