おバカな子
そして二人がいなくなった後、俺は携帯を使って最寄りの映画館の上映時間を確認する。
「んー、どれどれ……あ、あった。これか」
一〇時二五分からか。今は九時過ぎだから――
よし、十分間に合うな。
ここから最寄りの映画館までは二〇分くらいで着く。ルナとティグリスがどれほど準備に時間がかかるのかは知らないけれど、まぁ、大丈夫だろう。
さて、居間にでも行ってルナとティグリスを待つことにするか。
そう思って自室から出ようとすると――ガチャリ。
ドアが少し開き、ルナが顔だけを出してきた。
「トノサマ。準備できましたよっ」
「はや! もう準備できたっていうのか!?」
さっき出て行ったばっかりだぞ。いくらなんでも早すぎだろう。女の子はみんな準備に時間がかかるんじゃなかったのか?
「確かにそういうものですが、私は例外です」
「なんでだよ」
「もちろんそれは化粧とかする必要がありませんからね」
「さりげなく自慢してるよなそれ」
「え? そうでしょうか。まぁそんな細かいことはどうでもいいので早く行きま――」
「ちょっと待ちなさいルナ。あなたその服で行くつもりなの?」
と、ここでルナの後ろからティグリスの声が聞こえてきた。
……ん? その服で? もしかして変な服でも着ているのか?
ルナはこちらに顔だけしか出していないため、どんな服を着ているのかはわからない。一応確認しておこうかと思って、ドアをきちんと開く。
するとそこには――
自衛隊天使が突っ立っていた。
いや、違う。よく見たら胸元に『じたくけーびいん』なんて名称が書かれてある。
ま、まさかこの服で外出するっていうのか?
するといつも通りに俺の胸中を読み取ったルナが胸を張った。
「もちろんです。この服で行きます」
「やめてくれ! 頼むからそんな恥ずかしい服装で外に出ないでくれ!」
「恥ずかしい? この服装がですか?」
「当たり前だ! だって自宅警備員のコスプレだぞ!?」
迷彩柄で……何と言っても胸元に『じたくけーびいん』なんて名称があるのが痛々しい。
それに今はヘルメットを被っていないけど、どうせ外へ出たら被るつもりなんだろう。
「もちろん被るに決まっています。そうじゃないと中途半端になりますからね。それよりもトノサマ。自宅警備員のコスプレですよ! どうですか、興奮しますか?」
「興奮しねえよ!」
どうしてそんなんで興奮できるというんだ!
露出しているところが顔しかねえじゃねえか!
「むむ、自宅警備員コスはトノサマの心を射止めませんでしたか。それならば……ちょっと待っていてくださいね」
そう言うとルナは、とてててと小走りをして、着替えを置いてある部屋へと戻っていく。
「な、何だったんだいったい……」
俺は小さなため息を吐いた後、ティグリスと他愛ない話をし始めた。
そして待つこと数分後。
ここで待っていろと言われた俺がティグリスと話をしながらその場で待機していると、
「トノサマ。これはどうですか?」
再び小走りしてルナが戻ってきた。俺とティグリスがその声に反応して振り返る。
やっと来たか、さっきよりも時間がかかったな……って!
「何でそんな恰好をしてるんだよ!」
赤レンジャー天使がそこにいた。ほぼ全身が赤い布で覆われていて顔まで隠れてしまっている。そのため誰が入っているのか見ただけではさっぱりわからない。
ただ、そんなコスプレをしながらも背中から計四本の白と黒の羽を生やしているのだから、変な奴に見えるのは間違いない。
「ルナ、あなたって人は……」
それを見たティグリスが、はぁと深いため息を吐いた。
一方、そんなティグリスを無視したルナが元気よく俺に向けて、
「どうですか? トノサマ、興奮しますか?」
「興奮するわけねえだろ! お前は俺を笑わせたいのか!?」
「笑わせる? そんなわけないじゃないですか。私は常に真剣です。トノサマに興奮してもらいたいのです」
「そう思うんだったらもうちょっとましなコスプレをしろよ!」
「もうちょっとましなコスプレですか。わかりました、着替えてきます」
そう言いながらすたすたと戻っていく赤レンジャー天使。
天使の羽があまりにも不釣り合いなため、その後ろ姿に思わず吹き出しそうになる。
いやほんとまじで……あいつは何がしたいんだ。
そして、再び待つこと数分後。
「トノサマ。これなら完璧ですよね?」
ガシャン、ガシャン、と重そうな音を立てながらこちらへ向かってきたルナは、天使侍の格好をしている。
もうダメだこいつ。
「もうダメだとはどういうことですか! いえそれよりも、これなら興奮しますよね?」
「…………」
「あ、あの……トノサマ?」
「ルナ。お前はいったいどうしてその格好で興奮すると思ったんだ」
「それはもちろんこの雑誌を見てですよ!」
と言って、一冊の雑誌を渡してくる。
どれどれ。
この格好をすれば『もえる!!』
君もこのコスチュームで意中の人にアピールだ!
外出時にも使えるんだぜ!?
そんな売り文句を書いた後に、先ほどルナがコスプレしてきたグッズが載っていた。
「このコスをすれば、きっとトノサマなら萌えるんじゃないかと思いまして」
「お前それ漢字間違ってるからな!? 『萌える』じゃなくて『燃える』だからな!? なぁ、お前はバカなのか、バカなんだな!?」
「バカとは失礼ですね! だから私は真剣に考えて――」
「ええ、ルナはバカよ」
「ティグリス!?」
まさかの裏切りにルナが目を見開く。
そうだ、もっと言ってやれティグリス。
「前々からバカな天使だとは思っていたけれど、まさかここまでだったとはね。やはりあなたは第十の位がお似合いよ」
「ぅ……」
「ほんと真志さんが可哀想だわ。こんなバカな子が契約者だなんて」
「ぐっ……」
「それに今回の任務を成功させれば、階級を一つ上げてもらえるのだけれど。あなたにその資格はないわね」
「うぐっ……」
「だから帰ったらお父様に『ルナの階級を上げる必要はないわ』と伝えておくわ」
「いやさすがにそれはあんまりなんじゃ」
と、俺が口を挟みかけたら、
「別にそれは構いませんよ」
ルナがケロッとした表情で答えた。
「いいのかよ!?」
「はい、その程度のことですから」
「その程度のことって……」
俺はルナをジト目で見つめる。やっぱり向上心は地獄に置いてきてしまったのだろうか。
「ええ、昨日言った通り向上心は捨ててきましたからね」
「置いてきたんじゃなくて捨ててきたのかよ! もっとひどいじゃねえか!」
結果は同じなのに。言い方一つでこうも印象が変わるもんなんだな。
と、ここで俺とルナのやり取りを見ていたティグリスがため息をついた。
「ほんとあなたはどうしようもない子ね。まぁいいわ。とりあえずルナ、着替えてきなさい。もちろんまともな服装にしなさいよ」
「これも十分まともなんじゃ」
「どこがまともなんだよ!」
すかさず俺はツッコミを入れる。すると、ルナは先ほど俺に見せた雑誌を広げ、
「だってこの雑誌に外出も可能だと書いて――」
「その雑誌をあてにするな! いいから着替えてこい!」
「いえ、ですからここに外出可能だと」
「いいから着替えてこい!」
「むー、トノサマがそう言うのでしたら着替えてきますよ」
漸く諦めたらしく、とてとてとてとゆったりした歩調でルナが部屋へ戻っていく。
さ、さすがに次は……変な格好はしてこない、よな?




