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漬物石、蜂蜜沼に溺れる。~輝きを失った外科医と、光を見失ったピアニストが奏でる再生のコンチェルト~  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
第七楽章 本質

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07-02.


たっぷり蜂蜜入りのカフェオレをいただこうとマグカップに手をかけたところで、敷地内に車が入ってくるのが見えた。


「ん? アルが帰ってきた」

「えっ」


すると間もなく車庫から繋がる勝手口がノックされた。


「ナオー、悪ーい、ちょっといいか。忘れ物した」


ドアの向こうからブラウンさんの声が響く。ナオはソファーから立ち上がると、勝手口に向かった。


「何? また忘れ物?」

「邪魔して悪いな。……あぁドクター、こんにちは」


リビングを通り抜けてバタバタと自室へ向かうブラウンさん。

そして英語で聞こえてくるブラウンさんとナオの会話に、私は耳を傾けた。


「ドクター、今日も麗しいな。ずっと見ていたいくらいだ」

「夏海のことを変な目で見るなよ」

「何だよ、本当のことを言っただけだ。それぐらいで怒るなって」

「不愉快。いやらしい」


へー、そんな低い声も出るんだ……と感心してしまうほどに低いナオの声。ちょっと面食らう。


「はいはい、悪かったって」

「それで、何を忘れたの?」

「あぁ、木ウェッジ1本足りなかった。どこに置いたかな……」

「昨日、ここのピアノを調律するのに使ってなかった? ピアノの上に1本置いてあったけど、もしかしてそれのこと?」

「あ……」


すると防音室に向かったブラウンさんが、ハハッと笑いながらリビングルームに戻ってきた。


「いやぁ、見つかってよかった」

「大事な道具なのに、アルはいつも適当に扱いすぎなんだよ」

「種類が多すぎて管理が難しいだけだ」

「じゃあ、同業の人はみんな忘れ物が多いってことだ」


呆れ顔をするナオ。

ブラウンさんは私を見て、両手のひらを上に向けて肩を竦める。


「では麗しのドクター、またお目にかかれることを――」

「アル、早く行けよ」

「わかったって」


慌ただしくブラウンさんは再び出かけていった。

ネイティブ同士らしい早口の英語で交わされた二人の親しげな会話を、私はポカンとして聞いていた。

そして再びの違和感に、私は目をぱちくり。

不思議なものを見るような感覚でナオを見ていると、ナオが首を傾げる。


「夏海、どうしたの?」


ソファーの隣にゆったりと座ったナオは、いつもの柔らかな表情と口調のナオに戻っていた。


「え? あー……ナオって、どれが本当のナオなのかなって思って」


すると今度はナオが不思議そうな顔をした。


「ん? 俺の偽物がいたの? どこに?」

「そうじゃなくて……この間、公園の丘の上でオケの仲間と会って話していた時も、今のブラウンさんと話してた時も、ナオってそういう顔するんだなって思って。無愛想だったり、あまり笑ってなかったり。英語で話すとそうなるのかな」

「……ん?」


ナオには私の言っていることがわかっていない様子だ。


「うーん……ちょっとビックリするのよ。あまり仲良くないのかなって思っていたけど、ブラウンさんとは仲がいいものね。それなのに話し方も表情も硬くて……。私の前ではいつも笑っていて、軽ーくリップサービスを言うイメージだから、違いに驚くのよ。日本語と英語の違いなのかな……」


最後の方はブツブツ呟くように話していると、ナオはソファーの背もたれからガバッと起き上がった。


「ちょっと待って……軽ーくリップサービス、って何?」

「え? 私のこと、かわいいとか好きとか大好きとか、スラスラ言うじゃない」

「……それ、リップサービスと違うよ。本当の気持ち。軽くない。重いよ。たぶん……重すぎる」

「えぇぇっ!?」


重すぎるって……いやいや、まさかね。私でもあるまいし。


「待って。夏海、まだ俺の言ってることを信じてないの?」

「うん? まぁ…… それはそうでしょ。あんなにサラサラ言われると、ね」

「No way!(冗談でしょ!)」


ナオはショックそうに俯いて頭を抱え込む。

……あれ? 違うの?


「ナオ?」

「夏海はドンカンすぎ」

「どっ、鈍感?」


ちょっとショックで目を瞬かせていると、ナオの言葉が続く。


「夏海がかわいい反応をするから、からかって言った時もあったよ。でも嘘は言ってない。『かわいい』も『好き』も『大好き』も……全部本気」


寂しさを含むような真剣な顔でナオに真っ直ぐ見つめられれば、さすがに気づく。


「そう……なの?」

「そうだよ。全然伝わらないのは俺のせい? 日本語のせい? どういうふうに伝えれば伝わるものなの?」

「えーっと……」

「だって、自分から好きになった人なんて初めてだから、伝え方がわからないんだ」


自分から好きになったのが初めて? ……えぇぇっ!? それって、ナオにとって初恋ってこと? わ、私が!?


