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漬物石、蜂蜜沼に溺れる。~輝きを失った外科医と、光を見失ったピアニストが奏でる再生のコンチェルト~  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)
第一楽章 闇を切り裂く一音

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01-01.

※本作は、他サイトにて別タイトルで公開していた作品を、コンテスト応募にあたり大幅に改稿・ブラッシュアップした、完結済みの作品です。


瞼に鉛でも乗っているかのよう。

目覚めて最初のまばたきは、ギギギと錆び付いた音でも鳴りそうな感触だった。

この瞼の重さが突きつける。

20年にわたる恋が、ついに終わりを迎えたのだと。


『これはきっと、私の人生を変える運命の恋よ』


大学1年で迎えた、ちょっと遅い初恋だった。

同じ医学部の同じ学年の彼。私にとっては、その人だけが誰よりも輝いて見えた。


でも彼は、恋にはてんで興味のない人で、脳神経外科医の道にだけ真っ直ぐ向かっている人だった。

それならせめて仕事で誰よりも彼のそばにいようと、私も脳神経外科医になった。

アメリカを拠点として、彼に並べるように医師としての腕を磨き続けた。

手紙もメッセージも喜ばない人が、医学論文なら喜んで見てくれる。

彼との心の距離は私が一番近い。

そう自負していた。

ところが――


夏海(なつみ)、お前にしかできない。頼む……」


彼から電話で手術の依頼を受け、意気揚々と日本へ。

でも蓋を開けてみれば彼には恋人ができていて、その人の母親が患者。


「どうしても救いたい。大切な人なんだ」


彼のそんな言葉を聞いた時、奈落の底に落ちた気分だった。


彼の存在だけが、今の私を形作る全てだった。

脳神経外科医としても女としても、頭のてっぺんからつま先まで、彼に捧げるために磨き上げてきたこの20年。

それが無駄だったんだと思うと、私という存在が根底からガラガラと崩れ落ちていくかのよう。

そう思うと天井の模様がじわりと滲んで見える。

どれだけ涙を流しても、この苦しみは洗い流せない。

どれだけの時間を耐えても、この傷が癒えることはないのだろう。

その途方の無さは、目を覆いたくなるほど果てしないものに感じられる。

何かをしていないと、底無し沼で溺れるかのように藻掻き続けそうで……私は重い体を引きずるようにしてベッドから下りる。

向かったのはバスルーム。

そしてシャワーコックを開くと、僅かながらも優しさを与えてくれるシャワーのお湯にホッと息を吐く。


(今日は何をして過ごそう……)


ぼんやりする頭を無理矢理働かせる。

昨日で彼から依頼された勤めを終え、明後日には飛行機に乗ってアメリカへ戻る。それは決定事項だ。

では残りの今日明日をどう過ごすか。

今の心境としては――


(ダメだ……何もする気が起きない……)


それが正直なところだ。

だからといって引きこもって過ごしていても、彼の顔を思い出しては涙を流すのだろう。

不毛だ。

それならば外へ。

何をしに?


(あ……)


シャワーを終えると、鏡の前にメイク道具を揃える。

彼に捧げるために磨き上げてきた肌はナチュラルメイク。

そして腫れぼったい瞼なんて無かったことにするみたいに、瞼にはしっかりメイクを施す。

そして彼の前に立つ時のようにスーツを着てヒールを履いて、私は滞在するホテルの部屋を出た。


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