11-06.
バンドメンバーの先頭に立ち、打ち終わったバズーカ砲タイプのクラッカーを手にして固まるタカノ。
3段重ねのケーキの2段目から覗く顔は、キョロキョロと目が泳ぎ、口元を引きつらせている。
落下したパレットナイフ、クリームが飛び散って汚れた床、乱れる夏海の服、涙目の夏海、そして、鋭い目つきで夏海に迫る俺。
そんな光景を目にすれば無理もない。
すると高速で目を瞬かせたタカノは、次に右の手のひらを前に突き出す。
「ナオォォォ! 落ち着けぇぇぇい! ドメスティック・バイオレンス、ノォォォー! お前を逮捕したくはないんだぁぁ!」
そんな叫びに、真っ先に反応したのは夏海だ。
「待って! 全っ然違う!」
「……え、違う? ってことはイチャイチャ? えーっと……それなら俺たち、お呼びでない……よね?」
アハハ、と空笑いしたタカノは、3段ケーキを揺らしながらくるりと背中を向け、ぽつりと呟く。
「み……皆の者、撤収」
「ちょっと。お願いだから待って」
夏海から再び声がかかると、タカノは背中を向けたまま足を止めた。
俺は急速に状況を整理し、理解し始める。
これはまさか……。
俺はズルズルとその場にしゃがみ込んで、夏海の手をギュッと握った。
「Wait, wait a sec…let me get this right.(ま、待って……確認させて)」
「うん……」
俺は一度深く息を吐き出すと、夏海をそろりと見上げる。
「ねぇ俺……自分の誕生日のことなんて話した?」
「ううん、聞いてないわ」
夏海にも、タカノたちにも誕生日を教えていないし、世間に公表もしていないはずなのに、なぜ知っているのだろう。だからこういう状況になっている理由がわからない。
「じゃあ、どうして俺の誕生日を知ってるの?」
「それは……医師の特権よ」
「トッケン……って何? 日本語難しい。どういう意味?」
「Privilegeのこと」
そう言われてちょっと考えたらわかった。
「あー……カルテか」
「うん、ごめんね」
夏海は涙目のまま悪戯な表情で笑った。
まだわからないこともあるが、恐らく夏海の謎の行動は全てこのためだ。そう思うと申し訳なさと情けなさで夏海の顔が見られなくなった。
「夏海……ごめん」
「ううん。嘘をついていたのは本当だもの。それに、みんなにも勝手にナオの誕生日のことを知らせちゃったのはごめんね」
「アイツらなら別に平気」
「それならよかった。一応『3月』としか伝えてないの。日付まで知ってるのは、この中で私だけよ」
そう言って、照れたように笑う夏海は、鼻をスンスンと鳴らす。
俺は慌てて立ち上がり、夏海を隠すようにしてからバンドメンバーたちに告げる。
「みんな後ろを向いて!」
皆が背中を向けたところで、夏海の涙を拭って抱きしめる。
「ほんっとにごめん。夏海、乱暴なことをしてごめんね」
「ううん、平気。それに全然乱暴なんかじゃなかったわ」
「ごめんね。ごめん、夏海」
「謝らないで。平気なのに」
「I'm sorry for always hurting your feelings(いつもあなたの気持ちを害するような態度をとってごめんね)」
「そんなことないわ。辛いリハビリ中だもの。普通のことよ。ううん、むしろナオはよく耐えているわ」
「夏海……」
いくら謝っても、いくら抱きしめても足りない気がして、何度も謝ってギュッと抱きしめて、精一杯の謝罪の意を込める。
「ナオはアメリカ育ちだからサプライズがいいかなって思ったんだけど、すごく鋭いって聞いたからハラハラしたわ」
「子供の頃にサプライズパーティーはよくあったけど、夏海のことになると……何て言うの? There's no room in my heart」
「心にゆとりがなくなる?」
「そう言うの? とにかくそれ。あーー、どうしよう……俺、恥ずかしくて死にそう……」
「ある意味サプライズ成功ね。でも反省もしたわ。リハビリにばかり気をとられて……もう少し疑われないくらい、ナオに気持ちを伝えなくちゃね」
ウッ……酷いことをしたのに、なんてかわいいんだろう、俺の彼女。
笑顔と共に溢れ出した夏海の涙をそっと拭い、額、瞼、頬、唇へとキスを移す。
「夏海、ごめんね。大好きだよ」
「うん、私も……大好きよ」
照れながら小さく囁く夏海が愛おしい。
するとせっかくの夏海との時間を遮るように、ミキがわざとらしく溜息を溢す。
「ねー、私たち、帰ったほうが良くない? イチャイチャの邪魔だし」
「待って! 帰らないで! もう大丈夫だから」
夏海の声に従うように、皆はニヤニヤしながら俺たちの方を向いた。
「ナツミさん、これ返すね」
ミキが夏海に渡したのは、部屋の鍵だ。
「ミキさん、協力してくれてありがとう」
「ううん。ナオの誕生日をお祝いするなんて初めてで、こっちも楽しんでる。ナツミさん……大丈夫? ナオに何か酷いことでも言われた?」
夏海は涙目を手で隠しつつ、顔を赤くしながらミキに告げる。
「そうじゃなくて……途中からナオが誰だかわからない相手に妬いてるのがわかって、それがかわいくて、すごく嬉しかったの」
「はーん、聞いた私がバカだったわ。単なるバカップルってことじゃん」
ふふふふ、とミキはからかうように笑う。
うわ……俺の彼女、なんて心が広いんだろう。照れながら笑みを浮かべる夏海は最上級にかわいい。
そしてこうなってくると、本当に自分の心の狭さと余裕の無さが際立って感じられる。
項垂れていると、夏海は俺の背中をトントンと叩いて宥めてくれた。
「驚かせてごめんね。……最近、ナオが苦しそうだったから」
「えっ……」
「辛いリハビリやトレーニングばかりが続くし、思うようにピアノを弾けない時期も長くて、ナオが苦しんでいる気がしたの。だからね、今日はリハビリの休息日。メンタルサポートも医師の仕事でしょ? それでたまには気持ちを緩めてもらおうと思ったんだけど……かえってストレスになっちゃったかしら」
俺が苦しかったこと、気づいてたんだ……。
「ううん、夏海は何も悪くない。ありがとう」
するとナグさんがズイッと前に来て、平たい大きな箱を俺に向かって差し出す。
プレゼントっぽくブルーのリボンが掛けられた白い箱からは、とんでもなくいい匂いが漂ってくる。
「ナオ、ハッピーバースデー。ナツミさんから届け物」
「……夏海から?」
「開けてみろ」
困惑しながら言われるがままにリボンを解いて箱の蓋を開けると、目に映ったのは――
「ピッツァ・ビスマルク!」
たっぷりの生ハムとチーズ、ルッコラ、トロリとした半熟卵の乗った、俺が大好物のピザだった。
「美味そうだろう?」
「うん。マスターのピザ、持ってきてくれたんだ?」
「違う。これは、ナツミさんが作ったピザをマスターのとこの窯でついさっき焼いて、俺たちが運んできたんだ」
なっ……何だって?
「夏海が作った?」
「そうだよ」
「食べる! 俺一人で食べる!」
夏海はそれを聞いてクスッと笑って「みんなで食べよう?」と俺を宥めた。




