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夜桜  作者: kazuha
10/12

第10“推測”

 桃が明日香の過去を調べている最中に、オレはある実験を繰り返していた。まぁ簡単に、もうすぐ桜の花が咲く、というフレーズを言わないようにして、出来るだけそれに近いニュアンスの言葉を言うというものだ。

 桜、咲く、桜の花、桜の花が咲く、もうすぐ咲く、この中で明日香が拒絶反応を起こすものはなかった。やっぱり、もうすぐ桜の花が咲くなのか。後は桃でも待とう。

 と考えながらやることもなく、もう満開に近い桜を眺めていた。素直に綺麗だなと思った。

「あら、亀山さん。桜なんか見てどうしたんですか?」

 バカにしに来たのか、桃が病室に入って早々にそう言った。

「暇なんだよ。バカにするんだったらさっさと情報寄越せ。」

「そんな急かさないでよ。取り合えず座っていて」

 ったく、意味がわからんな。しょうがなくベットに座る。

「いい話と悪い話があるんだけど」

「片っ端から」

 桃はそう言うと思っていたような笑みを浮かべ、「じゃあ悪い方から」と続けた。

「明日香ちゃんがここに来た理由は、発作。やっぱり桜が原因みたいなことが書いてあったわ」

「書いてあった?」

「カルテって知ってるでしょ。それによ」

 オレは、あぁ、と自分でもバカみたいと思うように納得した。

「で、その発作と言うか狂乱と言うかわからないんだけど、それを起こしたのが3回。来た時と、私の時と、あなたの時」

「それがなにか?」

「おかしいじゃない。そのキーワードを3回しか聞いたことないってことなのよ」

「もし、キーワードが関係なかったらどうする?」

「は!? なにそれ」

「まず全部聞かせろ」

 桃は納得がいかないようで迫ってきたが、オレの一言で冷静に戻った。

「両親は、離婚していて、今は父の方にいる」

「母は?」

「消息が絶ってる。生きてるかさえわかってないわ。父の方は会社の重役みたいで、お金には困ってないみたい。でも、やっぱり明日香ちゃんが邪魔みたいで虐待はあったみたいなの。発作で運び込まれたとき、身体中にアザがあったわ」

「虐待!」

「うん、病院が児童相談所に連絡しても、あっち側がみてめないからって捕まってない。で、明日香ちゃんを病院で預かることになった」

「普通施設とかじゃないのか?」

「病院だって立派な施設よ」

 それもそうか、と呟く。

「以上よ」

「トラウマになることなら、やっぱり虐待だよな。虐待されてから発作が起きるようになった。そのキーに触れたのが、父と桃とオレ」

「だから桜関係じゃ?」

「一回その固定概念忘れようぜ。明日香ちゃんが病院に来たのは?」

「春よ。一昨年の」

 まぁ、それもそうか。

「なぁ、桃の時のこと、動作含めて細かく思い出せないか?」

 桃は唸りをあげた。当たり前か。1年前の事だ。明瞭に覚えている訳がない。

「忘れてるならいいが」

「いや、思い出した」

 オレは思わず前のめりになった。

「確か、あそこら辺で、手を繋いで――」

 桃の指差す方を遠目に見る。

「――あれ何って言われたから、しゃがんで明日香ちゃんの顔を見ながら『桜だよ。もうすぐ綺麗なお花が咲くんだよ』って言ったら」

 その言葉を、本当にその通り動いているように想像した。その動きと、自分があの日行動したものと重ねてみる。

「そうか。後は、試してみるしかないか」

「試すって、正気!?」

 桃は声を張り上げた。

「正気も正気。誰だっけ? 宇治金時先生だっけか?」

「もしかして陣内先生?」

 さすがに呆れた顔をしていた。オレは気にせずに、

「そうそう。一応発作起こすはずだから備えておけって言っといて」

 桃は溜め息を吐いて、わかったよ、と頭を抱えながら呟いた。

「あんまり気に病むなよ。大丈夫。オレの考えが正しかったら、発作は起きない」

 桃は不思議そうな目をオレに向けた。オレは立ち上がり、窓辺に近づいて、外の桜を眺める。もう、来るはずだ。

「明日の早朝に試す」

「大丈夫よね」

「当たり前だ。そう言えば、いい方は?」

 刹那、脇の下から通された手が胸の前に固く結ばれ、背中に小さな体が押さえつけられた。

「おい、」オレは驚いた。「どうしたんだよ」少し震えていた。泣いている。

「少しこのままでいさせて」

 オレはなんの抵抗もしなかった。胸の前にある手に、右手をあて強く握る。

「いい、方はね、退院できるって、話し。明後日」

 嬉しい気がした。しかし、なぜか虚無感がある。胸の中がすっきりしない、なんつうか、胸焼けしてるような、気持ち悪い感じ。

「そうか」オレはそう呟いた。そして桃の手をはがし、振り返って、衝動のまま、桃の唇を奪っていた。

 初キスの味は甘いものだと、少女漫画とかには書いてあるが、それはやっぱり漫画の中の話だ。

 苦い。

 すごく苦い。

 苦しい。

 胸が張り裂けそうなほど苦しい。

 また会えるはずなのに、後2日で、永遠の別れになる。

 桃はゆっくり離れた。

「ダメだよ。私、仕事中なんだし」

 笑顔で泣いていた。頬は少し赤らんでいた。

 オレはどんな顔をしているんだろうか。わからない。泣いてはいない。笑ってはいない。

「かめやまおにいちゃん、あそぼ」

 オレはその幼い声に驚いて振り返った。相変わらず、幼いイメージを与える2つ結びの髪を、無邪気に揺らして、オレの顔を上目使いで見てくる。

「あぁ、行こう」

 覚えてくれた。記憶が4時間しか持たないんじゃない。残る記憶がなかったんだ。

「桃も行こうぜ」

 え、とアホな顔をした。

「顔ひどいぞ」

「うるさいわね!」

 相変わらずのツンデレ感で、オレは笑ってしまった。

「なんでわらってんの」

「え? 楽しいからだよ。明日香も笑ってみな」

 わはは、わはは、不器用な笑いだった。

「もう、私は仕事中だって言ってんでしょうが」

 そう言いながら、窓から外に出た。

 明日香を真ん中にして、オレは右側で手を繋ぎ、桃は左側で手を繋ぎ、この状態で町を歩いたら親子に間違われるだろう。いや、間違われてもかまわない。オレに、母以上に護りたいものができたのかもしれない。

「よし、桜の木まで競争だ! よーいどん!」

 明日、忘れもしない。オレはやっぱりバカだったんだ。

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