喫茶店のイベント
カランカランカラン。
喫茶店のドアを開くと景気のいい音が鳴った。
そして、
「おかえりなさいませ。ご主人様、お嬢様!」
いわゆるメイドというやつが出迎えてきやがった。
あ、あれー? おかしいなあ。ここ、普通の喫茶店だよなあ?
とりあえず見なかったことにして一度ドアを閉め、名前を確認する。
うん、間違ってない。映画を見るついでによく入る喫茶店で間違ってない。
やっぱりあれは気のせいだよな……?
「気のせいじゃないと思います。あの完璧な出迎えをしたメイドさんに失礼ですよ、耳大丈夫ですか?」
イラッ。なんとなく今のルナの言葉にイラッと俺は、
「念のためにもう一度店名の確認を……」
「む、無視ですかトノサマ!」
再度看板を確認する。んー、やっぱり名前は変わってないな。うん、さっきのはきっと気のせいだったんだよ。ここは普通の喫茶店。だからメイドさんがいるわけがない。
さて、もう一度気を取り直して入るとするか。
「完全にスルーしてますよね!?」
なんだか隣であーだこーだ言っているやつがいるが無視無視っと。
俺は再びドアを開ける。すると、
「おかえりなさいませ。ご主人様、お嬢様!」
案の定、先ほどと同様の出迎えを受けた。やっぱり勘違いじゃなかった。でもなんでメイド喫茶?
今までは普通の喫茶店だったはずだ。一週間ほど前にここへ唯奈と来たが、その時も普通の喫茶店だった。急にメイド喫茶に変わるはずはないのだが。
「あ、あの、すみません」
「なんですか、ご主人様」
「ここ、いつからメイド喫茶に変わったんですか?」
「いえ、メイド喫茶にはなっていませんが、本日メイドフェアを行なっております」
「メイドフェア? ちなみにそれはいつまで?」
「本日限りでございます」
「ま、本当か……」
これじゃあまるで狙って来たみたいじゃないか。俺はいつも通りの喫茶店だと思ってき来たのに。
そんなことを俺が思っていると、俺の後ろでこそこそと話し声が。
「ティグリス。どうやらトノサマは狙って来たみたいですよ」
「なんですって? わたくしたちがいるのにこのメイドの方が良かったとでも?」
「ええ、どうやらそのようです。私たちよりも目の前にいるメイドの方が可愛いみたいです。ほんと最低ですよね、トノサマは」
「そうね。わたくしたちとデートなのにメイド喫茶に来て他の女の子にデレデレするなんて……ほんとひどいわ」
「ちょ、ちょっと待てお前ら、それは誤解だ! それにルナ。お前はちゃんと俺の心を読んでいたはずだから知らなかったことを解っていて――」
「うん? 何を言ってるんですかトノサマ。私はちゃんと読み取っていましたが、先ほどのようなことをしっかりと思っていたじゃないですか」
「ごめんなさい。マジでごめんなさい。あの時無視してすみませんでした!」
がっと勢いよく頭を下げる。く、屈辱だ。まさかこんなやつに頭を下げるなんて。
するとルナは腕を組んで偉そうな態度を取った。
「ふんっ、わかればいいんですよ。これからは私のことを無視しちゃいけませんからね?」
「……はい」
とはいっても、やはりあの時はルナがイラッとさせるようなことを口にしたから――
いや、考えちゃダメだ。また胸中を読み取られていたら堪ったもんじゃない。
「ということはルナ、真志さんは知らないままここへ来たのね?」
俺の様子を見て誤解だと判断したティグリスがルナに確認を取る。
「ええ、どうやらそのようです。いつも通りの喫茶店だと思って来たようですね」
「ふーん、そう……ルナがそういうのなら間違いないわね。まぁいいわ。真志さん、今回は不問にしてあげる」
「そ、そうか。ありがと」
「ところでトノサマ、どうするつもりなんですか?」
「うーん、そうだなぁ」
ルナに問われて俺は少々頭を悩ませる。普通の喫茶店なら迷うことなく入るんだけど、メイドフェア中だしなあ。
でも一度入っちまったんだよな。しかもメイドさんが目の前で俺たちの会話を聞いているし。さすがに「やっぱりやめておきます」なんてことは今更言えない。
