表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漬物石、蜂蜜沼に溺れる。~輝きを失った外科医と、光を見失ったピアニストが奏でる再生のコンチェルト~  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
第十楽章 逃げない、逃がさない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/82

10-01.


冬の気配が感じられる冷たい風が吹く初冬、私は神奈川県のとある小さな駅で電車を降りた。


(ナオ……ここにいるの?)


前に進むのを躊躇う気持ちを追いやって、足を進めた。



ここ1ヶ月半もの間、ナオとはずっと連絡が取れない状態が続き、声の一つすら聞けないまま過ぎていった。

ブラウンさんとミキさんから得た情報である『篳篥のある家』『首都圏』――それだけを頼りに、仕事が終わるとインターネットでひたすら調べる毎日が続いた。でもナオの居場所がわかるような情報は出て来なかった。


ナオがピアニストを務めていたオーケストラに話を聞きに行ったものの、実家に関するめぼしい情報は得られずじまい。

ミキさんからは、ナオが都内で一人暮らしをしているマンションには帰っていないという報告があった。

焦燥感に苛まれる中、ブラウンさんにはナオから連絡があったようだ。


「『元気だから心配しないでって夏海に伝えて』だそうだ」


ブラウンさんの言葉に絶句した。

私に直接連絡するようブラウンさんは伝えたようだが、ナオは頑なに拒否したらしい。

私には連絡したくないという事実をはっきりと突きつけられたことが、思った以上に堪えた。

はたして探し出して会いに行こうとすることが正しいのか、葛藤する毎日。

ポッキリと折れそうな心を保つだけで精一杯だった。


探し始めて1ヶ月を過ぎた頃、私は自宅でぼんやりとスマートフォンを眺めていた。


『会う運命の人には会えるものだよね』


ナオの言葉を思い出して溜息をつく。

つまりは……会う運命の人ではないから会えないということなのだろうか。

そう思うと、ナオを探すことへの意欲が落ちていく。

今、無理矢理ナオを探すことに、果たして意味はあるのか。ただの自己満足ではないのか。本人の意志に従うべきではないのか。

日が経つ毎に自信がなくなっていった。

それでもナオを好きな気持ちだけは変わらなかった。


(ナオの顔が見たい……)


叶わない現実から目を逸らすように、誰のものかもわからないSNSの投稿をボーッと見る。クスッと笑ってしまうような投稿もあって、ちょっとした気晴らしになるのだ。

笑うと同時に涙が溢れ出て、苦しさが涙と一緒に流れていったらいいのにと何度も願った。

そしてスクロールして見ているうちに、ふと、とある投稿を見つけた。日本人の現役音大生の投稿のようだった。


『芸事の神様がいる神社、比奈森神社に到着。境内にピアノの音が聞こえる。子供かな? スローペースのエチュードオーパス25の1』


それを見て、息が止まった。


(エチュード……オーパス25の1って、確か……!)


私は慌ててスマホで検索する。その結果は――


(やっぱり……エオリアン・ハープ!)


ナオが『朝食に合う曲』として弾いてくれた曲だ。

スマホを持つ手がカタカタと震えた。

この曲を弾く人なんて、きっと世の中には数えきれないくらいたくさんいる。

それなのに、どうしても気になって仕方がなくて、比奈森神社について調べた。

そうしたら神奈川県内にある比較的大きな神社だとわかり、神事の際には大規模な雅楽の演奏が行われることもわかった。

そして思い返してみると、ナオの言葉には、時々『神様』が登場していたのだ。


『違うよ! 神様とピアノに誓う!』

『進んでいいよ、行きなさいって神様が言ってるみたいだ』

『神様に誓って、嘘なんて言ってないよ』


アメリカ育ちだからクリスチャンなのだろうと思っていた。

でもそうではなく、神社の神様を示していたのだとしたら―― 


(ナオは……ここにいる……?)


行ったところで、本当にそこにナオがいるのかなんてわからない。いたとしても会えないかもしれないし、会ってくれないかもしれない。

それでも確かめに行きたい。

事故の後、ナオの言葉のままに会いに行かなかったことを悔いた。

そしてその結果、ナオは姿を消した。

もう同じ過ちを繰り返したくない。

何もせずに後悔したくない。

だから自分に言い聞かせる。

止まるな。拒絶されるのも冷たくされるのも長年の片想いで慣れてる。前へ進め。


――こうして今、私はようやくこの駅に降り立った。

こぢんまりとした駅を出て、すぐ近くのホテルに荷物を預けると、早速タクシーに乗って比奈森神社へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