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漬物石、蜂蜜沼に溺れる。~輝きを失った外科医と、光を見失ったピアニストが奏でる再生のコンチェルト~  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
第十一楽章 ナーバスなリハビリ

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11-08.


俺が守る、とは言っても、やはり夏海にも少々自覚してもらうことは必要だろう。


「夏海、ちょっとだけ俺の話聞いてくれる?」


そう伝えると、夏海は手を止めてこちらを向いてくれた。


「うん? 何?」

「夏海はね、すっごく美人でかわいいんだよ」


すると夏海はすぐさまフフッと笑った。


「どうしたの、急に」

「うーん……Seriously(真面目な話)、夏海はモテモテ」


そう伝えると、夏海は目を点にしてからプッと笑った。


「やだぁ、そんなわけないでしょ。私を何歳だと思ってるのよ」

「違うよ。本当に夏海はモテるんだ」


そう伝えると、夏海は目をぱちくりさせて微笑んだ。


「ありがとう、ナオ。褒めてくれて嬉しいわ」


そうやって笑ってる顔、グッとくるほどかわいいけど……違うよ、夏海。褒めてるんじゃないんだ。少しは自分がいい女だということを自覚してほしい。


「お願いだから夏海、わかって? 夏海はすごくモテるよ。気をつけて」

「……もう、何なの? ナオ、どうしたの?」


あー、どう言ったら伝わるんだろう。ペットみたいな今の俺には何の説得力もない。それでも守りたい。ほかの人にまでそのかわいい顔を見せないでほしい。


「……夏海のかわいさ、誰にも知られたくないのに」


そう呟くと、夏海は「あっ」と声を上げて話し始めた。


「その気持ち、すごくわかるわ。だって私、ナオの『ゆるふわ尻尾プリプリ』は誰にも知られたくないもの」


今度は俺が目を点にした。

『ゆるゆるふわふわ』は前にも言ってたのを聞いたけど――


「し……尻尾……プリプリ?」

「うん。ナオが私の前でだけ見せてくれる、テンションが上がった時のかわいい姿。私、大好きなの。子犬ちゃんみたいですっごくかわいいのよ」


夏海はその姿を思い出しているのか、頬をピンクにしてかわいく笑っている。

待って。俺ってテンション上がるんだ……。

ちょっと衝撃的で、一瞬話してることが吹っ飛びそうだった。

ポーカーフェイスと言われた俺、どこ行った……?


「ま、待って夏海。俺のことはいいから……とにかく夏海のかわいい顔、誰にも見せちゃダメだよ」

「……それってどんな顔かしら」

「きっと俺のことを考えてる時の顔。うーん……そう、恋してるっていう顔」

「えっ!? やだ、そんな顔してる? 恥ずかしいわ。気をつけなくちゃ」

「うん。だから、俺の前以外では、いつもキリッとした顔をしててね」

「わかった」


……何とか伝わっただろうか。

フーッと安堵の息を漏らしていると、リビングの方からプッと吹き出す笑い声が聞こえてきた。


「ダメだー、無理無理。どういう意味だよ。ナオがゆるふわって」

「尻尾プリプリするわんこみたいなの?」

「ナオって夏海さんの前ではかわいいんだ。見てみたいな」


タカノ・ミキ・ナグさんがそれぞれそう言ってクスクス笑う。そしてシンタニとマサヤも肩を揺らしていた。

くっそー、勝手に話を聞くなよ。

すると夏海がフッと笑う。


「私だけの秘密なの。ナオ、ほかの人に見せちゃダメよ?」

「見せるわけないだろ。……っていうか夏海の前でもかっこ悪いから、そうならないようにする」

「えー、嫌よ。変わらないでほしいわ。私だけのナオを、私だけに見せて?」


ウッ……なんてかわいい顔で笑うんだ。

神様、助けてください……今すぐこの人を――


「食いたいです」

「そうよね! さぁ、急いでケーキを仕上げなくちゃ」


違うけど、そうだった……バンドメンバーがいるし、ケーキも食べるんだった。何よりピザを食いたい。

もう何だか、夏海といるといろいろ吹き飛ぶ。

相変わらずリビングからはクスクス笑う声が聞こえる。

あーもう、夏海に自覚してほしかっただけだったのに……。

伝わったけど、巻き添え食った~。



「あっ! そうだ夏海! 頼りになる人で、高級品をたくさん贈ってくれるセトっていう人、大好きって言ってた。誰?」


ちょっとムッとして聞くと、作業を止めた夏海が目を瞬かせて見つめる。


「何の話?」

「えっ、だって今日、廊下で男の人と話してるのが聞こえてきた」

「廊下で……? あぁ、実家! 父親と話していたのよ」

「父……親……?」

「うん。うちの実家ね、みかん農家をやってて、今日のオレンジは実家から送ってもらったものなの。美味しいオレンジを使いたくて実家に相談して、それで届いてみたら高級品種のオレンジがたくさんだったのよ。ああそれでね、セトっていうのはうちの看板犬で、今はトイプードル。かっわいいのよ。一代目と二代目はゴールデンレトリバーだったんだけど――」


夏海の話を聞いていて思う。

頼りになり、高級品をたくさん贈る人物な上、夏海の『大好き』をもらえる男・セト……。

嫉妬ってこんなにも大いなる勘違いを生むんだ……。

It's so embarrassing!(めちゃくちゃ恥ずかしい!)


