告げられた言葉
レイルのその日はすべてを休息という名目のサボりで過ごした。
レイルは普通に寮に戻り、自分の部屋に入ろうとドアノブに手をかける。
(人の気配…)
部屋の奥から何者かの気配がある。
ドアの隙間から漏れでてくる圧力にレイルの警戒心は通常のものから異常事態のものへと跳ね上がった。
「・・・・」
レイルは麒麟機巧〈末〉を懐より取り出し、ドアを開ける
奥の部屋の扉まで歩き侵入者がいると思われる部屋に到着した。
音もしない部屋の中からは無言の圧力が滲み出している。
(かなりの強者だな。ここまでの殺気は前世界以来感じたことが無い…久々に本気の闘争になりそうだ)
レイルはこの後に起こるであろう戦闘の気配に緊張感を高め、ゆっくりと部屋へと足を踏み入れた。
部屋の中は真っ暗だった。はじめは暗闇しか分からず気配を頼りに大方の居場所を把握。構えを解くことなくただ闇を睨みつけた。やがて目が部屋の暗さに慣れた頃、男のシルエットが浮かび上がった。レイルは火術〈紅〉を発動しその正体を暴こうとした。火術によって照らされる後姿。その姿はどことなく懐かしい。何かおかしいとレイルはその姿を凝視するが部屋の奥にいたのは見知った人物だった。和服に身を包む後姿。ツキと同じ白髪。背丈はレイルと同じくらいだった。
「シン?」
見知った顔に構えを解く。レイルは部屋の中心に目をつぶり立っているシンを見た。
同時に圧力の源がシンであることに気付く。
「シン、どうしたんだ?どうしてここに?それに…何で怒っている?」
レイルの疑問にシンは答えることは無かった。
ただ無言の圧力を漂わせる。
レイルは今までに見たことの無いシンの態度に不審を抱いた。
その中で分かったことは1つ。今、シンはかなり怒っている。
「シン、どうしたんだ。ここに来るのは契約違反だろう。何があったんだ?」
レイルは同じ質問を繰り返したが、シンは依然として背中をレイルに向けたままだった。
何かあるのだろうと確信し、シンが話すのを待つ。
レイルはしばらく沈黙する。
二人の男が無言で居る部屋の圧力は徐々に高まっていく。
緊張の密度が部屋の許容の最高潮を迎えようとした時シンが喋った。
「俺はこれから、ホウジョウを潰す」
「なに?」
突然の宣言。宣戦布告とも言えることをさらりと当たり前のように言った。
レイルは突然のシンの発言に耳を疑った。
「ホウジョウをつぶす?シンどうしたんだ?ホウジョウを潰したらホトギ家は成り立たない。強力な経済力が無いホトギ家がホウジョウ無しでどうやって生きていくという?」
ホトギ家の実体が分かっているだけにレイルはその言葉を信じられなかった。ホウジョウ家の滅亡はある理由によりホトギ家の滅亡へとダイレクトに繋がる。そのことはホトギ家にとっては周知の事実。
そのはずだった。
「それでも潰す。俺達の生き残る術はすでに存在しない今、ホウジョウに関わる必要はすでに無い」
しかし、すでにその必要はないとシンは言い切った。
ホトギ家の揺るがぬ根本が崩された。
突然の宣言に常識の崩落。
2つの出来事にレイルは繋がりが見えなかった。
「どういうことだ?生き残る術がない?ホウジョウが何かしたのか?」
「その言葉に肯定と答えよう。俺達はすでにホウジョウに捨てられたと同じ状態だ。しかし、捨てられただけならまだ良かった・・・」
シンの発する圧力に怒気の色が篭もった。
今までとは質の違うプレッシャーが漂う。
レイルは恐る恐るその理由を聞こうとした。
「捨てられた後に何があったんだ?」
自然と小さくなる声。
若干の震えがシンにはしる。
「・・・っ。・・・」
何かを喋ろうとしたシンは、不意にその口を閉じた。
開きかけた口が何かを喋ろうとするが、話そうとするたびに口を閉じる。
結局シンはレイルの質問の答えをここで示すことはなかった。
「・・・・レイル、俺と一緒にホウジョウ家を潰してくれるか?」
「話しが飛躍しすぎだ。俺にホウジョウを潰す理由はまだ無い」
まだ無い。そうレイルにはまだ潰す理由は無かった。
親しい人間が傷ついたわけじゃない。
自分に不利益になることも今はない。
護衛として頼まれただけ。
契約に従いツキを守っているだけ。
レイルにはホトギ家への執着はなかった。
あるといえばシンとの個人的な繋がりとツキへの思い入れのみ。
ホウジョウを潰す理由はありなどしなかった。
「まだ・・・そう俺もあの時まではまだホウジョウを潰す理由は無かった。あの用件を聞くまでは」
シンはあの時のことを思い出す。
にやけた笑みで笑うホウジョウ家当主。
その男が告げたある用件。
一つ目を聞いただけで嫌悪した。
2つ目を聞いたときは殺そうかと思った。
