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始原世界の中で  作者: 神原 拓
第1章 世界の始まり
5/30

護衛と魔術と

寮に戻り簡素な構造のドアの鍵を開ける。

最近に越してきたばかりだというのに部屋の中はきちんと整理されており清潔感が漂う。

必要最低限の家具と材料加工用の機材郡が置かれているがそれらもちゃんと整理され、部屋の各場所に配置されている。部屋は小さなもので、簡単な間取りの中に2つの部屋がある程度だった。

民族の文化からなのか風呂とシャワー、または滝が寮とは別に管理されているのだが、寮の中に内蔵されているためかなり広い敷地面積を誇っている。

すべては時間制限で管理されているので、どちらかというと旅館に近い。

広い屋敷のような部屋の中でレイルは編入生徒区別の4人部屋を特例として1人で住めるようになっていた。

寮の一番端の隅っこにある人気のなかった部屋だったので寮長は快く特例を認めたようだ。

4人部屋ということもありかなり広い空間の部屋が2部屋あったのだが、襖で両方を分け片方を仕事用に、もう片方を生活用に区別させていた。

しかしながら、生活用の部屋にも機材が溢れ出るという笑えない自体も発生しており、絶対にこの部屋には人を呼ばないなどと思ってもいる。

そして、この生活用の部屋の隅にある森からの風が流れ、日の光がかなりよく通るところにぽつんと一つの机が置かれている。意味ありげに周りには何もおいていない。

しかし、その周りには見たものにとても不快な印象を与えるような機材郡と紙の束が乱雑に置かれていた。中には刃が出たままの設計途中の武器まである始末だ。

その机に手を突っ込みレイルは簡単な身支度を始めた。


(…必要そうな装備を揃えて、ツキに見つからないように護衛。まあ、たぶんリリアちゃんが護衛にいるだろうな。まったく、シンも俺だけじゃ護衛心もとないと思うならちゃんと今現在護衛している人の事ぐらい教えてくれればいいのにな。まあ、無理な話か。シンもまだ俺に絶対の信用を置いているわけじゃないだろ)


感慨深くなる思考にレイルは終止符を打つべきと判断しこの思考を取り除いた。

カチャカチャと手は動いているので別段気にすることはないのだが、これ以上物思いにふけると戻ってこれなくなってしまいそうに思えたからだ。


「…余計な事を考えるのはここまでにして準備しますか」


ハンガーにかけてある黒いコートを羽織るように着た。

必要な装備を付けて、机の下に散らばっている中から刀の形をしたものを取り出し腰に下げて、違和感がないかの確認を行う。

それをコートで覆い隠し、一見武器など持ってないようにも見える姿になった。

コートの内側には幾つものポケットのようなものがあり様々なものがしまいこめる仕様であったが、そこには何も入っていない。一応準備するに越したことはない、と対魔術装備の札をしまいこむ。

札とは魔力のこめられた札で、札そのものに魔術印を押すことで素人でも扱える簡易な魔道具だ。

以前は魔術の儀式用に多量されていたようだが、武器と魔術の一体化や魔術の構成をあらかじめ埋め込んだフラクタルの登場などで徐々に廃れていったのだ。

現在では素人にも使える簡易な治療札や、身体能力の一時的上昇を目的とした保護具としての意味合いが強くなっている。

さらにレイルは状況のシュミレーションを様々に並べ立て、一応の準備に机の引き戸を覗いた。

そこには大量の黒い玉がきれいに並べられて置いてあった。

傷一つ見られないところを見ると新品のようだ。

玉の中心には赤や黄色で紋章のようなものが浮かび上がっていて、小さな花火のようにも見える。

なかでパチパチと何かが散っているのだ。

レイルはそこから惜しげもなく3つの玉を取り出し、コートの内側に仕舞い込む。


「あとは…一応、仮面つけていくか。まったくこれじゃ俺が不審者みたいだ」


そう言いつつ黒い仮面をつける。

ただ素朴のように思える仮面はその黒さを特に主張することなく闇の中へ溶け込ませるのに特化したものだ。仮面の裏には人の視覚をごまかす虚失魔法を専門の魔術師に頼み刻み込ませていた。

黒い髪黒い服その姿は全身黒ずくめ。まさに怪しいの一言に尽きた。


(それじゃ行きましょうか)


