第4“見えたもの”
光が眩しかった。無数の暖かな光の珠がゆっくりと空に向かって上がっていく。
その光をこの桜の木が出しているような気がした。頭の葉っぱがついた枝を、悲しそうに風でなびかせていた。
葉っぱしかついていない木を、なんで桜の木と思ったのか。オレはよっぽど桜の木が嫌いなようだ。
なんか情けなくなって笑う。
なんで、桜の木を、嫌いに、なったん、だっけ。いきる、意味を、失ったのは、いつ、だっけ。オレは、いつ、自分が、嫌いに、なったん、だっけ。
「なぁ、桜。お前知ってるか?」
木は沈黙を保ったまま、寂しそうになびいてるだけだった。
喋らないなんて知ってる。なにも答えてくれないのも知ってる。
オレは、なにかが欲しかった。
「桃井さん。あなたが一番わかっているでしょう」
体が気だるい。夢だったのか? まだ目の前は真っ暗だから寝てるのか? むしろ体が動かない。金縛り! この声は幽霊! オレは死んだのか!?
「すみません」
桃の声。あいつも死んだのか? は! いい気味だ。
「彼は一時的な記憶障害で、何時、真実を思い出すかわからないの。厳重な見張りと介護をしなさいといったはずよ」
「はい」
よく聞けば看護師長。また桃が叱られてんのか。
「またなにかあることがないように、お願いよ」
「はい」
ガラガラ、とイスが動く音がして、カツカツと歩く音がして、ガチャと扉が開く音がして、ガタンと扉が閉まる音がした。
そして桃の溜め息。
「ダメだな、私」
「そうだな、ダメだな」
看護師長の呪いが解け、体の自由が聞くようになったオレは、ちゃかしをいれた。目を開けると、目の前には点滴の袋があり、チューブをたどると、体に刺さってた。
ついでに桃の顔を見ると、蒼白でバカみたいに口を開けてオレを凝視していた。
「どうした? バカ。オレがカッコいいって、今さら気がついたのか?」
「どこから聞いてたの?」
焦る桃。ただならぬ気配を感じた。
「最後ら辺だよ」
「いいからどこまでよ!?」
今にも襲いかかってきそうな勢いで怒鳴ってきた。オレは舌打ちを打つ。
「あんたがわかってるとか、記憶障害だとか、クビされるとか、裸になるなとか、」
桃は頭を抱えた。ジョークで言ったヤツは実はホントだったのか?
「なにか思い出した?」
「いや」
なんなんだこいつ。昨日の対応といい、今日もおかしいでやがる。
「昨日、なにがあったか言って貰える?」
昨日? なんの事だ?
「覚えてないならいいんだ」
「ちょっと待てよ。なんの話だよ?」
「いいの。わからないならわからないで」
オレは起き上がる。
「よくねぇよ。昨日、オレがなにかしたのか?」
桃はうつむく。
「点滴痛むから大人しくしてて」
桃の胸ぐらをつかむ。
「いいから教えろよ」
「やめ、て、い、いたい」
我に帰る。苦しそうにオレの腕を掴んで引きはなそうと頑張ってる。
手を離した。
「すまん」
地面に倒れ込んで咳き込んでいる。
「すまん」
最悪感がオレを桃のいる反対サイドに向かせた。そこには単四電池が一つだけ転がっていた。
頭のなかにあれがよみがえった。
苦しい。怖い。嫌だ。
「大丈夫?」
桃に背中をさすられてオレは落ち着いた。
「思い出した」
桃の手が止まった。
「天井に赤い影が広がった。なんかわかんないけど怖くなってベットから離れて、はぁ、はぁ」
話していけばいくほど苦しくなっていく。
「無理しないで」
オレは深く息を吸う。
「そしたら、ベットに中年の男が包丁かなんかわかんないけど、それっぽいのもって近付いてきたからドアから逃げようとしたら、閉まってて、はぁ、そいつに、肩さわられて、はぁ、」
「もう、いいわ。ごめんね」
オレの腕に水が滴った。点滴って、目から出るのかな。始めてだからわかんないけど。
「ごめんね」
桃の体が背中にあたり、意外に細い腕が脇の下を通り胸の前で交差していた。
スゴく温かい。なんだろう。懐かしい感じがする。
この光景を窓の外から明日香が覗いているのを見つけた。




