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漬物石、蜂蜜沼に溺れる。~輝きを失った外科医と、光を見失ったピアニストが奏でる再生のコンチェルト~  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
第十一楽章 ナーバスなリハビリ

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11-03.


翌日来た夏海に、俺はまた「帰って」と告げると、夏海は「早く開けて」と有無を言わさず部屋にやってきた。そして黙ったまま、夏海は俺の肩や肘、手首のマッサージを進めていく。


「夏海……ごめん」

「うん、平気よ」


やるべきことが終わると、夏海は医師の顔で俺に問う。


「Have you reconsidered what I said yesterday?(昨日私が言ったことを考え直した?)」

「……」

「Even if you stop, I won't stop moving forward(あなたが止まっても、私は前に進み続けるわ)」


そう俺に告げて、夏海は止める間もなく玄関を出ていく。

怪我で弱気になって煮え切らない態度をとる俺に、夏海はたぶん怒っている。

俺に愛想を尽かす日もそう遠くないのだろう。


それから数日後のある夜、俺の元に夏海からメッセージが届いた。


『今週と来週、水曜の夜と日曜日の昼間に、院内で行われるリハビリの勉強会に参加させてもらうことになったの。だから、あまりゆっくりそっちに行けそうもないわ』


つまり、水曜は会えなくなる上に、夏海が比較的休日を取りやすい日曜も、ほぼほぼ夜にリハビリやトレーニングを見てもらうだけで終わる、ということ。

これはついに愛想を尽かされ……いやいや、夏海は勉強会だと言っている。夏海が目指す医師の道を応援している俺は、夏海にエールを送った。


『わかったよ。がんばって』


自分でリハビリは進めるとして、それでも日曜の昼間の予定が空いてしまった。

ぼんやりしていると、余計なことを考えてしまうだけだ。


「そうだ。タカノたちのスタジオ練習、覗きに行こうかな」


マスターの店で開かれるジャズバーのイベントが近づいているから、今週日曜にナグさんのスタジオで練習するとタカノから聞いていた。


『日曜、スタジオに遊びに行くよ』


タカノにそうメッセージを送ると、不可解な返事が来た。


『日曜は練習しない』


練習すると聞いたのは数日前だったのに……予定が急に変わったのだろうか。


『それなら何曜日に練習するの?』


そうタカノに送ると、再び不可解な返事が。


『まだ決まってない』


おかしいな。イベントが3月中旬にあるから、それに今年も出ると言っていたはずなのに。


『練習しなくて大丈夫なの?』

『問題なし。そのうちやる』


そのうち。なんて曖昧なのだろう。みんなの予定が合わなかったのだろうか。


日曜の夜。

夏海にもう一度きちんと謝ろう。そしてリハビリをきちんと頑張ると伝えよう。

そう決意して夏海を迎え入れる。


「夏海、勉強会お疲れ様。会いたかったよ」

「うん、私も」


夏海を腕の中に包み込むと……あれ?


「夏海、お風呂入ってきたの? すごくいい匂い」

「あー……うん」


あははは、と夏海が乾いた笑いを見せる。髪から華やかな香りがふわっと漂い、シャンプーしたての香りだとわかる。

夏海はいつも帰宅してから寝る前にお風呂に入るのに、今日は先に入ってからここに来たんだ……。珍しい。


「夏海、どうかしたの?」

「え? ううん、何でもないわ。ちょっと汗をかいたから、先に入ってきただけ。さぁ、今日のトレーニング内容を教えて?」


夏海はそそくさと家の中に入っていった。

……何か変な感じがするのは気のせいかな?


「夏海、昼間の勉強会は楽しい?」

「そうね、充実してるわ」


夏海の綺麗な笑顔を見て……俺は思う。

あぁ、やっぱり変だ。

こういう時、異常なほどに鋭い自分がいる。いや、厳密には鋭さではない。耳の良さだ。

夏海が明るい気持ちの時に話すリズム、息遣い、そして声の高さが、いつもとは僅かに違うのだ。


「マサヤも参加してる?」

「えっ? ええ、彼はさすが専門医。教えてもらうことがたくさんあるわ」

「へーえー」


するとその時、夏海のスマホが着信を告げる。


「あぁ、ごめんね。ちょっと……仕事の電話」

「うん」


廊下に出て、誰かとヒソヒソと話している夏海。

やはりおかしい。たぶん仕事の電話ではない。

どうしてだろう……夏海は俺に何か嘘をついている。


夏海を家に送ったすぐ後、俺はマサヤに電話をかけることにした。夏海とマサヤは同じ大学の医学部出身。今は同僚でもあるのだ。


「Hey、マサヤ」

『おー、ナオ。どうした?』


するとマサヤの背後から、『パパ早く~』とかわいらしい子どもの声が。


「忙しい?」

『いや、家族サービスしてるだけ。今日ずっと引っ張り回されて、さすがに疲れた』


今日ずっと、か。夏海はマサヤも勉強会に参加していると言っていたのに。


「へーえー……。ねえ、マサヤの病院のドクターって、男と女、どっちが多いの?」

『医師だけなら、うちは70%男だって聞いたぜ』


男、多いな。


「ふーうーん」

『整外なんて、95%男。俺の周り、ほぼ男しかいねぇ』


男、多いな! え? じゃあ勉強会も男だらけってことだ。まぁ、本当に勉強会に行ってるなら、だけど。

その後、マサヤとのとりとめもないやり取りを終了すると、俺はベッドに寝転がった。


(ねぇ夏海? 水曜の夜と日曜の昼間、一体何をしてるの? 誰と会ってるの? それに勉強会の後って言うわりに、先週も今週もお風呂に入ってから会いに来た。それってどういう意味?)


ちょっと過るのは『浮気』だ。


(まさか……一途な夏海がそんなこと……)


そうは思うものの、今の自分が夏海にどの程度好かれているのかわからないのも正直なところだ。

負傷中・ペット・年下・頼りっぱなし・迷惑かけっぱなし・お荷物……さらに最近の俺は捻くれ要素も追加ときてる。フラれる要素はいくらでもある。

そして美人な夏海は非常にモテる。寄ってくる輩も多いはずだ。

夏海が一途に思う相手は、既に自分ではないということも……なんて考えると、背筋にゾクッと寒気が走る。

でも今の自分が『水曜の夜と日曜の昼間、何してるの?』『誰と会ってるの?』と追求するほどの資格があるのかどうかすらわからない。

それなのに凶暴な気持ちだけがどんどん膨らんでいく。


それからは何もできないまま、夏海とはほぼ医師と患者としての関わりのみの日々が続く。

そしてその間も、度々夏海は誰かからの連絡を受け、俺に隠れて電話やメッセージのやり取りを繰り返しているのだった。


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