ツキ=ホトギ
レイルが外の第2演習場に着いたときにはすでに戦闘訓練は開始されていた。
しかも授業は後半のようで、対戦系の訓練のようだ。何人かがぜいぜいと息を切らして地面に倒れこんでいる。中には担架で医務室に運びこまれている生徒もいた。
「最初から遅刻か。まずいな」
しかし、そんな光景にもレイルはあせることなく状況に軽い認識を持っていた。
反省の色が無い発言をしたばかりか、学園生の実力を見ておぉっと感嘆さえしている。
完全に第三者になりつつあった。
レイルがしばらく、1対1の対戦式訓練での魔術なしの武術で戦う生徒の動きを遠くから見ていた。
魔術は主に中距離での戦いが主流である現在での近接格闘をここまでまじめにやらせるのはおもしろいと感じたからだ。しかも、授業方針は生存重視なのか攻撃を受けるのではなく流して距離を取ることが多かった。
「蹴りの後に爆炎系の魔術を組み合わせて後方に回避、中距離で魔術の発動に専念するって感じかな」
レイルが生徒の動きから実践的な応用方を読み取っていた時、後ろに立つ影が一つあった。
「言葉に余裕を感じるな。レイル=スコール」
後ろから名前を呼ばれたので振り向いてみる。
すると、刀を持って軍服を着ている女性が目に入った。
かなり引き締まった体。手は既に刀を掴むか掴まないかぎりぎりのところにある。
顔は無表情に近く何を考えているのか分からないが、冷たい目つきを見るにかなりの激情を潜めているようにも見える。
レイルは自分が遅刻してきたことをいまさらながらに思い出した。
そして、とぼけた風に軍服の女性に振り向くと振り向きざまに
「どちら様ですか?」
「君たちの教師だ」
「お名前は?」
「ミシリル=グレイシアだ」
「今、授業は何をしているんですか?」
「実力を測るためにお互いに組んで真剣勝負中だ」
「へぇ~。それでは僕も誰かと組みますか」
現状況からの脱出を図るが、グレイシアに腕をつかまれ失敗。
冷や汗が流れたがその後にグレイシアがこんなことを言ってきた。
「そんなことをする必要はない。君は私と組むのだからな」
「へっ?」
「クラスは21人と奇数なのでな。自然とあまりが出てしまうのだよ。さて、それでは遅刻してきたこのものの実力を見せていただこうか」
その言葉にレイルの思考はフルに回転を始める。
現時点での学生としての自分は行動の制限をされていない。
ホトギ家からは護衛に支障がない限りでの自由をレイルに認めていた。
なら、このまま組んでみるかと考えたところでレイルは視線を感じた。
どうも対戦中の生徒達の方からだ。
そちらのほうに目を向けてみるとどの生徒もが同情に近い目で見ている。
そこで、このグレイシアという教師の危険性に気づいた。
が、時既に遅し。
レイルの手は既にグレイシアの方に向いていた。歩き出そうとして前のめりに体を動かそうとしたからだ。そして、それは握手のようにも見える。この異世界において握手とは年下のものがお願いする時の挨拶のようなものだ。万国共通で伝わるその礼儀作法を見て生徒たちは、
「バカなヤツだな…」
と言った表情でレイルを見た後、興味をなくしてレイルから視線をはずした。
「フム…礼儀はしっかりしているようだな。では、あちらに移り魔術無しの勝負と行こうか。ルールは簡単だ、武器の使用は認める。ただし、魔術だけは禁止だ」
簡素に説明を終えるグレイシアに分かったな?ときかれたレイルは笑顔でこう答えた。
「大丈夫ですよ。俺は魔術使えませんから、ルール破りはありません。でも、武器の使用は可能なんですか…すいません、武器は忘れました」
この言葉で冷たい表情だったグレイシアの表情に、人間らしい呆れた表情が生まれた。
「お前はアホなのか?政治状況も不安なこの時勢に丸腰で歩く人間などバカとしか言いようがない。武器無しでは授業にもならん。生徒から武器を借りて来い」
レイルは分かりました、と答えると戦闘が不可能な生徒に近づいてペコペコと頭を下げると武器を借り受けグレイシアのもとに戻ってきた。
「武器はそれでいいのか?魔力の糸にナイフがどちらも3本…奇妙な組み合わせだな」
「いや、武器はなんでもいいんです。単に相手に攻撃が通るものなら何でも。後は自分でどうにかするんで」
