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漬物石、蜂蜜沼に溺れる。~輝きを失った外科医と、光を見失ったピアニストが奏でる再生のコンチェルト~  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
第七楽章 本質

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07-04.


「じっ、自分で食べてよ!」

「あぁ、困ったな。夏海にたくさん食べさせたら、右手がすごく疲れちゃったみたいだ」

「そ、そんなわけ――」

「あーー、困った。この後ピアノ弾けなくなるかも」

「……その言い方は狡いわ」

「早く食べたいな。美味しそうだな」


何だかまたナオにペースを握られている予感。

でもたくさん食べてしまったお詫びも兼ねて、ナオの言うとおりにしようかなと思える。

ちょっと恥ずかしいけど。


「じゃあ……どっちの味がいいの?」

「食べさせてくれるの? やったー! じゃあ、両方とも!」


そうナオに言われて、私はふと閃く。ちょっと悪戯心が湧いた。


「そう……両方ね?」

「ん? 夏海、目が怖いよ。悪い計画した?」


かわいらしい日本語で少しだけ身を引くナオに対して、私はフッフッフと笑いながらミルクレープをフォークで大きめにカット。右手にプレーン、左手にチョコ味を持ち、両方一気にナオに差し出した。


「はい、どうぞっ」

「プレッシャーとサイズがトリッキーだね」

「ナオ、あーん」

「いっぺんには入らないよ」

「入る入る~」


楽しくて頬が緩んじゃうわ。

するとナオはクスッと笑って、ガブッとプレーンの方を口に含む。

ナオの口の周りには、べっとりと白いクリームがついた。

リスみたいに口いっぱいに頬張るナオがかわいくて、フフッと笑いながら続けてチョコ味を差し出す。


「早くチョコも食べてよー。手が疲れちゃうわ」


意地悪な笑みを浮かべたのに、急いで咀嚼してゴクッと飲み込んだナオは、それでも楽しげに微笑む。


「意地悪してるつもりかもしれないけど……幸せだし、かわいいだけだよ?」

「え?」


ナオは、フォークを握る私の手を掴んで引き寄せる。そしてチョコ味のミルクレープをガブッと頬張る。

私を見つめたまま唇についたチョコクリームをペロリと舐める様は――


「夏海、美味しい」


かわいいナオではなくて、物凄く男っぽくて色っぽいナオに見えて……私はサッと目を逸らした。


(な、何なのよ、その目は……。危うく悩殺されそ……されないわよ!)


私は咳払いをして我に返る。


「もうちょっと困ったり嫌な顔をしてくれればいいのに」

「全然嫌じゃない。だから、幸せだし、かわいいだけだって言ったでしょ?」


口を拭きながら「うん、いつもよりもっと美味しい」なんて言いながら満足げに微笑むナオを見てると、ちょっと悔しさが湧いた。


「ナオは何をされたら嫌なの?」


ペースを握られっぱなしで悔しいから、ちょっとくらい振り回してやりたい。

するとナオは私をじっと見つめて、真面目な顔で告げる。


「夏海が俺じゃない人と恋人になったら……すごく嫌だ」


急にそういう顔をしないでほしい。まともに見られなくなって俯く。

そして、ほかの人が恋人になることはないな、なんて考える自分に赤面する。

ないんだ……。

パッと浮かんだ自分の答えが意外で驚いた。


「へ、へー、そう」

「だから、ほかの人はダメだよ?」


うん、なんて答えられなくて、私はキュッと唇を結んだ。


「そういえば今回は買ってないけど、抹茶味のミルクレープもあるんだよ。夏海は抹茶も好き?」

「……うん、好き」

「じゃあ、今度は抹茶味も一緒に食べよう?」

「抹茶味なんてあるのね。日本みたい」

「日本の食べ物は健康的で人気だからね。それに、ミルクレープって……Origin(発祥)は日本でしょ?」

「そうなの?」

「うん。日本人のパティシエが作ったんだよ」

「へー、知らなかったわ」

「フランス語で『千枚のクレープ』。一度でいいから本当に千枚くらい重ねたやつを食べてみたいよ」


どうやらナオもスイーツ好きらしい。楽しげなナオを見ていると、自然と私も頬が緩む。


「ミルクレープなら家でも作れるわよ。お店のレベルとまではいかないけど、フルーツも挟んでたくさん重ねたら楽しいかも」

「えっ! 俺、夏海と一緒にミルクレープ作りたい!」


目を輝かせるナオがかわいい。


「わかったわ。ナオ、料理はできるの?」

「得意じゃないけど、生きていくのに必要なくらいはできる」


サバイバル? クスッと笑っていると、ナオに「夏海は?」と聞かれた。


「私は、美容のために、なるべく作るようにしてるわ」

「夏海の作るごはん食べてみたい!」

「じゃあ、次に公園へ行く時は、何か作って持っていくわね」

「うん、楽しみにしてる」


あ……次って言っちゃった。自分から次のデートの約束をしたようなものだ。

素直に認めれば、私はナオと会うことを楽しみにしている。

明るくて、空気が柔らかで、『好き』だなと思う。

でも、この『好き』って、どういう好きなんだろう。

弘臣の時は好きでいる間、苦しいことばかりだった。

激情に駆られるような『好き』だった。

でもナオといると苦しくない。

ゆるふわな『好き』だ。

……何なのよこれ。


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