09-07.
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〈side アル〉
ドクターとの電話を切ったナオは、ハァッと深く溜息をついて苦笑いを向けた。
「アル……俺、上手く隠せてたかな?」
「……ドクター、心配しているんだろう?」
「そうだろうね」
「きちんと会って話さなくていいのか?」
「……」
「怪我が治るまで、本当にドクターと会わないつもりか?」
そう聞くと、ナオはしばらく黙って、それから呟くように告げた。
「こんな状態で会ったとしても、またこの間みたいにかっこ悪いこととか弱音とかを吐きそうで嫌なんだ。今はどうせそういう言葉しか出てこない。アルの助けがないと、夏海の言葉の意味すらきちんと理解できないんだから」
「うーん……それはそうかもしれないけれど――」
「アルだったら、アプローチ中の相手に情けなくてかっこ悪いところを見せられる? 5年かけて、せっかく少しだけ夏海の近くに行けたのに、全部台無しにしたくない」
「それは……だがドクターは――」
「見せられない。夏海には絶対に嫌われたくないんだ。こんな情けない姿を見せて嫌われるぐらいなら、会わない方がいい。夏海に嫌われたら……俺はもう……ッ……」
ナオは項垂れ、動かせる左手だけをギュッと握りしめる。
その悲痛な表情は、見ているこちらまで胸が痛む。
「ナオ……」
「それにどのみち釣り合わない。積み上げてきたものが全部なくなったんだから」
「それはまた治ってから取り戻せば――」
「アル……俺ね、まだ右手は小指しか動かないんだ。自分の手じゃないみたいに言うことを聞かない」
そう言って、ギプスに包まれた右腕をナオは呆然と見つめる。
「大丈夫だ。リハビリをすれば、ピアノを弾けるぐらいまで戻るってドクター・モリヤマも言ってただろう? 焦らずリハビリをやろう?」
俺はナオを宥めるようにトントンと背中を優しく叩く。だが――
「それでも、元通りに弾けるようになんてならないんだ。もう取り戻せないんだよ」
「何を言ってる。そんな話、どこで……」
「とぼけなくていいよ。アルも何となくわかっているだろう? 母さんと一緒にドクターに会った時、頼んできちんと教えてもらったんだ。ピアノは弾けるようになると思うけど、今回の怪我では、さすがにすっかり元通りに治すっていうのは難しいって。……ねぇ知ってる? スマホでニュースを見たら、『小鳥遊尚哉、再起不能か』って出てる。凄いね、知らせてもいないのに、みんなよく知って――」
「ナオ! いい加減にしろ!」
ナオの自虐めいた言葉を聞くのが苦しくなった俺は、声を荒げて制す。
ナオはハハッと乾いた笑いを溢した。
「そんなに怒らないでよ。でもそのとおりだと思うんだ。もう『ピアニスト・小鳥遊尚哉』は取り戻せない。それは本当のことだ。……俺、知らなかったよ。ピアノってこんなふうに一瞬で離れていくものなんだね。小さい頃から気がついたら当たり前のようにピアノがそばにあって、弾くのも当たり前だった。だから自由に弾けないピアノってどういうものかわからないんだ。俺からピアノを取ったら……ねぇアル、俺には何が残るんだろう。俺はどうやって自分を表現したらいいの? ピアノがない世界も、そんな自分も、全然わからないよ。真っ暗闇にいるみたいだ」
「ナオ……」
ナオは小さく縮こまって肩を震わせる。
そして「怖い……」と小さく呟く。
代わってやれるものなら代わってやりたいのに、俺は無力だった。
俺はただ、ゆっくりとナオの背中を撫でることしかできなかった。
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