石臼川流記
石臼川流記
- 作者不詳 -
- 高原某追記 -
- 物集院秋津注釈 -
第一部
一章 石臼村由来
石臼川ハ備後国三次郡北方ノ山中ヨリ流レ出デ、村中ヲ貫キテ馬洗川ニ注グ。
其ノ水清ク、旱天ニ於テモ枯ルル事少ナシ。
故ニ古老曰ク、
石臼川ハ村ノ命脈ナリ
ト。
命脈トハ真ナリ。
然レドモ人ハ時ニ命脈ノ為ニ争フ。
水ハ人ヲ生カシモスレド、人ヲ狂ワセモス。
昔此ノ地ハ深山幽谷ニシテ人煙稀ナリ。
然ルニ寛文ノ頃、数戸ノ百姓爰ニ移リ住ミ、山ヲ拓キ田畑ヲ営ム。
初メ人々ハ川辺ノ石ヲ穿チ、堀ヲ設ケテ水ヲ引ク。
是レ石臼村開墾ノ始メナリ。
村落漸ク栄エ、戸数増ス。
然レドモ川ハ一筋ニシテ、水田ハ年々増加ス。
故ニ水ヲ巡リ争論起コル事少ナカラズ。
此ノ争論、後年ノ大事ノ兆ニシテ、当時ノ人未ダ知ラズ。
古老曰ク、
水ハ恵ミナリ。然レドモ水程人ヲ争ワスモノハ無し。
ト。
石臼川ノ名ノ由来ニツイテ諸説アリ。
一説ニ曰ク。
往古、大雨ノ折、上流ヨリ巨大ナル石臼流レ来タリ。
村人皆之ヲ瑞兆ト称ス。
余ハ然思ワズ。
石ハ祈リノ為ニ沈メラレシニアラズヤ。
村人之ヲ淵辺ニ据エ、神ノ遣ワセル物トシテ祭レリ。
是ヨリ川ヲ石臼川ト呼ブニ至ルト云フ。
然レドモ其ノ真偽詳ラカナラズ。
川辺ニハ幾ツカノ深淵アリ。
其中最モ深キモノヲ石臼淵ト称ス。
淵ハ昼尚暗ク、水色黒シ。
淵ヲ恐ルル者多シ。
サレド余ハ淵ヨリ人ヲ恐ル。
古ヨリ村人ハ此ノ地ヲ畏レ、幼キ者ニ近付クベカラズト教エタリ。
石臼川流記 第一部一章に対する注記
物集院秋津
石臼川ハ村ノ命脈ナリ
本流記全体を通じて繰り返される思想である。
石臼村において石臼川は単なる河川ではない。
飲料水、灌漑、水車、漁労、その全てが川に依存していた。
追記者が後に
命脈トハ真ナリ
と書き加えていることからも、この認識に異論はなかったと見てよい。
しかし同時に、
人ハ時ニ命脈ノ為ニ争フ
とも記している。
追記者は既に後年の水争いと庄吉の死を知っている。
ゆえにこの一文は単なる感想ではなく、本流記全体の結論である。
故ニ水ヲ巡リ争論起コル事少ナカラズ
一見するとありふれた村史の記述である。
しかし追記者は、
後年ノ大事ノ兆
と評している。
注目すべきは「大事」という表現である。
追記者は庄吉の死を偶発的事故とは捉えていない。
長年積み重なった対立の帰結として理解しているのであろう。
水ハ恵ミナリ。然レドモ水程人ヲ争ワスモノハ無し。
石臼村を理解する上で極めて重要な言葉である。
山村において土地よりも重要なのは水である。
耕作地は増やせるが、水量には限界がある。
二百年前の村人にとって、水は財産であり、生存そのものであった。
後に発生する水争いの背景には、この切実な事情が存在する。
往古、大雨ノ折、上流ヨリ巨大ナル石臼流レ来タリ
石臼という名称がここで初めて登場する。
興味深いのは追記者が、
石ハ祈リノ為ニ沈メラレシニアラズヤ
と書いている点である。
これは伝承に対する疑問であると同時に、追記者自身が石臼の本来の意味について何らかの知識を有していたことを示している。
後年、石臼は猿猴封じの道具として語られるが、その解釈を最初に疑った人物こそ、この追記者であったのかもしれない。
淵ハ昼尚暗ク、水色黒シ。
石臼淵が村人から畏怖の対象とされていたことが分かる。
深淵への恐怖は全国的に見られる現象であり、河童伝承が淵に集中する理由の一つでもある。
しかし追記者の関心は怪異にはない。
その証拠に彼は、
淵ヲ恐ルル者多シ。
されど余ハ淵ヨリ人ヲ恐ル。
と記している。
されど余ハ淵ヨリ人ヲ恐ル。
第一部中もっとも重要な追記である。
この時点では理由は明かされていない。
しかし追記者は既に、
淵が人を殺したのではなく、
人が人を見捨てた事実を知っている。
ゆえに彼にとって恐るべきものは猿猴ではない。
淵でもない。
人間の沈黙である。
本流記末尾の
猿猴トハ何ゾ
水ニ非ズ
淵ニ非ズ
人ノ恐レナリ
という結語は、既にこの第一部の段階で萌芽しているのである。
第二章 石臼川考
石臼川ハ古来村民ノ用水ニ供セラル。
春ハ田ヲ潤シ、
夏ハ旱ヲ防ギ、
秋ハ稔リヲ助ケ、
冬ハ村ノ守リトナル。
興味深い表現である。
単なる用水路としてではなく、一年を通じた共同体の支えとして描かれている。
村人にとって石臼川とは自然ではない。
生活そのものであった。
石臼川ノ水量豊ナルトイヘド、
年ニヨリ減ズル事アリ。
村人ハ堰ヲ設ケ、水路ヲ整エテ之ニ備フ。
第一部と同様、
本文は技術史・開墾史として記されている。
しかし注目すべきは、
村人が自然に従うのではなく、
自然を管理しようとしている点である。
後年の対立もまた、
水そのものではなく
「水の管理権」を巡る争いであった。
堰壊ルレバ田枯ル。
田枯ルレバ村疲ル。
故ニ堰ヲ守ルハ村ヲ守ルニ同ジ。
後年発生する水争いを理解する上で重要な記述。
現代人には想像しにくいが、
当時の堰は生活基盤そのものであった。
村人にとって堰を壊す行為は、
単なる器物損壊ではなく、
共同体そのものへの攻撃として映った可能性がある。
庄吉に対する感情を考える上で見逃せない。
石臼川ニハ深淵多シ。
村人其ノ名ヲ記シ、
子ラニ近寄ルベカラズト教フ。
これは全国に見られる民俗的特徴である。
危険な場所には伝説が生まれる。
河童や猿猴もその一つであろう。
しかし石臼村の場合、
伝承は単なる水難防止に留まっていない。
