第11“夜桜”
早朝五時四十分。オレはまだ闇が覆っている世界を見渡す。後数分で少女が来る。遊ぼうと言ってくる。いいよ、そう返して窓から出る。あれなに、きっと桜の木を指差して言うだろう。そしたら、
「桜の木。もう、満開だよ」
もうすぐ桜の花が咲くよ。そう言う。きっと発作は起きない。そう、願う。
風がイタズラに桜の花を舞い散らす。空はまだ、瑠璃色の絵の具を抱えていた。
幻想的とも言える風景。天国がそこにあるような、おかしな感覚に苛まれる。オレはいつから、美しいものを、素直に美しいと思えなくなったのか。
「かめやまおにいちゃん、あそぼ」
オレは驚いた。がすぐに、その少女の幼い、絶望と言うものを知らないような笑顔を見た。
「いいよ」
そう。計画通りに。オレは窓から外に出る。ひんやりとした感覚が足にきた。
「おにいちゃん、きれいだね」
少女が徐に上げた腕の先は、あの桜の木だった。
オレは戸惑う。しかし、計画を遂行しなければ。
「そうだな。もうすぐ桜の花が咲くよ」
様子を伺う。特になんともならない。
やっぱりだ。
しゃがんで、この言葉を言わなければ大丈夫だ。
「ねぇ、いこ」
「あぁ、」
ゆっくり、ゆっくり、あの木の下に向かっていく。
そのうち、朝日が淡く、ほっそりと照りだし、桜の木が後光で眩しく光る。
刹那、
【桜は満開だよ】
は?
【あははは、あはははは!】
なにが、なにが。
【あはははは! あはははは!】
大きく見開いた目はオレをまっすぐ見ていた。真っ黒な瞳が、こっちを。黒に吸い込まれそうな。
【ギャァァァァ! ア゛ァ! ガァ!】
防衛本能なのか、オレは彼女を押し倒し、暴れる体を、寝技で押さえつける。
「おい! 陣内!」
「わかっている」
薬を打つ。
【ギャァァァァ!】
しかし、治まる気配がない。
「ち! 早くおなじやつ何個か持ってこい!」
桃が走り出す。
「おい、明日香!」
【ギャァァァァ!】
「明日香!」
【ギャァァァァ!】
「明日香!」
音がなりやんだ。急すぎた。静寂が、不安をそそる。
【亀山お兄ちゃん。桜は満開だね。綺麗だね。また、あそぼ】
口から血を噴き出す。
「おい!」
「どけ!」
陣内がオレを吹っ飛ばす。
明日香に心臓マッサージを試みていた。しかし、すぐに止めた。
陣内が明日香の手首を指で触る。口から血を取り除き、顔を近づける。ポケットからライトを取り出して、目に光を当てる。
終わって立ち上がったときに、桃が戻ってきた。
注射器を落とし、膝から折れていった。
「午前六時七分三秒、死亡を確認」
オレは、
取り返しのつかないことをしてしまった。