「自信があるようだな。いいだろう、狭い戦闘場で戦うには私の剣も適していないのでな」
グレイシアは木刀を取り出すと、生徒に号令を出し見学に徹しさせた。すべての戦闘が終了し、かなりの広さの演習場が全貌を晒しだした。さら地の剣戟の跡の上に足を踏み出し演習場の中央にグレイシアと対面する形で立つ。
「うわぉ…思ってもいない事態になった」
気が滅入るとはこんなことだろうと思いつつ、レイルは魔力の糸とナイフを結びつけた。
3本の糸つきナイフを手に持ちヒュンヒュンと振り回す。
グレイシアも木刀の具合を調べていた。
ただ、その光景は異様なものだった。
レイルはナイフを回すスピードを緩めず加速させ続ける。
次第に糸の部分が透け始め、銀色の光が円を描いていた。
対するグレイシアも木刀を振るたびに地面に傷が生まれている。
衝撃波で傷つけているのを生徒は知っていたがレイルはそれを知るすべもなく、ただ自分の武器の確認を続けた。
「レイル、もう大丈夫か?こちらは準備が整ったのだが」
「こっちもOKですよ」
「では、始めるとしようか」
グレイシアはそういうと木刀を地面に下ろした。
下段の構えだ。
それを見て、レイルは回転させているナイフを構え思いっきり飛んだ。
グレイシアの頭上、刀の範囲外だ。
グレイシアの目はつられて上を向いている。
「もらった!」
レイルは回転させている方とは逆の手にもつ糸を引っ張った。
「むっ?…なるほどな」
ヒュンと空を切る音がしたかと思うとグレイシアの髪が予期せずに切れた。
が、グレイシアは顔を傾けナイフを回避する。
レイルは頭上、しかし真正面からナイフが飛んでくる事態にグレイシアは頭上への警戒がなくなった。
レイルはそこで、地面に向けてナイフを射出。
直線軌道上にグレイシアの体があり当たるかと思われたが、グレイシアは体を傾けそれすらも回避。
地面にナイフが突き刺さった。
グレイシアはレイルの方を見もせず跳躍、安々とレイルの懐に飛び込み一太刀を浴びせようと刀を振り上げるが、
キュィィィィッ
何かを引っ張る音がしたかと思うとレイルが急降下し始めた。
降下ざまに空中停止しているグレイシアに向かい3本目のナイフを投げつける。
今度こそ直撃、と思った矢先にグレイシアは木刀でそれを受け、さらにはナイフにつながる糸を掴むと思いっきり引き寄せた。
たまらず、レイルは手を離し地面に着地した。
上からはグレイシアが掴んだナイフをレイルに向かって投げる。
それを最小限で回避し、遠心力をつけたナイフでグレイシアに攻撃を仕掛ける。
「甘いぞレイル=スコール」
だがその攻撃すらもはじき、グレイシアが頭上から切りかかる。
鈍く空を切る音で頭蓋骨が叩き割られると誰もが思った時、レイルはその木刀の攻撃を両手で持った糸の弾力性を利用しはじき返した。続けざまにグレイシアの手を掴み投げ上げた。
グレイシアは宙に姿勢を崩したまま投げ出される。
もう避けようはない。
レイルは持っているナイフをすべて投げつけた。
「だから、甘いぞ」
一瞬、残像が走った。宙にいるグレイシアにナイフが刺さったと思った。
がそれは、錯覚だった。
レイルの背後に気配が生じ、とっさに姿勢を低くした。
レイルの頭上を木刀が裂く。
「糸とナイフはおもしろい使い方だった。魔術との併用ではいい戦力になるだろう」
背後でこんな声が聞こえたかと思うと肩に激痛が走った。
衝撃波が体の中をめぐりまわり、かなりのダメージを蓄積させる。
レイルの意識は軽く飛びかけたが、何とか立ち上がったままの状態を維持できた。
「ほう…耐えられるのか。土術で強化した魔術師まで気絶させる一撃だったのだがな。だが、私の勝ちだ」
レイルは立つのみで精一杯で確かにこれ以上は戦えないな、と状況分析。
「俺の負けですね…」
レイルは膝をつくとそのまま倒れこんだ。
日もくれ始めた夕方頃にレイルは医務室で目を覚ます。
「ア~…痛ってぇ。まったく、よくも一撃でここまで。アレで教師なのかい…」
「あらら~。聞き捨てならないこと聞いちゃった~」
「っ!」
「グレイちゃんの悪口はいけないわよ~」
「はっ?誰?」
「あらら~?私知らない?あ、そっか!君、高等部から入って来たね!