後年、
共同体の記憶を隠す機能を持つようになる。
そこに本事例の特殊性がある。
最モ深キハ石臼淵ナリ。
水底知レズ。
古老皆コレヲ畏ル。
欄外追記
淵深キ故ニ畏ルルニアラズ。
人皆此処ニ記憶ヲ沈メル故ナリ。
第一部一章の
淵ヨリ人ヲ恐ル
に続く記述。
追記者は既に淵を自然物として見ていない。
彼にとって石臼淵とは、
村人が忘れたいことを葬る場所なのである。
興味深いのは、
この段階でも尚、庄吉の名を記していないことである。
追記者は何かを告白しようとしている。
しかしなお躊躇している。
その葛藤が感じられる。
石臼川ノ水ハ村ヲ生カス。
然レドモ人心ヲ映ス鏡ノ如シ。
清キ時ハ清ク、
濁ル時ハ濁ル。
欄外追記
川ハ濁ラズ。
濁ルハ常ニ人ナリ。
追記者の思想が最も色濃く現れた箇所。
この人物は猿猴伝承に関心を抱いていたのではない。
人間に関心を抱いていたのである。
後の
猿猴トハ何ゾ
人ノ恐レナリ
という結論は、
既にこの段階で形成されているように見える。
本流記は村史として始まる。
しかし頁を進めるごとに、
一人の知識人による人間観察の書へ変貌していくのである。
物集院秋津
第三章 石臼村の生業
石臼村ハ山間ノ小村ニシテ、民ノ多クハ農ヲ以テ生業トス。
春ハ田畑ヲ耕シ、
夏ハ草ヲ刈リ、
秋ハ稲ヲ収メ、
冬ハ山ニ入り薪ヲ得ル。
皆石臼川ノ恵ミニ依リテ生ク。
人ハ土ニ生クルニアラズ。
水ニ生クルナリ。
石臼川ノ水ヲ引ク田地ハ年々増シ、
新タニ堀ヲ穿ツ者モ少ナカラズ。
村民皆、良キ水路ヲ得ル事ヲ願フ。
願ヒハ争ヒノ始メナリ。
村ノ男子ハ折ニ触レ川ニ漁ス。
鮎、鰍、鰻等ヲ捕リ、
食トし或ハ町ニ売ル。
川魚豊カナル年ハ村亦豊カナリ。
石臼川ハ農ノ川ニシテ、
亦漁ノ川ナリ。
川死セバ村亦死ス。
故ニ人ハ川ヲ守ル。
時ニハ己ガ身ヨリモ。
婦女子ハ川辺ニテ布ヲ洗ヒ、
野菜ヲ洗ヒ、
子ラハ水辺ニ遊ブ。
村ノ始マリヨリ終ワリ迄、
人ノ営ミ皆川ト共ニ在リ。
古老曰ク、
石臼川ハ神ノ恵ミナリ。
ト。
然レドモ人ハ恵ミヲ分カツヲ苦手トス。
凶作ノ年、
渇水ノ年、
水量減ズレバ村人皆不安ヲ抱ク。
誰モ口ニハ出サネド、
皆己ガ田ヲ案ズ。
水減レバ心モ狭クナル。
其故ニ石臼村ニ於テ、
最モ大切ナルモノハ土地ニ非ズ。
銀銭ニ非ズ。
水ナリ。
村人水ヲ求ム。
然レドモ時ニ求ムル余リ、
人ヲ見失フ。
石臼川流記 第一部第三章に対する注記
物集院秋津
人ハ土ニ生クルニアラズ。水ニ生クルナリ。
興味深い追記である。
石臼村において土地そのものは比較的豊富であった。
しかし耕作可能な土地は、水を得られる場所に限られる。
追記者は村の歴史を見つめる中で、
豊かさの根源が土地ではなく水にあることを理解していたのであろう。
後の水争いを考える上で極めて重要な視点である。
願ヒハ争ヒノ始メナリ。
短いが印象的な言葉である。
追記者は人間の欲望を否定しているわけではない。
より良い暮らしを求めること自体は自然である。
しかし限られた資源を求める願いは、
往々にして争いへ変わる。
石臼村における水利権対立の本質を端的に表した一文と言える。
故ニ人ハ川ヲ守ル。時ニハ己ガ身ヨリモ。
一見すると美徳を語った文章に見える。
だが私は別の意味も感じる。
人は生活を守るため、
時として他者を犠牲にする。
追記者はその事実を知っていた。
ゆえにこの一文には、
賞賛と警戒の両方が含まれているように思われる。
然レドモ人ハ恵ミヲ分カツヲ苦手トス。
本流記を通じて追記者が最も関心を寄せているのは、
自然ではなく人間である。
水は争わない。
堰も争わない。
争うのは常に人である。
追記者はそれを繰り返し書き残している。
水減レバ心モ狭クナル。
追記者による人間観察として非常に興味深い。
渇水そのものが人を変えるのではない。
生存への不安が人を変えるのである。
二百年前の石臼村で起きた出来事も、
悪意から始まったものではなかったのかもしれない。
その点において本流記は犯人探しの書ではなく、
人間理解の書である。
村人水ヲ求ム。然レドモ時ニ求ムル余リ、人ヲ見失フ。
第一部第三章の結論にあたる追記である。
後年発生する庄吉の死を知る読者であれば、
この言葉の意味は明白である。
追記者は水争いの歴史を書いているのではない。
水を求めるあまり、
人が人であることを忘れてしまう過程を書いているのである。
そしてその思想は、
後に残される
猿猴トハ何ゾ
水ニ非ズ
淵ニ非ズ
人ノ恐レナリ
という結語へと繋がっていく。
物集院秋津
第四章 石臼淵考
石臼淵ハ石臼川上流ニ存ス。
村中ノ淵中最モ深ク、
古老ノ言ニ依レバ底知レズト云フ。
其ノ形椀ヲ伏セシガ如ク、
両岸切リ立チ、
水色常ニ黒シ。
人ハ深サヲ恐ル。
然レド深サ故ニ恐ルルニアラズ。
古ヨリ村人此ノ地ヲ畏レ、
幼キ者ヲ近付ケズ。
旅人ニモ淵辺ニ留マルベカラズト教エタリ。
石臼淵ニ於テハ、
折々人ノ溺死スル事アリ。
多クハ足滑ラシテ水ニ落ツ。
流水速ク、
岸険シク、
一度落ツレバ助カル事稀ナリ。
淵ハ人ヲ呑ムニアラズ。
人ガ自ラ近寄ルナリ。
村人ハ古ヨリ淵ノ畔ニ小祠ヲ建テ、
春秋ニ供物ヲ捧グ。
酒、米、胡瓜等ヲ供フル事アリ。
是レ水難ヲ避ケンガ為ナリ。
供物ハ淵ノ為ニアラズ。
人心ヲ慰ムル為ナリ。
大雨ノ年ハ石臼川溢レ、
周辺ノ田地ヲ浸ス事アリ。
然レド石臼淵自体ハ古来其ノ姿ヲ失ワズ。
村人ハコレヲ川ノ主ト称セリ。