部屋を後にしてドアノブに手をかけて、捻る。

音もせずにドアは開き、今の時間と外の風景をレイルに自覚させた。

現在は太陽が沈み、外は暗闇に包まれる。

寒々しく思えるような中で月が青白い光を地面に映えさせ、夜の女王として君臨していた。

ただ残念かな。その月は少し欠けた円形だった。

見るならば完全な円がよかった、何故自然はこうも思いどうりにならないのだろうと思いつつも学園に続き道に目を向けた。

レンガとも大理石にも思えるような美しい光沢を月光で反射させて幻影的で、距離感を狂わせるような雰囲気の中、ランプのような魔道具が火術を灯して道の全貌をかろうじで見せている。

寂しくも人の気配はまったくない。

今の時間帯には少なくとも2~3人の人影があってもいいなとも思い、ふとそこで人間も思いどうりにならないものなんだな、と自然と人間の意外な共通点を発見するのだった。

そして、その魔術で照らされて映し出されるか細い路上をゆっくり辿るようにして歩き出すのだった。



意外にも目的地には早くついた。

もっとも、生徒達から聞き出した情報によって、あらかじめツキの所在は分かっていたようなものだったのだが。

考えていても始まるものはなく、行動あるのみとレイルは目的地での索敵と警戒をはじめつつ生徒会室へ近づいた。


「ここだな」


こんな言葉を呟いたレイルの視線の先、木々の中にひっそりと隠れているかのように存在する窓ガラスがあり、外から内部の様子を見せないように魔術で視覚を一部分奪う魔術がかけられていた。

カーテンに魔術が編みこまれているようで生徒会室の窓を見ると白い紙があるようにしか見えない。

幻覚魔術に近いものから、比較的多い虚失魔術の光術であると目星をつけたレイルはコートの中から光情報の遮断の術がかけられている札を取り出し、それを起動させた。

札に書かれている魔術構成式が起動し、札が自然分解を始める。

ボロボロと札が崩れ落ち、地面に着く前にすべてが灰になったと思いきや魔術が発動しレイルの視覚に異変を与えた。

光情報はすべて遮断されレイルの目には何も見えなくなる。

その代わりに熱センサーにも近い魔術の動きを見ることのできる1時的な邪眼と呼ばれる眼を手にする。

その異物を使い、世界を別の目から覗き込んだ。

生徒会室を覗くと光術の効果はなくなり、壁越しに人型の魔力が動いていた。

どうやら席に座り何かを話し合っている様子だ。

一人がひっきりなしに机を叩いているところを見ると進行具合はよくないようだ。

生徒会室の上のほうを見ると小さい陽炎がいくつか揺らめいている。

おそらく魔術をつかい照らしているのだろうとレイルは判断した。

暖かそうな魔力の流れに安心感を覚える。

あの魔術を使った人はかなり温和な性格なのだろう。

そんなことを思っていると、外と中の温度差に気がついた。

レイルは現在、冷たい外の中で森の中に溶け込んで寒い思いをしている。

対して中では暖かな人の温もりと火術があった。


(なんだか、今の俺とツキの環境を明確に教え込まれてるみたいだな。しかし、生徒会室ってなんか重要なものでもあるのか?なんなんだ、あのトラップ魔術の数は)


レイルがそう思うのも無理はない。

生徒会室の周りにはいくつもの魔術があった。

それは確認するだけでも20以上。

明らかに侵入者対策としては多すぎだ。

そして奇妙に思えたことはその配置場所。

窓を開けることで魔術が発動するものや動物などの生体に反応した瞬間に爆発するもの。

さらに足の踏み場もないほどの地雷魔術と空中機雷魔術。

殺傷能力もそこそこ保有する火術と土術、風術のアレンジ改良を加えた魔術のようだ。

発動基準は魔力の保有量のようだ。

術式の一部に共通の式が編みこまれてるのを見たレイルはそれが、軍などで使われていた構築式であることに気がついた。


(軍に所属している生徒がいるのか。生徒会もツキの暗殺者対策してるのかな…まいったな。邪眼だと誰が誰だかわからないし、魔力を見てもどれも2、3級レベルの保有量だ。まったく、学生にしちゃ多すぎだろ。才能ありすぎだ。アレだったら学生にして上級魔術を2回は使えるじゃないか?