決して許してはならない父親としての威厳。
極めて堕落なホウジョウ家当主。
すべての視界がクリアになったあの瞬間。
そして…
「用件?用件とは?」
シンの回想はレイルによって中断された。
シンは現実に引き戻され自分の現在の場所を確認。
レイルへの話が中断されていたことを思い出す。
「ああ、話そう。用件の内容と醜いホウジョウ家の実態をな」
「珍しい・・・シンがそんな話を俺にするのか」
レイルの記憶の中でシンがホウジョウ家について語ったことはレイルの記憶ではない。
あるとすれば腐りかけている内部の一端ぐらいだった。
(よく俺に愚痴ってたな。大事なことは話さないのに、どうでもいいことを延々と語ってたっけ)
よく、酒を飲んでおおらかになったシンがレイルに君主・ホウジョウ家の不満な点などを話していた。
その時は話が弾み気付いたら夜が明けて朝になっていたなとレイルはひっそりと苦笑する。
「・・・ホウジョウ家とは我がホトギ家の古来よりの君主であった。その歴史は辿るとリル手記が記された時代にまで遡る」
シンが語り始める。喋りに誇張などはない。
ホトギ家の時代の長さに驚きながらもレイルはリル手記という言葉に引っ掛かりを覚えた。
「リル手記?それはなんなんだ?」
「レイル、お前は宗教都市に行ったことがあるか?」
「辺境の集落まではな・・・宗教都市はそれ自体が閉塞的で謎だらけだ。異国の者など受け入れてもくれなかった」
「そうか、では覚えておくといい。宗教都市はこの世の始まりが記されたリル手記と呼ばれるものが存在する。それにはこの世界の法則や魔術の成り立ち、さらには隠された真実が存在するといわれている。さらに、宗教都市の中では物語が親から子へ受け継がれている」
「物語?」
初耳な事ばかりで少し宗教都市に興味が湧いた。
今度は宗教都市に行ってみようと内心で決心しひそかにその事を胸にとどめる。
物語の内容は宗教都市を知る手がかりになるだろうと熱心に話を聞いた。
「1人の人間と1人の女神と1人の悪魔についてのものだ」
「悪魔?女神?人間?」
「話の内容は簡単なものだ。この世界には精霊と呼ばれるものと人間が存在した。しかし、彼らは互いに仲が悪かった。何度も戦がおきその度に人間は負けていた。精霊たちには人間の攻撃は届かず、精霊たちは魔法と呼ばれるものを使っていた。人間達は時間が流れるたびにその人口を減らしていった。人類と呼ばれる種が失われようとしたした時、空が割れて女神が現れたという。そして、その時に異世界の人間が落ちてきた」
「女神が現れて、異世界人が落ちた?俺みたいだな」
レイルの言葉を無視してシンは話を続ける。
「女神は人間達に不思議な力・・・魔術を与えた。精霊と戦える力だ。しかし、人間達はその力の使い方を理解できなかった。そこで女神は一緒に落ちてきた異世界人に同じような力を与え、その力の使い方を実践で覚えさせた。そして、異世界人にその力の使い方を教えた。人間達はその力を神の力とあがめ精霊たちと戦って精霊たちを他の世界に閉じ込めた。その後に魔術が存在する人間の世界ができたと伝えられている」
単純なお話かと思ったが意外にも世界を構成する1つ、魔術についての事が出てきた。
あやふやなことではあるが魔術は本来人間には備わっていなかったという学説も存在する。
そんな話もあったのか。と感心する一方、疑問点もあった。
「・・・悪魔の存在がなかったが?」
「悪魔はその存在を宗教都市以外に公にすることを許されない。ただ、私が知っている限りでは悪魔は何人もの美しい従者と男の番人と共に魔術の進化の先を人間に知らしめたそうだ」
「なんだそれは…で、リル手記は人間の起源についてのものなのか?」
「そうなるな。さて、話を戻そう。われわれホトギ家は最初ホウジョウ家に仕えるだけの存在だったがその意味を2代前のホトギ家当主が変えることになった。2代前の当主は九頭竜下位3家のなかでの経済面における競争で敗北した。一方のホウジョウ家も戦力的な意味で上位4家のなかで劣勢だった。ホトギ家とホウジョウ家はお互いを補うためにその関係をよりいっそう強めることとなる。ホトギ家は金銭面でホウジョウ家に依存し、ホウジョウ家は戦力面で依存した。しかし、この関係は世代が変われば意味合いも変わってきた。それの典型的な例が先代ホウジョウ家当主だ」
「確か・・・ホウジョウ家の金銭に更なるゆとりを持たせるためにホトギ家に金銭を稼がせるためさまざまな仕事を押し付けるようになったんだったか?」