主ハ淵ニ棲マズ。
常ニ人ノ胸中ニ在リ。
古老曰ク、
石臼淵ニハ夜半近寄ルベカラズ。
声聞コユル事アリ。
灯見ユル事アリ。
ト。
然レド其ノ真偽詳ラカナラズ。
声ハ風ナルカ。
灯ハ人ナルカ。
余ハ知らず。
然レド恐レノ在ル事ハ知ル。
石臼川流記 第一部第四章に対する注記
物集院秋津
淵ハ人ヲ呑ムニアラズ。人ガ自ラ近寄ルナリ。
本章において最も重要な追記の一つである。
一見すると当然の事実を述べているに過ぎない。
しかし追記者は「事故」を論じているのではない。
人間が危険な場所へ惹かれる理由を論じているのである。
興味本位、欲望、怒り、あるいは後悔。
淵に近づく理由は様々であろう。
だが追記者は、それら全ての原因を人間の内側に求めている。
供物ハ淵ノ為ニアラズ。人心ヲ慰ムル為ナリ。
民俗学的に興味深い記述である。
一般に供物は神仏や怪異へ捧げるものと解釈される。
しかし追記者はその立場を取らない。
彼にとって供物とは祈りであり、
祈りとは生者の心を鎮める行為なのである。
本流記においては怪異の実在よりも、
怪異を必要とする人間の心理が重視されている。
主ハ淵ニ棲マズ。常ニ人ノ胸中ニ在リ。
極めて示唆的な文章である。
村人が言う「川の主」とは猿猴を指すのであろう。
しかし追記者はそれを否定している。
彼にとって主とは怪異ではなく、
人間の内面に潜む何かであった。
恐れか。
欲か。
あるいは罪悪感か。
この時点では断定できない。
だが後に残される
猿猴トハ何ゾ
水ニ非ズ
淵ニ非ズ
人ノ恐レナリ
という言葉へ確実に繋がっている。
声ハ風ナルカ。灯ハ人ナルカ。
追記者は怪異の存在を頭ごなしには否定していない。
むしろ判断を保留している。
しかし最後に
恐レノ在ル事ハ知ル
と結んでいる点は重要である。
追記者にとって問題なのは、
怪異が存在するか否かではない。
人が何を恐れたのかである。
この姿勢は私自身の考えにも近い。
妖怪や怪異が実在したかどうかは分からない。
しかし人々がそれを語り継いだ事実は確かに存在する。
本流記の価値もまた、そこにある。
総評
第一部第四章は石臼淵という場所を説明した章である。
しかし追記者は地形や水深にはほとんど関心を示していない。
彼が見ているのは常に人間である。
淵を恐れる人。
淵へ近づく人。
淵に何かを沈める人。
そして淵に責任を押し付ける人。
追記者は既に何かを知っている。
だがまだ語っていない。
本章はその沈黙の記録である。
物集院秋津
第五章 古伝承
古来、石臼村ノ民ハ山川草木ニ神霊宿ルト信ジタリ。
山ニハ山神アリ。
川ニハ水神アリ。
人皆之ヲ畏レ敬イ、
春秋ニ祭ヲ執リ行フ。
神ヲ信ズル者多シ。
然レド人ハ神ヨリ人ヲ恐ル。
山神ハ猟師ヲ導キ、
時ニ戒ムル者ナリト云フ。
深山ニ入ル者ハ必ズ酒ヲ供ヘ、
山ノ許シヲ得テヨリ斧ヲ振ルフベシト伝エラル。
水神ハ川ノ恵ミヲ司ル。
洪水無キ年ハ恵ミヲ感謝シ、
旱魃ノ年ハ祭ヲ設ケテ雨ヲ祈ル。
祈リハ神ノ為ニアラズ。
人ノ為ナリ。
石臼村ニ於テ、
古クヨリ語ラレシ怪異ハ一ツニ非ズ。
山道ニハ夜行スル火アリ。
川辺ニハ声無キ声アリ。
老木ニハ精宿ルト云フ。
然レド今ハ其ノ多ク失ワレタリ。
失ワレシニアラズ。
語ル者失ワレタルナリ。
古老曰ク、
昔ハ淵ニ別ノ名アリキ。
然レド今ハ知ル者無し。
其ノ故モ詳ラカナラズ。
名無キモノハ忘レラル。
忘レラレシモノハ怪異トナル。
祭事ノ日、
村人ハ川辺ニ集イ、
酒ヲ捧ゲ、
豊穣ヲ祈レリ。
子ラハ川辺ニ遊ビ、
大人ハ笑イ語リ合フ。
村ノ営ミ皆其処ニ在リ。
祭ハ神ノ為ニ非ズ。
共ニ在ル事ヲ忘レヌ為ナリ。
然レドモ、
古老ノ語ル所ニ依レバ、
石臼淵ニ近付クヲ忌ム時代アリシト云フ。
其ノ訳ヲ問エド、
皆口ヲ閉ザス。
語ラヌモノ程長ク残ル。
石臼淵ニ古ヨリ怪異ノ噂アリ。
石臼川流記 第一部第五章に対する注記
物集院秋津
神ヲ信ズル者多シ。然レド人ハ神ヨリ人ヲ恐ル。
追記者の思想が明確に表れている。
本流記に登場する神々は村人の信仰として記録される。
しかし追記者自身の関心は信仰そのものには向いていない。
彼は終始、人間を観察している。
この姿勢は第一部全体を通じて一貫している。
祈リハ神ノ為ニアラズ。人ノ為ナリ。
民俗学的に極めて興味深い。
祭や祈祷は超自然的存在へ向けられる行為と考えられがちである。
しかし実際には共同体の不安を和らげる役割を持つ場合が少なくない。
追記者もまた、その本質を理解していたのであろう。
失ワレシニアラズ。語ル者失ワレタルナリ。
本流記の中でも特に印象深い記述である。
伝承は自然に消滅するのではない。
語り継ぐ人間がいなくなった時、初めて消滅する。
その意味で本流記そのものもまた、
追記者が未来へ向けて残した「語り」の一つと言える。
名無キモノハ忘レラル。忘レラレシモノハ怪異トナル。
追記者は怪異の発生過程を理解していたように思われる。
説明を失った記憶。
由来を失った場所。
理由を忘れられた禁忌。
それらはやがて怪異として語られる。
石臼淵の猿猴伝承もまた、その延長線上に位置しているのであろう。
語ラヌモノ程長ク残ル。
私はこの一文を特に重視したい。
人は忘れたい記憶ほど語らない。
しかし完全には消えない。
沈黙はしばしば伝承となり、
伝承は時として怪異となる。
本流記の追記者は、
その過程を目の当たりにした人物だったのではないだろうか。
石臼淵ニ古ヨリ怪異ノ噂アリ。
