絶望のツキ
リリアとレイルが戦っていた時、
コマクを運んでいたツキはコマクを観察していた。
先ほどの戦いの驚きの動揺も胸にあったが今はそれを越える大きな期待と希望があった。
(この人がレンかもしれない・・・確かレンの右腕には火傷のような後があったはず)
レイルに関する証拠はないかと思い巡らすツキは過去に見た小さいレイルの右手を思い出した。
同時に懐かしい記憶の欠片を思い出し過ぎた年の数を指で数はじめる。
「もう4年。昔はあんなにも充実していて毎日が楽しかったのに今では…」
なんてつまらない毎日の繰り返しなのかしら。
ツキはその言葉を続けることはなかった。
言葉に出してしまっては永遠にあの頃には戻れない。
ツキはそんな気がした。
ツキははあの頃に戻りたいと思う幼い自分と今からは逃げることなど出来ないと考える現在の自分がいるのをそれとなく感じ取っていた。
どちらも自分の気持ちの表現では正しい率直な意見だった。
レンにもう1度会いたい。しかし、生きているのかは分からない。
今の現実からは逃げられない。でも生きていることはできる。
レンは死んで自分だけ生きている?
この灰色の世界の中で自分だけ?
ああ、きっとあなたがいれば
この灰色の世界も
とても綺麗で鮮やかになるのでしょうね。
レンのことを思う自分の中で、会いたい願望が大きくなっていくのをツキは強く意識した。
ツキはコマクの右腕をそれとなく見る。
コマクはレイルに殴られた痛みがあるのか苦悶の表情を浮かべていた。
ツキはコマクとレイルの戦いをよく見ていた。
どちらもレンかもしれない人物だったためにツキの洞察力は並大抵のものではなかった。
ツキはコマクとレイルの模擬戦の中で二人にそれぞれの疑問点を持っていた。
まずはコマクの魔術の発動時間の短さと詠唱の時に必ず持っていた金属のようなもの。
そして、レイルの全身に走るように流れ出る青い電気のこと。
どちらの魔術も魔導の知識があれば誰しもが疑問に思うことだった。
コマクの場合は魔道の基本である『魔術とは基本的には連発は出来ない』を完全に無視していた。
魔術とは1つの属性の連続使用は可能である2つ以上の属性での連続発動はできない。
これは魔力の問題とされているが今のところこれといった理由は発見されていない。
そしてレイルの無詠唱での雷術の使用。
こちらも魔導の基本である『詠唱による魔術の絶対的な発現』を無視していた。
(どちらも普通では行えない魔術の使用形体ね。連続発動と無詠唱・・・どちらも普及する技術であるなら世の中は変わってしまうわ)
ツキは2人の異端さにレンの期待を掛けた。そして、レンであるかの確認の腕に残る傷の確認に入ろうとしたがコマクは自分の腹部を押さえながら蹲っているので右腕を見ることはできなかった。
しばらく無言のままコマクを運んでいたがやがて鼓膜が1人で何かを呟きだした。
「どういうことだよ。こんなことにならないはずなのに。これさえあれば俺にだって魔術が使えるはずなのに俺は…ホウジョウ家だぞ。こんなところで・・・」
コマクの言葉にツキは戦慄する。
先ほどまでの希望も吹き飛び冷や汗が背中をつたった。
(ホウジョウ家!?この男ホウジョウ家なの?なんで?どうしてホウジョウ家が名前を変えてこんなところに居るの!)