恥ずかしさを隠すように夏海を後ろから抱きしめ続けること数分。


「よーし、飾りつけも完成。みんなと食べましょう?」


作業終了と同時に夏海を解放した。


「えー、二人で食べたい。夏海と俺の初めての『共同作業』なのに」

「よくそんな言葉を知ってるわね。でも二人で食べるには大きいでしょ?」

「これって、みんなが来るからこんな大きいのにしたってこと?」

「うん」

「おかしいと思ったんだよ。しかも、自分の誕生日に自分でケーキ作っちゃったんだ」

「それはごめんね。でも……」


ちょっと顔を赤くしてモジモジしている夏海が不思議だ。


「ん?」

「あのね……ナオと『共同作業』したかったの。すっごく楽しかったわ。ナオの誕生日なのに私が幸せでごめんね」


へへへ、と照れた顔で笑う夏海を見て、俺は天を仰いで手で顔を覆う。

『共同作業』がそんなに楽しかったんだ。

俺の彼女、かわいすぎないか?


「もう俺、床でゴロンゴロンしたい気分だよ」

「え? ナオ、眠いの?」


違うけど、ボケボケでかわいいからどうでもいい! 

俺はガバッと夏海に抱きついた。


「I can't take it anymore(もう耐えられない)」

「え?」

「I only have eyes for you(君しか見えない)」

「えっ、みんないるからちゃんと見て」

「I love you from the bottom of my heart(心の底から愛してる)」

「ナオ、苦しい」


俺がギューッと夏海を抱きしめていると、ミキが呆れ顔で溜息をつく。


「ねー、お二人さん。イチャイチャしてないで早く食べようよ~」


ミキ以外のメンバーもこちらを見てニヤニヤ笑っていた。


「あ、ごめんね。……ほら、ナオ放して」

「嫌」

「……後でたくさんギュッてしてあげるから」

「……」

「今日のピザ、ナオのために作ったの。今までで一番上手くいったと思うの。ナオに食べてほしいな」


そんなことを言われれば、俺が選ぶ道は一つ。


「食べる!」


40cm程の大きなピザだったが、12ピースのうちの半分を俺が一人でペロリと平らげた。



「じゃあね~」


2時間ほど過ごした後、バンドメンバーたちはスタジオで練習をするということで帰ることになった。

帰り際、シンタニが不意に俺に近づいて耳元で囁く。


「みんなでちゃんと守ったから安心して。だから、腕が治ったら、またこっちでもピアノよろしく」


俺は思わず目を見開いた。

あー、だからみんなマスターの店に交代で行ってくれてたんだ。


「そういうことか。助かったよ。ありがとう」

「どういたしまして」


ミキが元気に手を振り、ほかのメンバーもにこやかに夏海の部屋を後にした。

バタンとドアが閉まると、俺は夏海を腕の中に引き寄せて唇にキスをした。


「夏海、今日はありがとう」

「気持ちは届いた? 私の……準備に1か月くらいかけた重い愛」

「全然重いなんて思わないよ。嬉しかっただけ。ねえ夏海、『オモイアイ』っていい言葉だよね」

「どこが? 重いだけじゃない?」

「Respect each other(お互いに尊重し合う)の『想い合い』でもあるよね?」

「そういうこと……」

「だから夏海は俺だけに重い愛を向けて? それで俺と想い合いしよう?」

「うん。私、ナオの復帰を支えてみせるから」

「俺は……I swear I'll try to live up to your expectations(あなたの期待に応える努力をするって誓うよ)」


見つめ合っていると、不意に夏海が背伸びをして、俺の頬にチュッと唇で触れた。

あれ? 今のって、夏海からしてくれる初めてのキスじゃないか? 

そう思うと頬がゆるりと緩んでいく。


「夏海、違う。場所がズレてるよ」

「え?」

「こっちにしてよ」


俺は自らの唇を指で示す。


「……無理よ」

「えー、どうして?」

「だって……今のでも、私にとってはスペシャルだったのに……」


頬へのキスすら恥ずかしがる夏海は、顔が真っ赤だ。


「くぅぅぅっ、夏海、か~わいいぃぃ……。唇にしてもらえるのはいつかなぁ」

「また今度……がんばる」

「楽しみだな」


二人で微笑み合いながら、額をコツンと合わせる。


「ナオ、少し早いけど……お誕生日おめでとう」

「夏海、スペシャルな一日をありがとう」



こうして日々、俺は夏海のサポートを受けながらトレーニングを続ける毎日を過ごした。

そんな中で少しずつピアノを弾けるようになっていく自分を実感。

復帰に向けてひた走る。

そして夏海は、脳神経外科医として大学病院に勤務し、手術や医師育成に尽力。

その合間を縫うようにリハビリに関する研鑽を積み、俺の怪我完治・復帰に向けての最善策を模索する日々を過ごした。



そうしてこの日から9ヶ月後、待ちに待ったその日がやってきた。


*-*-*-*-*


明日の更新から最終章に入ります。

どうぞ最後まで、夏海とナオを見守っていただけると嬉しいです(*ᴗˬᴗ)⁾⁾⁾ヨロシクデスꕤ

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