この一文を以て第一部は終わる。
村史はここで伝承へ接続される。
石臼村を支えた川。
人々の生業。
水への信仰。
石臼淵への恐れ。
それらすべてが次章『石臼淵猿猴譚』へ収束していく。
しかし本流記を読み進めた私には、
追記者が本当に語ろうとしているものが怪異ではないことが分かる。
彼が記そうとしたのは、
怪異が生まれる以前に存在した人間の歴史なのである。
物集院秋津
第二部 石臼淵猿猴譚
第一章 猿猴
昔、淵ニ猿猴棲ミシト云フ
其ノ姿、猿ニ似テ猿ニ非ズ。
毛深クシテ身軽ナリ。
川中自在ニ泳ギ、
岩ヨリ岩ヘ飛ビ移ルト伝ワル。
姿ヲ見タル者多シト云フ。
然レド皆語ル姿異ナレリ。
猿猴ハ夜毎淵ヨリ現レ、
夜毎現レ人ヲ脅カス、
畑ノ瓜ヲ盗ミ、
子ラヲ川辺ヘ誘フ。
故ニ村人皆、
日暮レ以後ハ川辺ニ近寄ルベカラズト教エタリ。
子ラ又言フ。
月明キ夜ニ淵ヲ覗ケバ、
猿猴己ガ姿ヲ映シテ笑ウト。
然レド其ノ真偽詳ラカナラズ。
子ラハ何故カ淵ヲ見タガル。
禁ズル程近寄ルモノナリ。
或ル年、
村ノ童一人行方知レズナリシ事アリ。
近隣総出ニテ之ヲ探セシニ、
翌朝川下ニテ発見サル。
村人皆、
猿猴ノ仕業ナリト噂セリ。
噂ハ早シ。
真ハ遅シ。
又或ル年、
農夫ノ馬一頭水辺ニテ暴レ、
其ノ儘川へ落チシ事アリ。
此レモ猿猴ノ悪戯ト語リ継ガル。
猿猴ハ力強ク、
人ヲ水底ヘ引キズルトモ云フ。
其故ニ村人ハ水辺ニ胡瓜ヲ供ヘ、
淵ノ怒リヲ鎮メントセリ。
人ハ供物ヲ捧グ。
恐レ故ナリ。
古老曰ク。
猿猴ハ善悪ノ別無シ。
山ノ熊ノ如ク、
川ノ鮎ノ如ク、
只其処ニ在ルモノナリ。
ト。
然レド別ノ古老曰ク。
猿猴ハ怒リヲ好ム。
争フ者ノ居ル処ニ現レル。
ト。
此ノ言葉ヲ余ハ忘レ得ズ。
昔ヨリ石臼淵ニ怪異ノ噂絶エズ。
夜半ニ笑フ声ヲ聞キシ者アリ。
水面ニ人影ヲ見シ者アリ。
淵辺ニ足跡ヲ見タリト語ル者アリ。
然レド其ノ真偽詳ラカナラズ。
猿猴在リヤ否ヤ。
知ル者無シ。
然レド石臼村ニ於テ、
猿猴ノ名ヲ知ラヌ者亦無シ。
怪異ハ現レシ故ニ残ルニアラズ。
人ガ語ル故ニ残ルナリ。
石臼川流記 第二部第一章「猿猴」に対する注記
物集院秋津
姿ヲ見タル者多シト云フ。然レド皆語ル姿異ナレリ。
極めて興味深い追記である。
猿猴に限らず、民間伝承に登場する怪異の姿は一定しないことが多い。
ある者は猿の如しと語り、
ある者は子供の如しと語り、
ある者は獣の如しと語る。
追記者はその事実に気付いていたのであろう。
怪異の姿とは、
怪異そのものではなく、
語り手の恐れを映したものなのかもしれない。
子ラハ何故カ淵ヲ見タガル。禁ズル程近寄ルモノナリ。
民俗伝承において頻繁に見られる現象である。
禁忌はしばしば好奇心を生む。
「行くな」と言われる場所ほど人は行きたくなる。
追記者は子供の心理を述べているように見せながら、
実際には大人についても語っているように思われる。
噂ハ早シ。真ハ遅シ。
本流記中、追記者の思想を最も端的に表した言葉の一つである。
事実は確認に時間を要する。
しかし噂は瞬く間に広がる。
猿猴伝承そのものもまた、その典型であろう。
一つの事故が起きれば、
人々は原因を求める。
そして時として真実より先に物語が生まれる。
人ハ供物ヲ捧グ。恐レ故ナリ。
追記者は供物の宗教的意義よりも、
人間の心理に関心を抱いている。
供物は神への贈り物ではない。
恐怖に形を与える行為である。
祈りとは未来を変えるためのものではなく、
不安に耐えるための行為であることが少なくない。
古老曰ク。猿猴ハ善悪ノ別無シ。
この記述は重要である。
古い民間伝承の怪異は、
必ずしも善でも悪でもない。
山の熊や川の洪水と同じく、
そこに存在する自然の一部として語られる場合が多い。
むしろ善悪を語るのは人間の側である。
猿猴ハ怒リヲ好ム。争フ者ノ居ル処ニ現レル。
本章における最重要箇所である。
猿猴が争いの場に現れるという伝承は、
怪異の説明としては不自然である。
むしろ共同体の経験則に近い。
争いが起こる時、
人は失いたくないものを抱えている。
水であれ、
土地であれ、
名誉であれ、
家族であれ。
そして恐れが生まれる。
後に追記者が
猿猴トハ何ゾ
人ノ恐レナリ
と記す理由も、
既にこの段階で示されているように思われる。
怪異ハ現レシ故ニ残ルニアラズ。人ガ語ル故ニ残ルナリ。
私はこの一文を特に重視したい。
猿猴がいたかどうかは分からない。
しかし猿猴が語られたことは事実である。
人々は何かを恐れ、
何かを戒め、
何かを説明するために猿猴を語った。
それゆえ民俗学者が研究すべきは、
怪異の正体ではない。
なぜ人々がその怪異を必要としたのかである。
総評
第二部第一章は猿猴伝承を記録した章である。
しかし追記者の関心は怪異の姿や能力には向いていない。
彼が見ているのは常に人間である。
恐れる人。
噂する人。
祈る人。
争う人。
本章の猿猴は怪物ではない。
追記者にとって猿猴とは、
人々の心の動きを映す鏡なのである。
後の『水争い記』を読んだ時、
私はようやくこの章の意味を理解した。
追記者は猿猴について書いていたのではない。
猿猴を語る人々について書いていたのである。
物集院秋津
第二章 淵の戒め
古ヨリ石臼村ノ民ハ、
子ラヲ石臼淵ニ近付クベカラズト戒メタリ。
幼キ者共川辺ニ遊ブトキハ、
必ズ大人ノ目届ク所ニ居ラシム。
猿猴ハ子ラヲ好ムト云フ。
一人ニテ淵辺ニ行ケバ、
