第7“記憶の断片”
オレはベットで丸くなっていた。なにもしたくなかった。動きたくなかった。
そんなオレの気持ちもそっちのけで、病室に誰かが入って来た。
「さっきは、ごめんなさい」
桃のだろう声が霞んで消えた。
「つい、カッとなって」
そうか。
「ごはん出来てるんだけど、食べる」
いらない。
「……。そうよね。ごめんなさい。食べたくなったらナースコールしてね」
出ていった。何しに来たんだか。
オレは寝返りをうって、天井を見上げた。
相変わらず、きたねぇ天井だ。オレみたいに。現実から逃げたつもりが、引き戻されて。遊ぶつもりが、のどにナイフを押し付けた形になって。自分の行動も制御出来ないなんて。
今何歳だっけ。中学出た所まで覚えてる。そっからオレは……地元の高校に入って、サッカー部に入ったっけか。そのあと、レギュラーに選ばれなくて悔しくて毎日練習してたっけな。
運動会で目立って、文化祭で友達とバカ騒ぎして、それで秋大会があった。そこでもレギュラーがとれなくて、部活やめた気がする。
そのあと、学校もダルくなって行かなくなったような……。
毎日遊んでたら、誰かに怒られたな。
あれ、誰かが泣いてる。
なんで、殴られてんだ。
なんで、怖がってんだ。
誰だ。アイツは誰だ。
天井がまた、影を作り出した。しかし、前のような恐怖感はなかった。ただ、虚無感、無力感、胸の真ん中にポッカリと穴が空いた感覚だった。
その影の表情は、安堵に微笑んでいるようだった。オレは、それに慰められた気がした。
その影は、赤くなって、次第にもとのきたない天井へと変わっていった。
それが何かはわからない。ただ、とても大切だった人のような気がした。笑顔は、あの少女のように幼くて、純粋で、いつもオレを見据えているようだった。
で、結局なんだったんだあれ?
まぁいっか。うん。よくない気がするが……。
お腹の虫が鳴く。
「はらへった」
反射的に言う。オレは昨日の晩御飯が食べたくなった。
迷わずナースコール。
すぐに桃が来たが、少しへこんでいる感じではあった。
「なによ」
言葉も素っ気ない。
「はらへった。ポトフは?」
オレを一回睨んで、目をつむり、
「作るわけないでしょ。今から病院食持ってくるから待ってなさい」
出ていった。ため息をついたが、何に対してのため息なんだろうか。アイツのポトフが食べたかった? まさか。無性にポトフを食べたかったに決まってる。
とかなんとか考えていたら桃が帰ってきた。
「はい、」
無造作に置かれる病院食。
「なんだよ。言いたいことがあんなら言えよ」
「嫌よ。何言ってもダメなんでしょ。あんた」
オレは舌打ちをして、細かくされたサラダを一口。
「もう、お願いだから明日香ちゃんに関わらないで」
またかよ。もう、陣内に許可は出てんだぜ。
「これ以上、あなたを苦しめたくないから」
スプーンを落とした。何かを思い出した気がする。
「大丈夫!?」
「オレ、自殺、してないのか?」
近寄ってきた桃にボソッと言う。桃の瞳孔が開いていく。顔も段々と険しくなっていく。
「オレ、よく、わからない、けど、誰かに突き落とされた気がする」
桃は微動打にしない。
「お前、何か知ってんだろ」
確信しかなかった。桃がオレの禁止ワードを知ってる。
「まって、まって。まず、ご飯、食べて」
動揺を隠しきれていない桃を横目に、落としたスプーンを拾って貰い、黙々と食べ始めた。味なんてわかりゃしねぇ。辛いも甘いも苦いも旨いも熱いも冷たいも何にもわからない。
牛乳を飲み干した所で全てを食べ終わった。
「食ったぞ」
「トイレは?」
「平気だ」
桃は口を固く結んだ。ほどけかけている、絡まった糸をまた固く結ぶように。
「さっさと言えよ」
冷静に言うが、そこには動揺や苦しみがこもった。
知りたいのに、体が拒否する。もう目の前なのに、遠い。掴んでるのに、何もない。知らない方がまし。知っても辛いだけ。
