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始原世界の中で  作者: 神原 拓
第1章 世界の始まり
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始まり

今世界には黒い世界が広がっていた。

今にも世界そのものを飲み込むような大きな球体の空間。

半径2キロはあるそれは世界を飲み込まんと強烈な猛威で世界に広がる。

科学技術が進歩したこの世界に現れてしまった理解することを許さない圧倒的な暴力はその表面積を世界に広げていた。

そして誰の責任でもない、何がそうさせたのか一人の男がこの暴力に立ち向かうこととなる。

とまることのない黒の脅威の中、球体の円の中心に男が立っていた。

近くには何十人もの者たちが男の言葉を聞いている。


「俺が装置を起動させる。この状況では俺が一番生存率が高い。お前たちはすぐさま拠点へと帰還せよ。・・・以上」

「「「了解」」」


短い男の命令の返事とともにその者たちは姿を消していった。

誰もが隊長とあがめる男の帰還を信じて。

しかし、その場にとどまる2人がいた。

男はその顔ぶれを見てため息ひとつする。


「隊長」

「フェリル・・・」


小柄な女性。髪は肩にかかる程度に伸びており、その色は紅い。声をかけるその瞳には不安の色があるが、それを表に出すことは無かった。


「強がっても分かりますよ。あの子達は見抜けなかったようですけど、私は騙せませんよ」


不安を微塵も漂わせず微笑するフェリル。その声にどこか心が落ち着いたなと男が感じたところに野太い声で反応する男の声がまたひとつ。


「そうだぜ。俺ら何年の付き合いだ?あんたのことなんかお見通しだぜ」

「グランツ・・・」


野太い声の主は笑っていた。何を恐れることがある?突き進むしかないだろう?その声にはそんな前向きな考えが見え隠れしていることを男は長年の付き合いから感じた。

野太い声の主は強靭な肉体をもち、体にいくつもの傷をもつ。年は大して変わらないはずだがどこか長者のように思えるその男の声に不思議と安心になり緊張をほぐされる。


(怖いことはなにも無い。俺にはこいつらがいる。俺が恐れるべきはこの二人がいなくなることだ)


男の心情に反応するかのようにグランツ・フェリルが笑いながらも男に話しかける。それは男の緊張を少しでも和らげるための彼らの精一杯の努力だった。


「俺らぐらい頼ってくれてもいいんじゃねえか?お前の強さはわかっているが、それでも心は違うだろ?」

「そうですよ。こういうときに頼ってももらわなくちゃ何のための仲間ですか」


励ますような言葉の数々に男は内心感謝した。


(さすがは俺の恋人と親友。こいつらには頭が上がらないな・・。お前たちがここにいてくれて本当によかった)


成功させる。この言葉がレイルの胸に深く刻まれた。

緊張などは存在しない。絶対に成功させる。その一つのみに男は全身を震わせ精神を奮い立たせた。


「ああそうだな。それじゃそこから見ていてくれよ。この任務は成功させる・・・それとフェリル、グランツ、ありがとうな」


純粋な感謝の言葉が男の口から漏れた。

しかし、この言葉にフェリルは驚いた顔で、


「あらら?私のレイルがそんなこというなんてね?明日は雨かしら?」


一方のグランツも、


「ははは、違いねえ。お前がそんなこと言うなんてな、新発見だ」


男は、俺だってたまにはこれぐらい言うと小さく言ったがそんな言葉も親友と恋人の笑い声の前に阻まれた。

長いようで短い会話を交わしているうちに任務開始の時間が訪れた。この時間が永遠に続けばと寂しさを感じる男だったがそれを任務だからと割り切った。そして、悲しみを感じさせないように・・・まるで臆病な自分を騙すかのように大きな声を張り上げた。


