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漬物石、蜂蜜沼に溺れる。~輝きを失った外科医と、光を見失ったピアニストが奏でる再生のコンチェルト~  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
第一楽章 闇を切り裂く一音

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01-05.


(こ、これは……本物だわ)


迅速に、的確に、いかにも整形外科医らしい触れ方で必要な診察をしていく。

その紛れもない姿を見ていると、偽物だとか自称医師だとか疑ったことが申し訳なく思えてくる。


軋轢音(あつれきおん)は、なし。可動域は……うん、問題ないね。痛みもなさそうだけど、動かしてどこか痛いところはある?」

「い、いいえ」

「それなら幸いかな……。でも、ぶつけたところを触ると痛むんじゃない?」


私は左肩を自分の指で押す。


「そうね、少し痛いわ」

「そうだよね。それなら、ミキ……は残ってほしいから……じゃあシンタニ、悪いんだけど、患部を冷やしたいから氷と水と小さめのビニール袋を買ってきてもらえる?」

「わかった」


一人の男性が車を降りて、すぐ近くのコンビニに向かった。

そして私はというと、強い罪悪感に苛まれていた。


「あ、あの……先生、ごめんなさい」


偽物と疑ってました、とはさすがに失礼すぎて言えない。


「ん? マサヤでいいよ」

「じゃあ……マサヤ君。診てくれてありがとう」

「あぁ別にこれくらいは。うーん、でもどうしようかな……脱いで患部を見せてもらいたいところだけど、場所がね……」


マサヤ君が顎に手を当てて考え込んでいる。

同じ医師だからわかる。そりゃそうね。患部を直接見るのは大事だわ。

するとタカノ君がクッと笑って口を挟んだ。


「おいおい、マサヤがエロいこと言ったぞ。『脱いで見せろ』だってよ」

「違うっての。診察。ちょっと肩だけ見せてもらいたいって言ってんの」


すると白馬が、私とマサヤ君の間を腕で遮る。


「マサヤ、レディに変なことはダメだよ!」

「おい、失敬だな。医療行為」

「えー、だってマサヤの言い方やらしい」

「うるせーよ!」


その後もゴチャゴチャと言い合う白馬・マサヤ・タカノの三人。

私は目をぱちくりさせながらやり取りを見つめる。


(ずいぶん仲が良いのね……)


助手席に座る女性の提案で、男性陣は車の外に出ることになった。車内に設置されているカーテンを全て閉め切れば、外からは見えないようだ。

さっさと男性陣が車を降りる中、白馬は降りるのを躊躇(ためら)っている様子。

そして白馬の顔が私に向く。


「痛かったり、マサヤに嫌なことされたら叫んで。すぐ助けるから」

「あ、うん……」

「大丈夫。安心していいよ。……マサヤ、痛くしたらダメだからね。すごく、すごーく優しくね?」

「わかってるよ」

「今までで一番優しくだよ?」


マサヤ君が「うるせぇよ。早く出てけ!」と文句を言う中、私は白馬の言葉に唐突な胸の苦しさを感じていた。


(うわ、ちょっとキュンと来たわ……)


キュン、と言っても、これは恋心的キュンではない。

私は思い出す。

幼い患者に指を怪我しているのを見られ、「せんせい、いたいいたいのとんでいけ~」と涙目で言われた時の、あの心洗われるような気持ちを。

あの時と似ている。

何かわいいこと言ってんのよ、この馬ぁぁ……と叫んで撫で撫でしたい衝動に駆られる。

潤む目を見られまいと慌てて顔を背けた。

不意の優しさや大切に扱われる感覚は、今の私には特に染みる……。


車内で肩を診てもらっている間、外にいるタカノ君と白馬が話しているのが聞こえてくる。


「っていうかナオ、壁にぶつかる前に支えられなかったのか? 颯爽と、カッコよく、映画のヒーローみたいにさぁ」

「ぶつかったあとで、彼女が転ばないようにするだけでギリギリだったよ。俺、馬だし」

「まぁ、現実そんなもんだよな。馬だし。ダッセーな」

「そんなこと……わかってるよ……」

「ん? 何、お前もしかして、柄にもなく落ち込んでる? それか苛ついてる?」

「……別に」

「しょーがねーな。兄ちゃんが慰めてやらー」

「兄ちゃんじゃないだろ」

「よーしよしよし。馬にしてはよくやったぞ」

「やーめーてー」


車内のカーテン越しに、白馬の頭をガシガシと撫でているシルエットが見える。

本当に仲良いな。

聞こえてくる微笑ましいやり取りにクスッと笑う。

そういえば、白馬が支えてくれたおかげで転倒せずに済んだのだった。

あとでお礼を言わないと。

そう思いつつ、支えられた時の腕が力強かったことを思い出す。

そしてお姫様抱っこ。

言動のかわいらしさとは相反して、白馬には男らしい力強さがある。

何だかギャップ激しい不思議な人だ。


(ところで、どうして被り物をしてるのかしら? 変な人ね)


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