第9“思考”
特に症状が酷いわけでもなく、元の病室に戻された。
桜が綺麗に咲いていた。まだ七分咲きだが。
ふと時計を見ると一時四十五分だった。
「あなただれ?」
オレは半分恐怖の言葉を聞いた。窓辺に立っていたオレは、その少女の存在に気が付かないなんて。
「あなただれ?」
催促するように上目使いで聞いてくる。オレは答えていいのか悩んだ。またあの時のような事になってしまう。
だが、答えなければいけない気がした。誰がなんと言おうと。オレが、オレで有る限り。
「亀山。亀山だよ」
少女はオレの名前を連呼し、にっかりと笑って、
「かめやまおにいちゃんあそぼ」
オレはゆっくり頷く。
スリッパを脱いで、窓から外に出る。少し寝たきりが続いたからか、体が思うように動かなかった。
「かめやまおにいちゃん、あれなに?」
少女の小さい、人形のような指が桜の木を指した。
『絶対に、桜の花、と言ってはいけない』
ムカつく医師の言葉を思い出した。桜の花と言わなければいい。
「あれは、桜の木だよ」
その言葉を言った瞬間、ジェットコースターの一番始めの長い下り坂で、急降下しているような感覚だった。
少女の様子を伺う。へぇ、と言ってこっちを向いてにっかりとまた笑う。
「さくらのきってきれいだね。あのぴんくのおはな、ほしい」
始めて聞く言葉だった。それにも驚いたが、桜、花、自爆するのかと思いきや単語なら大丈夫のようだ。ヒヤヒヤする。
「わかった。じゃぁ、一緒に行こう」
オレは時計を見ようと部屋の中を覗く。そろそろ桃の奴がくるはずだから……。
と思った矢先、窓では桃が仁王立ちしてオレを睨んでいた。オレは慌てる。が桃は人差し指をピンクの唇を縦に遮断するように動かした。それは、気にするなと言う意味で取っていいのだろう。
桃の唇の端がつり上がった。オレも笑顔を見せる。
オレは少女の手を取り、桜の木の下まで行く。ゆっくりと、その子の歩幅に合わせて。
やっとのことで着いた。
「ちょっと待ってろよ」
オレは、リハビリがてら木登りを始める。まだ桜が散るような季節じゃないからな。
まぁ、軽々と登り、花が数輪ついている木の枝を一本折る。
それを持ってゆっくりと降りる。
「かめやまおにいちゃんすごい」
小さな拍手だった。オレは、足の裏に芝の感覚を感じると、少女の方を見て、これを差し出した。
「ほら、ピンクの花」
「ありがとう」
枝を少女に渡す。数輪の桜の花がくっついている枝を少女はまじまじと見た。
「さくらのおはなはなぜ、さくのだろう。
さくらのおはなはなぜ、ちるのだろう。
さくらのおはなはなぜ、ここにいるのだろう」
ハッとする。しかしなにも起こらない。
何かの軸が狂い始めた。
「明日香ちゃん! そろそろご飯ですよ!」
桃の声が飛んできた。オレと少女は振り返って、手を振る。
「おなかすいた」
「よし、また明日な」
「じゃぁね、かめやまおにいちゃん」
そのまま、いつも向かう方に走って行った。
オレは色々と考えながら部屋に戻った。
「亀山さん」
「なんだよ……」
「どうだった?」
「なんだ、怒ると思ったのに」
「陣内先生が許可したんだから、批判は出来ないわよ。
そんなことより、どうだったのよ。いつもと違ったけど」
桃は真っ直ぐ、オレを見つめていた。そんなのを無視して窓の縁に座る。そして、足の裏の泥を叩き落とす。と、桃が気を利かせて濡れた雑巾を持ってきてくれた。ありがたく使う。
「桜の花は何故咲くのだろう、
桜の花は何故散るのだろう、
桜の花は何故ここにいるのだろう、
だってさ」
桃の返事はなかった。当たり前だ。オレも意味がわからない。
拭き終わった雑巾を桃に投げつけ、部屋に足を入れ、スリッパ目掛けて降りる。
「あいつ自身が言ってた」
「桜の花って?」
「正確には、桜のお花だがな」
「お花がダメだった気がしたけど」
「オレが知るか」
オレはため息をつき、ベットに座る。
「なぁ、あいつの本当を教えてくれ」
桃はオレから目をそらした。
「それで、変わるの?」
「変えて見せる。毎日一緒じゃつまらないだろ」
多少の沈黙。桃が口を開くのには差ほど時間はかからなかった。
「本当によくわからないの。今までの事で解っているのは、記憶が四時間持たないって事。一日に何回も同じことを繰り返している。ほとんど時間が決まってたわ。私、その時間を一回だけ破ろうとしたの。そして、あの桜を見てて、もうすぐ桜のお花が咲くねって言ったの」
「そしたら急に叫んだ」
「うん」
「つか、始まりは桃なのか」
「うん。しかも最近」
「は?」
「あなたが来る前の春」
「あんま最近じゃなくね?」
「私にとっては最近」
オレは何かに引っ掛けた。
「仮定だけど、もうすぐ花が咲く、に反応するんだったら?」
「確かに、桜の花だけじゃ、反応しないし、だけど自分なら平気って可能性もあるし」
オレを腕組をする。
「あいつの過去ってわかるか? オレみたいにトラウマが引き起こす可能性だってあるじゃないか?」
「そうね、少し調べてみる」
オレはベットにねっころがり、
「なんか、推理ドラマみたいだな」
と呟くと、
「あんたバカ? 明日香ちゃんを治してあげる気あるの?」
「ねぇよ。ただ、遊びたいだけ。普通にな」
クスっと言う声が聞こえた。
「何がおかしいんだ?」
「いや、珍しく笑顔だなって思って」
それを聞いてオレは恥ずかしくなった。熱い顔を隠すように、寝返りをして、桃に背中を見せる形になる。
「いいだろ。別に」
「良いことよ。とっても良いこと。さぁてと、調べもの調べもの」
「ちょっと待てよ」
「なに?」
「トイレ」
ため息が聞こえた。
「さっさと行くわよ」
オレは立ち上がって桃に着いていった。




