レン=ホトギ
少年が一人倒れている。
少年の周りには白い花が咲き誇っているが少年の血を浴びてどこかしおらしく見えた。
少年の体にはいくつもの穴が痛々しく開いており、顔は蒼白である。
少年は薄れる意識の中で少女の声を聞いた。
「・・・・・。・・。・・。・・・・・」
――フェ・・リ・・ル――
少年は目の前のその少女に記憶の中の彼女を投影した。
記憶の中の彼女が少年に微笑みかけた時、レイルはどこか安心感に包まれた。
少年は安心したかのように深い眠りについた。
白い花に囲まれている少女がいた。
少女は花を摘む途中で花の中に倒れている少年を偶然見つけた。
最初は好奇心で近寄ったがすぐさま普通の状態でないことを悟った。少女は急ぎ父親を呼び少年を助けようとする。
・・この少女の名をシキ=ホトギという・・・
「お父様!誰かが倒れております。助けなければ!」
少女が少年に走りよる。その後ろを少女の父シンが追う。
「お父様!ほら、こんなに血だらけです。このままでは・・・」
「これは・・・すぐに家に運ぼう。治療しなければ命にかかわる」
シキの父、シンは血だらけの少年を見て思う。
なぜ、少年は明らかに大きさのあわない軍服らしきものをきているのかと。
そして、血だらけの顔で何故そんなにも幸せそうな顔をしているのかと。
目を開けて最初にみたものは天井。
すぐさま身を起こして少年は現場を確認。
(・・畳の上の布団で寝ている・・・体には呪文のようなものが赤い手ある札が張ってある・・・はがれない・・・そして、知らない部屋・・・・)
ひととおりの確認をしたところで、不意にふすまが開く。
咄嗟に振り返り、ふすまを開けた女性と目が合った。
両者、固まる。
すると、ふすまを開けた女性が少し驚いた顔をしつつ何かをしゃべる。
「・・・・・・。・・・・・・。・・・・・。・・・・。」
何かを言って、女性はふすまを閉めた。
レイルはなにが起きたのか理解できずに、その場で固まったままとなった。
(なんて言っているのかわからない。俺の知らない言語?ここどこ?それに、何で俺少年みたいな体になっているの?)
理解できずに、頭の中ですこし混乱する。
すこし状況を整理しようと少年は思い出せることをとにかく思い出した。
(俺は黒の暴力を阻止しようとして転移した。それで、転移した場所がここなんだろう。これは納得。ならばこの少年の体はなんだ?たぶん、転移に俺の体が耐え切れないからナノマシンが働いたのか、それとも俺が無意識のうちに体を組み替えたかだな)
大体の整理をしてだいぶ状況を飲み込んだときシンとツキが部屋に入室。
レイルは見知らぬ2人の登場で多少混乱したが平静を装った。
優しい父親のような男が何かを話す。
「・・・・。・・・・。・・・・・・・・・・・・。」
しかし、話していることが理解できない。そのことを察したのか父親の方が少女を指差し少女も父親を指差した。
(なに?え?・・・・ツキ・・??・・シキ?・・・?)
「ツ・・・キ?・・・・・・シ・・・キ?」
少女と父親はお互いを指差しツキ、シンという。
レイルはそれを何とか理解した。
(名前・・・かな?ツキは・・・この女の子?シンはこの父親みたいな人かな?)
少年は2人が自己紹介したのだと思った。そこで、自分を指差し少年が一言だけ言った。
「レイル=スコール」
その日は2人の名前を覚えることで終わった。
レイルが居る部屋に入る少し前、シン=ホトギは、少年の世話をさせていた女待の報告を聞いていた。
その報告を聞きシンは女待を下がらせる。
(丸1日寝ていたな。あの少年・・・。これから、いろいろと聞いてみるか)
最愛の娘のツキを呼びいっしょに少年の部屋にいく。
途中、娘から少年のことについて聞いてきたりしてきた。
めったに出来ない貴重な娘との会話をしながら、少年の部屋にたどり着く。
もう少し娘と話していたいものだと思っていたがその気持ちを押し止め中に足を踏み入れた。
中に入ると、呪札を体に貼り付けた少年がこちらを見ている。
(意識はあるようだな。よし。では質問といこうか)
「おはよう。私の名前はシン=ホトギだ。君の名前は?」
普通に会話したはずだが、少年はきょとんとしてこちらを見ている。
(パニックでも起こしているのか?まあ仕方ないか)
そう思い、いろいろ話してみたが少年は依然としてなにも話さない。
ただ困ったような顔をしてシンを見ていた。
(おかしいな?なぜ何も言わない?それに会話していてあちらはまったくわかってなさそうな顔・・・。他国の子か?)
