第10“推測”
桃が明日香の過去を調べている最中に、オレはある実験を繰り返していた。まぁ簡単に、もうすぐ桜の花が咲く、というフレーズを言わないようにして、出来るだけそれに近いニュアンスの言葉を言うというものだ。
桜、咲く、桜の花、桜の花が咲く、もうすぐ咲く、この中で明日香が拒絶反応を起こすものはなかった。やっぱり、もうすぐ桜の花が咲くなのか。後は桃でも待とう。
と考えながらやることもなく、もう満開に近い桜を眺めていた。素直に綺麗だなと思った。
「あら、亀山さん。桜なんか見てどうしたんですか?」
バカにしに来たのか、桃が病室に入って早々にそう言った。
「暇なんだよ。バカにするんだったらさっさと情報寄越せ。」
「そんな急かさないでよ。取り合えず座っていて」
ったく、意味がわからんな。しょうがなくベットに座る。
「いい話と悪い話があるんだけど」
「片っ端から」
桃はそう言うと思っていたような笑みを浮かべ、「じゃあ悪い方から」と続けた。
「明日香ちゃんがここに来た理由は、発作。やっぱり桜が原因みたいなことが書いてあったわ」
「書いてあった?」
「カルテって知ってるでしょ。それによ」
オレは、あぁ、と自分でもバカみたいと思うように納得した。
「で、その発作と言うか狂乱と言うかわからないんだけど、それを起こしたのが3回。来た時と、私の時と、あなたの時」
「それがなにか?」
「おかしいじゃない。そのキーワードを3回しか聞いたことないってことなのよ」
「もし、キーワードが関係なかったらどうする?」
「は!? なにそれ」
「まず全部聞かせろ」
桃は納得がいかないようで迫ってきたが、オレの一言で冷静に戻った。
「両親は、離婚していて、今は父の方にいる」
「母は?」
「消息が絶ってる。生きてるかさえわかってないわ。父の方は会社の重役みたいで、お金には困ってないみたい。でも、やっぱり明日香ちゃんが邪魔みたいで虐待はあったみたいなの。発作で運び込まれたとき、身体中にアザがあったわ」
「虐待!」
「うん、病院が児童相談所に連絡しても、あっち側がみてめないからって捕まってない。で、明日香ちゃんを病院で預かることになった」
「普通施設とかじゃないのか?」
「病院だって立派な施設よ」
それもそうか、と呟く。
「以上よ」
「トラウマになることなら、やっぱり虐待だよな。虐待されてから発作が起きるようになった。そのキーに触れたのが、父と桃とオレ」
「だから桜関係じゃ?」
「一回その固定概念忘れようぜ。明日香ちゃんが病院に来たのは?」
「春よ。一昨年の」
まぁ、それもそうか。
「なぁ、桃の時のこと、動作含めて細かく思い出せないか?」
桃は唸りをあげた。当たり前か。1年前の事だ。明瞭に覚えている訳がない。
「忘れてるならいいが」
「いや、思い出した」
オレは思わず前のめりになった。
「確か、あそこら辺で、手を繋いで――」
桃の指差す方を遠目に見る。
「――あれ何って言われたから、しゃがんで明日香ちゃんの顔を見ながら『桜だよ。もうすぐ綺麗なお花が咲くんだよ』って言ったら」
その言葉を、本当にその通り動いているように想像した。その動きと、自分があの日行動したものと重ねてみる。
「そうか。後は、試してみるしかないか」
「試すって、正気!?」
桃は声を張り上げた。
「正気も正気。誰だっけ? 宇治金時先生だっけか?」
「もしかして陣内先生?」
さすがに呆れた顔をしていた。オレは気にせずに、
「そうそう。一応発作起こすはずだから備えておけって言っといて」
桃は溜め息を吐いて、わかったよ、と頭を抱えながら呟いた。
「あんまり気に病むなよ。大丈夫。オレの考えが正しかったら、発作は起きない」
桃は不思議そうな目をオレに向けた。オレは立ち上がり、窓辺に近づいて、外の桜を眺める。もう、来るはずだ。
「明日の早朝に試す」
「大丈夫よね」
「当たり前だ。そう言えば、いい方は?」
刹那、脇の下から通された手が胸の前に固く結ばれ、背中に小さな体が押さえつけられた。
「おい、」オレは驚いた。「どうしたんだよ」少し震えていた。泣いている。
「少しこのままでいさせて」
オレはなんの抵抗もしなかった。胸の前にある手に、右手をあて強く握る。
「いい、方はね、退院できるって、話し。明後日」
嬉しい気がした。しかし、なぜか虚無感がある。胸の中がすっきりしない、なんつうか、胸焼けしてるような、気持ち悪い感じ。
「そうか」オレはそう呟いた。そして桃の手をはがし、振り返って、衝動のまま、桃の唇を奪っていた。
初キスの味は甘いものだと、少女漫画とかには書いてあるが、それはやっぱり漫画の中の話だ。
苦い。
すごく苦い。
苦しい。
胸が張り裂けそうなほど苦しい。
また会えるはずなのに、後2日で、永遠の別れになる。
桃はゆっくり離れた。
「ダメだよ。私、仕事中なんだし」
笑顔で泣いていた。頬は少し赤らんでいた。
オレはどんな顔をしているんだろうか。わからない。泣いてはいない。笑ってはいない。
「かめやまおにいちゃん、あそぼ」
オレはその幼い声に驚いて振り返った。相変わらず、幼いイメージを与える2つ結びの髪を、無邪気に揺らして、オレの顔を上目使いで見てくる。
「あぁ、行こう」
覚えてくれた。記憶が4時間しか持たないんじゃない。残る記憶がなかったんだ。
「桃も行こうぜ」
え、とアホな顔をした。
「顔ひどいぞ」
「うるさいわね!」
相変わらずのツンデレ感で、オレは笑ってしまった。
「なんでわらってんの」
「え? 楽しいからだよ。明日香も笑ってみな」
わはは、わはは、不器用な笑いだった。
「もう、私は仕事中だって言ってんでしょうが」
そう言いながら、窓から外に出た。
明日香を真ん中にして、オレは右側で手を繋ぎ、桃は左側で手を繋ぎ、この状態で町を歩いたら親子に間違われるだろう。いや、間違われてもかまわない。オレに、母以上に護りたいものができたのかもしれない。
「よし、桜の木まで競争だ! よーいどん!」
明日、忘れもしない。オレはやっぱりバカだったんだ。




