01-06.
「よし、みんな入ってきていいぞ」
マサヤ君が車のドアを開けると、白馬が真っ先に乗り込んできてズイッと私に顔を近づける。
「大丈夫だった?」
「あ、うん」
心配してくれていたらしい。
そして白馬の顔が、次にマサヤ君の方に向く。
「どうだった?」
「うーん、酷い怪我ではないけど、大きな痣になってる。後に響かないように、すぐに冷やしたほうがいいな」
間もなくしてコンビニに行った男性が戻ると、買ってきたビニール袋に氷と水を入れ、即席の氷嚢が完成。それをマサヤ君が私の左肩に当ててくれる。
冷たくて気持ちいいと思うのは、打撲して炎症を起こしているせいなのだろう。
「一旦これでヨシッと。ただ、これから痛みが出るかもしれないよな。冷やしたらしばらく様子見だな」
マサヤ君がそう告げると、白馬から「えっ」と驚いた様子の声が聞こえる。
「マサヤ、これから痛くなるかもしれないの?」
「そうだな。結構大きな痣になってるから、今夜とか明日とか。肩だけじゃなくて、首とか背中が痛むってこともあるよ」
「そうなんだ。……よし、それなら……あ、名前なんて呼べばいい?」
白馬に聞かれて私はパッと答えた。
「夏海」
あっ。バカ正直に本名じゃなくてもよかったのに、と言ってからちょっと後悔したが、時既に遅し。
「じゃあ、ナツミ。この後のスケジュールは?」
初っ端から呼び捨てにされて、内心ギョッとする。
被り物で顔が全く見えないが、ほかの面々と同じなら30歳くらい。私より年下だろう。
籠もって聞こえる声は、やや低めだが、澄んでいて柔らかな若々しいものだ。
「スケ……ジュール?」
「うん。このあと、何かある?」
予定があるのかと問われると答えに窮する。
黙ってホテルにいても余計なことを考えるだけなので、とりあえず唯一行きたいと思えた大学に足が向いていただけだ。
特別何かをしたいわけではない。
でもここで「予定はない」と答えると、一体どういう展開になるのだろう。
少々の不安と面倒くささを予感して、私はモゴモゴと答える。
「あ……るような……ないような……」
「ないね」
「ないとは言ってないわ」
「そうだけど、どう考えてもない人の返事だよね」
白馬にクスクス笑われて、バカ正直な自分の性格を悔やんで黙り込む。
「じゃあ、ナツミは俺たちと一緒に行こう?」
「一緒に? 一緒にって……どこに……?」
「別に危ないところに行くわけじゃないから安心して。……あっ!」
突然、白馬が思い出したように声を上げ、一同白馬に注目する。
「俺、ナツミとぶつかって何もせずに戻ってきたんだった。今から行ってくるよ。ナツミ、とりあえず俺がいない間に帰ったりしないでね? 絶対だよ?」
そう言って、白馬は再び駅の方に向かった。
走っていく白馬の背中を見送りながら私は首を傾げた。
(あの格好で、駅に一体何の用事があるのかしら。職質されるわよ?)
それにしても、変な白馬男とぶつかったが為に妙なことになった。
こんな会ったばかりの人たちと一緒に過ごすというの?
とにかく多少の情報収集は必要だろう。
「あの……あなたたちはどういう……?」
すると助手席からこちらを向く女性・ミキさんが答えてくれた。
「私たちは、この近くの高校に通ってた元同級生。学生の時からジャズバンドを組んでいるメンバーなの。今日はここで開かれるジャズフェスの機材搬入を知り合いから頼まれて手伝ってたんだ」
なるほど、道理で人が多いはず。イベントがあるなら頷ける。
そして高校の同級生。仲が良いわけだ。
「へー、ジャズバンド」
「うん。みんな社会人だけど、今でも一緒に組んでる。今日と明日の夜も、ジャズバーで演奏する予定になってるんだよ」
つまりは、この後向かう場所はジャズバーということなのだろう。
「そうなのね」
「ナオは同級生だけど、急遽参加してもらってるだけで、バンドメンバーではないんだけどね」
「へーえー。……ところで、あの人、どうして被り物なんてしてるの?」
ナオと呼ばれている白馬のことを問うと、ミキさんは苦笑いを浮かべた。
「それは……顔を見せたくないから……かな」
人に顔を見られるのが苦手なのだろうか。
醜形恐怖症か対人恐怖症あたりが頭に浮かぶ。
いずれもデリケートな問題だから、本人には触れないほうがいいだろう。
「そう……。ところで私、ジャズって詳しくないんだけど、バンドっていうことは皆さん楽器を弾くの?」
「うん。私はサックス。マサヤはトロンボーンで――」
運転席にいるナグさんと呼ばれる男性はドラム、シンタニと呼ばれるコンビニに行った男性はベース、タカノ君はトランペットらしい。
結構いろいろな楽器で演奏するものなんだ、と初めての世界にほんの少しだけ触れる。
「えっと……それなら、あの白馬の人は?」
「ナオはピアノだよ」
「あぁ……ジャズピアノっていうのがあるものね」
そんな話をしているうちに、白馬が車に戻ってきた。
「お待たせ」
「ナオ、先生に会えた?」
「うん。久々会えた」
「よかったね」
白馬は恩師に用があって向かったらしい。
その前に私にぶつかってしまったわけだ。
「はぁ……それにしても、暑っ」
そう言って、白馬は被り物を脱ぎ始める。
(えっ、取るの!?)