それに上映時間まであと三〇分近くある。他にもゲームセンターやら本屋やら時間を潰す場所はいくらでもあるが……ルナたちと約束したからな。他の場所へ変更というのもなしだ。
そうとなれば。
「えっと、三名です。お願いします」
「はいっ、ありがとうございます。三名様ご案内しまーす」
店内に向けてメイドさんが可愛らしい声を上げた。
ティグリスへの誤解はちゃんと解いたわけだから、別に入ってもいいだろう。
そしてメイドさんに案内され、俺たちは席に着く。幸い、丸いテーブルを囲って椅子に座る形になっているため、座る場所云々で揉めることはなかった。
開店してあまり時間が経っていないとはいえ……さすがメイドフェアだな。俺たち以外にも多くの客がいる。
ただそこで気になったのが、やはり俺たちのことを見る視線だった。外を歩いている時よりも好奇な視線が多いのは、きっとルナたちのような格好を好きな連中が多いからだろう。天使の羽はメイドを見るよりも珍しいからな。それに精巧なコスプレだと周りは思っているだろうが、実際は本物なわけだし。
そりゃあ注意を引いても仕様がない。もちろん、俺を見る嫉妬心も半端ないが。
「二人とも何にするかは決まったか?」
「ええ、私はこのイチゴパフェとカプチーノで」
「わたくしはこのチョコレートケーキ……いえ、やっぱりこのチョコレートパフェとアップルティーにするわ」
前者がルナ。後者がティグリス。ティグリスの言葉を聞いたルナが意外そうな顔をした。
「珍しいですね。ティグリスはパフェよりもケーキのほうが好きだったんじゃ……」
「ええ。ケーキのほうが好きよ。でもちょっと面白いことを思いついたのよ」
「面白いこと?」
俺はその言葉に首を傾げる。いったい何だろうかそれは。
嫌な予感がするけれど……まぁいいか。
「よし、それじゃあ呼ぼうか。ティグリス、それ」
「ええ、このボタンを押すのよね?」
「あぁそうだ」
俺が答えると、ティグリスが手元にある呼び出しボタンを押し、メイドさんを呼ぶ。
そして数秒後。
「ご注文はお決まりでしょうか。ご主人様、お嬢様」
「はい。このイチゴパフェとチョコレートパフェ、シュークリームを一つずつ。それとカプチーノとアップルティー、ホットコーヒーを一つずつお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
俺の言った注文をメモした後、メイドさんがすたすたと厨房へ戻っていく。メイドフェアとか言っていたから、てっきりメニューの名前も変わっているのかと思っていたのだが、そんなことはなかったな。
まあわかりやすさは重要だと思う。この近場にあるメイド喫茶のメニューより断然わかりやすいから俺はこっちの方がいいかな。
「トノサマ、例えばどんなものがあるんですか?」
「ん? ルナ、一体何の質問を――あぁ、近場のメイド喫茶のメニューのことか。例えばそうだなあ。『つんつんぱふぇ』とか『ろりろりさんでー』とか」
「『つんつんぱふぇ』に『ろりろりさんでー』ですか?」
「あぁ、そうなんだ。しかも写真が付いてないから何味なのかがさっぱり分かんないんだよ。それに他にも違う名前のパフェやらサンデーやらがあるから尚更なんだよな」
しかし、味がわからないからといって「これ何味なんですか?」なんて訊くのはさすがにアレだろう。俺だったら普通に訊くけど、中には恥ずかしいと思う人もいるだろうし。
「でも私はメイド喫茶でメニューに書いてある名前がシンプルなのもどうかと思いますけどね。確かにわかりにくいのは良くないですが――」
「そもそもメイドさんとにゃんにゃんするのが目的だものね」
「にゃ、にゃんにゃんって……」
ティグリスお前、やけにいやらしい言い方をするな。
確かに『にゃんっ♪ にゃんっ♪』って、客とよくわからないことをしているのを見たことはあるけど。
「トノサマ。私とにゃんにゃんしますか?」
「――は?」
