タイパ、コスパ、パラペンパ
「サキちゃん、この動画見た? 面白いよ!」
隣にいたサキちゃんにスマホを渡す。
「何これ、オチは?」
「えー、可愛いじゃん! めっちゃ癒されない?」
子猫が走り回って、それにびっくりした別の子猫が走り回るのを繰り返すショート動画で、子猫たちがとっても可愛い。
「なんていうか、パラペンパって感じ」
「出たよ、パラペンパ。それどういう意味なの?」
「ハルにもそのうちわかるわよ」とスマホを返される。
パラペンパってなんなんだろう。
サキちゃんがたまに使う言葉だ。
SNSの話をしたり、列に並んでいたりするとよく口にする。
それがどういう意味なのかはわからない。
「サキちゃんはどういう動画を見るの?」
サキちゃんは自分のスマホを操作して動画を開くとスマホを渡してきた。
シークバーを見ると動画は5分もある。
ライオンが口を大きく開いて威嚇し合っている動画だった。
「なにこれ。全然可愛くない」
「なんで? めっちゃ可愛いでしょ! 大きい体して結局やるのは口を開けて威嚇なんだよ?」
サキちゃんの可愛いは私にはよくわからない。
「でもやっぱりライオンなんて怖いだけだよ、可愛くない」
私がそういうと、サキちゃんは不思議そうな顔をした。
「怖いから見るの。怖かったのに可愛く見えてくるから最高にタイパがいいでしょ」
私にはよくわからない。子猫の動画の方がよっぽどタイパがいいと思うんだけど。
スマホを返すと、サキちゃんは可愛いのになあって笑っていた。
それにしてもパラペンパってなんなんだろう。
家に帰ってからふと思い出す。
アプリを開いて子猫の動画をタップする。
これのどこがパラペンパなのかはよくわからない。
まあいっか。可愛いし。
私は子猫の動画をスワイプした。
週末にサキちゃんと買い物に出かけることになった。
サキちゃんは夏物の可愛い帽子が欲しいらしい。
駅で待ち合わせをして、電車で原宿に向かう。
朝は少し肌寒かったけど、昼になると気温はぐんぐんと上がって、いつの間にかもう夏という感じだった。
ノースリーブのワンピースを着たサキちゃんは眩しいくらいに白い肌を晒していた。
私は部活で日焼けして真っ黒なのに。ちょっと羨ましい。
「今日は暑いねえ。夏って嫌いなんだよなあ」
サキちゃんはこういう子だ。
いつもクールで、この可愛いワンピースも「涼しいから選んだだけだよ」なんていう。
そんなところに少し憧れたりもする。
サキちゃんは何をする時もサキちゃんなのだ。
週末の原宿は人で溢れていた。
電車で冷房に当たっていたせいか、余計に暑く感じてクラクラとしてくる。
とりあえず手近なお店に入って涼みながら買い物をすることにした。
入った雑貨屋さんには今流行りのキャラクターのグッズがたくさん並んでいた。
「これ150円だって! めっちゃコスパいいよ、サキちゃんもお揃いで買おうよ!」
なんの動物かわからない変な耳をした、まんまるな顔のブサイクなキャラだ。
最初は可愛くない、と思っていたけど、見慣れてくるとなんだか可愛い気がして好きになった。
「えー、可愛くないからいらない。ハルも絶対すぐ飽きるし。それパラペンパだよ」
またパラペンパだ。やっぱり意味はよくわからない。
「じゃあいいよ、私買ってくるからちょっと待ってて」
レジに行くと、前の女子高生たちも同じキーホルダーを買っていた。
やっぱり人気なんだな、と安心して会計を済ませると、サキちゃんの目的の帽子を買いに行くことにした。
「これすごく生地がいい! ちょっと高いけど長持ちしそうだよね」
サキちゃんの帽子はすぐに決まった。
私だったら少し悩んじゃうくらいの値段だったけど、サキちゃんは即断即決だ。
外に出るとやっぱり暑くてたまらない。
サキちゃんは買ったばかりの帽子をかぶっていた。
次はどのお店を見ようか、と二人でぶらぶらと散策する。
その時いきなり後ろから肩を掴まれた。
「ねえ、二人とも。何してるの? よかったら一緒に遊ばない?」
振り返ると金髪の少し年上に見える男の二人組が立っていた。
私に手を伸ばした男はサングラスをかけていて、顔はわからなかった。
どうすればいいかわからず、サキちゃんの方を見る。
「ちょっと、その手を離しなさいよ。いきなり失礼なんじゃない?」
サキちゃんはそういうと、私の肩から男の手を振り払ってくれた。
「ちっ、なんだよ。ごめんごめん。ちょっと話したいだけだって」
男がサングラスを外してシャツにかける。
思ったよりも幼い顔つきで、もしかしたら同い年くらいかも知れなかった。
もう一人の男はあまり乗り気ではないのかもしれない。
後ろで黙って腕を組んでいる。
「他の子をあたって、私たちは興味ないから」
サキちゃんは私の手を掴んで歩き出す。
すると今度は逆の腕をサングラスの男に掴まれた。
「きゃっ、やめてください」
私は慌てて手を振り払う。心臓がバクバクと大きな音を立てる。
びっくりして悲鳴をあげたせいで、隣のサキちゃんのボルテージが上がったのを感じた。
「いい加減にしなさいよ。あんたらみたいなパラペンパなんて誰も相手にするわけがないでしょ」
パラペンパ、なんて変な言葉を使っているのに、サキちゃんは本気で怒っているみたいだった。
「なんだよパラペンパって、どういう意味だ? 舐めてんのか?」
どうやら意味のわからない言葉に、サングラスの男はかなり頭に来たらしい。
正直少しだけ気持ちがわかる。
「意味なんてないわよ。パラペンパはパラペンパだし」
「あ? 意味わかんねーんだよ! ふざけてんじゃねえぞ!」
相当頭に来ているのか、大きな口を開けて怒鳴り出す。
怖くなって私はサキちゃんの手を強く握った。
「大丈夫よ、ライオンの動画見たでしょ? 可愛いと思わない?」
ライオンの動画ってあの時の動画のことだろうか。
確かに大きな口を開けて威嚇している姿はそっくりだった。
大きい体してやるのは口を開けて威嚇、か。
確かに周りの目を気にしてか拳を振り上げる勇気はなさそうだった。
こちらを睨みつけつつも、チラチラと視線を迷わせている。
もう一人の男はサングラスの男の怒気に少し引いている始末だ。
「ふふっ、そうだね。なんだか可愛いかも」
「ああ? 何笑ってんだよ! ふざけてんのか!」
サングラスの男が怒鳴れば怒鳴るほど大きな口がライオンにそっくりで、笑いが堪えられなくなった。
そのせいで声はますます大きくなっていく。
怒鳴り声が響き渡って、次第に人だかりができてくる。
それに気がついたサングラスの男たちは逃げるように人混みに消えていった。
「ね、役に立ったでしょ? あの動画」
「あははっ、そうだね。でも結局パラペンパってなんだったの?」
それが一番気になっていた。
「さっき言ったじゃない。意味なんてないわよ。意味がないからパラペンパ、なの」
「なんだ、そういうことかあ」
私とサキちゃんは顔を見合わせて笑った。
もしかしたら今この時間もパラペンパなのかもしれない。
だけどそれはタイパでもコスパでも計れないと思った。




