第5“減るもの”
この光景を窓の外から明日香が覗いていた。不思議そうに。
「どうした?」
ガザガザする声で明日香に聞く。
「おにいちゃんだれ?」
桃の体がビクッと動いた。そんなことは気にしないで、
「忘れたのか? 亀山だよ」
すると明日香は亀山と何回も呟いた。
「いっしょにあそぼ」
「いいよ、」
「ダメよ!」
桃が怒鳴る。オレもおろか明日香まで驚いた。桃はすぐにオレの背中から離れ、窓から外に出た。
「明日香ちゃん。これからゴハンの時間よ。おなか空いたでしょ?」
「おなかすいた。もどる」
オレがキョトンとしていると、明日香は明るい声で窓から消えた。
溜め息をついて部屋に戻ってくる桃。
「喋るなっつったでしょ」
「いいだろ別に。減るもんじゃねぇし」
「減るのよ。明日香ちゃんは」
驚愕しないでいられるか。
「どういう意味だよ」
桃は口を開けたが、すぐに閉じて、目をつむり、また見開くと、
「守秘義務があるから言えないわ。とにかく、明日香ちゃんに関わらないで」
舌打ちを打つ。桃も舌打ちを打ち返す。
「悪いけどそう言うことなの。化粧直してくるわ。アンタのせいで顔グジャグジャよ」
「いつもだろ」
「うるさいわね! すぐに戻ってくるから大人しくしてなさいよ」
オレは適当に返事をし、足早に部屋から出ていく桃を見送った。
話すと減るもの。時間か? 空気か? オレには想像がつかない。考えても良知が明かない。聞き出すしかないのだが、守秘義務、大きな壁だ。いつものオレだったら、ムリだから諦めるんだろうな。諦めよう。それが一番だ。
なんだかんだ考えていたら、化粧を直した桃が戻ってきた。今時の女は化粧をしないと生きられないのか。男のオレにはわからないことだ。
「なぁ、守秘義務ってなんだよ」
オレは自分でも思わないことを聞いた。諦めたはずなのに。
「アンタバカ? 守秘義務って言葉知ってる? しゅ、ひ、ぎ、む」
オレは溜め息をつき、ベットに寝そべった。
「知ってるよ。別に聞きたいわけでもないからいいよ」
眠ろうとした。昔、レギュラーに入れなかった時のように。
あの時は確か三日くらい部屋に籠ってたっけか。さすがにお腹が空いて、ダイニングに恐る恐る行くと、母さんが笑顔で、座ってとか言ってたっけか。その後出てきたポトフ、美味しかったな。
「ポトフ食いてぇ」
ポロッと口から溢れた。ほとんど息だったが。
「作ってあげようか?」
その言葉で一気に目が覚めた。勢いよく起き上がり、
「いらねぇよ、別に! オマエのなんて!」
桃が起き上がってきたオレに驚いたようで、目をまんまるく開いていた。その表情もすぐに変わり、にやけやがる。
「へぇ、そぅ。じゃぁ、今晩の食事にでも、」
「いらねぇって!」
声をあらげるオレを見て、腹抱えて笑いやがる。頭に血が上って熱い。
「さ、そうなれば作ってこよう」
そう言ってそそくさと逃げていきやがった。オレは溜め息をついた。看護師長に胃腸薬でも頼まないと。
ガダ。窓から音が鳴り、条件反射のようにそちらを向く。ただの風だ。なに窓の外、気にしてんだろ。スリッパを足で探し当て、立ち上がり、点滴の台を引きずって窓辺に立つ。
あの桜の木の蕾が開き始めていた。はぁ、もう一年になるな。自殺して、病院に閉じ込められて、今か。なんか、変な気分だ。オレは何歳だ? あれ? 思い出せない。どうでもいいか。どうせ、どうせ。オレは本当に死にたいのか?
わからない。死にたい。でも、今が楽しい。楽しいのに死にたいのか?
楽しい訳がない。そうだ。そうだ。そうだ。死にたいんだ。
死にたいのに、なんで泣いてんだろう。あぁ、泣きたくなんかねぇのに。チクショウ。
オレはまっ平らなベットに顔を埋めた。




