復活
現在地は裏山の広場。今そこに存在するのは――
俺。ルナ。地獄の王、シリカ。
この三人だけだ。この場にティグリスは存在しない。
「……ん?」
俺の雰囲気が一変したことに気が付いたシリカが首を傾げ、腕の輝きを弱めた。
「やっと夜の魔王が復活したのね。久しぶり、元気だった?」
そう言いながら魔法を解き、俺を縛り上げていた鉄の鎖を消滅させる。
自由になった身体を確認するかのように手足を動かしてから、俺は立ち上がる。
「戯言はやめろ、とにかくルナを離せ」
「別にまだいいじゃない」
「痛がっているだろ。俺の嫁を傷つけるな」
「はぁ、ほんとつれないわねぇ」
仕方ないといった風にため息を吐くと、シリカがルナの腹部から腕を引き抜く。その瞬間、血が噴き出る――
わけではなかった。
むしろ傷がすぐに塞がっていき、ルナの口から出ていたはずの血もいつの間にか消え去っていた。俺の声を聞いたルナが目を丸くする。
「トノサマ……殿様?」
「遅くなって悪い、ルナ」
ルナを抱きしめ、乱れてしまった長い髪をそっと手で梳いてやる。するとルナはハッとあることを思い出したように顔面を蒼白にさせた。
「い、いえ。それよりもティグリスが」
「安心しろ、ティグリスは死んでいない」
「え、でも先ほど間違いなく――」
「おい早くティグリスを元に戻せシリカ。ルナを不安にさせるな」
「あー、はいはい。相変わらず契約者には優しいのね、あんたは。それに……すべてはお見通しってわけね」
シリカが右手を上下に振って何かを唱えると――パァァァァ。
ティグリスが消えていった時とは真逆に、シリカの右腕から光の粒子が出ていき、
「幻影魔法とはやってくれるわね」
無傷のティグリスが戻ってきた。
それを見たルナがほっと安堵した後、ティグリスの言葉に首を傾げる。
「幻影魔法ですか?」
「ええ。ていうか、あなたまだ気付いてないの? 傷がなくなっているはずよ」
「あ、そういえば……でも、ティグリス。痛みとかありましたし、あの時ティグリスが光の粒子となって」
「あんたほんとバカね。夜の魔王、こいつのことちゃんと教育してんの?」
まだ理解を示さないルナにため息を吐いたシリカが俺の方を向いた。教育、教育か……。
「あぁ、してるぞ。下の方だけをな」
「ほんと相変わらずねえ」
俺の返答にシリカがまたため息を吐く。悪かったな、俺はそっちにしか興味がないんだ。
――まぁいいだろう。とりあえずは、
「礼を言っておこう。シリカ、感謝する。もしお前が来てくれなかったら俺が復活することはなかっただろう」
「礼には及ばないわ。地獄の王として当然のことをしたまでよ」
シリカが長い髪を払って腕を組む。
当然のこと、か。地獄の王のくせによくそんなことを言う。
「殿様、どうしてシリカさんが来なければ復活しなかったと?」
俺とシリカの受け答えを聞いていたルナが首を傾げた。まあ、その疑問は当然だろうな。ちゃんと説明してやろうか。
いや、でも。
「ちょっとした条件があっただけだ。そのルーズリーフに書かれてある最後の項目をこなしても、俺が完全に復活すことはできなかった。この際細かいことはどうでもいいだろう。こうして俺は今、ここにいる」
面倒くさくなって誤魔化すことにした。そういう説明をするのはあまり得意じゃない。
すると、ルナは察したようで説明を要求するのを諦めたようだ。
「確かに殿様はここにいますし」
「でも、どうして地獄の王がわざわざ魔王を復活させるためにここへきたのよ?」
ティグリスの問いに、シリカは少々思案する。
「それは……んー、夜の魔王。これで貸し借りは無しってことで良いわよね?」
「あぁ、それで構わない」
「まぁ、そういうことよ」
結局シリカはティグリスの問いにきちんと答えなかった。
ティグリスにとっては何がそういうことなのかはわからないだろうが――
「そういうことにしておいてくれ。話すと長くなる。俺とシリカに昔ちょっとした貸し借りがあった程度だと認識してくれ」
「ふーん、以前に魔王と何かあった……か。まぁいいわ。魔王がそう言うのなら詳しいことは訊かないであげる」
ティグリスの返答を聞いたシリカが感謝の意を示した。
「そうしてくれると助かるわ。さて、それじゃああたしの用は全て済んだから……いえ、まだ済んでなかったわ」
「なんだ、何か忘れていることでもあるのか?」
もう用は済んだはずだろう。
こうして俺が復活したこと、それ以外に何があるというのか。
「忘れているのはあんたよ、あんた。あたしとの記憶で戻ってない部分があるでしょ」
「まぁ、忘れている部分もあるにはあるだろうな。しかし思い出していることもあるから充分だろう」
「ダメ。それはあたしが許さない。あたしのことを忘れるなんて絶対に許さない。だから」
「だから?」
俺が訊き返すと、シリカは少々溜めを作った後。
「あんたを女にしてやるわ!」
ほう、そうきたか。
「ふむ。いいだろう。だが、俺自身が表に出ている時に女にされてしまうのは勘弁だ。だからここは逃げさせてもらうぞ」
「ちょ、待ちなさいあんた、表の人格に……ちっ、もう戻りやがったわね」
「え、えーっと……」
ど、どどど、どうしよう。
今までのやり取りはしっかりと見ていた。
だから話の流れはしっかりと理解しているんだけど――
「ふふふ……まぁいいわ。夜の魔王をせっかく辱めてやろうと思ったけれど、仕方ないわね。真志、あんたを女にしてやるわ!」
「いやいいから! 頼むからそんなことしないでくれ! あの時の出来事はしっかりと思い出したから!」
俺は地獄でシリカと出会った時、女にされたことがある。その時にすごい辱めを受けた。
おそらくこの記憶が戻ったのは夜の魔王が復活したからだろう。この場合はそうとしか考えられない。
ああ、思い出したせいで寒気がしてきたぞ。
「断る必要はないわ。久しぶりに会ったくせに、夜の魔王の態度が相変わらずだったからイラッと来たのは事実だしっ」
「お前それ八つ当たりだからな!?」
「いいの! いいからあんたはそこから動かないで!」
「よくねえよ!」
「いいの!」
「よくねえ!」
「……ッ。しつこいわね。こうなったら無理やり」
「うおおおおお、来るんじゃねえええええ」
こうして俺の逃走劇が始まった。




