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夜桜  作者: kazuha
7/12

第7“記憶の断片”

 オレはベットで丸くなっていた。なにもしたくなかった。動きたくなかった。

 そんなオレの気持ちもそっちのけで、病室に誰かが入って来た。

「さっきは、ごめんなさい」

 桃のだろう声が霞んで消えた。

「つい、カッとなって」

 そうか。

「ごはん出来てるんだけど、食べる」

 いらない。

「……。そうよね。ごめんなさい。食べたくなったらナースコールしてね」

 出ていった。何しに来たんだか。

 オレは寝返りをうって、天井を見上げた。

 相変わらず、きたねぇ天井だ。オレみたいに。現実から逃げたつもりが、引き戻されて。遊ぶつもりが、のどにナイフを押し付けた形になって。自分の行動も制御出来ないなんて。

 今何歳だっけ。中学出た所まで覚えてる。そっからオレは……地元の高校に入って、サッカー部に入ったっけか。そのあと、レギュラーに選ばれなくて悔しくて毎日練習してたっけな。

 運動会で目立って、文化祭で友達とバカ騒ぎして、それで秋大会があった。そこでもレギュラーがとれなくて、部活やめた気がする。

 そのあと、学校もダルくなって行かなくなったような……。

 毎日遊んでたら、誰かに怒られたな。

 あれ、誰かが泣いてる。

 なんで、殴られてんだ。

 なんで、怖がってんだ。

 誰だ。アイツは誰だ。

 天井がまた、影を作り出した。しかし、前のような恐怖感はなかった。ただ、虚無感、無力感、胸の真ん中にポッカリと穴が空いた感覚だった。

 その影の表情は、安堵に微笑んでいるようだった。オレは、それに慰められた気がした。

 その影は、赤くなって、次第にもとのきたない天井へと変わっていった。

 それが何かはわからない。ただ、とても大切だった人のような気がした。笑顔は、あの少女のように幼くて、純粋で、いつもオレを見据えているようだった。

 で、結局なんだったんだあれ?

 まぁいっか。うん。よくない気がするが……。

 お腹の虫が鳴く。

「はらへった」

 反射的に言う。オレは昨日の晩御飯が食べたくなった。

 迷わずナースコール。

 すぐに桃が来たが、少しへこんでいる感じではあった。

「なによ」

 言葉も素っ気ない。

「はらへった。ポトフは?」

 オレを一回睨んで、目をつむり、

「作るわけないでしょ。今から病院食持ってくるから待ってなさい」

 出ていった。ため息をついたが、何に対してのため息なんだろうか。アイツのポトフが食べたかった? まさか。無性にポトフを食べたかったに決まってる。

 とかなんとか考えていたら桃が帰ってきた。

「はい、」

 無造作に置かれる病院食。

「なんだよ。言いたいことがあんなら言えよ」

「嫌よ。何言ってもダメなんでしょ。あんた」

 オレは舌打ちをして、細かくされたサラダを一口。

「もう、お願いだから明日香ちゃんに関わらないで」

 またかよ。もう、陣内に許可は出てんだぜ。

「これ以上、あなたを苦しめたくないから」

 スプーンを落とした。何かを思い出した気がする。

「大丈夫!?」

「オレ、自殺、してないのか?」

 近寄ってきた桃にボソッと言う。桃の瞳孔が開いていく。顔も段々と険しくなっていく。

「オレ、よく、わからない、けど、誰かに突き落とされた気がする」

 桃は微動打にしない。

「お前、何か知ってんだろ」

 確信しかなかった。桃がオレの禁止ワードを知ってる。

「まって、まって。まず、ご飯、食べて」

 動揺を隠しきれていない桃を横目に、落としたスプーンを拾って貰い、黙々と食べ始めた。味なんてわかりゃしねぇ。辛いも甘いも苦いも旨いも熱いも冷たいも何にもわからない。

