任務依頼発生
天国のとある一室にて。
「そろそろ、いいか?」
「んっ……は、はい」
目の前に横たわっている少女、天使ルナが熱い吐息を漏らしながら頷き、ゆっくりと起き上がった。
……やばい、緊張してきた。
ルナの少し青みがかった銀髪が汗によって濡れ、艶やかな光彩を放っている。それだけではなく、右側に生えている漆黒の羽二枚と左側に生えている純白の羽二枚も、少しだけ濡れて魅惑的な色を俺に魅せつけている。
ごくり。俺はルナのかぐわしい姿に息を呑んだ。だ、だって仕様がないじゃないか。たとえこいつが俺の契約者だとしても。天使だとしても。女性であることに変わりはないのだから。それにこれからルナに対して行なうことは一度もやったことがないし……
「トノサマ、まだ……ですか?」
俺が躊躇っていると、ルナが上目づかいで俺を見つめ、催促してきた。頬が上気しきっていてもう我慢できないといった様子だ。
そうだった。躊躇っている場合じゃなかった。早く、ルナを楽にしてやらないとな。
俺は深呼吸をして心を落ち着かせた後、ポケットからあるものを取り出す。
「ルナ、ボタン外して」
「ボタンを……外すんですか?」
「あぁ。そうじゃないとできないだろ?」
「わ、わかりました」
ルナは頬を赤く染め、俺の命令に従う。
ポツン、ポツンと、着ているパジャマのボタンを上から順に二つほど外し、そこで手を止める。その一つ一つのゆったりとした動作に俺の心臓は鼓動を早めていく。
落ちつけ、落ちつくんだ俺。今からやることは……そう。仕方なくそういう流れになっただけなんだ。俺が変態なわけじゃないんだ。自分から進んでしたいなどと言ったわけじゃないんだ。だから――
「これくらいで、いいですか?」
「え、あー、いや。まだだ。もう少し、もう少し開いてくれないと困る」
「わ、わかりました」
ルナが応え――ポツン、ポツン。
ゆったりとした調子でさらに二つのボタンを外す。
「もう、いいですか?」
「その辺でいい。それじゃあ」
「はい。トノサマ……お、お願い、します」
ルナの了承を得た後、俺は彼女の座っているベッドに上る。
そして、ルナを後ろから抱きかかえ――
彼女の左脇に体温計を忍び込ませた。
「ひゃっ。つ、冷たいです」
「我慢しろルナ。ちゃんと熱を測らないとダメだろ」
「うぅ~。わ、わかってますよ」
ルナが口を尖らせながらも、おとなしく俺に身体を預けてくる。
まったく、ちゃんとおとなしくしてもらわないと……。
はぁ、とため息をひとつ。本来なら体温を測るくらい自分一人でできるはずなのに、どうして俺が手伝ってやらなきゃならんのだ。
「もう、そんな意地悪なこと言わないでくださいよ」
「こんなときでも心を読み取るのかよお前は」
「当たり前じゃないですか」
「……まあいい。それよりもルナ、少しはましになってきたか?」
「んー、昨日よりはましになりましたけど……」
「そうか」
でも、まだまだだろうな。
俺はルナの声の調子から本調子にはほど遠いと判断する。
そう。この通りルナは風邪を引いているのだ。昨日の昼ぐらいから喉の調子が悪いと訴え始め、ついには昨夜熱が急上昇した。
ルナが風邪を引くのは俺が契約者になってから三度目になる。
だから焦ったりなんかはしない。
「毎回思うけどよ、時間に身を任すしかないのが厄介だよな」
「そうですね」
俺の愚痴にルナが同意する。
実は天使の引く風邪には特に治す方法がないのだ。
だから自然治癒に身を任せるしかない。
天国では医療系魔法が発達しているとはいえ、こればかりはどうしようもないらしい。
「さて、そろそろかな」
俺がルナの脇に挟んでいる体温計の様子を見ていると――ガチャリ。
天使会議に出席していた天使ティグリスが帰ってきた。
「おかえり、ティグリス」
「ただいま……って、あら。二人してなにえっちなことをしようとしていたのかしら?」
「ち、違うぞティグリこれは」
「ふふっ、わかっているわよ。ルナの熱を測っているんでしょう?」
「……っ。あぁそうだよ」
こいつ、また俺をからかいやがったな。
天使ティグリス。彼女はルナと違って、少し明るい紫色の髪をツーサイドアップに結っている。天使の羽も髪色と同じ紫色。しかし、羽の方が色は薄い。
ティグリスがゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
豊満な胸が歩くたびに少し揺れて見えるのは気のせいじゃないだろう。だから思春期真只中の男性なら必ずそこへ目が行ってしまうと思う。
だが俺は違う。なぜならちっぱい派だからだ。