ホウジョウ家等の上位4家は下位3家と違い自分たちの姓を名乗るのが普通であった。そのため上位4家の名が出てくると大半の生徒は恐れるかのような顔つきになる。自分に何をされるかわからないからだ。上位4家とは都市を動かすほどの大きな存在だった。そこに拒否権などは無く実質的に上位4家は都市の主権を握っていた。どんな事件でももみ潰すことができ更には無実の人間をも刑務所に送り込むことが出来る。そこまで強い権力を持つ彼らにルールは通用しなかった。
このことからツキは一刻も早くこの男から離れたかった。
ホウジョウに関わっていくとろくなことにはならないことを実体験から学んでいるためである。
そんなツキの焦りに気づいたのかコマクが声を掛ける。
「おい、お前確かホトギ家で治癒術が使えたな。俺は名を隠しているがホウジョウケの人間だ。だから、この怪我を医務室に行く前に治せ。こんな、名前も分からぬ下郎につけられた傷など汚らわしくてたまらん」
「は・・・い」
その言葉に若干の恐怖をもちつつツキは答える。そして、水術を使い治療に入るが体がコマクに近寄ることを拒絶した。
ツキの根底に眠るホウジョウ家に対する怒りと恐怖がツキの行動を制限する。
「なんだ?俺の怪我を治せといいっているのだ。早く治せ!」
怒鳴るかのような声にツキは自分の体の意思に反しコマクの治療に入った。
治療の最中痛みが和らいでリラックスしたのかコマクは一人喋り始める。
「まったく・・・母上に頼んだ魔術烙印は全く役に立たなかったではないか。詠唱が必要な簡略型とはいえ相手に傷すらも与えられんとは。後でもっと強いものを用意させよう」
「お、終わりました・・・」
ツキはいつもの2倍の速さで治療を終わらせた。すべては一刻も早くこの場から離れるため。そして、その場から離れようとコマクを置いて演習場へ戻ろうとした。
「おい待て、何処へ行くつもりだ?君主の家系のものを従者たるホトギ家は置いていくと言うのか?」
しかし、その行動もコマクの言葉に遮られる。
「申し訳・・・ございません」
ツキはコマクの方を向きコマクが立ち上がるのを手伝い、右後ろに控えコマクとともに演習場へ向かった。途中でコマクはツキに聞こえる程度の声で独り言のように話し始めた。その声にはどこか自慢するかのような陽気な雰囲気が伺えた。
「我は、近々お前の家の者と結婚することになっている。母上の計略のようだがな。聞くにその女は能力が秀でており文才もあり、容姿が良いという。母上はそのものを手中に収めてホウジョウ家の戦力増強でもしようと言うのか?まったく、飽きぬものよ。利用される我の気持ちも考えて欲しいものだ。なぜ、我が下賎なものと結婚せねばいかんと言うのだ。そうであろう?」
コマクの投げかけの質問にツキは黙っていた。
結婚そんな話は成人していない自分にとっては全く関係の無い話でありまだ見えない将来の自分の夫に興味もまた無かった。
だがその中でもツキは身の危険を感じた。動物のように直感的なその予感にツキは再度戦慄する。ありもしない想像が無尽蔵に広がってった。結婚、その言葉が急に大きくツキにのしかかる。
そんなことは無いはずだ。ツキは常識と照らし合わせてこの予感を打ち破ろうとした。しかし相手はホウジョウ家。そのどの常識は当てはまりなどしない。
ツキは返事ができないままコマクの話を聞いた。
「結婚相手の名前を教えてやろう。今日の我は寛大だ。清清しい気分なのだ。しかし、あの男に対しては忌々しく感じておるがな。話がずれたな、相手の名前はツキ=ホトギというらしい。わがクラスに似たような名前がいたがよく覚えておらんな。お前は知っているか?まあ、知っているだろう。自分の主なのだからな。はははは」
ツキ=ホトギその名前が出た瞬間のツキの顔は弱りきっていた。
自分を示すその名前が急に誰とも知らない遠くの人のように思えた。
笑い声がこだます中、ツキは内心酷く驚き失望しそして衰弱していた。
いやはや自分の小説の編集にこれほどまでの労力を使うとは。
今回の話も少し短めになりましたが今後行われるであろう編集でその文字数をかなり増やすと思われます。
今までの話にさらに肉付けを施しさらに分かりやすくしていく努力をしていく所存です。そのために次の投稿が遅れてしまうかもしれません。
そこはご了承を。