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漬物石、蜂蜜沼に溺れる。~輝きを失った外科医と、光を見失ったピアニストが奏でる再生のコンチェルト~  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
第二楽章 ふわふわゆらゆら

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02-03.


辿り着いたのは、駅舎を出てすぐのコインロッカーが置いてあるそば。

建物の陰になっていてあまり人目が気にならない場所だ。


「ナツミ、今から駅のピアノを弾きに行くよ。一緒に来てね」

「えっ、ええ」

「それじゃあ……はい、これ」


そう言って、ナオは私の手のひらに、トートバッグから取り出したものをポンッと乗せる。


「え?」

「ナツミのだよ」


私は自分の手に乗るものを目をしばたたかせて見つめる。


(……は? お面?)


懐かしい。お祭りの屋台で子供向けに売っているプラスチックのお面だった。


(私の、って……くれるの? もらっても、こういうのを喜ぶ年ではないんだけど……?)


頭の中が疑問符で満ちる。

なぜお面が渡されるのかも疑問だったけれど、もう一つ気になることが。


「ねぇ……これ、誰?」


瞳がキラッキラに輝いていて、見るからにヒロイン感溢れる女の子。

でも一体何のキャラクターなのかがわからない。


「プリティアだよ」

「プ……プリティア?」

「ちっちゃい女の子たちの正義の味方。アニメでやってるんだよ」


長く日本を離れているおかげで、そういう文化はもうずっと昔で止まっている。

正義の味方、か……。

ピンクのツインテールがかわいい。

でも肝心な疑問が残っている。


「それで、これをどうして私に?」

「ナツミがつける」

「私が……これをつけるの?」

「うん。ナツミにぴったり」


ぴったり、って。それは喜んだらいいんだか悲しんだらいいんだか。


「そ、そう……?」

「本当は俺とペアの被り物の方が仲良し感があっていいんだけど……暑い。メイクやヘアスタイルが崩れたらナツミがかわいそう。そうならないものがいいなって考えた」


そう言ってナオはニコニコ笑う。

それはお気遣いありがとう……とはならない。

ペアとか仲良し感とか化粧崩れとかの前に、なぜ私までこんなものをつけなくてはならないのだろう。


「私はお面なんてつけないわ」

「えー、いいの? 変な被り物をしている俺の隣で、ナツミだけ顔出しで平気? なかなか勇気あるね」


ウッ。それは確かに平気とは言い難い……。

ふわふわっとしてるわりに、なかなか尤もらしいことを言うじゃないか。

しかも『変』っていう自覚があるらしい。

だったらナオが被り物をやめてくれれば済むことなのに……。


「それなら私は離れたところにいるからいいわ」

「ダメだよ。寂しいから近くにいてって言ったでしょ? 約束したよ?」


ウッ。それは確かにそうだけれども……。

いやいや、ここは負けられない。


「お面をつけるなんて聞いてないもん」

「うん。言ったら来てくれないかもって思って言わなかった。ごめんね」


へヘッと笑うナオは、どう考えても確信犯じゃないのよ。

やっぱり狡い!


「ナオって案外食えない人なのね」

「……ん? 俺、たくさん食うよ?」


きょとんと首を傾げるナオを見ていると、闘争心が削がれてガックリと項垂れた。


「何なのよ、それ……天然? それとも狙いなの?」

「えっ……?」


目をぱちくりさせるナオは、数秒後にはニコニコ笑う。

ダメだ……何を考えてるのかわからない。

珍妙な天然キャラには何を言っても響かなさそうだ。

天然でも狙いでもまぁいい。

どうせ今日までの付き合いだ。

私は溜息をつくと、嫌々ながらもプリティアのお面を顔に当てる。


「似合う? なーんてね」


ぶっきらぼうにそう言ってお面越しの視界からナオを覗くと、ナオはおなかを抱えて笑いを堪えていた。


「ナツミ似合う……ッ……」

「ちょっと! 笑いすぎ」

「だって目デカッ。超爽やかなスマイルに変わったね」


ふふふ、あははは、とナオが楽しげに笑う中、私はお面の内側で眉根を寄せる。


「何よそれ。まるでお面をつけていない私は、爽やかではないみたいな言い方ね」

「うん、ナツミは爽やかと違うよ」


ハッキリそう言われると、ちょっと腹立たしい。

爽やかじゃなくて悪かったわね。


「じゃあ私は何なのよ」


不貞腐れた気持ちでそう聞くと、ナオはニコッと笑みを向ける。


「ナツミは、超美人スマイルだよ」


サラッとそう言って微笑むナオ。

私はげんなりとした表情をお面で隠していた。


(この男……さては女性関係が緩いな。女たらしか)


まるで日常会話みたいにサラリと褒め言葉を言うアメリカ人男性のよう。

しかぁし! アメリカ滞在歴も長くなると、そんな言葉にいちいち動揺しなくなった。

するとナオが穏やかな笑みで私を見つめる。


「ナツミ、とってもかわいいね」

「……いや、かわいいのは私じゃなくて、お面でしょ?」


さすがにお面を被った状態で言われれば冗談だとわかる。


「ううん、ナツミは何をしてもかわいいよ。すっごくかわいい」


軽っ。この人、やっぱり女たらしで確定。

「はいはい、ありがとう」と冷たくあしらうと、ナオがトートバッグを探る。


「よし、俺も準備しよーっと」


ナオは眼鏡と帽子を外し、バッグから白馬の被り物を取り出し――……えっ、違う。


「なっ、何よそれ」


先ほどはみ出して見えていた金色のフサフサは、白馬のたてがみではなかった。


「うん、プリティアとなるべく合うように、今日は人間にしてみた」

「人間……」

「うん。人間同士、仲良くしようね?」


白馬のたてがみだと思っていた金色のフサフサは襟足。ヤンキーの被り物の金髪だった。

気合いの入ったリーゼントに、今にもケンカを吹っ掛けそうな厳つい表情。

確かに人間同士。

でも、不良と正義の味方という組み合わせはありなのか不明だ。

私の困惑を余所に、スポッと被り物を被ったナオが、血気盛んなヤンキーへと変わる。


「プリティア、行くぜ~」

「呼び名まで変わるの!?」

「え? 本当の名前で呼ばれる方が恥ずかしいんじゃない? そうしてほしいならそっちで呼ぶけど……」


そうね、ご尤もだわ。


「プ……プリティアでいいわ」

「うん、そうするね。……というわけで、俺のことは『ヤンキー君』って呼んで? よし、プリティア、ピアノまで走るよ」

「えっ!? 別に走らなくてもいいんじゃないの?」

「ゆっくり歩いて行くの? この顔で?」


……そうね、本当にご尤もだわ。

案外まともなことを言うヤンキー君に手を引かれて、私もピアノまで走った。


ご覧いただきありがとうございます!

まだまだお話は続きます。

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