ランジェリーショップなのだろうか
昼食を適当に取り、専門店でチェスのセットと将棋のセットを購入してから。
ルナとティグリスの要望により、女性ものの服を売っている店にやってきた。
のだが。
「げ、ここランジェリーも売っているのかよ。っていうか大半じゃねえか」
どうやら店の選択に失敗してしまったようだ。外から見た感じでは普通の店に思えたんだけどな。まさか売っているものの半分以上がランジェリーだったなんて、予想外もいいところだ。
ちなみに俺以外の男性客は見当たらない。滅多に男性客がこの店に来ないのか、店員や他の女性客が俺という男が入ってきたことに目を見開いていた。
き、気まずいな。外で待っておきたいけれど……。
「それはダメですよ、トノサマ。逃がしませんからね」
「ええ、逃がさないわよ。しっかりと選んでもらうのだから」
と言って二人が手を放してくれない。
そう、何と言ってもこの状況がさらに良くないんだ。周りの客から見たら俺はこの二人と付き合っているようにしか見えない。なにせ俺を挟んで手まで繋いでいるのだから。
ルナが躊躇いもなく下着コーナーの方へ俺を引っ張る。
「トノサマ。こっちです」
「お、おい……そっちは」
「あら、わたくしたちの下着を選ぶのは嫌?」
『………っ』
周りにいた客がティグリスの言葉にビクッと反応した。その後、俺のことをジトーと見つめてくる。
「お、おいティグリス。お前のせいで俺が女性の下着を一緒に選ぶ変態野郎だと勘違いされたじゃねえか」
「別にいいじゃない。赤の他人がどう思うなんて」
「よくねえよ。お前はそれでよくても俺は全然よくねえんだ」
「どうして?」
「どうしてって、ティグリスだって知ってるだろ。世間体っつうのがあってだな。もしこんなところを学校の友達とか親御さんに見られてみろ。そのあと俺の噂はどうなる」
「わたくしたちのような絶世の美少女と付き合っているという情報が広まるだけじゃない。それのどこに問題が?」
「問題はそこじゃねえ。いや、その見解にも問題はあるけど……と、とにかく! ここは女性物の下着ばかり売っているんだ」
「だから?」
「もし知っている人に見られたら俺は間違いなく学校へ行き辛くなる。俺はそう言いたいんだよ」
「あぁ……なんだ、そんなこと」
「そんなこと!?」
めちゃくちゃ重要なことがたった一言で一蹴された!?
「あのね、真志さん。あなたは忘れているでしょうけど、任務が終了したらわたくしたちは天国へ帰るのよ? もちろんあなたも一緒に」
「え、そうなのか?」
「そりゃそうよ。他にも任務はあるのだから。地球でずっと遊んで暮らすなんてお父様が許すわけないわ」
「そ、そうか」
俺はまだ天国で過ごした記憶が完全に戻っているわけじゃない。ごく一部だ。だから今の俺にはティグリスのいうお父様とやらがどういう人物なのか全く記憶にないし、任務とやらが終了したら天国へ帰らなければならないなんて知らないのも当然。
そっか……任務が終了したら天国へ帰るのか。じゃあ俺は任務が終わったら唯奈と逢えなくなっちまうのか。
「まあそういうことだから。他人にどう思われようが関係ないのよ」
「いや、でもなぁ」
納得がいかない。確かにティグリスの言う通りではある。でも、知られてしまうことに抵抗があるのも事実だ。それに任務が終了するまで、まだ時間がかかるだろうし。
「まぁいいじゃないですか。ティグリスの言う通りそんなことは気にしなくていいと思います。それにトノサマが変態なのは事実ですしね!」
「だ、だからってそんなことを大声で言うなよルナ!」
ほら、お前のせいで周りの客がさらに反応したじゃねえか! どうしてくれるんだよ!