声ヲ掛ケラレ、
其ノ儘水底ヘ連レ去ラルト伝ワル。
猿猴ガ呼ブノカ。
淵ガ呼ブノカ。
或ハ人ノ好奇心ガ呼ブノカ。
或ル家ニテハ、
泣ク子ヲ諭スニ、
猿猴来ルゾ
ト語リタリ。
又或ル家ニテハ、
夕暮レ以降川辺ニ出ルベカラズ
ト教エタリ。
子ラハ始メ恐ル。
然レド程無ク忘ル。
故ニ大人ハ同ジ話ヲ繰リ返シ語レリ。
忘ルル故ニ語ル。
語ル故ニ残ル。
旧キ言イ伝エニ、
石臼淵ニ近付キシ童数名、
水面ニ立ツ人影ヲ見シ事アリト云フ。
其ノ影招クガ如ク手ヲ動カシタリ。
然レド近付クヤ否ヤ、
忽チ消エ失セシト云フ。
此レ猿猴ノ仕業ナリヤ、
水面ノ戯レナリヤ、
知ル者無シ。
見シモノヨリ、
見タト語ル者ノ方ガ多シ。
又古老曰ク、
石臼淵ニ石ヲ投グルベカラズ。
水ヲ汚スベカラズ。
騒グベカラズ。
ト。
村人皆之ヲ守レリ。
畏レハ時ニ規矩トナル。
川辺ニハ木札立テラレ、
「淵辺危険」
ト記サレタ時代アリト云フ。
然レド子ラハ文字ヨリ怪談ヲ恐レタリ。
故ニ親ハ危険ヲ説カズ、
猿猴ヲ語レリ。
理屈ヨリ恐レノ方ガ早シ。
石臼淵ニ於ケル戒メ多クハ、
猿猴ノ名ト共ニ語リ継ガレタリ。
其ノ故ニ、
村人ニトリテ猿猴ハ怪異ニ非ズ。
戒メ其ノ物ナリ。
戒メ忘レラレシ時、
怪異ノミ残ル。
石臼川流記 第二部第二章「淵の戒め」に対する注記
物集院秋津
猿猴ハ子ラヲ好ムト云フ
全国の河童伝承にも類似の例が多く見られる。
しかし重要なのは、実際に子供を襲う怪物の存在ではない。
子供が近付いてはならない場所が存在したという事実である。
猿猴とは危険区域を示す標識の役割を担っていたのであろう。
猿猴ガ呼ブノカ。淵ガ呼ブノカ。或ハ人ノ好奇心ガ呼ブノカ。
追記者らしい一文である。
怪異の存在を論じるように見せながら、
実際は人間について語っている。
私もまた、怪異そのものより、
なぜ人が危険な場所へ惹かれるのかに興味がある。
忘ルル故ニ語ル。語ル故ニ残ル。
伝承の本質を表した言葉である。
言い伝えとは過去を記憶する装置である。
人は忘れる。
ゆえに繰り返し語る。
石臼淵の猿猴もまた、その過程で受け継がれてきたのであろう。
見シモノヨリ、見タト語ル者ノ方ガ多シ。
民俗伝承研究において極めて示唆的である。
怪異は実見者によって広まるとは限らない。
むしろ伝聞によって広がる場合が多い。
そして伝わる過程で物語は変化する。
追記者はその現象をよく理解していたように思われる。
畏レハ時ニ規矩トナル。
私はこの一文を高く評価したい。
村人は恐怖を利用していた。
もちろん悪意ではない。
危険な淵から子供を遠ざけるためである。
現代風に言えば安全教育に近い。
猿猴とは怪物である前に、共同体の知恵であった。
理屈ヨリ恐レノ方ガ早シ。
実際、その通りである。
何尺の深さがあり、
どの程度危険であるかを説明するより、
「猿猴に連れて行かれる」と語る方が子供には分かりやすい。
怪異伝承が長く生き残る理由の一つもここにある。
戒メ忘レラレシ時、怪異ノミ残ル。
本章中もっとも重要な追記である。
追記者は伝承の変質を危惧していたのであろう。
本来、猿猴は子供を守るための存在だった。
しかし由来が忘れられれば、
猿猴だけが独立した怪異として残る。
これは伝承が神話化する典型的な過程である。
総評
第二章は猿猴伝承の実用的側面を記した章である。
猿猴は悪鬼でも妖魔でもない。
子供を石臼淵から遠ざけるために共同体が生み出した教育装置であった。
しかし追記者は、それだけでは満足していない。
彼が繰り返し注目するのは、
「なぜ人は語るのか」
である。
怪異は存在するから語られるのではない。
語る必要があるから語られるのである。
そして私は、この追記者が後に庄吉の死と向き合う時、その考えをさらに深めていったのではないかと思う。
物集院秋津
第三章 猿猴祭事録
石臼村ニテハ古ヨリ、
石臼淵ノ畔ニ供物ヲ捧グル習ワシアリ。
春ハ田植エ前。
秋ハ収穫後。
村人集イテ酒ヲ供ヘ、
川ノ恵ミニ感謝セリ。
猿猴ニハ胡瓜ヲ好ムトノ言イ伝エ有リ。
故ニ胡瓜ヲ淵辺ニ供フル者少ナカラズ。
其ノ他、
米、
酒、
餅等ヲ供ヘル事アリ。
供物ノ数年々増ス。
恐レモ亦増ス。
旱魃ノ年ハ祭事盛大ニ行ワル。
淵辺ニ注連ヲ張リ、
村人皆集イテ豊水ヲ願ウ。
古老ハ祝詞ヲ唱エ、
若者ハ供物ヲ捧グ。
子ラハ頭ヲ垂レテ列ス。
祈ル者皆同ジ願イヲ持ツ。
然レド心ノ内ハ皆異ナル。
祭事ノ折、
淵ニ石ヲ投ズル者ナシ。
大声ヲ発スル者ナシ。
酒ニ酔イ騒グ者モナシ。
皆静カニ川ヲ見ツメル。
淵ヲ敬ウニアラズ。
淵ヲ恐ルルナリ。
或ル年、
祭事ノ最中ニ大風起コリ、
供物ノ幾ツカ水面ニ流レタリ。
村人皆騒ギ、
猿猴ノ怒リナリト囁キ合エリ。
然レド翌年ハ豊作ナリキ。
人ハ都合良ク忘ル。
都合良ク覚ユ。
古老曰ク、
祭ハ猿猴ノ為ニ非ズ。
村ノ為ナリ。
ト。
然レド其ノ意味ヲ知ル者少ナシ。
古老ハ賢シ。
然レド人ハ怪異ヲ好ム。
村ニ伝ワル古キ歌アリ。
曰ク、
川静カナレバ田実ル
淵荒レナバ災来ル
猿猴ノ怒リ鎮メヨ
水ノ恵ミ忘ルルナ
歌ハ残ル。
意味ハ消ユ。
近年ニ至リ、
祭事ハ次第ニ形ノミ残リタリ。
供物ノ由来ヲ知ル者少ナク、
歌ノ意味ヲ語ル者モ稀ナリ。
然レド祭ハ今尚続ク。
人ハ忘レントス。
然レド忘レ切レズ。
石臼川流記 第二部第三章「猿猴祭事録」に対する注記
物集院秋津
供物ノ数年々増ス。恐レモ亦増ス。
極めて興味深い追記である。