う~ん、じゃあ自己紹介しようか。私医務室担当のイリア=マリアネットだよ。よろしく~」
(う~ん。へんな人がこの学園多いな。)
こんな感想が学園生活1日目に終始つきまとっていた。
「そうですか。俺の名前はレイルです。今年、入学しました」
「そっか~大変だね~。今年の新入生は、粒ぞろいと聞くからね。君も相当できるこということかな?」
「いえ、魔術のほうは苦手でしてね…」
「魔術が苦手ね~珍しいね。そんな子がこの学園に来るなんて」
「ははは、魔術理論やらが得意でしてね」
「魔術理論に興味があるの?この学園だと大抵は魔術師なんかになろうとして入る子が多いんだけどね。魔術理論というと、開発者の方かな?今は少数派だよ~。
なんせ、魔術の開発は、今現在ほとんど行われていないからね~」
「商業・技術都市マクルベなんかでは、開発は継続されているといわれていますが?」
「あぁ~…あそこは今有名だよね~。レンティアだっけ?
魔術の飛躍的な能力向上理論を完成したり、無理だと思われていた属性の複合魔術理論などを成功させた人は。でも、その正体を誰も見たことはない・・・だったっけ?」
「よく知っていますね。さすが貿易都市オリオトラ。たくさん情報がありますね」
貿易都市エリオトラ。
農業指定都市・商業技術都市と貿易を盛んに行い利益を得ている国。
国内には、さまざまな物資が入り乱れており、異国の人が多く来るため情報を手に入れやすい。
農業指定都市ココノスは一応独立しているが、貿易都市の領地の1部である。
「ふふふ。私は物知りなのよ~。そういえば、魔術が苦手なんでしょ?
だったら、ツキさんに教えてもらえば?あの子一応学年主席でしょう?」
「へぇ~頭いい人がいるのですね。いや、魔術が得意な人か・・」
いかにも知らないフリをするレイル。
「いいえ、頭もいいですよ~。ほとんどの科目で、上位ですしね~」
「神様は不平等ですね。俺にも魔術の才能がほしかったな」
「ふふふ、人間努力が一番よ~」
その言葉にレイルはその通りだと思いつつも…
(努力しても、才能がないんじゃな…魔術は、センスと才能の世界だろ。
しかし、ツキは天才道まっしぐらか。どんな感じになったのかすこし、興味があるな)
医務室を後にして授業に再復帰する。
1時限目から気絶していたため、今は7時限目。
レイルは今日、最初と最後の授業しか受けていない。
「ウァ~初日から最悪だ。やっぱこんなこと引き受けるべきじゃなかったな。
もっと気楽に旅してたかったな」
などと後悔していたが頭を仕事用に切り返る。
授業も終わり生徒達が帰り支度を始める。
(さて、ツキの襲撃の大半がツキの下校時だったな。これからが本番だ)
すぐさま、ツキの現在地を把握するためにクラスに残っている適当な人間に聞くことにした。
「ねえねえ、ツキ=ホトギさん知らない?」
「えっ?」
とりあえず隣の席の子に聞いてみたレイル。
「いやあの、ツキ=ホトギさんって知らないかな~って」
「ツキ様に何のようですか?」
恐る恐るといった感じで聞いてくる。
「ツキ様?」
「はい。ツキ様です。九頭竜会の家のものには様をつけるのは当たり前でしょう?」
「え・・ああ。そうだね・・」
知らない習慣に納得したように振舞ったレイルだった。
(あのツキに様をつけるの?すこしイメージとのギャップが…確か12歳のときまでのツキは、大人しかったし興味のあることにはなりふり構わなかったけど、様って呼ばれるような人柄ではなかったな)
過去の記憶を呼び覚まし巡りに巡って現実へと回帰する。
「それでツキ様に何の用ですか?」
「う~ん。すこし興味があってね…学年主席のツキ様はどんな人なのかな~って。
それでどこにいるか知らないかな?すこし見てみたくて」
「外から来た方でしたら仕方ありませんね。
たぶん、ツキ様は生徒会室にいると思いますよ?よかったら一緒に行きますか?」
「え?いいの?」
