第6“不可能”
目が覚めた。晩飯食わないで寝ちまったか。桃に悪いことしたな。
まだ薄暗かった。なんとなくデジャブを見ているようで気持ち悪かった。
そして、デジャブ通りにベットの下にあるスリッパを取り出して履き、窓辺に立つ。
瑠璃色の風景に、隙間から朝日が差す。その朝日で桜の木は不思議に光り、その木の下に妖精のような少女が座って赤い表紙の本を読んでいる
デジャブなのか。むしろ、今日が昨日で、同じ時間を繰り返しているんじゃないかと、SF的な思考回路を回す。動揺しているのが身体中からわかる。
「なんであんなにけなげにひかっているのだろう」
少女の声が聞こえた。気のせいだろうか。聞いたことがある。
「しずかにながれてるかわはどうしてひかっているのだろう。かわにうつっているわたしはどうしてこんなにきたないのだろう。なんでかわにうつっているわたしはないているのだろう。なみだがでてくるめはなんでかわのようにすんでいないんだろう。たのしかったのに。わらっていたのに。わたしはう……」
少女はなにかを思い出したかのように立ち上がり、こちらに向かってきた。そして聞く。
「あなただれ?」
デジャブじゃない。やっぱり、時が戻ってんだ。
ふと明日香に目をやる。オレを不思議そうにまん丸い目で眺めて、首を幼げに傾けている。オレは咄嗟に答えなければならない言葉を思い出した。
「亀山だよ」
名前を言うと、明日香が何回か亀山と繰り返して、
「かめやまおにいちゃん、あそぼ」
無邪気な笑顔が返ってきた。オレは動揺しているのに、安心していた。
オレは頭を縦に振り、「いいよ」と答える。そして窓から飛び出て、少女の手を取る。
「かめやまおにいちゃん、あれなんていうの?」
少女は桜の木を指差して聞いた。オレはしゃがんで不思議そうに眺めている、愛らしい顔を見ながら、対象物の名前を出した。
「桜だよ。桜。もうすぐ、綺麗な花が咲くよ」
少女がピクッとした。本が落ちたと思った瞬間だった。
「ギャァァァ!」
少女が両手で頭を抑えてしゃがみ、鼓膜が破れそうなほど大きく叫んでいる。オレはたまらず手で耳を塞ぎ、足が勝手に少女と反対方向に進んでいた。何かにつまずいて転けて腰を打ち付ける。
「た……す……け……て……」
オレの口がそう動いた。
その瞬間に少女の所に看護師と医師が来た。医師が注射器を取り出し、三人の看護師が少女を抑える。そして注射が射たれた。
少女の叫びは段々と薄れ、無くなったと同時に芝に崩れていった。
オレは腰が抜けて立てないでいた。しかし、すぐに誰かに立たされた。と同時に左頬に平手が入り、叩かれた音だけが辺りに響いた。
「関わるなつったでしょうがこのアホ! 明日香ちゃんを殺す気なの! なんか言いなさいよ!」
殺すってなんだよ。ただ、一緒に遊ぼうとしただけじゃないか。減るものってなんだよ。
「ちょっと!」
やめてくれよ。
「桃井くん。やめなさい。私から言おう」
桃は胸襟を突き離し、オレは地面に崩れるようにして倒れ、四つん這いになり、嗚咽をはく。
目の前の芝に影が出来た。
「亀山くんだったね。私は明日香ちゃんの担当医の陣内だ。初めまして」
オマエのことなんざ、知りたかねぇよ。
「なぜ、桃井くんが剥きになるかわかるかい?」
「わからねぇよ」
オレは声を振り絞った。
「そうかい。簡単に言えば、君が明日香ちゃんに関われば彼女が死ぬってだけ」
「なんでだよ。意味わかんねぇよ」
芝を握る。
「私たちもわからない」
オレは顔を上げた。そのムカつく眼鏡で白衣姿の陣内を睨み付けた。
「なんとかしろよ! 医者だろ!」
陣内は空を見上げた。太陽がよりいっそう輝きを強めた。
「もぅ、やれることはやった。CT、MRI、あらゆる手段をやりつくした。しかし、何も異常が見られなかった」
「なら、あれが普通なんじゃないのか!? なんで関わるななんて」
「異常は見られないが、以前にも突然叫び出して、心肺が停止したことがあった。原因があの桜だったんだよ」
桜が元凶? 意味わからねぇよ。
「もう関わるなとは言わない。だが、明日香ちゃんが桜の事を聞いてきても絶対に桜の花とは言ってはいけない。約束してくれ。言わないと」
陣内の目が力強くオレをみつめてやがる。
「わかったよ」
陣内はホッとしたのか、その顔から笑顔がこぼれた。
「ありがとう。恩に着るよ」
大したことはしてない。でもなんだろうか。この気持ちのモヤモヤは、なんだろうか。