「ねぇ夏海、さっき俺のこと『いつも笑ってる』って言ってた。……俺って、そんなに笑ってる?」

「ナオは基本……笑ってるでしょ」


正直、一体何を聞かれているのかわからなかった。

ナオといえばニコニコしてて、ゆるふわ尻尾プリプリ子犬系男子だもん。

そう心の中で思っていると、ナオが両手で顔を覆って呟く。


「あー……恥ずかしい。俺、そんなにニヤニヤしてた?」

「ニヤニヤっていうと言葉が悪いわね。ニコニコ、っていう方が正しいわ」

「どっちでもいいけど……俺、いつもはPoker face(無表情)って言われるよ」


ポ……ポーカーフェイス? ナオに酷く不似合いな言葉としか思えない。

……と思いつつ、確かにオケの仲間と話してる時も、ブラウンさんと話している時も、無表情か、ちょっと不機嫌そうに見える表情だった。


「アルには『Smile, Friendship, Sociablility(笑顔・友好・社交性)……そういうのが大事だ』って何度も言われてるんだけど……難しいんだ」


何だか信じがたい言葉が次々と出てくる。

だったら――


「私の前では笑ってたわよ?」


私が見てきたニコニコゆるふわ尻尾プリプリは何だったの?


「それは……たぶん嬉しくてニヤけてる」

「え?」

「夏海に会えたのが嬉しくて……だからニヤニヤしてるんだと思う。だって、ずっと会いたかった好きな人に会えて、嬉しいに決まってるよ」


ナオの言葉に呆然。

それはつまり私の前だからそうなるということでは? まさか……そんなに私に会えることを喜んでくれている……?


「えっ……ちょ、ちょっと待って……。ナオ、その……私のどこがそんなに……?」


どちらかというと『ずっと好きになってもらえなかった』という自分のイメージが強すぎて、そこまで好かれる理由がわからない。


「この間言ったよ。5年前に夏海を見てから、クールで、ちょっと泣き虫で、でも頑張ってて、Attractive woman(魅力的な女性)って思った、って」

「それは聞いたけど……私も言ったでしょ? 年もわからないような相手を好きになるとか信じられないって」

「だから俺も言った。年なんてどうでもいいって」

「そ、それも聞いたけど……でも、それだけでそんなに……?」

「……それだけ……じゃないけど」

「じゃあほかには何が理由?」

「それは……秘密! とにかく、夏海を好きなのは本当だよ」

「……本気?」

「本気! 神様に誓って、嘘なんて言ってないよ。最近は会う度に夏海がかわいくて困ってるくらいなんだ」


かわいくて困るとか、相変わらず冗談でしょ、と心のどこかで思ってはいる。

でもナオは本気だと言っていた。


「ナオ、私を褒めすぎ。あと、口説くような言葉が多すぎて冗談に聞こえるわ」

「えー!? いっぱい言い過ぎてジョークに聞こえるってこと? 夏海がキレイでもかわいくても、クールでもホットでも好きでも大好きでも、言わないほうがいいってこと? 難しいなぁ。自然と言っちゃうよ……」


あーもう……褒めちぎられて口説き落とされそう。

私は耐えきれなくなってきて、手で顔を覆う。


「ナオ、ごめん……一回口を閉じてもらえる?」


恥ずかしくなってナオを止めると、ナオはハッとして慌てて口元を手で覆う。


「え? 俺、口開けっぱなしだった? ごめんね」


……うん、そうね。口閉じてって言ったものね。口を開閉することだと……まぁ、思うわよね。

そう考えているうちに、プッと笑ってしまった。


「ナオと話してると、いろんな気持ちが一瞬で吹き飛ぶわ」


フフッと笑う私を見て、ナオはきょとんと首を傾げた。


「えっ、何? ねぇ夏海、信じてくれた? 今度は伝わった?」


不安そうなナオを見ていて思う。

ナオという人ときちんと向き合ってみたい。

疑うばかりではなく、ナオの気持ちを信じてみたい。

ナオに対するわだかまりが薄れたことが、その気持ちを後押しした。


「うん、伝わったわ」


パッと顔を綻ばせるナオは、やっぱりゆるふわ尻尾プリプリ子犬系男子だ。


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