だから俺はティグリスの胸よりもルナの胸の方が好きなわけで――
「そう思いながらもトノサマ。どうしてティグリスの胸に目が行くんですか」
「え、あ……いや、これは」
だ、だって仕様がないじゃないか。いくらちっぱい派だとはいえ、揺れている大きな果実があればそちらを見てしまうもんだろ。
「む、そんなのは所詮言い訳です」
「いや、だからその」
「ふふっ、どうやら真志さんがわたくしの胸に興味を抱いているようね」
俺が狼狽えている間に、いつの間にかティグリスが俺の真後ろにやってきていた。
そして、
「どう、真志さん。ちっぱい派から巨乳派に乗り換えてみない? そうすればほら」
ふにゅんっ
「気持ちいいこといっぱいしてあげるわよ?」
「な!? や、やめろティグリス、胸を押し付けてくるな!」
「そう遠慮せずに……ね?」
「いや、いいってば!」
いくら俺が声を上げても――ふよん、ふにゅんっ。
俺がルナの身体を支えているから動けないことをいいことに、ティグリスが俺の背中に豊満な胸を押し付けてくる。
た、頼むからやめてくれ。
「なっ、何をやっているんですかティグリス! トノサマから離れてください!」
「いやよ、離れないわ。今から真志さんを巨乳派にするためだもの」
「何が巨乳派にするですか。トノサマは永遠のちっぱい派です!」
「わたくしにかかればすぐ巨乳派になるわ」
「トノサマは一生ちっぱい派に決まっています!」
「巨乳派になるわ」
「ちっぱい派のままです!」
「巨乳派よ!」
「ちっぱい派です!」
「巨乳派!」
「ちっぱい派!」
と、二人が徐々にヒートアップしていき、
ついにはルナが無理やり立ち上がり、
「だからちっぱい派だと何度も言ってふみゅう~」
立ち眩みをして、その場に座り込んでしまった。
「こら、お前はまだ病人なんだから無理をするな!」
「うぅ~、でも」
「でもじゃない。それにどうでもいいことでムキになるな」
俺が巨乳派なのかちっぱい派なのか。そんなことはどうでもいいだろうが。
「な、何を言ってるんですかトノサマ! これは重要なことです」
「は? 重要なこと?」
どこがだよ。いったいこれのどこが重要なことだというんだ。
俺が巨乳派だろうがちっぱい派だろうがルナには関係ないはずだ。
「いいえ、関係あります。トノサマが巨乳派なのか、ちっぱい派なのか。私たちにとっては重要なんです」
「そうよ、真志さん。これはわたくしたちにとって大きく関係していることよ」
ルナに加勢するティグリス。
そしてまた、ルナが立ち上がろうとし、
「だからトノサマが巨乳派なのかちっぱい派なのか、今からはっきりさせふみゅぅ」
「あぁもう、だから立ち上がるな! お前はおとなしくしてろ。これで熱上がっていたら怒るからな!?」
「むー」
「これ以上文句を言うな。ほら、体温計を見せてみろ」
「……はい」
まだ納得しないながらもルナが左脇に挟んでいた体温計を抜き取り、俺に手渡してくる。
俺はそれを受け取り、赤く伸びているメーターを確認し――
「おい、三十八度九分ってどういうことだよ!」
やっぱり熱上がってるじゃねえか。
変なことでヒートアップするからこうなるんだよ!
「だ、だから変なことじゃ」
「あーはいはい。わかったからおとなしくしてろルナ」
「適当に返事しないでください、これは重要なことだと」
「ルナ!」
「あう、ごめんなさい」
俺に強く名前を呼ばれたことでルナはしゅんとなった。
そしておとなしく布団の中に入り、寝転がる。
ふぅ、ようやく俺が心配して言っていることを理解したのか。
「それじゃあ今日はこのまま寝てろよ」
「え、でも任務が」
「中止だ、中止。一日くらい議論ができなくても大丈夫だろ。それに今日は他に特別な任務がなかったはずだから」
「あ、真志さん」
と、俺がルナをなだめている途中でティグリスが何かを思い出したように声を上げた。
「どうした、ティグリス」
「その……任務のことなのだけれど」
「なんかあったのか?」
「ええ、お父様に後で来てくれと」
「天国の王が……?」
いったいなんだろうか。俺みたいな天使の契約者が天国の王に呼ばれる時は、何か重要な任務がある時くらいだ。だから今回も新たな任務を与えられるのだろうが……
まぁいいか。
とりあえず俺はルナをティグリスに頼んで、天国の王のいるところへ向かうことにした。
そして、とある任務を受けた俺たち三人は地球へとやってきた。
無事地球へやってくることができた。
そう、そこまでは良かったんだ。そこまでは良かったのだが――
どうやら俺はとんだハプニングに見舞われてしまったようだ。