私は一人、困惑して目をかっぴらく。
醜形恐怖症か対人恐怖症か何かだと思っていただけに意外だった。
そして見えた素顔に釘付け。
馬の被り物なだけに勝手に馬面な人として想像をしていたけれど、全く違った。
(うわぁ……)
男性としては少し長めの髪で、ミルクティーみたいな髪色。
くせっ毛なのか被り物でついた癖なのか、ピョコピョコと跳ねた髪が汗を纏って輝く。
顔立ちは中性的で、目鼻立ちの整った優しげな顔だ。
ちまたで呼ばれるならば犬系……いや、子犬系といった部類。
さぞかしモテそうな顔立ちで、白馬を脱いだらまさに王子様だ。
若い頃の私なら、きっと真っ直ぐにこう表現していたと思う。
「キャー、イケメーン! 眩しーい! なぜ隠すのよ、勿体なーい。かっこよくて見惚れちゃうわー」と。
今はというと、「あら、ずいぶんかわいい子ね」という感覚。
『男』というより、まるで息子ほど年下の男の子を見るような保護者的目線で冷静にそう思う。
だって私が思う『男』は大人の男。
硬派で、クールで、凜とした雰囲気の、想い人のような――
「どうかした?」
白馬君の声でハッと我に返る。
ほんの少し想い人の顔を思い浮かべるだけで、胸がズキズキと痛む。
でもこんなところで泣きたくはなくて、口角をキュッと上げて笑顔を貼り付けた。
「ううん、別に」
「……そう」
それにしても白馬君は、ずいぶん素人離れした華やかな顔立ち。
わざわざこれを隠していた意味がわからない。
モデルや俳優でもやっているのだろうか。
ほかの面々と同級生だというが、更に若く見える。
「ずっと被ってると、やっぱり暑いね」
ゆったりとそう言って袖で汗を拭う白馬君の姿を見て、「あぁ、もう」と私は咄嗟にハンカチを差し出した。
「使って」
「えっ……でも汚れるよ?」
「別にいいわよ。風邪を引いたら困るから、きちんと拭いて」
医師としては、このまま黙って見過ごせない。それに――
(何だか妙に世話を焼いてあげたくなるタイプなのよね……)
こういう放っておけないタイプの男性は私の周りにいなくて物珍しい。
「ありがとう。ナツミ優しいね。じゃあ使うね」
「どうぞ」
「……あ、このハンカチこのまま借りていい? また馬を被った後は汗かくし」
まさかの、まだ被る予定なのか。
「うん、いいわよ……っていうかハンカチくらい返してくれなくていいわ。あげる」
「そうなの? ありがとう。……それで、ナツミは俺たちと一緒に来てくれるんだよね?」
「えー……うーん……」
「来てくれないの? ぶつかったのは俺だし、心配だから帰らないでよ。ねぇお願い」
眉尻を下げて見つめる白馬君は、少々目が潤んでいるように見える。
この顔は、まるで耳を垂れたかわいらしい子犬ちゃんではないか。
ペットショップでクゥーンと鳴く子犬を見ている気分……。
あぁ、参ったわね、と溜息をつく。
「わかったわ」
迷う気持ちはあるものの、どうせ一人で過ごしても余計なことを考えるだけだ。
だったらこの人たちと一緒に過ごすのもありかもしれない。
そう思ってふと車内を見回すと、ほかの面々がキラキラとした歓迎の表情をして私を見つめていた。
この一斉に向けられる期待の眼差しは一体……。
奇しくも私は、このメンバーと共に行動することになった。