一般に供物は信仰の深まりによって増加すると考えられる。
しかし追記者は信仰ではなく恐怖の増大として解釈している。
この人物は一貫して怪異ではなく人間を見ている。
祈ル者皆同ジ願イヲ持ツ。然レド心ノ内ハ皆異ナル。
祭礼研究において重要な視点である。
同じ祭に参加していても、
豊作を願う者、
家族の無事を願う者、
商売繁盛を願う者、
単に村の慣習に従う者と様々である。
共同体とは常に同質ではない。
追記者はその事実を理解していたのであろう。
淵ヲ敬ウニアラズ。淵ヲ恐ルルナリ。
祭事の本質を鋭く突いた一文である。
敬意と恐怖はしばしば混同される。
しかし追記者は明確に区別している。
石臼村の祭事には感謝の側面も存在したであろうが、
同時に石臼淵に対する畏怖が色濃く含まれていたことが分かる。
人ハ都合良ク忘ル。都合良ク覚ユ。
私はこの一文を重視したい。
伝承とは単なる記憶の蓄積ではない。
人々は残したいものを残し、
忘れたいものを忘れる。
その選択の積み重ねによって伝承が形成される。
石臼村の猿猴譚もまた例外ではない。
古老ハ賢シ。然レド人ハ怪異ヲ好ム。
追記者の思想が明確に現れている。
祭の本質は共同体の維持にある。
しかし人々は理由よりも物語を好む。
教訓よりも怪談を好む。
そのため伝承は時として本来の意味から離れていくのである。
歌ハ残ル。意味ハ消ユ。
民俗学的に非常に示唆的な記述。
形式は残る。
しかし由来は忘れられる。
これは全国各地の祭礼に見られる現象である。
追記者はその変化を目撃し、
記録として残そうとしたのであろう。
人ハ忘レントス。然レド忘レ切レズ。
本章を象徴する追記である。
祭礼とは繰り返される記憶である。
村人は何かを忘れようとしている。
しかし完全には忘れられない。
そのため毎年同じ場所に集い、
同じ歌を歌い、
同じ供物を捧げる。
追記者はその光景に、
共同体の記憶と罪悪感の両方を見ていたように思われる。
総評
第二部第三章は祭事の記録である。
しかし追記者は祭礼そのものに関心を抱いていない。
彼が見ているのは、
祭を行う人々である。
祈る人。
恐れる人。
忘れる人。
そして忘れられない人。
本章を読む限り、
石臼村の祭事は猿猴を祀るためのものではなかった。
村人たちが自らの不安と向き合うための場であったのである。
後に私は『水争い記』を読んだ。
すると、この祭事が何を忘れまいとしていたのか、
ようやく理解できたのである。
物集院秋津
第四章 庄吉譚
古老ノ語ル所ニ依レバ、
昔石臼淵ニ若者一人死セリト云フ。
其ノ名今ハ伝ワラズ。
何処ノ者ナリシヤモ定カナラズ。
名失ワレシニアラズ。
失ワレタルナリ。
若者ハ夜半独リ淵辺ニ現レシト云フ。
其ノ頃、
村ニ旱魃アリ。
田畑枯レ、
人々皆苦シミタリ。
古老曰ク、
若者ハ猿猴ノ声ニ誘ワレシナリ。
ト。
又古老曰ク、
淵辺ニテ誰カト争イシナリ。
ト。
然レド其ノ真偽詳ラカナラズ。
人ハ知ラヌ事ヲ語ル。
知ル事ハ語ラズ。
夜深ク、
若者ハ淵ニ近付キ、
其ノ儘帰ラズ。
翌朝、
村人其ノ姿ヲ探シ、
川辺ニ草鞋一足ヲ見出セリ。
故ニ皆曰ク、
猿猴若者ヲ淵ヘ引キ込ミシナリ。
ト。
其ノ後、
淵辺ニテ若者ノ声ヲ聞キシ者アリ。
月夜ニ人影ヲ見シ者アリ。
夜半水音ヲ聞キシ者アリ。
村人皆之ヲ猿猴ノ業ト語レリ。
死人ハ語ラズ。
故ニ生者ガ語ル。
或ル老女曰ク、
若者ハ猿猴ニ連レ去ラレシニアラズ。
何カヲ探シテ淵ヘ行キタルナリ。
ト。
然レド其ノ理由知ル者無シ。
知ル者ハ居タリ。
然レド語ラズ。
後年、
村人ラ石臼一基ヲ淵辺ニ奉ズ。
若者ノ魂鎮マラン事ヲ願イテナリ。
然レド時移リ、
人々ハ若者ヲ忘レ、
石臼ノ由来ヲ忘レ、
猿猴ノミ語ルニ至レリ。
人ハ語リ易キモノヲ残ス。
語リ難キモノヲ沈ム。
今ニ至ルモ、
月明キ夜、
石臼淵ニ立テバ、
若者ノ声聞コユルト語ル者アリ。
然レド其ノ真偽詳ラカナラズ。
猿猴在リヤ否ヤ。
知ル者無シ。
若者何故死セシヤ。
亦知ル者無シ。
猿猴ハ残レリ。
若者ハ消エタリ。
石臼川流記 第二部第四章「庄吉譚」に対する注記
物集院秋津
名失ワレシニアラズ。失ワレタルナリ。
本章冒頭に置かれた極めて重要な追記である。
追記者は、若者の名前が自然に忘れ去られたとは考えていない。
何らかの理由によって「失われた」と考えている。
意図的な忘却を示唆する文章である。
人ハ知ラヌ事ヲ語ル。知ル事ハ語ラズ。
私はこの一文に強く惹かれた。
伝承研究においてしばしば見られる現象である。
噂は増える。
物語も増える。
だが核心だけが語られない。
追記者は、この若者の死をめぐる伝承の異常さに気付いていたのであろう。
死人ハ語ラズ。故ニ生者ガ語ル。
伝承とは常に生者のものである。
死者は反論しない。
そのため語りは次第に変化し、
都合よく再構成される。
本章の若者もまた、
いつしか実在の人物ではなく、
猿猴伝説の一部へ変えられていったのであろう。
知ル者ハ居タリ。然レド語ラズ。
本流記全体の転換点とも言うべき一文である。
追記者はここで初めて、
真相の存在を明確に示唆する。
知られていないのではない。
語られていないのである。
この認識は後の『水争い記』において決定的な意味を持つ。
人ハ語リ易キモノヲ残ス。語リ難キモノヲ沈ム。
本章の結論である。
若者の死は悲劇であった。
しかし悲劇そのものは忘れられた。
代わりに猿猴が残った。
追記者はその過程を目撃し、