「ハイ。かまいませんよ?わたしは」
「ありがと!俺の名前はレイル=スコール。君は?」
「リリア=ブラッドです」
「そっか。んじゃ、リリアちゃん一緒に行こう」
リリアを疑うことなくともにレイルは生徒会室前に来ていた。しかしそこで、ひとつ疑問が湧く。
(ツキに見られてもばれないよな?4年前とは顔つきもずいぶん変わったし)
考えているうちに、リリアは生徒会室へ入っていく。
(あれ?生徒会の部屋って、生徒会以外のものは入ってはいけないような気がしたが)
そう考えているとすぐにリリアが生徒会室から出てきた。
「すいません。ツキ様は生徒会の仕事の最中だそうです」
「ん?そうなの?じゃあ、いつその仕事は終わるのかな?」
「校舎の前で暴れている男子生徒2名の鎮圧だそうなので…たぶん20分くらい…」
「鎮圧?えっ?そんな危険そうなことするの?」
「ハイ。1度懲りてもらわなくてはまた同じことをしますから。高等部に入ってからの入学生は入学したての今が1番面倒くさいです」
「面倒くさい?」
「魔術を習うのでその力に酔ってしまうのです」
「へぇ~よく分かるね」
「一応、生徒会に所属していますから…」
「えっ!そうなの!」
生徒会。そこは、成績上位者たちの巣窟。学校の行事の運営などを行っている。
ここに所属していれば、将来を約束されたといっても過言ではない。
一般生徒からすれば意地でも入っておきたいところだろう。
普通ならここで羨望の眼差しを送るのだろうが、レイルは違った。
「リリアちゃんはすごいね」
ただの率直な感想が口から漏れる。悪意などない純粋な賞賛だ。
元々魔術にそこまでの思い入れのないレイルにとって、生徒会も何もなかった。
自分の人生は流れに緩やかに乗っているにすぎないと自覚しているためだ。
よって、人の努力には最大限に評価するし時には共に感情を動かしたりすることもある。
かなり感受性豊かなのだ。
その賞賛を受けたリリアはしばらく珍しいものを見る目でレイルを眺める。
「生徒会の人にそんな呼び方できるほうがすごいと思います。そんな、呼びかたされるのは初めてです」
「いやいや、知らなかったからね」
生徒会と分かっても普段と変わらない様子でいたレイルだったが、やはり内心では冷や汗をかいていた。
賞賛と畏怖は別のものなのである。
(本当に知らなかった…まさか、こんな子が生徒会役員だなんて。
しかし、ツキが喧嘩(?)を止めに行くのか。どのくらい魔術が進歩したのか見てみたいな)
レイルはちょうどいい機会だと思いツキの鎮圧に見に行こうと思った。
あの頃は水術が得意だったな、などと小さい頃の健気なツキを思い出しふと微笑が漏れる。
「ところで、ツキ様は20分帰ってこないでしょ?じゃあ、その仕事中を見学しちゃダメかな?
遠いところから見てれば問題ないでしょ?」
「う~ん…そうですね。見るくらいならかまわないと思います。では校舎に行きましょうか」
そういって、校舎へ向かうことにしたレイル。走るリリアの後をついていく。
校舎の前には、5分とかからずについた。
レイルはツキがどんな子に育ったのかを親の心境に近いもので見ていた。
が、そこには親心を破砕させるような驚愕すべき状況が転がっていた。
そこでは、2人の男子生徒が1人の女子生徒にもてあそばれていた。
その女子生徒がツキであることがすぐに分かった。
白銀に光る髪と青と白の制服、胸には成績優良者の証である天道の紋が縫い付けられ、ついでといった風に腕のところに生徒会を表す刺繍もある。
対して白と黒を基調とした制服を着る赤髪の生徒と白髪の生徒は息を切らしながら立っている。
が、戦意は失われていない。特に赤髪の生徒は、魔術を構成してツキに向かって発動しようとしていた。
(赤髪の子は火術を使おうとしているな。しかし、あの状態じゃよくて初級魔術くらいの威力かな。
そんなのじゃツキには通じないぞ。さて、ツキはどうするんだろ?)
