隠される気持ち
「・・・とは言ったもののどうするか」
現在天道学園の昼休み。レイルは教室にいた。多くの生徒が雑談に白熱している頃レイルは一人机に座り苦しい表情でいた。
(ホウジョウ家を潰すにしてもこちらの兵力は俺一人。シンは当てにできない。それに、潰した後のことも問題だな。いま九頭竜上位4家は微妙なパラーバランスなんだよな。いまホウジョウ家を潰してよいものか…ホウジョウ家を壊滅させるだけですむ問題ではないんだよな。後問題なのが…)
ツキは今回のこの話をどう考えているのか?
レイルは一方的なシンの主観によっての説明でツキを救うことにした。
しかし、実際はどうであろうか?
それはただ俺達のきめ付けではないのだろうか?
本当は結婚に異存など無いのではないか?
分からない。何もかも。
レイルは一人頭を抱え悩んだ。そんな様子を奇怪な目で周りから見られている。
「あー…少し移動するか」
レイルは考えるのに集中するために屋上へと移動した。
レイルが屋上に着いたとき5時限目を知らせる鐘の音が鳴り響く。
「5時限目始まったか。たしか、魔術理論構築の基礎理論だったか。まあどうでもいい授業だな」
レイルはそう判断し屋上の隅の風通しがいい場所へ移動する。
レイルは屋上に来るといつもその場所に来る。
学園全体を見渡せる場所で日差しはあまり強くない。
寝ていても寝苦しさに苛まれることは無く、無気力なときに重宝した。
さらに、そこからの眺めはレイルにとっては気持ちを落ち着ける憩いの場であった。
しかし、今回はそこに先客がいた。
(あれはツキ?こんなところにいるとは学年1位が授業を受けないとは感心しないな…とは言えないか。あんな暗いツキは久々に見たな)
脱力するレイルの前方、今だにレイルの気配に気付かないツキにレイルは声をかけた。
「…珍しいなツキ。お前が授業サボってこんなところにいるなんて」
「っ!?・・・・あなただったの」
一瞬にして暗い表情から驚きの表情になり、そして安堵の息をつくツキ。
普段見せない人間的な一面にレイルは少し驚いた。
(なんだか昔に戻った気分だな…)
昔懐かしツキの顔。
その顔をできるだけ見ないようにしてきたレイルだが、不意に見せられたその表情に何故か安心した。
そのためであろうか、レイルは珍しくもツキと会話を続ける。
◇ ◇ ◇ ◇
――気持ちの中で他意は無い。
――ただ、話してみたいと思った。
――俺にしては珍しく衝動で話していた。
「どうしたんだ?余裕がないな。疲れきってる顔してるとすぐに老けるぞ?」
「余計なお世話よ!無神経ね」
――失礼だとは分かっていた。
――しかし、そうでもしないとお前はそのまま暗い顔でいるんだろう?
「ははは。少しは感情を吐き出した方が良いぞ。溜め込むのは良くない。自分にも周りにもな」
「…努力するわ」
――少し助言のつもりだった。
――また何か言われるのだろうと思っていた。
――だが、帰ってきたのは予想を裏切る肯定の返事。
――またそんな顔をするのか。悲しい顔はやめてくれ。そんなものはお前には似合わない。
「結構、結構。聞き分けが良くてよろしいことですね…でもな、時には頑固にならなきゃな」
「あなたは私に感情を出して欲しいの?欲しくないの?どっちなの?」
――皮肉のつもりだった。
――帰ってきた答えは俺の予想通りのもので
――読まれていたかと思いつつも俺の顔は綻んだ。
「どちらでもあり、どちらでもない。俺なんかには人の気持ちがわからないから、感情を出して欲しくないとも思うし、寂しさから出して欲しいって思うこともあるな」
「ふふふ、何なのそれ?結局どっちでもないじゃない」
――ツキが笑った。
――昔と変わらない暖かな表情。
――よく見るとお前は成長したな。大人っぽくもある。
――もうそこまで大きくなったのか…
「ははは、そうだな…ツキ、いい表情だ」
「えっ?」
――なんだ気付いてなかったのか?
