ドSだ!
俺が着替えている間に、ルナがあれやこれやと他に思い出す方法がないのか考えてくれていたらしい。どうやら俺が酷い目に遭うのを少しでも減らそうと思ってくれていたようだ。なんやかんや言って もさすが俺の契約者だ。その気遣いはものすごく嬉しいぞ。
なんて、思っていたのだが。
ルナの提案してきたものはすべて却下した。だって、頭がおかしいとしか言いようがないもの。
「……っ、トノサマ。頭がおかしいとは失礼なことを言ってくれますね」
「ルナ、お前……また俺の心を読み取りやがったな!?」
「当たり前です。それよりも今私の頭がおかしいと言いましたよね!?」
「あー、はいはい。悪かったよ、ごめんなさい」
「適当に謝っただけで話を逸らさないでください!」
「さて、これからどうするかだよな。とりあえずはこのルーズリーフに書いてあることを実行して行こうとは思うんだが……」
「む、無視ですかトノサマ!」
「ルナのことは無視していいわよ」
「ティ、ティグリスまでそんなことを言うんですか!」
話に加わってきたティグリスに向けて、ルナが抗議の視線を放つ。
それを横目で見た後ティグリスは、
「さて、実行して行くのだけれど……真志さんはどれからやっていきたいのかしら?」
完全に無視をキメた。ルナの方を見向きもしない。
もちろん、俺もティグリスと同意見なのでそのことについては言及しない。
そのままティグリスの問いに答えるだけである。
「んー、全部やるんだったら前から順番にやっていくのでいいかな」
どうせどれからやっても酷い目に遭うのは間違いないわけだし。
「ということは、四番目はまだできないから五番目になるわね。って、真志さん、大丈夫?顔が青ざめているように見えるけど」
「ん? あ、あぁ。ものっすごく痛いだろうけど我慢するよ。死なないようにはしてくれるんだろ?」
「ええ、それに関してはルナがやってくれるわ。ねえ、ルナ……って、ルナ!?」
ティグリスが驚愕の表情をして俺の右側を見たもんだから、俺もそちらに視線を向ける。
すると、
「どうせ私は、どうせ私はダメな子なんですよ……」
ルナが体育座りをしていじけていた。
少しだけ無視をしたのだが、どうやらルナの精神はそこまで強くなかったらしい。
「おーい、ルナ。戻ってこい」
「どうせダメな子、私はダメな子なんですよ……」
ダメだこりゃ、完全に自分の世界に入り込んでやがる。
仕方ない、ここはフォローでもしておくか。
「ルナ、お前はダメな子なんじゃない。バカな子だ」
「それフォローになってないですよ!?」
「おぉ、復活した!」
なんか急に元気になったぞ。なるほど、こういう復活のさせ方もあったのか。
「トノサマなんか……ふんっ、です」
またいじけてしまいそうなので、この後きちんとフォローし、なんとかルナの機嫌を直すことに成功した。
場所は変わって少し歩いたところにある裏山の広場にて。
「よし、ここなら誰もいないな。それじゃあ頼む」
「はい、では今から始めます」
ルナが返事をするとともに、体がなんだか暖かい光に包まれた。
午前中で且つ快晴ともあって、今は明るいからよくわからないが……暗くなったら俺の体が光っているように見えるかもしれない。
「これは?」
「生命維持の魔法です。トノサマに以前使ったのですが……」
「あぁ、あの時のことか。でもあの時って耳以外はほとんど麻痺していたよな?」
「ええ、痛みなどを感じさせないためや無理に手足を動かされて出血がひどくなっても困るので、そうしておいたのですが……しない方が良かったですか?」
「いや全然。むしろそうしてくれて助かったよ。ありがとな」
そこまで気遣ってくれていたなんて、あの時は知らなかったよ。
「いえいえ、そんな大したことじゃないですよ」
素直に褒められたのが照れくさいのかルナが少々頬を赤く染めた。
すると、そのやり取りを見ていたティグリスが、
「勝手にイチャイチャしてくれちゃって。ほらルナ、もう放っても大丈夫よね? 痛覚とかはきちんと残してあるわよね?」
「あ、はい。ちゃんと残しています。いつでも魔法を放ってきてもいいですよ。トノサマ、覚悟は良いですか?」
「あぁ、大丈夫……いや、ちょっと待ってくれ!」
すーはー、すーはー。何度か深呼吸をして気分を落ち着かせる。
よし、よし……大丈夫、大丈夫だ。
痛くない、痛くない。
「痛いに決まってるじゃないですか」
「それを言うなよッ!」
せっかく覚悟を決めたのに揺るいじまったじゃねえか!
