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漬物石、蜂蜜沼に溺れる。~輝きを失った外科医と、光を見失ったピアニストが奏でる再生のコンチェルト~  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
第五楽章 明かされる正体

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05-06.


「……なんか駄々こねる子供みたいで恥ずかしくなってきた。俺、おかしいね」


取り繕うようにそんなことを言うと、アルは慈しむように俺を見つめていた。


「その気持ちはナオの本心だろう。否定する必要なんてない。それでいいんだ」

「変じゃないの?」

「変なわけがあるか。寂しいことも、虚しいことも、元の家族を愛してるからそう思うってことだ。ナオは元の家族みんなのことが大好きなんだな」

「うん……みんなが仲良かった子供の頃に戻りたいって今でも思うよ」

「そうか。それをずっと飲み込んできたお前は苦しかっただろうな」


そう言って俺の頭をちょっと乱暴なくらいガシガシと撫でるアルの大きな手。

子供扱いするなって払いたかったのに、それを甘んじていたい自分もいた。


「なぁ、ナオの母親が言ってたことは、何も『元の家族を愛することをやめろ』と言っているわけじゃない。家族への気持ちはそのままでいいんだ。その上で、ナオもきっといつか、家族以外で『心から愛せる特別な人』が……恋しい人が見つかるはずだ」


アルの言葉に、俺は眉間にしわを寄せる。


「家族以外の……心から愛せる特別な人……?」

「そう。ナオにとっての『スイートハニー』だ」

「スッ、スイートハニー!?」


何だその恥ずかしい響きは……。思わず顔が歪む。


「そんなしかめっ面をするな。そうなった時に、きっとお前の母さんが言っていた言葉の意味がわかるさ」


わかる……のか? 

だって結束の強い家族関係ですらバラバラになるんだ。

ましてや他人と恋愛して、同等かそれ以上の関係を築き上げるなんて到底無理としか思えない。


――この時の俺が恋愛に対して抱いていた感情は、不安定・脆弱・無意義。盲目的で肉欲的なそれには、嫌悪感のほうが強かった。


「他人同士でなんて無理だよ。恋愛になんて夢を見ていないし、大した興味もない」

「何だよ。ナオはずいぶん冷めてるんだな。お前の両親がどうやって結婚に至ったかは知らないが……言っとくけど、お前の父さんと母さんだって、元は他人だぞ」


そう言われて、頭のてっぺんに雷が落ちたような衝撃を受けた。

そうか、俺にとっては『家族』からスタートしているけれど、言われてみたらそうだ。

何か根底から崩されるような感覚がして、頭がクラクラしてきた。


「ナオは本当にガキだな。そんなんじゃいいパートナーなんて見つけられないぞ」


アルにハハッと笑われて、悔しいやら悲しいやら、でも何も言い返せない自分が情けない。


「そんな人、どうせ現れないよ」

「絶対現れる」

「……そうなの?」

「とは言い難い」

「おいっ、アル!」


口を尖らせる俺を見て、アルはあっはっはと楽しげに声をあげて笑った。


「だってそんなのわかるわけがないだろう」

「アルってさ、見た目も言ってることもそこそこかっこいいのに……ちょっと残念だよね」

「『そこそこ』とか『残念』とか失礼だな」

「いまいち信用できないと言うか、なんと言うか」

「おい、ナオ。そんな生意気なことを言うなら、今すぐこの家を出ていくか?」

「何言ってるんだよ。ここに住んでほしかったのはアルの方だろう? 一人で寂しかったくせに」

「何だと!? よぉし、今すぐ荷物をまとめて出ていけ」

「……ふぅん。いいのか? 困るのはアルだよな」

「何だって?」

「明日の朝、仕事早いんだろう? 起こしてやれないけどいいんだ?」


俺の言葉に、アルは虚を突かれたように口をあんぐりと開けた。


「そっ、それは困る。ナオがいるから朝一の仕事を入れたんだ」

「知らない」

「頼む。起こしてくれって」

「知らなーい」

「え~、ナオ~、頼むよ~」

「俺は知らないよ。さ、友達の家にでも行こうかな」

「待ってくれって、ナオ~」


アルとふざけ合っているうちに、気がつけば気持ちが楽になっていた。

心の中で燻ぶっていた気持ちを打ち明けたことで、散らかった部屋みたいに乱雑だったものが整理でき、同時に俺の心の中に温かで柔らかな丸い空間ができ上がった。


(スイートハニー……か……)