――そこまで自然に出てきたものなのか。
――それはそれで嬉しいな。
――なんでもないことで笑える日が来る。
――そんな時が来ると良いな。
「・・・本当、人は不思議なもんだよな。放り出された世界でも大切なものを見つけちまうんだもんな」
――昔のことを思い出した。
――どこか遠く寂しい記憶。
――不覚にも口に出てしまった。
――皮肉と感嘆の込められたその言葉。
――ツキはやはりキョトンとしている。
――そんな表情も可愛いな。
「なあ、ツキ。お前に守るべきものはあるか?」
「なによいきなり。そんなもの、誰だってあるでしょう」
――誰にでもある。そうか、あるのか。お前にも
「そうか・・・そうだよな。ツキお前はなにが大切だ?家か?家族か?繋がりか?」
「・・・繋がり」
――ポツリと言った。
――恥ずかしさもあるのか顔が赤い。顔も俯いている。
――自分らしくないと思ってるんだろうな。
「誰かとつながっていたいのか?それとも儚い一つの望みか?」
「・・・言わないわ」
――儚いとわざと言ってみた。
――俺にしてはひどい中傷だろう。
――分かりきっている。ツキが望むことなど。
――しかし、俺はその望みを叶えられない。
――だから記憶に蓋をした。
「ははは。そうだよな。そう…それでいい。じゃあ、ツキお前はその大切な者のために自分の身を投げ出すか?」
「・・・なにが言いたいの?」
――ツキの心情を確かめるために切り込んだ。
――疑問に思われるだろうな。
――でも、これだけは聞いておきたい。
――お前はどう思っているんだ?
――俺はそれを確かめたくて…
「ツキ。お前はホウジョウ家に行くことに納得しているか?」
「っ!・・・どうしてそれを!」
「なあツキ。たまには頑固になれよ。シンのためとはいえ、お前が犠牲になる必要はないんだぞ?」
――レイルが発した私のお家事情。
――私の今を知る人は少ない。
――私の守りたいもの、それはつながり。
――家族の繋がりであり、人の繋がりであり、集団の繋がり…レンとの繋がり。
――まるで自分の大切なものがレイルに覗き込まれているよう。
――そんな感じだった。
「あなた!」
――とっさに自我の防衛で言葉を発する。
――でもその言葉はレイルのまなざしの前では何の意味も成さない。
――分かっていた自分の気持ちも…
「ツキもう一度言おう。お前の守りたいもののためにお前が犠牲になる必要はないんだ」
「だまって!」
「逃げるな。お前は本心から逃げている。それではだめだ」
「だまってよ!」
「話してみろ、自分の本心を。確かめてみろ、自分の気持ちを」
――自分の気持ち?本心?
――どちらもいらない。分からない。見えない。
――無いものと考えていた。
――でも私の口は勝手に動く。
「・・・・いやよ・・・・いやよ!あんな男と結婚なんて!父と家を人質にしているあんな家なんかに行くなんて!でも・・・でも!仕方のないことなの!これは決められたことなの!弱者は強者に従うしかないのよ!だって、そうじゃなきゃ・・・私・・・納得なんて・・・で・・きない・・わ」
――初めて気付いた自分のこと。
――こんなことを思っていたのね。
――自分のことが一つ分かった気がした。
――不意に感じる頬の水。
――雨でも降っているのだろうか?
――私は手でそれを拭う。
「え、泣いてる?私が?そんなことは…」
――ありえない。
――涙を流さないと誓ったのだ。
――レンに会うまで泣かないと決めた一つの誓い。
――それが、ここで破られるなんて…
――そんな私をレイルは自分の元へ引き寄せる。
――レイルに引き寄せられた私は声を殺しながらレイルの胸元で泣いた。
――屈辱にも感じた…けれど安心の方が強かった。
「ツキ自分の本心は分かったか?・・・大丈夫だ。お前の悪夢はもうすぐ終わる。少しの間我慢していてくれよ」
――レイルが言った。
――根拠は無いけど安心した。
ツキが感情の本流に流されている時、レイルは覚悟と戒めを持たせていた。
(ホウジョウ家は潰す。殺しはしない・・・死ぬより過酷な未来を与える。ツキの悲しみをその身で味わえ)
憤怒の灯火を瞳に宿らせレイルは見えぬホウジョウをただ眺める。
光は見えない。
いつか晴れだった空は曇り模様になっていた
今回は少しレイルやリリアの主観を混ぜたものにしてみました。
初挑戦ということもありかなり時間がかかってしまいました。
若干読みにくい?などと思いましたが、これが私の限界なようです。
今後勉強して読みやすくしていきたいなと思います。