02-04.
ヤンキーの被り物をしてピアノを弾こうとしている人のそばで、子どもたちの正義の味方・プリティアのお面をつけて立っている私。
これって絵的に大丈夫なのかしら? と、お面の内側で目をキョロキョロ。不安が過る。
「さーてと、どうかな……」
何も気にしていない様子のヤンキー君は、手の指をグーパーグーパーと握ったり開いたりして準備をすると、鍵盤の一番左端に両手を構える。
そして地鳴りのような深い音を響かせると、瞬く間に右端へと指が流れていく。
一つ残らずナオの指が触れていく鍵盤。
その鍵盤たちは、まるで弾かれる喜びを表すかのように、伸びやかで堂々とした音色を辺りに響かせる。
駆け上がったトーンは、やがて鈴の音ような甲高い響きへと辿り着いた。
「うん、いい音。何を弾こうかな……」
音に満足げな様子のヤンキー君は、やがてピアノに指を構えて弾き始める。
叩きつけるような激しい和音から始まると、すぐに音が細やかに移り変わり始めた。
その圧倒的な演奏は、あっという間に周囲の人々の耳を釘付けにする。
「わぁ……」
お面の下でポカンと開けた私の口からも、感嘆の声が飛び出した。
鍵盤上を指が駆けるように動き回るこの曲は、またジャズではなくてクラシックな気がする。
激しくも鮮やかな音色を響かせるヤンキー君のピアノ。
一つ一つはつるんとまん丸な粒子みたいな音なのに、寄り集まると迫力となって聞こえるのが不思議だ。
すごい。ただそれに尽きる。
周囲からもざわめきが聞こえるが――
(笑い声が混じってるわ……)
どう考えてもヤンキーとプリティアが、ピアノの素晴らしさの邪魔をしていると思う。
(恥ずかしぃぃ……)
お面の下の私の顔は、カッと熱を湛える。
1分ほどの短い時間で1曲弾き終えたヤンキー君は、聴いていた人たちから笑いと拍手を浴びながら、次に私の方を向いた。
「プリティア、ここ、一緒に座って?」
横に長いピアノの椅子の、右隣を示される。
困惑して佇んでいると、「早く」と促される。
よく意図がわからないまま、私はヤンキー君の隣に座った。
「えっ、何?」
「一緒に弾こう?」
「えっ!? 無理よ、私はピアノなんて弾けないもの」
「大丈夫。そうだなぁ……プリティアは、この音とこの音とこの音、順番に弾いて」
「そ、それだけ?」
「うん、簡単でしょ? それだけで、きっと楽しいよ」
(楽しいって……3つの音を鳴らすだけで?)
尻込みしていると、「さぁ、弾いて」とヤンキー君に促され、私は渋々弾き始める。
ポーン、ポーン、ポーンと3つの音をゆっくりと鳴らすと、ヤンキー君がフフッと笑うのが聞こえた。
「もう少しスピードアップ」
「は、はい……」
「もっともっと~」
「えー……このくらい?」
「いいね」
言われるままに3つの音を弾いていると、ヤンキー君が残りの鍵盤でピアノを弾き始める。
「あ……」
私が弾く3つの音と、ヤンキー君の弾くたくさんの音が、一体となるように混じって音楽の形を成していく。
どこか踊り出したくなるような、リズミカルなメロディーラインができあがっていく。
(なっ、何これ、楽しい!)
ほとんどの音をヤンキー君が弾いているのに、まるで私までピアノが上手になったような気分。
私はお面の下で満面の笑みを浮かべていた。
こんなに楽しいのはいつぶりだろう。
気がつけば、自分たちのおかしな見た目のことなんて忘れて、夢中になってピアノを弾いていた。
私たちは、はしゃぎ合って、笑い合って、呼吸を合わせて一つの曲を紡いだ。
そして弾き終わる頃には観衆が集まっていて、たくさんの拍手と歓声に包まれる。
ナオに導かれるように、私も光り輝く世界に包まれた。
ヤンキー君と共にピアノから離れて駅の外に走り出ると、最初に来た建物の陰に再び戻る。
「あー、すっごーーく、楽しかったわ」
息を整えながらお面を外すと、自然と笑みが零れた。
いつの間にか恥ずかしさなんてどこかへ吹き飛んで、高揚感で満たされていた。
「うん、楽しかったね」
「途中でナオがリズムを変えたり、急に音を足してとか言うから焦ったのよ」
「ナツミ、上手だったよ」
「もう! 本当にビックリしたんだから!」
と文句を言いながらも、フフッと笑みが零れる。
そんな刺激もただただ楽しかったのだ。
「そういえばナオ、スペシャルミッションはどうなったの?」
「コンプリート!」
「ピアノ弾いただけじゃない」
「うん。先生に音のチェックを頼まれたんだ。昨日はズレてたけど、ちゃんと直ってた」
「へーえー……」
ピアノを弾く人なら誰でもわかることなのか、ナオの耳がいいのかは不明だ。
まあいいか、と深く詮索はしない。
「はー、暑っ。顔と頭だけサウナに入ったみたいだ」
被り物を取ったナオは、汗で顔や髪が濡れていた。
相変わらず袖で拭こうとするナオを見ていると、やっぱり世話を焼いてあげたくなって、鞄からハンカチを取り出す。
「ナオ、これ使って? ほら、ちゃんと拭くのよ。風邪を引くわ」
「はーい」
言われたとおり素直に拭くナオはちょっとかわいくて、『お利口さん』と言いたくなるが……いやいや、相手は犬ではなくて人間。子供でもあるまいし。
「そういえばナオ、ジャズは弾かなかったのね」
「あぁ……ジャズって、俺は一人だと弾くのが難しいんだ」
へー、よくわからないけどそういうもの? それでクラシックを弾くのか……。
「そうなんだ。さっきの、なんていう曲なの?」
「ん? 最初の短いやつ? ショパンのプレリュードオーパス28の16」
今朝のエオリアン・ハープはエチュードオーパス25の1だっただろうか。
名前が似ていて覚えにくい。
ただ――
「最初のも気になったけど、一緒に弾いた曲のほうは?」
「あぁ、あれは曲名なんてないよ。テキトー」
「え!?」
「もっとかっこいい言い方をすると、アドリブかな」
「あの場で考えて弾いたってこと?」
「うーん……考えるというより、勝手に指が動く感じだね」
「すごーい、天才なのね!」
そう言うとナオはフフッと笑う。
「ありがとう」
ピアノを演奏して拍手喝采を受ける。それは堪らなく気持ちのいい体験だった。
ナオやミキさんたちがステージで贈られていた拍手はもっと大きなものだったから、きっと癖になるほどの幸福感や達成感を得られるものなのだろうな、と何となく想像する。
「楽しかったわ。音楽っていいわね」
「うん! ナツミと一緒に弾けて、俺も楽しかったよ」
そう言って、ナオは弾けたような笑みを見せる。
いくら大人の男が好みだとはいえ、美青年の輝くようなかわいい笑顔の前では陥落。
私の胸がキュンと鳴った。
(破壊力がすごいわね……)