あるいは知っていた。
だからこそ、この言葉を書き残したのであろう。
猿猴ハ残レリ。若者ハ消エタリ。
私は本章中もっとも重要な一文と考える。
怪異は残る。
人は消える。
伝承は残る。
真実は失われる。
追記者はその現実に抗おうとしていたのではないだろうか。
本章を読んだ時点では、
私はまだ若者の名を知らなかった。
だが後に『水争い記』を開いた瞬間、
その名を知ることになる。
庄吉、夜半ニ堰ヲ壊サントス
その一文を読んだ時、
私はようやく理解した。
追記者が救おうとしていたのは、
猿猴伝承ではない。
伝承の中に埋もれた、一人の若者の名前だったのである。
物集院秋津
第三部 水争い記
第一章 水争い記
享保末ノ頃、旱魃数年続ク。
田畑乾キ、
石臼川ノ水量年々減ズ。
上流下流共ニ困窮ス。
其ノ頃、
村人等堰ヲ築キ、
水ヲ田地ニ引ク。
然レド水量足ラズ、
争論度々起コル。
上流ノ者曰ク、
水ハ山ヨリ流レ来ルモノナリ。
故ニ先ニ用ユルハ道理ナリ。
ト。
下流ノ者曰ク、
川ハ村皆ノモノナリ。
独占スベカラズ。
ト。
争論日毎ニ激シクナリ、
遂ニ互イニ水路ヲ塞グ者現レル。
争イハ此ノ日始マリシニアラズ。
遥カ以前ヨリ始マリタリ。
村役人之ヲ諫ムレド、
人々耳貸サズ。
皆己ガ田地ヲ憂ウ。
皆正シ。
故ニ争ウ。
其ノ頃、
庄吉ト云フ若者在リ。
齢二十歳。
上流ノ百姓ナリ。
力強ク働キ、
父母ニ孝アリト云フ。
名此処ニ有リ。
庄吉曰ク、
此ノ儘ニテハ村潰ル。
ト。
然レド其ノ言葉聞キ入レラレズ。
或ル夜、
庄吉独リ下流ノ堰ニ向カウ。
人曰ク、
堰ヲ壊サントシタリ。
ト。
庄吉、夜半ニ堰ヲ壊サントス。
誤リテ淵ヘ落ツ。
(本文終)
欄外追記
庄吉、水ニ溺ルルニ非ズ。
人々コレヲ見タリ。
然レド誰一人手ヲ差シ伸ベズ。
皆、水失フヲ恐レタリ。
庄吉ヲ見殺シニセシ者十余人。
然レド皆口ヲ閉ザシ、
猿猴ノ業ト語レリ。
庄吉死セリ。
村ハ生キ残レリ。
然レド何ヲ失イシヤ。
翌年、
雨降リ、
田実ル。
村人再ビ農ニ励ム。
争論亦静マル。
然レド庄吉ノ事語ル者少ナシ。
忘レタルニアラズ。
語レザルナリ。
子ラハ猿猴ノ話ヲ聞キ、
庄吉ノ名ヲ聞カズ。
人ハ物語ヲ遺シ、
事実ヲ埋ム。
後年、
村人ラ石臼一基ヲ淵ニ沈ム
猿猴封ジト称ス
実ハ亡者慰メノ為ナリ
石臼川流記 第三部「水争い記」に対する注記
物集院秋津
皆正シ。故ニ争ウ。
本章を理解する上で最も重要な一文の一つである。
上流にも事情がある。
下流にも事情がある。
誰もが家族を養うために水を求めていた。
追記者が言うように、
この争いは善悪の対立ではない。
正しさ同士の衝突である。
名此処ニ有リ。
短い追記である。
しかし私は強く心を動かされた。
第二部『庄吉譚』では、
若者の名は失われていた。
追記者はここで初めて、
その名を取り戻している。
この人物は真相を暴こうとしただけではない。
忘れられた一人の人生を記録に戻そうとしたのである。
庄吉、水ニ溺ルルニ非ズ。
本流記最大の転換点である。
それまでの村史が、
ここで告発へ変わる。
筆跡、墨質共に本文と異なる。
後世加筆であることは疑いない。
しかし重要なのは真偽ではない。
追記者が何を残そうとしたかである。
人々コレヲ見タリ。然レド誰一人手ヲ差シ伸ベズ。
私は長くこの一文を見返した。
追記者は庄吉を殺した者を書いていない。
代わりに、
庄吉を助けなかった者を書いている。
そこに追記者の関心がある。
問題は加害者ではない。
沈黙した共同体なのである。
皆、水失フヲ恐レタリ。
本流記の結論は既にここにある。
追記者は人間を責めていない。
理解しているのである。
二百年前の人々にとって、
水は生活であり命であった。
だからこそ恐れた。
しかし理解できることと、
許されることは同じではない。
追記者はその狭間で苦しんでいるように見える。
庄吉死セリ。村ハ生キ残レリ。
極めて痛烈な一文である。
共同体は存続した。
田畑も守られた。
しかしその代償として何が失われたのか。
追記者は読者へ問いを投げ掛けている。
忘レタルニアラズ。語レザルナリ。
私は本流記全体を通じて、
この追記者が一貫して戦っていた相手を理解した。
それは猿猴ではない。
沈黙である。
人ハ物語ヲ遺シ、事実ヲ埋ム。
これこそ本章の結論であろう。
庄吉は消えた。
猿猴は残った。
人々は真実よりも語りやすい物語を選んだのである。
そして石臼村では、
その物語が二百年にわたって語り継がれた。
総評
第三部『水争い記』は水利争いの記録である。
しかし私には、
一人の知識人による抵抗の記録に見える。
追記者は庄吉を救えなかった。
二百年前の村人も救えなかった。
だが名前だけは救おうとした。
だから彼は余白に書いたのである。
庄吉
と。
本流記を読み終えた時、
私は猿猴の正体を知った。
それは水の怪ではない。
責任から目を背けたいという、
人の弱さにつけられた名前なのである。
物集院秋津
終章 石臼の記
庄吉死シテ後、
村人皆口ヲ閉ザセリ。
其ノ事語ル者無ク、
其ノ名呼ブ者無ク、
只猿猴ノ噂ノミ残レリ。
死人ヨリ噂ノ方ガ軽シ。
故ニ人ハ噂ヲ選ブ。
其ノ後数年、
村人等相談シ、
石臼一基ヲ石臼淵ニ奉リタリ。
古キ石臼ニシテ、
長年村ニ用イラレシ物ナリ。
村人曰ク、
猿猴封ジナリ。
猿猴ノ怒リ鎮メン為ナリ。
ト。
余ハ信ゼズ。
石臼ハ元来、
穀ヲ挽キ、
人ヲ養ウ道具ナリ。