軍がのどが手から出るほどに欲しい逸材ばかりだな…。その生徒会は活動終了時刻が遅いらしいが、まあ信じて待つしかないな)


それから動くことなく気配を消し生徒会室を監視して1時間がたつ。

邪眼の効果も切れてしまい、今では気配に集中して中の様子を探るしかなかった。

神経を削るような作業に近いため、集中力はかなり削られていくがその代わり邪眼よりもリスクは少ない。何せ、集中さへしていればいいのだから。

邪眼とはそもそもこの世ならざるものを見るための手段で、実際に使う人間は限りなく少ない。

札による補助効果で誰でも使えるにしても、それを使おうとする者はレイルぐらいだろう。

圧倒的な魔力しか見えない邪眼は、精神の侵食を進めて行くリスクに比べて得られるものが少ないからだ。レイル自身もそのことは承知のため短時間の使用に留めている。

しかし、集中力の限界というものも確かに存在したのでレイルは次第に魔術を使ってもいいのではないかと考え始めた。そこで、土術で中の様子を探ろうとしたところ、近くにあった地雷が起動しかけたのでそれ以降は魔術を使っていない。幸いにも仕掛けた本人には伝わっていないようだ。


(そろそろ、出てくるかな)


森の中から見て、生徒会室から人の気配が消えていく。

一人二人と出て行くのを感じたレイルは表に回り込もうとしたが、このまま表に回っても見晴らしがよい学園の構造から発見されてしまう危惧を感じたので、壁伝いに二階の部屋の窓の枠組みに取り付き学園から出てくる生徒会のメンバーを視認することにした。


(よし…ツキはやっぱりいたか…って、監視用に風術までかけてあるのか?)


どうもツキを中心にアクティブセンサーのような風術がかけてあるようだ。

ツキと一緒に出てきた男は学園から出ると同時に魔術式を構築して風術を発動したらしい。

どうも広範囲に広げた風の動きを自分の触覚に同調させる魔術のようで、さっきから鳥やらが範囲内に入るとしばし、男がそっちを向いている。

魔術の発動がちゃんと行われているかの確認のようだが、眼に油断はない。

この上なく厄介だ、とレイルは思った。

かなりの場数を踏んでいる。

レイルのことはまだ完全に認識されているわけではないが薄々、近くにいることぐらいは感じているだろう。

レイルは舌打ちしつつもツキを含む4人の生徒の人影を目で追う。

2人の女子生徒とそれを守るかのように外側に男子生徒がさりげなく護衛に回っていた。

ツキもそれは承知のようだ。


(なるほど、ツキはかなり学園に馴染めているようだ。あんなことをしてもらえているとはね。もしかしたらリリアちゃんも護衛ではなく自主的にツキを守っているのかもしれないな)


そんなことを思ってツキの一行を見ていると、男の先輩と話すツキの顔にレイルには見せなかった笑顔があることに気がついた。

年相応に可愛らしい微笑だ。

口元を隠して上品さもある。

シンの教育も生きているようで、上級生に守られているツキがたいそうな上級貴族の人間に見えた。

その成長ぶりにレイルは少し微笑むように笑う。



(なんだよ…そんないい顔で笑えるのか…)


コレはうれしい成長だ、とレイルは親心にも似た心境でツキのあとを追ったがこの時のレイルは気がついていなかった。ひそかに微笑む仮面の下の表情には哀愁が漂っていることに。

嬉しいことには変わりがない。ただ、娘を嫁に出すような…そんな表情だ。

無論、ツキとレイルの間に時間の壁と身分の壁があるのが要因だがレイル自身そんなことは自覚すらしていなかった。

しばらく追跡を続けていたレイルは色々と思いを巡らしながらも機械的に体を動かしていた。


(あの時…黙って出て行ったことをシンはどうやってツキに説明したんだろうな。ツキのことだ、かなり泣いたりしたか、それとも強がってたりしてただろう…ん、待てよ?思えば、かなり悪い事をして家出したみたいだよな~コレって)


レイルが家を出た時の記憶に少し罪悪感を持ち始めたあたりで2つに分岐した路地が現れた。

女子寮と男子寮の分かれ道だ。

いつもなら、左側に行くのだが今回はツキの護衛ということで右側を選択する。


(女子寮か…前の世界じゃ、かな~り怖い場所だったな~…)


と、風術の監視が消えたのを感じる。

どうも男子寮に返った男の効果範囲から出たようだ。

それと同時にツキの側から上級生の生徒がぺこぺことした後でツキを残し、かなり慌てた様子で女子寮に走り出した。


(おいおい、いくら生徒会は魔術の行師が認められてるからってここで風術で一気に行くか?