「それじゃ、時間だ。俺、行くよ。フェリル、グランツいって来る。必ず帰ってくるからな。約束だ!」


男はフェリルとグランツに背を向けた。


男がした小さな約束。

当たり前のようであり、難しいことであり、そしてこれが最後のように思えた。

男は自分をこの世界の…唯一無二の大切な彼らとのつながりが欲しかった。

それは男の苦しいまでの寂しさの表れだった。


この世界に生き続けたい。


ただ忽然と胸のうちに存在する男にとって大きすぎるこの使命に男は押しつぶされそうであった。


「ああいってこい!約束だぞ」

「ええ、約束ですよ。いってらっしゃい」


背中越しから聞こえてくる突然に返された返答。

その言葉を聞いた男は彼らとの出会いを神に感謝した。


ありがとう。


もう何度目か分からない。

この言葉を多用する自分に対してまさかこんな人間味があったのかと驚きながらもどこか客観的に自分を眺めていた。

一方のフェリルとグランツモつらい表情など見せるものかと精一杯の笑顔で見送る。

2人に見送られた男は黒い球体の中心へと向かった。


中心到着した男は自分の身長と同じくらいの黒い長方形の箱があるのをその目で確認した。


「これが広がる黒を消すための装置か・・・」


装置の大きさに多少の不安を持ちながらも男は箱に手をかざす。

刹那、狂喜しているかのように四方八方に散る白い光が箱全体から湧き出した。

その光はまるで希望のようにきらきらと輝いている。

真っ黒な中に現れた突然の光。

その光にどこかさっきの自分重ね合わせた男は光の中に自分の感謝の言葉を込めた。

大して意味は無い行為であったが光に惹かれた男の前に理由などなかった。

光は世界を飲み込まんと荒ぶる黒の暴力をその純白の光で打ち消していく。

光は交わり、世界を覆う黒の球体はその猛威を薄れさせていく。

白と黒のその光景に男はどこか幻想卿に来たような感覚を覚えた。


「よしこれで帰れば任務は完了。さあ、帰ろう」


箱に対し背を向け現場からの離脱を図る。自分のいるべき世界への帰還に無事を喜んだ男だったが、長方形の箱はいびつな形にゆがみ始めていた。


まるでこれから起こる未来の形を示すかのように


長方形だった箱から湧き出る光は純白から不吉な灰色へと変わっていく。


「なんだっ!」


その灰色は男にはこれからの未来を現したものに見えた。

フェリルやグランツのあの笑みが脳裏によぎる。

不幸な未来の訪れを男は感じたがそんなことはさせないと自分を再度奮い立たせた。

その間、灰色の光はレイルの右腕へと伸びその手に触れた。


ジュッ・・・シュゥゥ


焼けるような音と共に光に触れた腕はその部分を一瞬にして蒸発させた。


男はひじから先を失うことになった。

一瞬の気後れだったとはいえ男を後悔の念が襲う。


「ぐっ!」


ミイラのような右手を押さえながら光の存在しない後方へ跳ぶ。右手の激痛が徐々に思考に影響を与えていた。


(くそ!これは・・暴走か!ナノマシンが足りなかったのか?これを止めるには、足りなかった分を与えなくてはダメか!)


思考は一瞬。

激痛を頭から追い出し、健在の左腕を前に突き出して灰色の光を出す箱へ一直線に走る。

アメーバのように動く灰色の光が男の体に次々と当たる。

左足、右脇、左肩が右腕のように水分を沸騰させ蒸発させる。

息が出来なくなり、更には激痛が男を襲う。しかし、そんな痛みを思考の外へ追い出し男は走った。

そして、ひどく長く感じた短い距離を命を顧みずに走りきった男の手がついに箱に触れる。


(ナノマシンの注入を開始。システムを正常化。ショートした回路を予備で補完・・)


箱の情報をナノマシンを媒介にして取得。

瞬時に今起きている異常を正常化させていく。

そうすることで少しずつでも箱は正常な状態になるはずだった。


「よし・・・・チッ・・まずいな・・・これは・・・」


箱からにじみ出る光は男の予想を裏切り黒色に変わっていく。

男の中を不安が支配し始める。


この状況下でさらにできることは無いか?


不安定な心の状態から立ち直ろうと男は頭を働かせる。


「ナノマシンの注入は終了した。プログラムも修正完了。・・・じゃあ何が原因だ?」


不安な男の心を映すかのように箱のひずみから湧き出る白の光が黒の光と混ざりながら確実にその色を黒へ近づけていく。


(そうか、処理能力の限界か・・・ナノマシンをさらに注入するべきか?いや、そんなことをしても無駄だ。ならば!)


一つの仮説を立てその仮説に一筋の希望を持たせる。

レイルはナノマシンを通して箱のプログラムを書き換えはじめた。しかし、希望を胸に抱きながらも男の心の中は寂しさで満たされていた。


(フェリル・グランツ・・・すまない。約束は破りそうだ・・・)


1つの小さな謝罪。

これからの2人の将来に関わることのできない悔しさと2人には生きていて欲しい望みが男の心の中で固く結びつく。

男は2人に別れを告げるため張り裂けんばかりの大声で灰色の空に叫んだ。


「生きていてくれよ!負けるなよ!死ぬなよ!そして、俺の・・・俺たちの世界は救ったぞ!」


プログラムの書き換えが終わった。

箱から出る灰色の光が輝きを持ち銀色に変わる。

光の世界の幻想世界に満ちた銀色の光は、男と箱を包み込みその存在をこの世から静かに削り取りはじめた。


世界から消えていく感触に愛おしいほどまでの執着が湧く。


箱に寄りかかりながら座る男は光満ちる幻想世界をただ綺麗だと思いながら消えていく。


――ああ、これが死ぬってことか――


(ははは、フェリルに泣かれちゃうな・・・)


薄れゆく意識で男が考えたことは、消えていく自分自身ではなく他人であった。

暖かな未来の訪れを感じながら男は世界に呟く。


――せめて、もう1度だけフェリルと会わせてくれよ――


静寂が支配する銀色の世界でいった言葉に返事は無かった。

男は寂しいなと感慨に耽ながら思い出に残る過去の映像を幻視する。


――レイル!ほらこっちは綺麗だよ

――こっちには魚がいるぜ!珍しいもんだよな!


小さなフェリルとグランツがレイルに向かい何かを見てはしゃいでいた。


――早く来なよ。追いて行っちゃうよ!

――ははは。早く来いよ!レイル~


二人の姿はどこか遠くに消えていく。

その後姿にレイルは手を伸ばした。


――まって・・・待ってくれよ。俺もそっちに行くからさ


ただその姿を追いかける小さな自分。

それを見たときレイルは意識を手放した。


男が行った行為は転移。

莫大なエネルギーを駆使するその現代の奇跡は箱から湧き出るエネルギーを利用して、自身とともに箱を遠いかなたへ転移させた。男は生物がいない星などに転移させることで地球を黒の暴力からさらさせないようにしようと考えた。

しかし、転移したのは男と莫大なエネルギーのみだった。


歪な形の黒い箱は何事とも無かったかのように静かに佇んでいた・・。






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