「本当は、言いたくない」
桃はそれを知っているのか、未だ目をオレから外し、呟き、口を結ぶ。
「言えよ」
オレも人のことは言えないようだ。手足は痙攣したように震え、息も絶え絶えだった。
「言わなきゃダメ?」
オレは静かに頭を縦に振った。
少しの沈黙が起きた。オレは今から話される現実に身を構え、桃は今から話すことを咀嚼している。
「亀山くん、あなたは自殺なんかしてない。マンションの屋上から落とされた。実の父に」
オレは唾を飲む。
「話すと長いけど、結論はそう。あなたの父は殺人及び殺人未遂で捕まったわ」
父、その単語がオレの禁止ワードだったようだ。体がやけに反応して、今にも吐きそうだ。
「大丈夫?」
「大丈夫」
胸を押さえ付け、冷静を保とうと粘る。
「続けるわね。なにがあったかは知らないけど、あなたの父は、あなたの母をナイフで数回胸を刺して殺し、逃げたあなたを追って屋上。ナイフで刺そうとしたけど避けられて、たまたま手を伸ばしたらあなたを押す形になって、足を踏み外して落下。運よく桜の木に引っ掛かって一命をとりとめた。これが私の知ってる全てよ」
全ての記憶が蘇ってきた。オレが家で母さんと話してたら、アイツが帰ってきた。
『オマエはいつまで家ん中にいるつもりだ! さっさと出ていけ!』
不登校になったオレに必ず言ってくる言葉だ。ムカつく。がその場から逃げた方が母さんのためになることを知っていた。
軽く家出。夜の繁華街を宛もなく歩いていたら、ヤバイのにぶつかって、フルボッコされる。
夜が明けて、アイツがいなくなった頃を見計らって帰り、アザだらけの顔を母さんに見せると、
『またやんちゃして。危ないことはしないでよ。』
なぜか、母さんといる時は安らいだ。
しかし、その日に限って、アイツが忘れ物をして帰ってきた。
『オマエ! こんなやつなんかほっておけ! 家に入れるな!』
オレはその時、殺意を覚えた。拳を固く握った。刹那、オレは何も考えずにアイツを殴った。キモい感触、アイツに触れることさえもしたくなかったのに。
アイツは頬を押さえながらオレを睨んだ。
『親に向かって!』
『オマエを親だと思ったことねぇよ!』
アイツはキレた。顔を真っ赤にして。そして、殴りかかってくる。オレはアイツなんかに一撃を食らわせられる。何故だか、痛くなかった。
そのあと、殴り合いが続く。
オレの一撃がアイツを倒すのにはそう時間はかからなかった。そこがたまたま、キッチンの側だった。
アイツは立ち上がり際に包丁を掴み、その刃をオレに向けてきた。そのまま、オレを目掛けて突進してきた。不覚にも避けられなかった。
しかし、オレには刺されなかった。
白いカーテンが真っ赤に染まった。
母さんがオレを突き飛ばし、その代償に刺された。刺された場所から勢いよく血しぶきがアイツも、周りの家具も、真っ白な壁やカーテンや天井も、真っ赤に変わった。
『あなた……や……め……て……』
『お前も、アイツを庇いやがって!』
母さんが倒れた。それに何回も刃を突き刺していくアイツ。
オレは立てないでいた。助けなきゃ。しかし、体が言うことを聞かない。
体が出した答えは逃げるだった。家から出て、マンションの一番上まで行く。残念ながらアイツは追ってきていた。包丁を持って。
オレは端っこまで追い詰められた。アイツが死んだ目で、襲い掛かってくる。
間一髪避けたつもりだった。
アイツの手が伸びてきた。
その手はオレの胸に当たった。
オレはマンションから落ちる。
窓の中では知らない家族が楽しそうにしてた。
そのあとの記憶はほとんどない。知っているのは、オレは生きていると言うだけ。
目をまっすぐに向けると、桃が目の前で心配そうに見つめていた。
断片的な映像が影となし、今、襲い掛かってくる。
胸が苦しい、息ぐるしい、あたまもマワらナく――