便利かもしれないけど、もう少し一般生徒の気持ちも考えようぜ。いつもこの長い道を俺達は疲れてても歩いてるのにな~…。でも、ツキは独りになったようだし〈フゾク〉も起動準備しておくか)


懐にある黒い玉三つを手に取り、その一つに指を置いた。

ブンッと起動音がしたのでいつでも起動できるように待機状態でコートの内側に潜めておく。

森の気配におかしなところはなく、ツキを遠目から見ても近くに護衛の気配はない。

リリアがどこかに潜んでいるのかと思っていたがそれも皆無だった。


(リリアちゃんは本当に護衛じゃなかったのか。しかし、一人で帰るって無用心だな)


などと思いながらツキに見つからない程度に近づく。

風術もないためにかなり近くまで接近できた。

近くに来ると篝火のような火術の外灯がツキを照らしているのが見えたが、そこには思っても見ない表情にがあった。白い肌に照らし出されるツキの表情はあの時の無表情の顔だ。

白と青の制服がヒラヒラと舞う様は妖精とも見えるが、顔を見てしまうと幽霊といったほうが合っているように思える。

しかし、人間的な挙動もある。

さっきから何か周りを気にし始めたようでキョロキョロと注意深く周りを見渡しているのだ。


(まずい…ばれたか?これでも、軍で鍛えたつもりだったんだけどな。隠密の腕が鈍ったか…)


と思っていたがその考えは違うと月の行動の結果が示した。

女子寮までの道の半ば辺りまで差し掛かったところでツキが突然森の中に走り出した。

女子寮は遠くに見え、方向違いにかなりの速度で走り抜けている。地理的に詳しいのか慣れている様子だ。さらには魔術を付随させて加速度を上げているようでスピードは上がっていくばかり。


(無茶苦茶だな!あんな加速度で走っていると体が壊れるぞ)


レイルとツキはジリジリと距離が開いている。

かろうじで目立つ白い制服がツキの場所を教えていたが、今にも見失っていしまいそうだ。

まずい、とレイルは身体能力増加の札を足に貼り付けスピードを上げる。

焦りに任せて札を選んだので、後遺症が長引く札を使ってしまったようだがその分すぐに効力が現れた。


(クソッ!コレは明日筋肉痛だぞ。もう足に限界が来てる…っと!そこは右折!)


木の幹を利用して円を描いて右に回る。

幹がバキッと音を立てて折れたが何とか右に曲がれた。

森の木々が視界の邪魔をするが必死でツキを追いかける。

右へ左へ、道なき道を通り過ぎ次第に森の奥のほうへ近づいていった。


(この先は確か湖が…っと、到着かな)


ツキが湖の前で動きを止めた。

どうやら目的地到着のようだ。

ツキは湖の端っこに歩き、なにやら水面に映る月の姿を体育座りをして見始めた。

物思いにふけっているのか、時折顔をうつむかせている。

やがて、体育座りを止めて水に近づき湖の水面に波紋を立てたり、靴を脱ぎ湖に足を浸したり始めた。

右手を差し出すように湖に向け思うままに魔力の糸を放出し湖に垂れさせた。

その行為には何も意味はないように思えるが、これ以上は見ていられなかった。

目をそらそうとした時、ツキは立ち上がり魔力の糸を収束させて一本にした後で舞を踊り始めた。


(この舞は…銀四季雪花か?)


ツキは湖の水で浸した魔力の糸を手繰り寄せ、舞を始めた。

左手を滑らかに躍らせ、流麗な足の動きで幻影を見せる。

舞を舞いつつ、円を描くようにして動き始める。

しかし、その動いていることさえも知覚できない。

まるで夢の中にでもいるような、魅了された心地に陥いり正常に五感が働かないのだ。

レイル自身はこれこそがこの舞の効果だと知っていた。

そして、この舞の意味も…。


(ツキ…誰かを弔っているとでも言うのか)


ホトギ家に伝わる銀四季雪花は戦死してしまったものや既になくなった祖先に舞を奉納することであの世での安息を約束させると言われている正式な場で踊ることしか許されない神聖な舞だ。

決してこんなところで行う舞ではなく、見つかれば先祖への冒涜としてホトギからの厳しい罰を受けるだろう。例えそれがホトギ家の次期当主であってもだ。

レイルはその舞を止めさせようかと思ったが、それはできない自分の今の状況に気がつき黙って見届けるしかなかった。

舞は穏やかな雰囲気をまとわせて踊る初期の段階から始まり、荒々しい魔力を纏わせる中期、そして魔力の糸を操り自分と魔力の境をあいまいにすることで自然霊を呼び出す終期を経てから、か弱く潰えるかのような儚い、夢想の舞を迎えた。