「にゃんっ♪ にゃんっ♪ ほら、トノサマも一緒に……にゃんっ♪ にゃんっ♪」
「……っ」
あまりにも突然なことだったため、思わずルナの行動に萌えてしまった。
近くにいた人の視線が一気にルナへ集まる。
「おぉ、なんだあの娘は」「あれでメイドさんだったら……くー、メイドさん+天使はたまらんだろうなぁ」「んー、でも胸がなぁ。あれはさすがにないな」
「……っ」
最後の客のセリフにルナがびくっと反応した。
そして、
「にゃん……にゃん、にゃん……」
さっきまでの勢いがそがれ、むしろテンションが低くなっていく。もし猫耳でも付いていたら、今頃はへにゃりと垂れ下がっていることだろう。
やっぱりルナは相当気にしているんだな、胸のこと。ここは一応フォローしておくか。
「気にするなルナ。それにほら、前に言っただろう? 俺はルナの胸が好きだって」
これは事実だしな。俺はちっぱい派だ。
「そ、そうでしたね。トノサマはちっぱい派でしたよね」
「あら、真志さん。それだとわたくしの胸は嫌いってことかしら?」
ティグリスが頬を膨らませながら訊いてくる。べ、別にちっぱい派だからといって巨乳が嫌いだということはないけれど。
「え、えーっと……」
俺はどう返答すべきか困った。下手にフォローすればルナが文句を言うだろう。ここはなんて言うべきだろうか。
むー、大きい胸は大きい胸でいいところがあるしなあ。なんといっても柔らかい。それにティグリスの胸は形も整っているし……って、マズ!
「トノサマはやっぱり変態です」
あぁ、やっぱり読み取っていやがったのか。仕方ない。ここは――
「そうだよ。悪いかよ俺は変態だよ」
開き直ることにした。何せ俺はちっぱい派だからな。一般人と比べたら変態だよ変態。
……なんか自分で言っていて悲しくなってきた。
「そこで開き直るんですか。まぁトノサマが私派なのでしたら別にいいんですけど」
「やはりあなたは強敵ね。どうしてこんなに育ってしまったのかしら」
そう言いながらティグリスが自分の胸を悩ましそうに見つめる。
なんとも贅沢な悩みである。確かに胸が大きいと肩が凝りやすいなんていう話を聞いたことはあるのだが。
と、そんなことを思っていたら注文した品が運び込まれてきたようだな。
「お待たせしました。イチゴパフェとチョコレートパフェ、シュークリームです。それと、こちらがカプチーノとアップルティー、ホットコーヒーになります。他にも私どもと遊べるメニューはございますが、そちらの方はどうなさいますか?」
「えーっと……大丈夫です。なんかすみません」
「いえ。それでは十分楽しんでいってくださいね、ご主人様。お嬢様」
あくまでも笑顔を崩さないままメイドさんが立ち去っていく。本当に申し訳ない。せっかく一日限定メイドフェアなのに、ただ飲み食いするだけなんてほぼやっている意味がない。
「まぁいいじゃないですか。そんな細かいことは気にしなくていいと思います。それより早く食べましょう」
「おう。そうだな」
ルナに言われて俺は気を取り直す。そうだよな。俺みたいな客は他にもいるだろう。メイドフェアをやっているなんて知らずに入ってしまったお客さんもきっといるはず。
一応礼儀として『いただきます』と三人で言った後、とりあえずコーヒーをひと口。
「やっぱりここのコーヒーはうまいな」
味は落ちていなかった。メイドフェア中とはいえ、さすが普通の喫茶店である。
向こうにあるメイド喫茶なんて絶対にインスタントだからな。
「このパフェもなかなかですよ」
ルナがイチゴパフェをもぐもぐと咀嚼しながら感想を述べてくる。
「こっちもなかなか美味しいわ」
どうやらティグリスも気に入ってくれたみたいだ。
「そうか。それはよかった」
ホッと安堵のため息をつく。俺はパフェを頼んだことがないから、この店のパフェが美味しいのかどうかなんて知らなかったんだよな。唯奈はいつもケーキを頼むし……。
少し心配したけど、どうやら杞憂に終わったようだ。




