09-10.
『夏海さん!?』
「ミキさん、久しぶり。急に電話してごめんね。実は、ナオのことで――」
『夏海さん、ナオの怪我のことって何か知ってる? ナオからは平気だってメッセージが来たけど、腕を骨折したって……そんなの平気なわけないのに……』
ナオは彼らにもきちんと話してはいないのだろう。ミキさんの不安が声から伝わってくる。
「うん、そうね……手術は成功したみたいだから、きちんとリハビリすれば治るわ」
私自身の不安をもかき消したくて『治る』と答えたが……恐れや焦燥は胸に渦巻き続ける。
『そっか、そうなんだ……。よかった』
「それで教えてほしいことがあるの。ミキさんは、ナオの家のことを何か知っている?」
『ナオの家? それってマンションのこと?』
「マンション?」
『うん。ナオの住んでるマンションがあるの』
「そこには家族で住んでる場所?」
『ううん。一人暮らしのはず』
それならそこにはいない気がする。
「知りたいのは、ナオのお母さんの家のことなの」
『実家ってこと? あー……ナオってかなり秘密主義なんだよね。でもここからフラッと行ける距離って言ってたから、たぶん都内からそんなに遠くない場所。千葉とか神奈川とか埼玉とか』
「首都圏って感じかしら」
『うん、そんな感じ。ごめんね、詳しい場所まではわからないの』
なるほど。少し狭まったけれど、それでもかなりアバウトだわ……。
「ううん、ありがとう。それと、ナオから古い楽器の話なんて聞いたことある? 『ヒティリカ』みたいな名前の楽器」
『ヒティリカ?』
「うん、そんなような名前。オーボエみたいな古い楽器らしいんだけど」
『オーボエみたいな古い楽器……あー、篳篥のことかな?』
「ヒチ……リキ?」
それはどういう楽器だろう。初めて耳にする名前だ。
『高校生の時、ナオに、ピアノのほかには何か楽器弾けるの? って聞いたら、篳篥なら少し吹けるよって言ってて、何で篳篥!? ってみんなで笑ってたのを覚えてる。雅楽で使う楽器なの』
雅楽。学校で平安時代に登場した音楽、という程度の知識しかない。
『ナツミさん……どうしてそんなことを聞くの?』
「あー……うん。ナオがね、無事は無事なんだけど、今どこにいるのか、はっきりわからないの」
『そういうの、ナオらしいといえばナオらしいな』
「そう……」
『それなら一応、マンションにいないか様子見に行ってみるね』
「うん、ありがとう。助かるわ」
一応『日本全国』から『首都圏』までは絞れた。
篳篥の情報も得た。
これで何かわかるだろうか。
私は得た情報を元に、インターネットでナオのことを検索してみることにした。
それから1時間ほど経過した頃、私は自宅のダイニングテーブルに突っ伏して打ち拉がれていた。
ブラウンさんやミキさんから少々の手がかりも得た上、ナオは有名人なのだから、家のことも少しはわかるのではないかと高を括っていた。
「あーー、甘かった。ナオって本当に秘密主義ね。腹立つくらい何も出てこないわ」
ナオ自身、SNS等での情報公開を全くしておらず、しかも『家に迷惑をかけたくないから』という理由で本名を伏せ、友人たちにすら秘密主義を貫いている。
そんな状態で家のことなんてホイホイと情報は出てこなかった。
出てくるのは、事故に遭ったナオが再起不能だとか、ピアニストを引退するとか、事故による死亡説まで書かれているものすらあった。
「何なのよこれ……酷いわ」
違うとはわかっていても、連絡のつかないナオを前に不安を煽られる。
「大丈夫、ナオは生きているんだもの。ただ私に会いたくないだけのことで……」
そう思うと胸が締め付けられる。
少し前にナオに電話をかけてみたが、繋がらなかった。
電源を切っているようで、自動で流れる冷ややかなアナウンスが耳に響くたびに、私の弱い心が何度も刺激された。
もしかすると、私には本当に会いたくないということなのかも。
本音は私を嫌っているのではないか――そんな不安な気持ちが過った時、ナオの言葉を思い出した。
『一緒にいる運命』
(そうよ……そうよね。そう言ったのはナオだもの。私たちが『運命』って言ったのはナオだもの)
だから自分への苛立ち・後悔・不安……様々な気持ちを振り払って、私は前へ進むことを選んだ。
「ナメるんじゃないわよ……。羊だって、狼の皮をかぶれば立派な狼なんだから。重量級の恐ろしさ、見せてやるんだから」
私は震える手で涙を拭うと、迷いと不安で埋め尽くされるよりも早く、思い切って行動に移すことにした。




