勇者さまはアホでらっしゃいましたか
「…寄るな、触るな、気持ち悪い。」
「………?」
「離れろ!!」
ゴンッ
腹に可愛らしい拳がのめり込む。反転する風景。そして地面に打ちつけられた身体に響く鈍い痛み。
二次元も空は青い。
「く…っ!」
そうだった、呑気にそんなことを考えてる暇などなかった。
食べたものが戻ってきそうな、そして腹と背がくっつくのではないかと思うほどの痛みが腹を襲う。
顔をしかめ、腹をかかえこんで、のたうちまわってもその痛みは和らがない。
そしてその痛みの隙間から「一体だれが」という疑問が沸き上がる。
ルリカに抱きついていた。そして、ルリカの後ろには誰もいなかったはずだ。
それなのに前方から、拳とさげずむような声がとんできた。
……まさかな。
あまりの痛みに遠のく意識と比例して、重くなっていく目蓋。
それを無理矢理持ち上げ、視線で探す。
見慣れたルリカの綺麗な足が視界に入る。
恐る恐る視線を上げると、まるで汚物でも見ているようかの目で冷ややかに蔑むルリカがいた。
「ルリカ──!?」
「お前に呼び捨てされるような仲になった覚えはない。」
吐き出すようにそう告げられる。
本当にルリカなのか!?
しかし何度目を擦っても、何度瞬きしてもルリカの冷ややかな視線が変わることはない。
「…………。」
「…………。」
おれの…
俺のルリカを返せええええええええええ
そういえば、何にも興味がないらしいクラスメイトがよく言っていた。
「アイドルでも二次元キャラでも裏表があるんだよ。それも含めて愛せるというのか?」
その時の俺は即答していた。 もちろん、と。
今なら、そいつの言葉も身にしみる。
だが、もし今そいつが現れて同じ質問を投げかけてきたとしても、
俺は同じ答えを返すだろう。「………もちろん。」
だから俺は、少しだけ違う形だけどその気持ちが嘘ではないことを証明させる。
「ルリカ、お前のご主人様はだれだ。」
「田中 真彦………様…です」
「そうだ。よく覚えておけ。」
ルリカ。
俺はお前が真の従順になれるように調教してやる───。
「仲がよろしいようで何よりですが」
突然かけられた声にびくりと方を震わせ、声の主の方、後方の地表から約3メートル、に振り返る。
そこには、好きな女の子を選んでね、のあの女子高生がいた。
どうやらこの子はルリカと違って、裏も表もないらしい。
「そろそろお出掛けしていただかなければなりません。」
そういって、にこっと貼り付けたような笑顔で笑う。
しかし思い返せば、この表情以外をみたことがない。
前言撤回。この子は要注意人物だ。
「要注意人物、ね。」
「………!!」
声には出していないはずなのに、女子高生はその笑顔のままそっと呟いた。
そしてその表情のまま、思い出したかのようにゆっくりとした口調で告げる。
「早くしないと、あなた方の命の時間がたりなくなってしまいますよ。」
その言葉に疑問符を浮かべる俺。
命の時間は決められているのだろうか。そしてやり遂げなくてはいけない何かがあるのだろうか。
そんな俺に対し、我に返ったようなルリカは慌てて何処かへ走る
そして少し奥の木の影に隠れ、なにやらごそごそと始めた。
立ったりしゃがんだり、腕を伸ばしたり下げたり。
ガン見する俺の視線に気が付いたのか、木の影から顔だけだしたルリカは口をパクパクさせる。
ん…? 酸素が足りないのか…?
「勇者さまはアホでらっしゃいましたか。」
いつの間にか地表に降りていた女子高生は、
某ベストセラーの『謎解きは朝メシ前に』の執事の真似をした、のかもしれない。
空耳だ、うん、きっと。
気を取り直し、ルリカのパクパクに集中する。
<み・る・な・ば・か>
「見るな、ばか?」
分かったぞ、あれはトイレなんだな。
「失礼ながら勇者さま、あなたの思考は小学生と同レベルでございますか。」
「…………。」
一度目は空耳だということにしてあげた。だが、さすがに二度目は許せん。
慣用句にもあるだろう。仏の顔も一度まで、とかいう。いや、あれは三度までか。
「ぷっ……くくっ………あははははははは」
堪えきれなくなったかのように、女子高生は腹を抱えて笑っている。
表情は貼り付けた笑顔のまま変わらない、が。
女子高生をこんなに殴りたくなるなんて思わなかった。
いやぁ、『謎解きは朝メシ前に』のレイコお嬢様もよく我慢しているなぁ。
ゲンコツに握りしめた手を手加減なしに振り下ろし、確実に女子高生に当たった───はずだった。
当たる一瞬だけ前に急に真剣な顔になった女子高生は、いとも簡単にそれをよけたのだった。
「───っ!?」
ガッ…!
背中に大きい衝撃がくる。まるで鈍器で殴られたような。
だけどそれは女子高生の所為ではないようだった。
女子高生は地表に降りてから1ミリもずれないその位置で、得意の貼り付けた笑顔を浮かべている。
「そんな女と遊んでいる暇はないはずだ。早く着替えろ。」
いつの間にか着替えを終えていたルリカは、鋭い視線を向ける。
でもその瞳には少し涙が浮かんでいるような気がして。
「ルリカ、お前、もしかしてヤキモチやい───!?!?」
言葉を完全に言い終える前にルリカの足蹴りによって強制的に終わらされた。
二回目だからって痛さに慣れるものじゃないらしい。
うずくまりつつ、ふと視線をあげるとそこには真っ赤な顔をしたルリカがいた。
「…そうだよ…嫉妬したよ…悪いか…。」
真っ赤な顔のまま、ボソボソと小言を漏らすルリカ。
か、かわいい!!
調教しなくても、これはこれでいいのかもしれない。
緩む頬をそのままにして、ルリカのいた木の影──更衣室へスキップで向かった。
ーーーー
真彦がいなくなった部屋に一人、狂ったように画面に向かって叫び続ける少女の姿があった。
「まさくん…! 待って、置いていかないで!!」
涙がもりあがる。少女の…、咲の頬の上をすべっていく。
しばらくそうして叫んでいたが、ふと覚悟を決めた表情になると
「………っ!」
その姿は画面の中に消えていった。
だが……、
真彦のいる世界への扉はもう既に閉じていたのである。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます(*´ω`*)
ルリカが作者の手に負えなくなってきましたが、
真彦がなんとかしてくれるはずです、させます(涙目
ではまた近いうちに。更新スピード上げたい…。