「どうもしませんよ。トノサマの変態度が上昇するだけですから」
「勝手にさせないでくれる!?」
確かにルナの言う通り俺は変態だろう。ちっぱい派だからな。しかし俺は女性の下着を選ぶような変態じゃねえ。そこだけは勘違いしないでもらいたい。
そう心では訴えるのだが、周りにいる客はルナのように胸中を読み取ることができないため、全然伝わらない。
その証拠に、ほら。周りにいる客がひそひそと俺のことをあることないこと噂してやがる。くそ、また俺に訝しげな視線を向けてきているじゃねえか。本気で勘弁してくれ。
幸い助かっていることは、今のところ俺の知り合い、いわゆる学校の友達がここへ来ていないということだ。
もし見られてしまったら即終了。もう学校へ行けない。
あ、いや、行くことはないだろうけど。
「……はぁ。仕方ない。ルナ、ティグリス。なるべく早く服を選んでくれ」
結局俺は諦めた。何事も諦めが肝心らしいからな。
「わかったわ。じゃあ選んでくるから、ここで待っていてちょうだい」
「トノサマ。逃げちゃダメですからね」
「おう、わかってるよ」
ルナが俺に釘を刺した後、ティグリスと共に下着コーナーへと消えていく。
そこでふと俺は重大な失敗に気が付いた。
しまった。これは余計に気まずいパターンじゃねえか。
じー、じー。という嫌な視線が様々な方向から向けられている。ルナもティグリスもそばにいないので、俺たちより後に来店した女性客が俺のことを不審な目で見ている。
その視線に耐えられなくなった俺は、目を瞑ってルナたちが戻ってくるのを待つことにした。
そして数分後。
悲劇は起こった。
「きゃははっ。何その話、ありえないっ」
「でしょでしょ。あっ、見て。この下着可愛くない?」
「あ、ほんとだ。でもこっちの下着で勝負する方がいいんじゃない? ねぇ、香奈」
「ちょ、私に振らないでよっ」
「あはは、焦りすぎー。でも、香奈の彼氏はこういうのが好きなんでしょ?」
「ま、まぁ……そうなんだけど」
どこかで聞いたことあるような……いや、確実に聞いたことのある声が聞こえてきた。
それも入口の方から。
幸い俺の待機している場所は入口から死角になっているのだが――
勘弁してくれ。頼むからこっちに来ないでくれ!
ちなみに先ほどの話し声。石田さんグループのもので間違いないだろう。一応彼女たちとは知り合いだ。クラスメイトだしな。何人で来ているのかは知らないけれど、いつも通りのメンツなら三人だろう。
その話し声がだんだん近づいてくる。お願い。お願いだから俺の存在に気付かないで。
「あれ、あの姿。もしかして同じクラスの戸野差じゃない?」
「え、嘘でしょ? だってこんな場所にいるわけが……あ、ほんとだ。戸野差だ」
「え、あ、本当だ」
でも悲しいかな。俺の心の願いなど届くはずもなく俺は三人に見つかってしまった。これはまずい。非常にマズい。あえて気付いてないフリをしておこう。
すすすー、とわずかに動いて石田さんグループの方に背を向けておく。俺は気付いていないぞ。気付いていないんだ。だからほら、見過ごすんだ!
しかし、
「ねえねえ、戸野差」
わざわざこっちへ近づいてきて石田さんが話しかけてきやがった。
――だから勘弁してくれ。
俺は仕方なしに後ろを振り向き、今気付いたようなフリをしておく。
「や、やぁ。石田さんたち。奇遇だね、こんなところで」
声が上擦っているのは気のせいだと思いたい。
「なに、今日は一人で来てんの?」
「いや、俺は」
「一人とか、そんなことないでしょ。もしかして戸野差、彼女でもできた?」
「あー、戸野差ならありえるよね。見た目は結構イケメンだし」
「何気にアピールしてるし。葵、もしかして戸野差に興味あるとか?」
「そ、そんなこと無いよ! うん、無いったら無いっ!」
「慌てる葵あやしー」
「…………」
あ、あのー、すごく気まずいんですけど。こんなところでいきなりそんな話をしないでくれるかな。それに今の慌て方を見て、俺もなんとなく気付いちまったし。
――いやでも、これは勘違いかもしれない。ただの自惚れかもしれない。
が、
もし、もしものことだ。仮に俺の予想が本当だったとしたら。
勢いで葵さんに告白なんかされたら、俺はどうやって答え――
「トノサマ! まさか私を捨てる気ですか!?」
シャッと勢いよくカーテンが開かれた。そちらを見ると、俺の待機していた場所の斜め前にあたる試着室から、ルナが出てきやがった。
いつの間に試着室へ……っていうか!
