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漬物石、蜂蜜沼に溺れる。~輝きを失った外科医と、光を見失ったピアニストが奏でる再生のコンチェルト~  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
第一楽章 闇を切り裂く一音

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01-03.


幼い頃、童話に出てくる白馬の王子様に目がハートになった。

いつか白馬の王子様が迎えに来てくれたらいいのに、と夢見たこともあった。

でも目の前にいるのは白馬に乗った王子様ではなく、白馬を被った変な人。

しかも結構リアルな作りで、見開かれた目が特に気味悪い。

完全に被り物で覆われていて、中の人物の顔は見えないけれど――


(何、この人……。えっ、人……だよね?)


いや、何を疑問に思っているのだろう。人じゃなかったら何だというのだ。

激しい動揺を示すように、口元がピクピクと引きつるのを感じる。

するとふと、周りがざわめいていることに気付いた。

ぶつかって一騒動。白馬の被り物をしている人物。目立つのは当然と言えよう。

冗談じゃない、恥ずかしいからこんな白馬の前から一刻も早く立ち去りたい。

動ける程度には肩の痛みも治まった。

よし、逃げよう。

そう思って立ち上がろうとすると、突然ふわりと体が浮いて「ヒッ」と情けない悲鳴が漏れる。

お姫様抱っこで抱えられたのだ。

しかも白馬の人の背が高いおかげで結構な高さに視線が上がり、怖くて引きつった口からもう一つ「ヒッ」と情けない声が漏れる。

私は思わず縋り付くように、手元にあった金のたてがみを千切れんばかりに握りしめた。


「ごめんね、ちょっとだけ我慢してくれる?」


そう告げた白馬の人は私を抱えたまま、すたこらさっさと人だかりから走り去る。


「えっ!? ちょ、ちょっと、何!?」

「すぐにケアしなくちゃ!」

「ケ、ケア!? えっ、ま、待って!」

「しっかり掴まってて」

「ちょっ……待ってってばーー!」


止まらない白馬。

私の叫び声は、虚しく駅構内に響き渡った。


これが白馬に乗った王子様なら、ちょっとは目をハートにしていただろうか。

不必要なくらいギュッと抱きついて、失恋で傷ついた心を癒やしてもらおう、なんて打算的なことを考えていたかもしれない。

でも現実は王子様とはほど遠い、白馬の被り物をしたわけのわからない人。

しかもその人に運搬されているだけという、何とも残念なシチュエーション。

そしてこの白馬は一体どこへ向かうつもりなのだろう。


さっき「ちょっと我慢して」と言われた。

でも残念。

私はそんな言葉に素直に従うタイプじゃないのよ!


「ちょっと何するのよ! 下ろしなさい!」

「わぁ、元気な声で少し安心」


高くて怖いし揺れて舌を噛みそう。

そんな状況ながら、私はできる限りの抵抗をする。


「そうよ! 元気だから下ろして! 止まって!」

「でもすごく痛そうだったよ。ごめんね」


そう言って白馬は腕にギュッと力を込め、私を大切にするみたいに抱える。

なんかちょっと優しい……って怪しい馬に絆されてどうすんのよ!


「ぶ、ぶつけたのは肩! 歩けるのよ!」

「そうだね。もう少しで着くから、しっかり掴まって?」

「いや、ちょっ……話聞いてる!? 下ろしてってば!」

「あー、何だっけ? 思った方に真っ直ぐ進む、っていう言葉」

「はぁ? 猪突猛進?」

「それだ。今の俺、それだから」

「……猪突猛進なのは馬じゃなくてイノシシよ!」

「すごいすごい。こんな時でもツッコミが上手だね」


ハハハッと穏やかに笑って白馬の人は走り続ける。

何だこの、打っても響かない人は……。

馬だけに、馬耳東風?


「何でもいいから話を聞きなさいよーー!」

「うん。ちゃんと掴まっててね」


相変わらず私の叫び声は、虚しく駅構内に響き渡るだけだった。


「ちょっとーー!」


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