「そうだ。奴らは我々を使い危険な仕事を悉く押し付けてきた。個人での戦力を最高のものとするための実践訓練だといってな。そのせいで何人の同胞を失ったか・・・そして、現在のホウジョウ家だ。ホトギ家が稼いだ金を湯水のように使い、更には用無しというかのようにサイジョウ家への宣戦布告の代わりに特攻を行えと命令してきた。だが、これならまだ良かった」
「死ねというような命令の他にまだ何かあるのか?」
グッとシンの拳が握られる。シンは暴れたくなる衝動を抑え、ぎりぎりの音量で声を絞り出した。
「・・・単刀直入に言えばツキを戦力として寄越せということだ」
「それは・・・ホウジョウ家へ仕えるという事か?」
「いや、もっと強固な繋がりを奴らはツキと持たせるつもりだ。そのために奴らは禁じ手を使ってきた」
「禁じ手?」
シンの怒りはここで最高のものとなる。
もはやプレッシャーには純粋な殺意しか感じられない。
ここまでの怒りを呼びだす用件をシンは簡単に言った。
「婚姻の儀だよ」
「…ッ!?ツキはまだ成人していないんだろ!この世界では結婚は絶対に通過儀礼を済ませなければ結婚できないんじゃないのか!」
「奴らはその通過儀礼を16歳の現在に行うつもりのようだ」
本来この世界においての成人の年齢は約18歳であった。しかし、通過儀礼と呼ばれるものを越えなければ大人としては認められない。
例え20歳になっても通過儀礼を済まさなければ、大人としての権利を得ることはできない。それは権利を認められず、働くことを許されず、結婚を許されない状況に陥る。
「無茶な!通過儀礼は大規模魔術の連続使用に2回以上耐え切る苦難の試練だぞ、今のツキにはまだ早い!2度も大規模魔術を受けきれるものか!」
「それでもホウジョウは行うつもりだ。結婚式の後に隠れて行うつもりらしい。そこでツキが死んだらそこまでの人材だったということで済ませるのだろう…だが、そんなこと父親として許せるものか。娘の死を黙って受け入れる親がどこにいるというのだ!」
シンの怒号と共にシンの纏う圧力が増した。
その圧力にやられたのかレイルの部屋の窓ガラスが一様に共振した。
まるでシンの心を示すかのように。
「だから、ホウジョウを潰そうとしたのか」
「その通りだ。ツキを死なせはしない。絶対にだ」
「それなら俺も協力しよう。ツキが死ぬかもしれない?冗談じゃない。俺の家族に手を出されてたまるかよ」
「それでこそ、俺の弟子だ」
シンはレイルの返事に目を開けレイルの方を向いた。
そこには殺気をはらむプレッシャーは嘘のように消えて、いつものシンがいた。
「よし、じゃあ細かいことを聞こうか」
「ああ、まずこの手紙が4日前に届けられた。中身は結婚式の招待状だが明らかに強制的に行かせるようなものだ。そして、俺は急ぎこの手紙を持って3日かけてこの学園の寮に来た。以上だ」
シンはこの学園に3日の時間をかけた。
都市間では交通技術は多少の発達しかしておらず、他の都市への移動は3日から4日かけるのが普通であった。しかし、レイルの場合はこれには含められない。
レイルは鳥型の麒麟機巧R・Hシリーズ〈ガンマ〉に乗り1日での往復を可能にしている。
他にも、リステリアが開発中の飛行魔術が完成すれば1日どころか数時間の移動も可能になる。
「はっ?ホウジョウケの内情とかは?」
「ない」
「家の仕事は?」
「放ってきた」
「あんた何してんの!?」
「ツキのことで頭がいっぱいだった。言い訳はこれだけだ」
「・・・とりあえず、シンは家に帰って」
「何を言っている。私とお前は共に戦う仲間だろう。潰すとことに協力するといったではないか?」
「潰すにしたって何かしらの情報と支援とその後の調整することなんか必要だろう。そのすべてができる立場のあんたがこんなとこにいるとか話にならないんだよ!とっとと帰って情報寄越せ!」
「ここに来て反抗期か・・・父としては来るべき時が来たという感じだな」
「それ違う!」
その後シンを説得し何とか実家へ送り返したレイル。
シンは慌てて帰ったのか手紙を寮に残していった。
レイルはそれを拾い目を通す。
「手紙の内容は・・・結婚式が7日後で結婚する方々がツキと・・・コマク=ホウジョウ」
レイルは今日の5時間目のことを思い出す。
コマク。
この名前は記憶にしっかりと刻み付けてあった。
「コマク=リュート、あの野郎か…後悔させてやるよ」
目に怒りの色をともらせレイルは準備を始める。
すべてはツキのために。
今回はシンとレイルのみの登場でした。
少し話が長いと思いますが飽きてくれないことを祈ります。
ちなみにリル手記と呼ばれるものが出てきました。
いらない話ではないのか?と思われるかもしれませんが結構重要なものに後々なってくるんです。
でもまあ、結構後の方で何か分かってくるのでまだまだ謎だらけなのですが…。