レイルは視線をツキに移し変えた。
レイルが興味を持っていることも知らず、ツキはただ赤髪の生徒を見ながら立っていた。
そして、同時に考えている。
(なぜ、そんな弱い火術を使おうとするのかしら。まったくすこし魔術が使えるからっていい気にならないでほしいわね)
冷淡な心境に同調するように顔の表情も無表情そのものになっていた。
つまらないものではないが、どうもツキには生徒達が何故ここまでしつこいのかを理解ができない。
答えは意地なのだが、そんなものを感じたことのないツキには共感を表すことはできなかった。
右腕を前に出し、糸を放出し魔術の術式構成を始める。
しかし、その前に赤髪の術式が完了し、ツキに向かい火術〈紅〉を放った。
火術〈紅〉。それは魔力の量に応じて大きさを変える火玉。
このときは直径3mの火の玉が、構成中のツキに向かって飛んでいく。
火の玉といっても魔術であることには変わりない。
あたれば危険であることは分かったがツキはそれを避けようともしない。
火玉がツキに当たろうとした瞬間、ツキの魔術が発動。
「水術〈聖水〉」
ただ淡々とツキがいう。
刹那、魔術の発動を表す紋の拡散が始まりツキの水術が発動した。
――水術〈聖水〉。それは、水術〈蒼〉の応用魔術。
火に限っての魔術にのみ解除の効果がつく特定限定魔術――
地面から湧き出た大量の水はその形をうなる波に変え赤髪と白髪に迫る。
火にのみ絶対の優位性を示すその魔術は途中、赤髪の放った火玉に接触と同時に消失した。
赤髪の生徒の顔は青ざめその場からの逃亡を図ろうと向きを変え、白髪の生徒を盾にするように走り出す。
赤髪より満身創痍な白髪は抵抗できずになすすべなく波に吞まれた。
赤髪はそんな白髪に目もくれず校舎へ逃げ込もうとする。
見捨てたといってはおかしいが、この状況ではそんな風にしか見えなかった。
そんな行為にツキは
「あら…無駄なことを。逃さないのに」
といって、冷笑しながら見ていた。
白髪の生徒を飲み込んだ波は徐々に大きくなり赤髪を吞みこむ。
赤髪は波にもまれ、〈聖水〉が解けたときには白目をむいていた。
かなり魔力が篭っていたのか白髪も赤紙もかなりの衰弱だ。
その光景を見ていたレイルは、態度には出さないものの心の中は今と昔のツキのギャップに驚いていた。
(…えげつないよ~俺がいなくなってからツキになにがあったんだ!ツキはそんな怖い子じゃなかったのに)
目の前の光景からつい現実逃避しそうになったレイル。
校舎の前では息絶え絶えの男子生徒が恨めしそうにツキを睨みつけている。
が、力尽きて気絶してしまった。
「あらら…またひどく痛めつけましたね。ツキ様は」
リリアが発した言葉に気がついたのかツキがレイルたちのほうを振り向く、無表情に変わりはないがまださっきよりは人間味が見られるような表情だ。
「あら…リリアいたの?」
「ツキ様、もうその辺でやめてください。それ以上は…」
「ええ…それじゃ、医務室へお願い。私が治してあげてもいいんだけど、それじゃこの人たちの心が折れてしまうもの。それで、そっちの人は誰?」
リリアの隣にたっていたレイルを見ていう。
その目はつまらないものを見ているような感じだった。
レイルはその目を見て思う。
(本当に変わったな…ツキ。お前は人のことをそんな目で見るようになったのか)
どこか悲しい気持ちのレイルの隣でリリアはレイルの紹介を始めた。
「この人はレイルさんといいます。あなたに興味があるようですよ」
「またなの…面倒くさいわね」
「今回は外部者だそうです」
「そう」
なにやらため息混じりに会話を始める2人に違和感を感じる。
先ほどの生徒達には見せなかった殺気をはらんだ気配がするのだ。
ツキからもリリアからも同様の気配を感じたレイルは疑問を抱かずにはいられなかった。
(…何の話だ?)
