11-07.
皆がテーブルを囲み、夏海がキッチンでケーキの仕上げをする中、俺の頭の中は疑問符でいっぱいだった。
「ねえ夏海、勉強会は?」
「嘘をつくのは嫌だったんだけど、サプライズのために仕方がなく」
「やっぱりそれは嘘だったんだ」
「ごめんね」
「じゃあ、水曜の夜と日曜の昼間は何してたの?」
「あれを作る練習」
そう言って夏海はピザを指さしつつ、話を続ける。
「ナオがピザ大好きみたいだから、誕生日に作ってあげたいなって思ったの。でもサプライズにしたいなって思って――」
夏海はマサヤに相談し、それで俺がマスターのピザの大ファンであることを知ったようだ。
マスターは本場のピザを学んだプロで、ピザ職人の世界選手権で優勝したこともあるほど腕が確かな人物だ。
「それでマスターに『作り方のコツを教えてもらえませんか?』ってお願いしたら、『お任せください』って快く引き受けてくださったのよ。それでお店で練習させてもらってたの」
「そうだったんだ」
「マスターはさすがね。ちょっと練習した程度の私では全然及ばないわ。でも……ナオに少しでも喜んでほしかったの」
「夏海、最高。たくさん俺のことを考えてくれたんだね。幸せだよ」
俺が後ろからギューッと抱きついたせいで、またもやミルクレープのトップに塗っていたクリームが波立った。
「もー、ナオ、離れて」
「嫌」
「じゃあ……そのまま動かないで?」
照れた顔でそう言う夏海がかわいくて、俺は夏海の頬にチュッと口づける。
「うん」
夏海が作業している間、俺はずっと後ろから抱きしめ続けることにした。
「それで、どうしてみんなもいるの?」
そう聞くと、夏海はちょっと首を傾げて考え込んだ。
「それは……私もよくわからないんだけど、必ず誰か一人は練習の時も来てくれて、とても心強かったの。それにピザの試食をして感想を言ってくれたから助かったわ」
「えー、みんな先に夏海のピザ食べちゃったんだ。俺が最初に食べたかった」
「だって最初なんて失敗作よ? それで感想を言ってもらってるうちに、ナオの誕生日をみんなでサプライズで祝おうっていう話になったの」
「ふぅん。あ、お風呂。夏海、お風呂入ってからうちに来てたのは?」
夏海は作業を続けつつ、チラリと俺に目を向ける。
「ピザの匂いプンプンさせてナオに会ったら、サプライズにならないでしょ?」
「そっか。あ、じゃあ、さっき電話がかかって来た男の人は誰?」
「スマホの表示を見られたからバレたと思ったのに」
「見たけど……何? 病院の人? それとも言えない人?」
「えっ」
驚いたような顔でこちらを見る夏海の反応は……一体何だ?
俺が目をぱちくりさせていると、夏海がフフッと笑った。
「違うわよ。眞嶋星斗 (ましま・せいと)さんよ」
「誰?」
そう答えると、夏海はさらにビックリした顔で俺を見た。
「嘘でしょ!? まさか名前を知らないなんてことがあるの?」
「誰? 俺、知らない」
「えー! マスターよ」
「……ジャズバーの、ピッツァのマスター?」
「そうよ。眞嶋星斗だから『マ・スター』なんじゃない」
「ん?」
「『眞』と『星』で『マ・スター』。私も最初は『バーの店主』の意味だと思ってたけど違ったのね」
今度は俺がビックリして夏海を見つめる。
いや、みんなそう思うよ。『master(店主)』って取るのが普通だよ。
そう思いつつ、俺はハッとする。
「あ、そういえば最初に会った時、マスターに名前を聞いたんだ。でも日本語がよくわからない時で、何かごちゃごちゃ言ってて……。『My favorite nickname is "Master"(僕のお気に入りのニックネームは “マスター” だよ』って言われて、まぁいいか、ってずっとそのまま」
興味のないことにはそういう適当さがあると自覚しているが、案の定夏海は呆れ顔をした。
「まぁいいかって、長くお世話になってるんだから名前くらい覚えて」
「はーい」
「それにしてもおかしいわね。私には、『マスター』は気に入ってないから、ぜひ『星斗さん』って呼んでくださいって言ってたわよ?」
「ん!?」
「でもほら、みんな『マスター』って呼ぶのに私だけ『星斗さん』だとおかしいから、申し訳ないけど私も『マスター』って呼ばせてくださいってお願いしたの。渋々了承してくださったわ」
ニコニコと夏海は笑うと、「マスターっていい方ね」なんて言いながら手元に目を向けて再び作業を進めた。
「…Perverted old man」
「え? 何て言ったの?」
「ううん、何でもない。ねー夏海、ほかにはマスターと何もなかった?」
「ピザの作り方を教えてもらっただけよ」
夏海はそう言うが、気付いてないだけでほかにも何かあった気がしてならない。
「次にマスターに会う時は俺も一緒に行くよ。絶対に一人で行っちゃダメだよ?」
「え? あ、そうよね。ナオはマスターのピザが大好きなんだものね。わかったわ。今度お店で一緒に食べようね」
「……うん」
夏海が美しい指先を細やかに動かし、女神のような笑顔でケーキにイチゴを飾っていく様を見つめる。
夏海、違うよ。夏海はマスターに……いや、Perverted old man(スケベ親父)に口説かれてたんだ。
でも気付かないままでいい。俺が守るから。
今度マスターに会ったら、夏海に手を出すなって釘を刺しておかないと。
もちろん世話になった人だ。とても世話になった人……。
でも……だからと言って夏海のことまで許すわけじゃないんだよ!
眞嶋星斗、Son of a b〇tch!(く〇ったれ!)
心の底から沸々と怒りが込み上げた。




