02-06.
その後、ナオと共に昨日と同じジャズバーへ行き、皆と合流した。
「ナツミが見てくれたら、俺、すごーーく頑張れるから、ちゃんと見てね?」
演奏者控室の前でヤンキー君の被り物を手にするナオにそう言われる。
今日はヤンキー君を被って演奏するらしい。
「私が見てるくらいで頑張れるの?」
「もちろんだよ」
リップサービスが上手。
かわいらしいことを言うナオに、私は笑みを向けた。
「わかったわ。ちゃんと見てる。ところで、またあなたたちがトリなのよね? 長そうだからちょっと外に出てようかなぁ」
ナオにそう告げると、ナオは不思議そうに首を傾げる。
「……ん? 違う……よ?」
「え? 今日は違うの?」
「……ん?」
「……え?」
互いに目をぱちくりさせていると、近くにいたナグさんがナオの耳元で何かを囁いた。
するとナオが焦ったような表情で私に告げる。
「なっ、何でもないよ!」
「え?」
「うん、そう、最後……トリ! だからちょっと待っててね。ナツミ、絶対に危ないところには行っちゃダメだよ!」
そう言ってそそくさと控室に向かっていった。
なんなの一体……。
『トリ』の意味がわかってなかった感じ?
そうならそうと言えばいいのに。
そばにいたナグさんに視線を移すと、あっはっはっはー、と妙に不自然に笑いながら頭を掻いて、ナオと同じくそそくさと控室に入っていった。
……なんなの?
その日の演奏も客席からは好評で、特にミキさんのサックスソロでは大きな盛り上がりを見せた。
通とみられる常連客たちが大いに盛り上がる様は、さすがプロのジャズサックス奏者というところだ。
さらには今日のナオのピアノ演奏はブーイング無しで最初から冴え渡り、ヤンキーの被り物姿という異様さも相まって、今夜も一番の歓声を浴びていた。
キラキラと輝くような丸い音が、ナオの指先から次々と放たれていく。
ステージ上の彼らも、熱気と輝きに満ちていて眩しい。
私はそれをぼんやりと見つめる。
自分だけが、切り取られた暗い世界にいる感覚だった。
焦燥感のような寂寥感のようなものが胸を覆って苦しい。
輝く彼らとは違って、私の世界は深くくすんでいる。
闇に沈む大きな空虚が心に存在し、それを一度見つめれば、抜け出せないブラックホールに陥るかのよう。
見ないようにする。
目を逸らす。
そうやってやり過ごしてるうちに、いつか心の穴は何かで埋まるのだろうか。
本当にそうなのだろうか。
大きく開いた、すぐにでも自分を飲み込みそうなその穴を、埋められる時は来るのだろうか。
その途方もない感覚が怖くなって、私は逃れるように手元のグラスビールをグイッと呷った。
(もうどうでもいいじゃない……私を見てもくれないような男なんて……)
あんな男、いつか忘れられる――頭ではそう思い込もうとしても、心はちっとも付いてきてはくれない。
太い針で刺すような痛みが、何度も心に繰り返されるかのよう。
長年片思いをしていた時点で失恋を予想できなかったわけではないのに、実際に終止符を打たれることがこんなにも苦しく辛いものだなんて知りたくはなかった。
ずっと片思いのままのほうが幸せだったのかもしれない。
いや、そもそも好きになんてならない方がよかったんだ。
恋の結末がこんなに苦しいものならば、もう二度と恋なんてしたくない。
私はボーッとステージを眺めながら、自嘲の笑みを浮かべて重たい溜息をついた。
(どうせこんな苦しみは一度きりね……)
20代、30代のほとんどを一人の人を想って費やした。
そしてそれは叶わずに幕を下ろした。
この年でそんなにも想える別の相手なんて、どうせもう二度と現れはしない。
そんな自分に虚しさを感じてしまうのは、避けようもなくどうしようもないことだった。