そう考えてシンは、この国の言語がわからないのだと判断。
そこで、ツキを指差し子の子はツキだという。
ツキも察したのか、私を指差しシンという。
少年は少し難しい顔をして口を開いて
「ツ・・・・キ・・・・・シ・・・・ン」
シンとツキの名前を呼ぶ。
ようやく通じた言葉に多少の感動を感じたとき、少年は自分を指差し言った。
「レイル=スコール」
その日は少年に名前を教え少年の名前を覚えることで終わった。
部屋を退出した後、ツキがシンに疑問をぶつけた。
「お父様、あの子は異国の人なのですか?」
「いや、わからん。とにかく言葉を覚えてもらってあとでいろいろ聞こうじゃないか」
「そうですね。それでは父様、私はシキと遊んできます。失礼します」
「妹と仲良くするんだぞ。」
「はい」
元気な返事とともに庭へ駆け出していくツキを見まもるシン。
こんな平和な日常がいつまでも続いて欲しいものだと思いつつ
(あの子が何者なのかは、ゆっくり聞き出すことにしよう)
そう考えて自室へ戻った。
そうして、レイルは健やかにホトギ家で過ごしていった。
ツキやシキとともに遊び、ともに勉強し、ともに笑った。
そんな生活が5年続いた。少年は少し成長し、幼かった頃よりも身長が高くなっていた。
時には自分が昔のような姿になることに感動したり、ツキとシキの成長にどう接すればいいか分からずシンと一緒に四苦八苦したり、昔の僚友を思い出し隠れて涙したり・・・幸せな日常はレイルの孤独感をだいぶ薄れさせた。
そして月日は流れレイルは成長期真っ盛りの年齢になっていた。
「もうあれから5年がたつのか。いや~月日の流れは残酷なほどに速いね」
レイルの名前を捨て、心機一転してレン=ホトギの名前をもらい今に至る。
5年の月日はレンにさまざまなことを吸収させていく。
その吸収の過程でレンはこの世界のことを知った。
レンが転移した先は別世界であること。
魔術が存在する世界。科学技術が前世界より劣っていること。
オーバーテクノロジーの塊の遺跡が時々発掘されること。
そして、レンの体内のナノマシンは健在であること。
レンは世界の知識をナノマシンに記憶させている。
ナノマシンとは全世界の科学技術の一つの終着点。
ミクロの世界の制覇という研究目標の完成形。
さまざまな情報を記憶することができ、身体能力を向上させる夢のようなもの。
しかし、リスクもある。
ナノマシンは体になじむまで地獄のような痛みに堪えなければならない。
しかも、なじんだとしてもその機能を使えるようになるにはまた時間がかかる。
レンはこれらに耐え抜いた。
そして身体能力の向上とともに、治癒能力の向上、電気エネルギーの操作能力を手に入れた。
この世界で生きていくには便利なものであった。
レンはシンから武術を学んでいる。
前世界ではひととおりの体術を習得していたが、この世界のものは対魔術用ということもありさまざまな武術を学んだ。
シンは軍隊に所属していたこともあり、近格闘戦闘術についてはスペシャリストだった。
魔術についても学ぼうとしたが、レンにはまったく魔術の根源の魔力がないことが発覚。魔術は使えなかった。
魔術とは、発動するために魔導言語を唱え体内の魔力を消費して発動する。
魔導言語を深く理解できていればいるほど、魔術の質と威力は向上する。
魔術には属性のようなものがある。主流なのが、火・水・土・雷・風である。
ほかにも、認知されていない属性もある。
それらの認知されていない属性は大半が、時代の流れとともに廃れていったものである。
魔導言語を理解するうえではこの属性を必ず理解する必要がある。
しかし、その理解にも必ず魔術の流れを感じるというプロセスが必要であるため、結局才能のないものはそのまま凡人として過ごすしかない。
魔術にも5大魔術という誰もが使える魔術と虚失魔術という適正のあるものしか使えない魔術が存在するのだが、これらは共通の手段を持って起動させる。
魔術の糸と呼ばれるものを指の先から魔力を固定化させて放出し、それで陣を描くのだ。