そう思ったときには、会話は終わっており戦闘体制に入ったツキを黙って見ているしかなかった。
「じゃあ、本性を見せてもらおうかしら」
「はぁ?」
突然そんなことをいい始めた。
ツキの言葉が理解できずに、疑問符が頭に飛び交う。
しかし、ツキはそんなことにはかまわず魔術構成を始めたのだった。
「ちょっと!なんで、魔術なんか使おうとすんだよ!危ないって!」
「あら、今度のはまだ仮面をはずさないのね。てっきりすぐにくると思ったのですけど」
そういったリリアはレイルの後ろに立ち、逃げ場をふさぐ。レイルはツキと対峙する形になった。
リリアは魔術を見せる気配はない。どうやら、レイルの逃げ道をふさぐだけのようだ。
ならば、いざとなったらこっちから突破すれば…と思った瞬間、リリアの下に土術で作られたトラップがあることに気がついた。
コレは逃げられないとツキの方を向き、今できることを考え始める。
(…なんだ?何と勘違いしてる?とにかく逃げるべきか。ここだと…校舎に入るのが一番か)
状況が分からない中での安易な行動は危険と判断し、逃げることにした。
詠唱を終えていないツキの右50mに校舎の玄関が見える。
緊張は一瞬、レイルは一気に校舎に向かって走り出した。
しかし、読んでいたかのようにレイルの走る先にリリアが回りこむ。
だが止まる事はできないので、直進に走り続けた。
「不利と見て、撤退ですか。今度のは優秀ですね。でも、逃がしませんよ」
「さっきからなにを言っている?ぜんぜん、わからん」
「まだそんなことをいいますか。では、それがいつまで続くか見せてもらいましょう。暗殺者さん」
「なに?」
「余所見はいけませんよ。ほら、完成しました」
「余所見?ん?…げぇ!」
レイルが走りつつも後ろを向くと、ツキが魔術の構成を終えていた。
「水術〈水練白波〉」
――水術〈水練白波〉。それは、拘束に特化した上級応用魔術。多量の魔力を使うため使えるものは少ない。意識を持った水が人の形をして目標を包み込み捕獲する。隙間ある場所ならどこにでも入れ、目標を捕らえるまで追い続ける――
それを視認した時、ほんとに運が悪いなとしか思えなかった。
久々の出会いはこのような形で果たされるとは、運命の歪さに苦笑しかできない。
「そりゃ、ないだろ。まったく…久しぶりの再開なのにひどいな」
「何を言っているのかしら?…まあいいわ、やりなさい〈白波〉」
ツキに呼ばれた水の人型はレイルに襲い掛かる。
レイルは後ろに跳躍し回避するが、そこには水術〈水練白波〉があった。
走ることを止めていないレイルは水練白波に突っ込み、水の牢につかまった。
「誰も一体と言っていないわ。甘いわね」
レイルを見て、苦笑しながら言うツキ。そんなツキを見て
(変わっちまったな。もう前のような笑顔はもう…)
寂しさがレイルの心を包み込む。
(まあいいさ。人は変わる、善にも悪にも…)
レイルは身動きのできない水の中で、右手をツキにかざし意識を集中させる。
水の中でパチンッと指を鳴らした。
すると、レイルの体より電気が発生し水中内にて知覚できるまでに発生された電流が、白い発光現象と共にレイルを包み込んだ。
「雷属性ね。でもいまさらよ。水の中での魔術構成は効果を半減させるわ」
ツキの言葉に今度はレイルは苦笑する番だった。
(ああ、この世界のやつらは知らないだったっけ…電気分解)
水牢に電気を流していく。水は、電気に反応し水素と酸素に分解される。
レイルを捕らえていた水牢は見る見るうちに小さくなり最後には消えてしまった。
レイルは魔術が使えない。
しかし、レイルに備わっているナノマシンの能力にひとつに電気操作がある。
レイルはそれを使いからだに電気をまとわせたのだ。
そして、ナノマシンの能力なので魔術の構成は必要ないため必然に効果の半減など存在しない。
「そんな!どうやって…不可能よ!」
〈水練白波〉を破られ、驚きの感情を隠しきれないツキ。