そして、最後の舞が終わりかけたところでレイルはたまらず前に歩き出そうとしたが、その衝動を無理やり理性で押しとどめた。


(今は、お前には会えない。でも、せめてこれくらいわ…)


右手をパチンと鳴らす。

するとツキの舞に花を飾るような金色の粉塵が降り注ぐように咲き乱れた。

ツキは突然の出来事に少し驚いた顔をしたが、舞を止めることはしない。

この出来事は自然の悪戯だと思ってくれるとありがたい、と舞の終局を見届けたレイルは金色の魔術を残したままその場を離れるのだった。





ツキはその後、何事もなかったかのように女子寮に続く道に戻った。

別段、雰囲気に変わりはなかったが目元が潤んでいたのは気のせいではないだろう。

しかし、そのことは見なかったことにしてレイルは護衛に専念するのだった。


しばらくは何事もなかったがある程度女子寮に接近したところでレイルは魔力の乱れ、大気中に何か違和感があるのを感じた。


(何者かの魔術構築。属性は…雷か)


流れ出る魔術を感じ札を使って邪眼を使う。

今回はほんとに一時的なもので、一分もたつと効力が切れるものを使用し大気にたれ流れる魔力を察知。邪眼を通して瞬時に属性を判断した。

敵と知認し、待機させてあったコート内側の黒い玉を手に取り、祈るようにして起動させた。


「薄離・未立複合機巧〈フゾク〉…起動」


――薄離・未立複合機巧〈フゾク〉。

それは、空中に浮かぶ自律移動する機械。

薄離・未立・不参・天欠の4つの武器政策専用組織の機巧職人が製作する武器には、その組織の名前が武器の名前に組み込まれている――


〈フゾク〉はレイルから送り込まれた電気によって起動。

機敏な動きで浮き上がり、自立駆動に入ったことをレイルが確認した後に足止め命令を与えた。

3つの玉は敵を認識し、大気の中に存在する魔力と元から仕込まれていた魔力を駆動系に流し込んだ。

自立駆動系に刻まれた魔術構築式で移動を行い、弾丸のようなスピードで魔術構築している人物のもとへ飛んでいく。


(時間稼ぎにはなるかな。こっちも急いで行くか)


〈フゾク〉が飛んでいった方へレイルも走る。

〈フゾク〉から送られてくる地理データと魔術構築者の情報を検証しつつ、現場に急行する。

そして、その姿を視認した。


(黒いフードの男、〈フゾク〉に使った魔術はいずれも雷術…身元の特定を避けるために1つの魔術しか使っていないのか。中々やるじゃないか)


などと感心するレイルが男の前に姿を現した。

魔術構築していた男は突然のレイルの襲来と自身を攻撃しつつも取り囲む〈フゾク〉を見て狼狽の色を隠せない。しかし、それでも構築は中断されることなく宙に雷術の術式が完成しつつあった。

そんな構築を続ける男にレイルは諦めが悪いと思うと同時、どこかその態度にさらに感心する自分がいた。


(この状況でまだ任務を続けるか…早めに、けりつけた方がいいな。戦闘が長引けば、こいつはツキの暗殺を優先するだろうし)


腰にかけてある刀を抜き、電流を刀に流す。

その動作と平行して〈フゾク〉に男への攻撃を命令する。

打撃系を選択肢、魔術の使用を極力控える命令を受託した〈フゾク〉は黒い玉から光を発しながら男に向かって飛んでいく。

風術による物体移動を利用した〈フゾク〉の移動方法だが、その簡単な構造は時に弾丸となる。

風術で圧縮した空気を〈フゾク〉の後ろ側で小規模爆発させることで圧倒的な推進力を得る構造であるため、その圧縮密度によって人を殺傷することが可能なまでの速さを手に入れる。