生ノ為ノ物ナリ。
故ニ祈リノ形トナリ得ル。
石臼沈ミシ後、
猿猴ノ祟リ静マリシト語ル者アリ。
豊作続キシト語ル者アリ。
災厄減リシト語ル者アリ。
然レド村人皆、
何故石臼ヲ沈メタルカ語ラズ。
語ラヌ事多シ。
語レヌ事更ニ多シ。
村老曰ク、
死者ノ魂鎮マリタリ。
ト。
又曰ク、
猿猴封ジ成レリ。
ト。
然レド余思フ。
石臼ハ猿猴ノ為ニ沈ミシニアラズ。
庄吉ノ為ナリ。
又其ノミニアラズ。
村人皆、
其ノ夜ヲ忘レント欲シタルナリ。
忘レン為ニ祈リ、
忘レン為ニ石ヲ沈メ、
忘レン為ニ猿猴ヲ語レリ。
然レド忘ルル事能ワズ。
故ニ今ニ至ル迄、
石臼淵ニ怪異残レリ。
猿猴ノ噂絶エズ。
怪異消エザルハ、
淵深キ故ニアラズ。
人ノ心深キ故ナリ。
猿猴トハ何ゾ。
水ニ非ズ。
淵ニ非ズ。
人ノ恐レナリ。
石臼川流記 終章「石臼の記」に対する注記
物集院秋津
死人ヨリ噂ノ方ガ軽シ。故ニ人ハ噂ヲ選ブ。
私はこの一文を追記者の告白と考える。
事実は重い。
責任を伴う。
しかし噂には責任がない。
猿猴は便利だったのである。
庄吉の死と向き合わずに済むからだ。
余ハ信ゼズ。
本流記中、追記者が最も明確に自身の立場を示した箇所である。
それまでの追記は疑問や示唆に留まっていた。
しかしここで初めて、
追記者は村に伝わる説明を否定する。
これは歴史への反論である。
石臼ハ猿猴ノ為ニ沈ミシニアラズ。庄吉ノ為ナリ。
決定的な一文である。
石臼は封印ではない。
供養である。
それも単なる死者供養ではない。
共同体全体が抱えた罪悪感の供養である。
又其ノミニアラズ。
追記者は石臼の意味をさらに拡張する。
庄吉個人だけではない。
見ていた者。
助けなかった者。
沈黙した者。
その全ての心が石臼の中に沈められている。
忘レン為ニ祈リ、忘レン為ニ石ヲ沈メ、忘レン為ニ猿猴ヲ語レリ。
本流記全体の核心と考えられる。
私は当初、
石臼村の猿猴伝承を河童伝説の一種として調査していた。
しかし本流記を読み終えた時、
伝承の中心にいたのは河童ではなく人間であったことを知った。
然レド忘ルル事能ワズ。
極めて興味深い。
二百年という年月を経ても、
石臼淵にはなお猿猴の噂が残っている。
追記者の言う通り、
人は忘れようとする。
しかし完全には忘れられない。
その残滓こそが伝承であり、
怪異なのであろう。
怪異消エザルハ、淵深キ故ニアラズ。人ノ心深キ故ナリ。
私はこの一文に深く共感する。
淵はただの淵である。
石臼もただの石臼である。
しかし人が意味を与える。
記憶を託す。
恐れを投影する。
その時、場所は怪異の舞台となる。
猿猴トハ何ゾ。水ニ非ズ。淵ニ非ズ。人ノ恐レナリ。
本流記の結語。
そして追記者の到達点である。
猿猴は実在したかもしれない。
しなかったかもしれない。
だが、それは重要ではない。
重要なのは、
人々が猿猴を必要とした事実である。
二百年前の石臼村では、
罪を語ることができなかった。
だから猿猴が生まれた。
そして猿猴は二百年生き続けた。
総説
物集院秋津
『石臼川流記』は村史として編纂された書物である。
第一部は村を語る。
第二部は伝承を語る。
第三部は歴史を語る。
そして終章は沈黙を語る。
本書の価値は猿猴伝承の記録にあるのではない。
石臼村の人々が、
何を恐れ、
何を隠し、
何を忘れようとしたのかを記録した点にある。
追記者は歴史を書こうとしたのではない。
怪異の背後で失われた一人の若者の名を残そうとしたのである。
庄吉。
その名は二百年の沈黙の中で消えかけていた。
しかし追記者は余白に書いた。
そしてその余白は、
二百年後に私の前へ現れた。
本流記は猿猴の物語ではない。
人がなぜ猿猴を必要としたのか、その記録である。
物集院秋津
後書
此ノ流記古事ヲ集メ記ス。
村ノ始マリ。
川ノ流レ。
人ノ営ミ。
怪異ノ噂。
皆後ノ世ニ伝エンガ為ナリ。
然レド余思フ。
伝フベキハ古キ話ノミニアラズ。
古キ人ノ事ナリ。
名モ無ク死ニシ者。
語ラレザル者。
忘レラレントスル者。
其レ亦伝エラルベキナリ。
余ガ記セル事、
皆真ナリトハ言ワズ。
聞キ違イモ有ラン。
思イ違イモ有ラン。
然レド書カレザレバ失ワル。
故ニ余ハ記ス。
後ノ世ノ人、
若シ此書ヲ開ク事アラバ、
願ワクハ怪異ヨリ先ニ人ヲ見ヨ。
猿猴ヨリ先ニ村ヲ見ヨ。
伝承ヨリ先ニ其ノ始マリヲ問エ。
然ラバ此ノ書モ無駄ニ非ズ。
文政九年秋
高原与左衛門誌ス
余白
猿猴ハ残レリ。
庄吉ハ残ラズ。
是レ最モ悲シムベキ事ナリ。
本流記中、
私が最も心を動かされたのは本文でも追記でもない。
この余白である。
追記者は村を裁こうとしたのではない。
猿猴伝承を否定しようとしたのでもない。
ただ一人の若者の名が消えることを恐れたのであろう。
二百年間、
石臼村には猿猴が残った。
しかし庄吉は残らなかった。
この余白は、その事実に対する小さな抵抗である
物集院秋津
石臼川流記はいかがだったでしょうか。作者は不詳です。恐らく高原家、またはその主君筋にあたるこの地の実力者と思われます。追記者は高原家の者で間違いないと考えられますが詳細は判然としません。また後書に与左衛門の名が見えます。しかし墨色の違いから判断しますとこの人物のみの追記ではなさそうです。まだ多くの謎がのこされていますが、お読みになった皆様の見解を聞かせていただければ幸いです。今後の研究の参考とさせていただきます。 物集院秋津