そんな様子に我慢できずといった風にレイルが、
「もっと勉強すべきだぞ、ツキ。現実を認めなければ、お前は自分に負ける」
「何を言っているの?あなたになれなれしく呼ばれる筋合いはないわ!」
「ツキ様!いつものものとは違います。逃げましょう!」
レイルの後ろで叫ぶリリア。
上級応用魔術はそれ1つ発動させるだけで、多量の魔力を使う。
ツキはそれを2つに赤髪と白髪の際にも魔力を使っていたために魔力の残りが少ないとリリアには分かっていた。今はまだ学生の身分。上級魔術の応用などそれこそ体がまだ耐えられるものではないのだ。
しかし、ツキは首を振った。
「ダメよ。こいつらに負けた事を知られてはならないわ。それは、私の家の存亡にかかわるもの」
苦々しくツキはレイルを睨む。
その目には確固たる者として、何かを守らなければいけないという覚悟が見え隠れした。
「…そういうことか、なるほど」
ツキのその言葉、その態度でレイルは時間をかけて理解した。
優勢な立場にあるため、物事を考える時間と余裕があったのだ。
「お前ら、俺を暗殺者と勘違いをしてないか?」
「違うとでも言うの?」
ツキが疑いの目でレイルを見る。
「違うなといっても信じてもらいそうにないな」
「…そうね」
なら仕方がないな、とレイルは頭を掻き腰に手を置いた。
ツキは臨戦態勢を解くことはない。リリアも魔術の発動をさせる準備を進めていた。
レイルの動作が攻撃を始めるフェイクなのではないかと疑ったのだ。
頭にあった手がだらんと下げられたのを見た二人は来る、と戦闘に臨む心意気を保ち仕掛けようとしたところで、
「はぁ~なら俺、帰らしてもらうわ」
固まった。
リリアにいたっては近づこうとしたのか駆け出しはじめた矢先のことでこけてしまった。
「「はっ?」」
レイルの発言にリリアとツキの声が重なる。
「いやだってねー。このまま違うって言い続けても信じてくれないでしょ?
なら、もう君たちとは距離をとって学校生活満喫するから寮に帰してほしいな~って」
なにを言っているんだ。
といった目でレイルを見るリリアとツキ。
「ほら、俺のこと信じてない。譲歩してるのに…リリアちゃんの護衛の邪魔しなないようにするって提案してるだよ?」
「なんで、それを!」
「いやだってね。普通、ツキ様はないじゃない?あっても、ホトギ様でしょ?それって、親しい友達ってことかな?まあでも、明らかになんか突然の奇襲に慣れてそうだったからかな」
「そっ、それは!あの~…」
必死に言い訳を考えているリリア。
だがツキはレイルを直視して否定の意を示した。
「リリアは私の友達よ。護衛ではないわ」
「そうなのか?そりゃ、早合点しちまったな」
レイルはそれでもリリアは護衛なのではないかと疑っていた。
リリアの態度がいかにも怪しすぎるためだ。
簡単に聞いてみたがあの動揺は大きすぎるだろうと。
そんなレイルにごまかすのは面倒くさいと考え、ツキはレイルに言った。
「…あなたもう寮に帰っていいから、もう私たちの前に出てこないでね」
呆れた口調に近かったが、今のレイルにはとてもありがたいことだったので何も言わずに
「分かったよ。じゃあな」
と返事をし寮に向かって帰っていった。
その後姿を見ながら、ツキは隣にいるリリアに
「リリア、あいつ、あなたのクラスの人?」
「えっ?あ、はい。そうです」
「なら、すこしあのレイルって生徒のこと調べておいて。なんか、隠しているような気がするのよ」
「わかりました」
「ありがと。リリア。それじゃ、赤髪と白髪を医務室に連れてって生徒会室行きましょう」
ツキは赤髪と白髪の生徒を医務室に運んだ後、リリアと生徒会室へ帰る途中でレイルについて考えていた。
(なんなのかしら。まるで昔会ったことのあるようなこと言っていたわね。でも、昔のことを知っているのは家族だけ…あの人レンだけ…)
憂いの表情で遠く空をツキは見つめた。
ただいま大改編中
話しにくい違いが見られますが
これから修正していきます