10-02.
タクシーが街中から住宅街を通り抜けて10分ほど経つ頃、ぽつんと隔離されたように紅葉した木々が広がっている場所が見えた。
近づくと木々に囲まれるように赤い鳥居が見え、その下を参道が森に向かって延びている。
タクシーを降りると、秋風に舞う落ち葉がカサカサと音を立てるのが聞こえる。
秋の気配と木々の香り、土の匂い。
一帯を包む厳かな空気は周囲よりも澄んでいて、冷えた空気にキリッと身を清められるようだ。
私はゴクリと唾を飲み込むと、鳥居に向かって足を進めた。
木々によって光の遮られた参道は、より一層空気が冷たい。
きれいに整備されていて歩きやすく、紅葉の季節ともあって、平日にもかかわらず参拝者が多く目に付く。
途中、手水舎を見つけて手を清め、参道をさらに進む。そして一度曲がった先に、紅葉した木々に囲まれた大きな本殿が見えた。
「なんて綺麗なの……」
心洗われるような美しさに、思わず感嘆の声が溢れた。
紅葉の鮮やかな赤とはまた違った、落ち着いた赤色が印象的な本殿は、幻想的で厳かな雰囲気が漂い、滑らかな曲線を描く淡い緑色の屋根との調和がとても美しい。
その装飾の美しさや存在感に圧倒されながら、私は拝殿でお参りをする。
願うことはただ一つ。
ナオの右腕の回復のみ。
一心に願いを込めていると――
「あっ……」
風に乗って、ふと微かな鈴の音のような甲高い音が耳に届いた。
私の足は自然とその方向へと引き寄せられた。
その音は、敷地の外から響いていた。
導かれるように薄暗い路地を通って近づいていくと、徐々にはっきりした音となって聞こえてくる。
ピアノの音だ。
(この曲……エオリアン・ハープ!)
気が急いて早足で進んでいくと、やがて開けた場所に出た。その瞬間ザッと強く風が吹き付け、私は目を瞑る。
瞼の向こうには、眩しいほどの太陽の光。
ゆっくりと目を開くと、舞い上がるもみじの葉に彩られた大きな和風建築の門が目に飛び込んできた。
風格さえ感じられるその立派な門には『雅楽川』と木の表札がかかっており、ピアノの音はこの閉ざされた門の向こうから聞こえているようだ。
すると曲が一旦終わり、数秒の後に、また違う曲の演奏が始まった。
私はこの曲を知っていた。テンポはゆっくりだが、ナオに会いにブラウンさんの自宅を訪れた際、外で密かに聴いた曲だ。
視界がじわっと滲む。
私の予感は確信に変わった。
ナオは、この曲のことをこう言っていたのだから。
『今のはね、オリジナルの曲なんだ』
この曲を弾くのはナオだけ。
見つけた。
ナオが、ここにいる。
すると突然ガタガタと門が動き出し、ゆっくりと開き始める。
驚いて、思わず隠れるように路地へ逃げ込んだ。
心臓をバクバク鳴らしながらそっと覗き込んでいると、開いた門の先には庭が見え、さらにその先に純和風の家屋が建っているのが見える。
そして――
「あ……!」
大きな窓の向こうにピアノを弾く男性の後ろ姿が見えて、私は涙が堪えられなくなった。
体型、そしてミルクティーみたいな髪色、ピアノに向かう姿で、すぐさまわかった。
ナオだ。ナオがピアノを弾いてる。
右腕の状態がどうかまではわからない。でもナオがピアノを弾いている姿を見るだけで胸がいっぱいになる。
ナオが会ってくれないことに腹を立てる気持ちも悲しい気持ちもあったはずなのに、そんなものはもう全部どうでもいい。
ナオはちゃんと生きていて、ピアノを弾いている。その姿を確認できただけでも、ずっと心の奥底で抱いていた不安が一気に吹き飛ぶかのようだった。
まだきっと右手は思うように動かないのだろう。高音部の音が小さく、たどたどしい演奏だ。
『もっと弾きたい』
『もっと鳴らしたい』
『そう思うのに、指が動かない』
そんな切なくも悲しい気持ちが隠れているかのようで、胸が締め付けられるように痛い。
それでも秋風で冷える私を、柔らかく包んでくれるような優しい音。
苦しみながらも、光を放とうと藻掻いている音。
今にも消えてしまいそうなほどの小さな輝き……。
それを聴いていると、涙が溢れて止まらなくなった。
「ナオ……ッ……」