今回は撃退目的のため圧縮密度は低い。が、人の目からすれば十分に早いその速さは男に防衛の隙を与えず直撃した。


「ぐぎっ!」


単純な打突攻撃。一直線に男の腹へと命中したその攻撃は男の構築を即座に中止させた。

それを見てすぐさま男に接近し戦闘続行不可能まで追い込むために刀を振り上げる。

空を切る刀の刃が狙うは男の四肢。

行動手段を失わせ捕獲するためだ。

非人道的だが、逃走の可能性を大きく下げるため後々のことも考えての行動だった。

いまにも四肢を切り落とそうとするレイルの迷いの無い太刀筋に男は安全を確保するために短く構築式を立てた。

効果時間も短く、著しく魔術として不完全な式だったが起動するには問題なかった。


「くっ!雷術〈勢〉!」


――雷術〈勢〉。それは、自身の体に雷を流し、身体能力を向上する――


すぐさま、男は右へ避けレイルと距離をとりさらなる魔術構築を始める。

目撃者を消す方向に目的を変えた様だ。

殺気をはらんだ魔術を構築させ、凄まじい速さで動き回るレイルに照準を合わせる。

男は接近する黒い仮面になんなく照準を合わせるとすぐさま魔術を発生させた。

殺傷能力の高い雷術だ。

高い電圧を誇り、同時に付随する麻酔効果が長いために軍の中でもよく使われるメジャーな中級魔術。

その電撃が紫青の電光を発しながらレイルに直撃した。


「フンッ…」


直撃したことに安堵したのか、小さく声が漏れた。

距離を取りつつも黒い仮面が生きているか確認を行う。

電撃に硬直は逃れられない。

最悪の場合は心臓が止まっているような一撃に意識はないだろうと男には油断が生じた。

砂煙が舞う中、男はとどめの一撃を与えようと魔術構築を始めたが、


「天欠機巧型銃刀式〈末〉…起動」


動けないはずの仮面の気味が悪くなる声に手が止まった。


「なっ…」


砂煙にシルエットが浮かぶ。まったくの無傷だ。

右手には刀を、背後に黒玉を従える死神のような風貌。

顔を見ようにも暗黒の塊のようにボケてしか見えず、思わず恐怖が込み上げた。

そして、カチャリと右手の刀がその形を変えている様もこれから先に何が起こるのかも予想させず、さらに不安を煽る。

手にもつ刀身が割れ折りたたまれる。

刀は2分の1の長さになり、その形を銃のようなものに変えている。

機械的に組み込まれたその動作が完了し、銀の刀身はその姿を銃口に変えていた。

レイルはそれすぐさまを男に向けた。


「…っ!」


男はその意味を理解し、魔術での応戦をしようとしたがレイルが引き金を引くほうが早かった。

銃口からは雷の塊が放出された。

かなりの大きさの雷の玉で、普通の銃弾よりも一回り大きい。

実弾に雷が纏っているようで、高速回転する弾丸に乱回転している雷が直線状に存在している者に干渉している。途中に存在していた木の葉などが消し炭となり、干渉した形跡を残さない。

当たればただではすまないとすぐに分かるほどの高圧の電撃が一直線に男に向かう。

男はそれを見ると同時に構築中の術式を即座に中断し雷弾を回避したが、回避した先にはまたもや雷弾が飛来。

男はそれを時間遅延し始めた光景として見ていた。

映像処理能力の増大による現象だったが、それに弾を避ける術はない。

雷弾が直撃した。


「ぐっ!あああああ!」


電撃が男を襲う。男は意識を失いそうになるがそれを堪えた。

男は短時間で構築し魔術を発動。

最大まで高まった警戒心から限界まで魔力を込めた。


「火術〈紅〉!」


任務はあきらめ生存を優先したのか下級火術に危機逆転の頼みを賭けた。

赤髪のときとは桁外れなほどの大きな火玉がレイルに襲い掛かる。

男は黒い仮面に当たれと祈るような気持ちでいた。

もう魔力は残り少ない。ここで、多少の負傷でもさせなければ逃げ切れないと直感が告げているのだ。

しかし、そんな願いも仮面の言葉の前で無力に消失した。


「〈フゾク〉前面展開。魔術防御に移行」


レイルは銃の狙いを男に定めたまま〈フゾク〉に命令をだす。

〈フゾク〉はレイルの前に三角形に展開。白い障壁のようなものを前面に形成した。

障壁に触れた火玉は接触後に霧散し火の粉が舞う。

大火力の火術のために舞う火の粉は目くらましのように視界を覆った。

男すらもその予期せぬ事態には目を丸くしたが、逆にチャンスと最後の手段として用意した補助札を貼り全力でその場を離脱した。

そして、火の粉が収まった時にレイルは周りの状況を確認するが


「いない…逃げたか」


魔術の残滓が残る戦いの場にレイル一人が立ち尽くす。

逃がしたことによるツキへの不利益を思い後悔の念が襲う。

せめて手がかりだけでもと男が居たであろう場所を捜索するとバッチのようなものが落ちていた。


(これは学年証明用のバッチか?これを見るに高等部の2年か)


落ちていたバッチを回収してツキの護衛を続行するが、その日はそれ以上の襲撃はなかった。


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