店の奥には一台のパソコンがある
*作中に駅名や店名が出てきますが、実際のものとは全く関係がありません。
『次は~藤川駅~藤川駅~お降りの方は~…』
車掌さんの独特な声色で告げられた目的地。
車内の快適な冷房空間にウトウトしていた真彦は
膝においていた財布だけが入った鞄を持って立ち上がった。
電車に揺られて30分。
ダボダボの服に使い古されたリュックを背負った、明らかにオタクであろう人達と共に外にでると
まるでそれを嫌がるかのように太陽が容赦無くサンサンと降り注ぐ。
むろん、そんなものは嫁キャラにもうすぐ会えるということで頭がいっぱいなオタク達にはぬかに釘状態でしかないが。
真彦も含めて。
(ルリカ、もうすぐだよ。待ってて。)
「いらっしゃいませ~」「ご主人様、寄って行きませんか?」「お買い得だよ」
ガヤガヤとうるさい、駅裏。
一緒に電車を降りたオタク達は鼻息荒くそれぞれ、嫁のいる場所へと散って行く。
昼間なのに薄暗く、怪しい蛍光ピンクのネオン、露出の多い若い女達が
この道だけ他とは違う世界にいるような感覚にさせる。
しかしそんな通りを抜ければ、また静かな場所になる。
今まで忙しく動いていた時間が、ふっと穏やかに動き始める。
もう、歩みを進めるものは真彦だけになっていた。
ーギィ…
「失礼します。」
そんな静かな場所に佇む一軒の店。
看板などは出ておらず、地図にも載っていない。
真彦はここを見つけた時のことを覚えていなかった。
昔から来ているような気もするし、今日が初めてであるような気もする。
「すいませーん!誰かいらっしゃいませんかー?」
誰もいない店内を見渡してから、そう奥に向かって声をかける。
「はいはい、どうされましたか?」
サングラスをかけ、木彫りの蛇の顔が付いている杖を持ち、少ししゃがれた声で口元に優しそうな笑みを浮かべて出てきたのは
この店、アイヌ語で恐ろしいという意味の『アシトマップ』の店主さん。
年齢や名前、性別さえも分からない。
アシトマップでは本やゲーム、食料品からペットまで
生活上必要な物はたぶん全て置いてある。
でも…店内は狭く、端から端までたったの五歩で着く。
だからといってゴチャゴチャとしているわけでもない。
噂によると、この奥にこの世界にはないものが置いてあるらしいが…。
まぁ、ただの噂だろう。
「ルリカが主人公の『乙女の日常』というエロゲはありますか?」
何故か、この店にはよく来てしまう。
家の近くのスーパーや店でも終えられる用事を
電車を乗り継ぎここまでやってきてくる。
「乙女の日常、ですか…」
一瞬だけ店主がにやり、と笑った。
そして、杖についている木彫りの蛇もシュルッと一度だけ舌なめずりした。
(やっとルリカに会えた。)
店主が奥から持ってきた箱を思わず抱きしめる。
待ちに待ったこの時がやっとやってきた。
「値段はいくらですか?」
「1350円です。」
間をおかず即答でそう返ってくる。
あれ?そんなに安かったっけ?
ネットで調べた時は3000円ぐらいだったような覚えがあるが。
きっと、店主がおまけしてくれたんだろう。
財布から千円札と500円玉を取りだし
お釣りはいりませーん、と言って店を出た。
その背中に「お気を付けを。」店主は一言漏らし
店の奥に消えて行く。
ところで、店の奥にはたった一台のパソコンがある。
窓もなく電気もない薄ぐらい部屋で煌々と光るその画面には
なにやら剣を持つ少女と怪しい森が映し出されていた。
その少女は何かいいたげな表情をしたまま突然止められた動画のように固まっている。
その少女にカーソルを合わせダブルクリックをすると、
慌てたように走り出した。
───さぁ、ショータイムの始まりだ。
作中に出てくるオタクさんの服装などは
あくまでもわたしのイメージです。
気分を害された方がいたら、ごめんなさい。