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漬物石、蜂蜜沼に溺れる。~輝きを失った外科医と、光を見失ったピアニストが奏でる再生のコンチェルト~  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
第七楽章 本質

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07-03.


「夏海、ケーキとかクッキーとか、スイーツは好き?」


甘党なことがすでにバレているナオの前では、嘘を言う必要なんてない。


「うん、大好きよ」


そう答えると、ナオは唇を噛みしめて私から目を逸らした。頬がちょっと赤い。


「何?」

「かわいいなって思ったんだ。その流れで俺のことも好きって言ってくれないかなって……」


褒めすぎ・口説きすぎって言ったのに、また私のことを『かわいい』と言うナオ。本気……らしい。

私は照れを振り払うように咳払いする。


「残念ながら、流れでは言わないわよ」

「だよね。いいな、スイーツは夏海に好きって言われてる」

「何に妬いてるのよ」


少し前なら、この言葉も冗談と受け取っていたが……本当にそう思っているのだろう。

自分の中で、ナオに対する考え方に変化が生まれていることを感じる。


「ところで、夏海はドーナツ・カップケーキ・ミルクレープならどれが好き?」


ドーナツとカップケーキは、アメリカの定番スイーツで好きだが――


「ミルクレープってちょっと意外ね」

「好き?」

「うん。クリームたっぷりでふわふわなのが好き」


口に含んだ感覚を思い出すだけで頬が緩む。


「いいね。俺も好き。この近くにミルクレープで有名なお店があって、そこのなんだ。食べる?」

「うん、食べたいわ!」

「わ、わかった。じゃあ……待ってて」


ツイッと私から目を逸らしたナオは、ヨロヨロしながらキッチンに向かう。耳まで真っ赤だった。


(えっ……まさか、また私のことを……ってやだぁ、そんなわけないか)


調子に乗るな、私。



しばらく待っていると、プレートを二つ手にしたナオが戻ってくる。


「プレーンとチョコ。夏海はどっちがいい?」


二種類のミルクレープ。なかなかボリューム満点なサイズだ。


「うーん……食べたことがないお店のものだから、やっぱりプレーンがいいかな……って思うけど、チョコも美味しそう。うーん……」

「迷う?」

「うん。……あっ、そうだ! どっちも食べてみたいから、ナオと半分ずつ食べるっていうのはどう?」


そう提案すると、ナオが顔を綻ばせる。


「うん、半分! そうしよう」

「じゃあ、ナイフで半分に――」

「夏海?」

「うん?」


不意にナオは、プレーンのミルクレープをフォークで一口サイズにカットする。


「はい、どうぞ」


ナオにニコニコとフォークを差し出されて、困惑しつつもフォークを受け取ろうとすると――


「違うよ」


ナオは不満そうな顔をしてフォークを引っ込める。


「えっ?」

「Open wide」

「えぇぇっ!?」


それって『あーん』ってこと? 

やだぁ、仲良しのカップルみたいじゃない? 

……うん? やだぁ? 嫌なのかな……。

本音を言えば、別に嫌ではない気がする。


「Here, honey」


ほら、と急かされた上にフォークが口元に迫って、私は照れつつも反射的に口を開けた。

パクッと口に含むと、モチッとした生地と、上品な甘さのフワッとしたクリームが口の中でトロリととろける。


「ん~っ! おいひぃ。何これ、感動! いくらでも食べられそう」


さすが有名店。今までに食べたことのないほど美味しいミルクレープ。頬の緩みが止まらない。

ほっぺが落ちそうになりながら存分に味わった頃、続けてチョコ味のミルクレープが口元に迫る。


「こっちも食べて?」

「うん」


再びナオにフォークを差し出されると、今度は迷いなくパクッと口に含んだ。

ほどよい甘さの中にカカオのほろ苦さと、ちょっぴり洋酒の風味を感じる大人の味だ。


「ん~っ、こっちも好き~! ナオ! チョコの方もすっごく美味しいよ」

「そ、そう? よかった。次はどっちを食べる?」

「もう一回プレーンの方を食べたい!」

「うん、わかったよ」


ミルクレープが口元に迫ると、美味しくてついついパクパク食べてしまう。

プレーンもミルキーで美味しいし、チョコ味も少しビターな甘さで美味しいし、どちらも甲乙つけがたい。

ナオにお店の場所を聞いて、今度自分で買いに行こうかな。あ、でもナオと一緒に買いに行って、また一緒に食べるのもいいな。あぁ、なんか楽しい! 

そんなことを考えながら差し出されるままにパクパクパクパク食べていると、不意にフォークがカシャンとプレートに置かれる。


「夏海……もうダメだよ」


そう言われてハッとする。

しまった! 美味しさのあまり、いつの間にか照れることすら忘れてどんどん食べてしまった。

プレート上を見ると、どちらの味も半分以上減っていた。


「あっ! ごめんなさい、ナオの分まで食べてしまったわ」


恥ずかしさを募らせていると、なぜか天を仰いで顔を覆っているナオがボソッと呟くのが聞こえた。


「You’re too cute for your own good…(かわいすぎるよ……)」


えっ……食べ過ぎな私がかわいいってどういうこと? 

ナオって変な人。ナオもたくさん食べるから、同族意識的感覚?


「あーー、頑張れ、俺……」

「何を頑張るのよ?」

「……何でもないよ」

「ねえ、ごめんね、私ばっかり食べて」

「別にいいよ。でももうダメだから。……我慢できなくなる」


顔を覆ったままそう呟くナオを見て思う。

そうよね、ナオだって食べたいのを我慢してたのよね。


「本当にごめんね。あとはナオが食べて?」


申し訳なく思いながらモジモジと勧めると、チラリと私を見たナオがボソッと呟く。


「じゃあ、夏海が食べさせて?」

「えっ!?」


私がナオに『あーん』ってするってこと? 

やだぁ、仲良しのカップルみたいじゃない? 

……やだぁ? 

やっぱり嫌ではない気がするのが困る……。


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