「なんでそんな恰好なんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「え、そんなの当り前じゃないですか。トノサマの反応を見て選ばないと意味ありませんからね」
下着姿だった。豪勢にフリルをあしらった可愛らしい白の下着を身に着けていた。
俺と話をしていた石田さんたちも自然とルナへ目が行き……固まった。
おそらく背中に生えている天使の羽のせいだろうけど。
「ふむふむ……トノサマのその反応は、悪くはないということですね」
勝手に納得したらしいルナが再び――シャッ。
カーテンを素早く閉めて試着室の中へ戻っていく。
「え……い、今のがもしかして戸野差の」
「い、いや、あれは」
いち早く我に返った石田さんに俺が何か適当な理由をつけようとした。
そのところで。
「あら、ルナはもう一着見せたのね。それならわたくしも」
などと言いながら――シャァァァァ。
ルナの入っている隣の試着室からゆっくりとカーテンが開かれ、今度はティグリスが下着姿で登場しやがった。
こちらはルナとは対象的な色、黒の下着を身に着けている。
それにルナが身に着けていたものとは違い、ものすごく色っぽい。薄手に作ってあるのか、ところどころが透けていた。またティグリスはルナと違い胸が大きい。つまり、その透けて見えそうなところと、谷間がしっかりとできている部分に……。
お、俺はちっぱい派だが、やはり男ということもあって自然に目が行ってしまい。
「………っ」
あまりにもの色気のある姿に俺は固まってしまった。
こういう場合はすぐに目を逸らすのだが、なぜかそうさせてくれない。見えざる力が俺に働いて目を逸らすという行為をさせてくれない。
石田さんたちもどうやら俺と同じ、あるいは違うものに魅せられてか、ティグリスをじっと見つめていた。
「なるほどね。この反応は完璧ということね」
そしてルナと同様、一人で納得したティグリスが――シャァァァァァ。
ゆっくりとカーテンを閉めていき、試着室の中へ戻っていく。
「あ、あれもまさか……と、戸野差の彼女?」
またいち早く我に返った石田さんが当然の疑問を俺にぶつけてきた。
「え、いや、だからその……」
と、俺がまた適当なことを言おうとした。
その瞬間に。
「私はトノサマの正妻です」
「わたくしは真志さんの愛人よ」
石田さんの質問をしっかりと聴いていたルナとティグリスが同時に出てきやがった。
もちろん、先ほどと同じ下着姿で。
「せ、正妻……あ、愛人……?」
その言葉を聞いた葵さんがぽかんとする。
「そうです。私はトノサマの正妻です。いわゆる契約者、パートナーです」
「ええ、その通りよ。わたくしが真志さんの愛人」
しっかりとそのことを肯定する二人に、さらに固くなる葵さん。
それを見た石田さんが、
「な、なんかあたしたち邪魔しちゃったみたいね。い、行こっか二人とも」
「そ、そうだね……あ、葵。ほら」
「う、うん……」
なんだか元気のない葵さん。
その姿を見て、はっきりとわかってしまった。やっぱり誤解じゃなかった。
ごめん、葵さん。本当にごめん。
「ふんっ、私のトノサマに手を出そうなんて一〇〇年早いです」
「そうね、わたくしの真志さんを手にかけようとするなんて一〇〇年早いわ」
なぜか満足そうに腕を組んで、そんなことを言う二人であった。