描かれた魔術に声やアクションを起こすことで発動させ、世界そのものに干渉させて世界に変化をもたらす。それを、この世界は魔術と呼ぶ。
「しかし、話があるってなんなんだろうな?シンにしては珍しい」
一応レンの父親または師弟ということだが、シンはそこらへんをあまり気にしない。
「ツキにも話があるっていってたな~。そっちから先に話をしているのかな?」
実際、シンは自身の娘たちであるツキとシキを優先することが多い。レンはそのことは仕方の無いことだと割り切っていた。
「ま、仕方ないか。うん。ツキは十二歳、今年からは魔術の本格的な勉強ってことでかの有名な魔導の学校に行くんだしな」
魔導天道学園。そこにツキは通うこととなっていた。
魔術のすべてをそこで学びホトギ家を継ぐためであろうとレンは結論づけていた。
「ツキも大変だな~。・・・っと。来たみたいだな」
近づく足音がしたかと思うと部屋の前で止まりその主が部屋に入る。
ゆっくりとレンの前に座り、ホトギ家頭首の風格でいた。
いつもの親しみやすい優しい父親の影はない。
「重要な話がある」
「何でしょうか」
いつもと違う雰囲気にレンも姿勢をただし緊張をまとう。
「お前の存在がホウジョウ家にばれた。いやバレただけならいいが、魔術が使えないことまでしられた」
「それは・・・」
ホウジョウ家とはホトギ家の君主とも呼べる存在。
九頭竜会の上位四家のひとつ。
ホトギ家も一応九頭竜のひとつだが、下位3家に分類される。
九頭竜は俺が住む異世界の農業指定都市ココノスを治める。
しかし、九頭竜の中では上下関係が厳しく、下位3家とは上位4家の1つに従属しているようなものである。
上位4家の上にもクニガハラ家というものが存在している。
上位4家は水面下で九頭竜を統一しようとしているが最近では膠着状態が続いている。
実力がすべての世界で、ホウジョウ家は力のない者たちを侮蔑していた。
まして、その侮蔑の対象が自分たちに従っている家の中にいたことはホウジョウ家にとって嫌悪すべきことであった。
「それはまずいですね。それで、私は何をすればいいのです?」
ホウジョウ家に見つかったということで、状況を理解。
あのホウジョウ家が無能者レンを見つけたのだ、ただではすむまい。
そう思いレンはシンに聞く。
半ば人生を諦めて
シンはしばらくの間黙っていたがぽつりと言う。
「レン・・・お前には死んでもらうことになる」
「どういうことです?」
「ホウジョウはお前という汚点をなかったことにするつもりだ・・・」
「そういうことですか・・・」
「しかし、おまえは俺の息子だ。ホウジョウの者等に殺させるつもりなどない。そこでだ、レンよ・・・おまえ軍隊に所属しないか?あそこなら、九頭竜の権力も及ばない。お前が殺される心配もない。それにこの家にいることもできる。どうだ?」
その提案にしばらく考え込むレン。そして、
「いいですよ。その案に乗りましょう。しかし条件があります。軍隊に所属してから1年後に死んだことにしてほしいのです。もちろん、ツキたちにも言わないでください。そうすればあなたたちに迷惑はかかりません」
「・・・レンお前はどうするんだ?」
「そうですね・・・・わたしは世界というものを見てみたいと思っています。そこで少し旅をしようかと・・もちろんお金は要りません。軍隊に所属して稼がせていただきます」
「それでいいのか?」
「はい。恩返しと思えばこのくらいは当たり前です。・・・・話は以上ですか?」
「ああ・・・」
「それでは失礼します。今までありがとうございました」
レイルは迷いも見せずに部屋から出て行った。そして、自分の部屋に帰ると同時に身支度をまとめてシンにも伝えぬままホトギ家を出て行った。客観的に見れば、家出のような形でである。
この後にレンは軍隊に所属した。
昔の感覚を思い出して何とか戦場を生き抜いた。
広がる孤独感に悩まされつつも必死で軍で働いた。
あまたの戦場で多大な功績を残していったレンは〈赤華〉などと呼ばれ上層部にまで知れ渡るほどになり実績を積み上げていった。しかし、レンはある戦場でその存在を消すこととなる。
軍に入ったのちょうど1年目のことだった。