いつかこの空間に、永遠に住まい続けてくれる人を願う。


……――


アルの言葉から約10年経った28歳の時、ようやく特別な人――夏海に巡り合った。

激しさや衝動のある、心揺さぶられるような感情。

大切にしたいのに壊してしまいたい。

この人をどうしても手に入れたい。

出会って5年経ち、その想いは強くなる一方だ。


(一曲作れそうだ……)


夏海は創作意欲をもかき立てる。

俺は揺れ動く感情をピアノの音に乗せ始めた。






 夏空に燦々と煌めくあなたは

 どこまでも眩しく俺を照らす


 遥か高く、遠いあなたを

 俺は精一杯腕を広げて待ち続ける


 いつあなたが飛び込んできてもいいように


 あなたの瞳が俺だけに向いたなら

 それはどんなに幸せなことだろう


 もしも俺だけを見つめてくれたなら

 深い深い海の底で丸ごと包み込みたい


 体を焼く灼熱も

 目を焦がす煌々たる陽光も

 あなたのすべてが愛おしい


 あなたはきっと

 俺が欲しいものを持っている人だ


 そんなあなたが

 俺の腕の中に落ちてきてくれたら……


 あなたと俺は

 まるで真夏の太陽と海のよう


 あなたは高く

 眩しく


 遥か遠い






ピアノを弾き終えた頃、家の前にタクシーが止まってアルが帰宅した。

家に入るなり探るように俺の顔をじっと見る。


「ナオ、ドクターとゆっくり話せたか?」

「まあね」

「そうか。それならよかった。それで……どうだった?」

「そうだね……人生で初めて『魔法が使えたらいいのに』って思ったよ」

「……何だって?」

「魔法だよ。夏海が俺にメロメロになる魔法」


それを聞いて何かを悟った様子のアルは、俺の背中をバシバシと叩く。


「まだまだこれからだ。頑張れよ、ナオ」

「ああ。今夜、気を利かせて二人きりにしてくれたんだろう?」

「まあな。ナオのためならお安い御用さ。それに、俺も会いたい人に会ってきたし、いい夜だったよ」

「会いたい人?」

「ちょっとナイトクラブの女王のところにね」


そう言って、アルは俺にかわいくもないウインクを向ける。


「……ねー、アルの『永遠の愛』はどこに行ったんだよ」

「何言ってんだ。それはそれ、これはこれだ」


これだから『永遠の愛』なんて信じられないんだ。

そう思いつつ、今は信じたい自分がいるのも確かだ。


「アルってさ、見た目も言ってることも、そこそこかっこいいのに、本当に残念だよね」

「おい、心底残念って顔するなよ」

「何、出ていけって言う?」

「……言わない。明日の朝、起こして?」

「俺、アルの目覚まし時計じゃないんだけど」

「まあ、そう言わずに」

「仕方がないな。わかったよ。そうだ……アル、聞いて。明後日、夏海と――」


父のような兄のような弟のようなこの人と、今は家族より近しく過ごす毎日。


*-*-*-*-*


明日の更新は第6章に入ります。

夏海視点に戻って、二人でお出かけ♪

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― 新着の感想 ―
夏海さんを想って弾いたピアノ 素敵な曲なんだろうなぁ(ღ*ˇ ˇ*)。o♡ 想像してうっとりしてました*.⋆( ˘̴͈́ ꒵ ˘̴͈̀ )⋆.* 2人のお出かけデート楽しみです⸜(*ˊᗜˋ*)⸝
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