「トノサマ、へたれですね」
「うるせえよ!」
「じゃあ、行くわよ。歯を食いしばりなさい!」
「え、ちょ、ちょっと待――――ッ!?」
慌てる俺を無視したティグリスが瞬時に呪文を詠唱。
そして、
一瞬にして俺の腹部を何かが貫通した。
「うっ!? ……ぐっ、あ、あああ」
初めは痛みなど何も感じなかった。ただ強い衝撃を受けただけ。
しかし数秒後にものすごい激痛が俺を襲ってきやがった。
それはもう死んでしまうんじゃないかと思うほどの痛みで――
「……ぐっ」
ごぼっ、と無意識に口から血が吐き出された。痛い、ものすごく痛い。
思考ははっきりしている。手足の感覚も、痛覚も何もかもがはっきりしている。
視線を腹部へ移すと、拳大ほどの大きな穴が開いていた。それなのに死なない、死ぬことができない! しかも意識が飛ぶこともない!
「トノサマ! あと一〇分ほどこの状態のまま我慢しましょう」
「……っ!?」
俺はルナの言葉を聞いて目を見開いた。
じゅ、一〇分も!? む、無理! そんなに長くこのおかしな状態を維持していたら、俺の頭がおかしくなっちまう!
「大丈夫ですよ、トノサマはもともと頭のおかしな人間ですから」
いやそういう問題じゃなくて!
あまりにものひどい激痛と止めどなく溢れ出てくる血により、声を出すことができない俺は、必死に胸中で訴えるのだが――
ルナには届くがティグリスには届いてくれない。ティグリスは胸中を読み取る能力を有していない。
そうして俺が後一〇分も辛抱しなければならないと諦めかけた時だった。
「ルナ。そろそろ傷を癒すわよ」
なんとティグリスが俺の気持ちを察してくれたのだ。いや、もしかしたら最初からそのつもりだったのかもしれない。が、ティグリスが大変喜ばしいこと言ってくれたのは間違いない。
そんな女神様が何やら魔法を唱えながら俺の方へゆっくりと近づいてくる。
早く、早く傷を癒してくれ!
「えー、もう癒すんですか? まだ早いですよ。実際にティグリスのことを恐怖の対象だと少しでも認識してもらわないと」
な、何を言ってるんだルナは! そんなことしなくていいからな!?
頼む……頼むから早く傷を癒してくれ!
喋ることがままならない俺はティグリスに向けて胸中でそう訴える。
が、やはり俺の心の声はティグリスに聞こえていないらしく、ルナの提案を耳にした女神様は、
「そうねえ、確かに恐怖の対象だと認識させないといけないのは事実だわ。ふふっ、それじゃあ、真志さぁん」
邪悪な笑みを浮かべやがった。
訂正。女神様なんかじゃなかった。ただの怖ろしい悪魔だった。
続いて悪魔の怖ろしい一言。
「もうちょっと痛い思いをしてもらう方がいいわよね?」
そう言いながら俺に向けてにっこりと微笑みかける。
な、何を言っているんだティグリス。もう十分痛い思いをしたからな!?
ふるふる、ふるふる。俺は首を横に振って必死に否定する。
「イヤイヤしている真志さんに無理やりするのは……くふっ、これはこれでゾクゾクするわねえ」
や、やめろ……やめてくれッ!
胸中でそう訴えるもやはり届いている気配はない。ティグリスはものすごく楽しそうな表情をしている。
間違いない。間違いなくティグリスはSだ。
いや、ドSだ!
「トノサマがティグリスのことをドSだと思っているようですよ」
「……っ!?」
俺は予想外の裏切りに目を見開いた。よ、余計なことを言うんじゃねえよルナ!
お前もドSなのか!?
「いえいえ、私はドSじゃありませんよ。むしろ逆ですよ逆」
「さて、わたくしのことをドSだと思っているのならいいわよねえ?」
ティグリスが確認するかのようにして俺に微笑みかける。
ふるふる、ふるふる。
俺は首を必死に横に振ってティグリスにやめてくれと動作で示す。言葉をしゃべる余裕がないのだから、こうするしかない。
しかし、俺の必死な動作を見てティグリスは、
「くふっ」
わ、笑いやがった!
今間違いなく邪悪な笑みを浮かべやがったぞこいつ!
「さぁて……それじゃあ」
そう言いながらじっくり、じっくりとティグリスが俺に近づいてくる。
それに対して俺は首を振ることしかできない。
「いくわよ」
そして、俺の目の前に来たティグリスがにっこりと微笑んだ。
それはまさしく、天使という化けの皮を被った悪魔そのもので……ってやめ、やめろッ。
頼むから、やめてく――スパンッ。
俺が胸中でそう言い切ろうとした瞬間、何かもの凄く切れ味のよい音が鳴って――――