 牛乳を飲み干した所で全てを食べ終わった。

「食ったぞ」

「トイレは?」

「平気だ」

 桃は口を固く結んだ。ほどけかけている、絡まった糸をまた固く結ぶように。

「さっさと言えよ」

 冷静に言うが、そこには動揺や苦しみがこもった。

 知りたいのに、体が拒否する。もう目の前なのに、遠い。掴んでるのに、何もない。知らない方がまし。知っても辛いだけ。

「本当は、言いたくない」

 桃はそれを知っているのか、未だ目をオレから外し、呟き、口を結ぶ。

「言えよ」

 オレも人のことは言えないようだ。手足は痙攣(けいれん)したように震え、息も絶え絶えだった。

「言わなきゃダメ?」

 オレは静かに頭を縦に振った。

 少しの沈黙が起きた。オレは今から話される現実に身を構え、桃は今から話すことを咀嚼(そしゃく)している。

「亀山くん、あなたは自殺なんかしてない。マンションの屋上から落とされた。実の父に」

 オレは(つば)を飲む。

「話すと長いけど、結論はそう。あなたの父は殺人及び殺人未遂で捕まったわ」

 父、その単語がオレの禁止ワードだったようだ。体がやけに反応して、今にも吐きそうだ。

「大丈夫?」

「大丈夫」

 胸を押さえ付け、冷静を保とうと粘る。

「続けるわね。なにがあったかは知らないけど、あなたの父は、あなたの母をナイフで数回胸を刺して殺し、逃げたあなたを追って屋上。ナイフで刺そうとしたけど避けられて、たまたま手を伸ばしたらあなたを押す形になって、足を踏み外して落下。運よく桜の木に引っ掛かって一命をとりとめた。これが私の知ってる全てよ」

 全ての記憶が蘇ってきた。オレが家で母さんと話してたら、アイツが帰ってきた。

『オマエはいつまで家ん中にいるつもりだ! さっさと出ていけ!』

 不登校になったオレに必ず言ってくる言葉だ。ムカつく。がその場から逃げた方が母さんのためになることを知っていた。

 軽く家出。夜の繁華街を宛もなく歩いていたら、ヤバイのにぶつかって、フルボッコされる。

 夜が明けて、アイツがいなくなった頃を見計らって帰り、アザだらけの顔を母さんに見せると、

『またやんちゃして。危ないことはしないでよ。』

 なぜか、母さんといる時は安らいだ。

 しかし、その日に限って、アイツが忘れ物をして帰ってきた。

『オマエ! こんなやつなんかほっておけ! 家に入れるな!』

 オレはその時、殺意を覚えた。拳を固く握った。刹那、オレは何も考えずにアイツを殴った。キモい感触、アイツに触れることさえもしたくなかったのに。

 アイツは頬を押さえながらオレを睨んだ。

『親に向かって!』

『オマエを親だと思ったことねぇよ!』

 アイツはキレた。顔を真っ赤にして。そして、殴りかかってくる。オレはアイツなんかに一撃を食らわせられる。何故だか、痛くなかった。

 そのあと、殴り合いが続く。

 オレの一撃がアイツを倒すのにはそう時間はかからなかった。そこがたまたま、キッチンの側だった。

 アイツは立ち上がり際に包丁を掴み、その刃をオレに向けてきた。そのまま、オレを目掛けて突進してきた。不覚にも避けられなかった。

 しかし、オレには刺されなかった。

 白いカーテンが真っ赤に染まった。

 母さんがオレを突き飛ばし、その代償に刺された。刺された場所から勢いよく血しぶきがアイツも、周りの家具も、真っ白な壁やカーテンや天井も、真っ赤に変わった。

『あなた……や……め……て……』

『お前も、アイツを庇いやがって!』

 母さんが倒れた。それに何回も刃を突き刺していくアイツ。

 オレは立てないでいた。助けなきゃ。しかし、体が言うことを聞かない。

 体が出した答えは逃げるだった。家から出て、マンションの一番上まで行く。残念ながらアイツは追ってきていた。包丁を持って。

 オレは端っこまで追い詰められた。アイツが死んだ目で、襲い掛かってくる。

 間一髪避けたつもりだった。

 アイツの手が伸びてきた。

 その手はオレの胸に当たった。

 オレはマンションから落ちる。

 窓の中では知らない家族が楽しそうにしてた。

 そのあとの記憶はほとんどない。知っているのは、オレは生きていると言うだけ。

 目をまっすぐに向けると、桃が目の前で心配そうに見つめていた。

 断片的な映像が影となし、今、襲い掛かってくる。

 胸が苦しい、息ぐるしい、あたまもマワらナく――

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