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高齢勇者パーティーの反抗期魔王攻略



「──魔王軍だ、魔王軍が攻めてきたぞっ!」


「同盟は結ばれたはずなのに何故……このままじゃあっという間に王国が魔王軍にっ」


「勇者はもういないんだろう!? どうやって魔王を倒すんだよっ」


「いや……まだ勇者はいる」


「いるわけ……はっ、まさか!」


「いやいやいや、どう考えても無理だろ! だって、あの人たちはもう……」



* * *





「勇者クライド、魔王が再び活発に動き出した」


「…………」


「再び仲間を集めて、魔王を倒してほしい」


「…………」


「おい、勇者クライド! 聞いているのかっ、メシャルデ王国に再び危機が迫っているんだっ」


「…………」


「──クライドォオォオッ!」


「メシャルデ国王、落ち着いてください!」



メシャルデ国王は立ち上がり、勇者クライドを指差しながら答える。

勇者クライドは腰が痛いのか拳でドシドシと叩き、怒鳴り声にもまったく動揺していない。

ふてぶてしい態度は無視をしているのか、聞いていないフリをしていないのかまったくわからない。



「ええい、クライドッ、聞いてるのかっ!?」


「…………はて?」



メシャルデ国王の怒号が謁見室に響き渡る。

しかしクライドは顔色一つ変えることはない。

クライドは耳元に手を当てて首を傾ける。



「なんて……⁉︎」


「──ッ!」


「おかしいのぉ、何も聞こえんぞ」



ブチリと何かが切れる音が聞こえたような気がした。

それはメシャルデ国王がキレる音である。

周囲は固唾を飲んで見守ることしかできない。



「それにしても音楽をかけ過ぎじゃないのか? 何を言っているのかわからんし、何も聞こえんのはやりすぎじゃ」


「は…………?」



クライドが何を言い出したかわからずにメシャルデ国王は呆然としていた。

あまりにも驚きすぎて、動きを止める。

何故ならばここに音楽は流れていない。

どこから音楽が流れているのかと確認するように当たりを見回しているではないか。

まとめた白髪が左右に揺れているのを呆然としつつ見ていたのだが、クライドの耳に嵌められている黒い塊に気づく。


メシャルデ国王は騎士の一人に「クライドの耳にはまっているものを外してみてくれ」と、指示を出す。

その指示を受けて、騎士がクライドの耳にはまっていたものを外す。



「おお、音楽が止まった……!」


「…………」



ジャカジャカとクラシックが会場に響き渡る。

騎士は慣れた様子で耳栓の音楽を止めた。

クライドに声が届いていなかったのは、この音楽が流れる耳栓型の魔導具が原因のようだった。



「最近、寝つきが悪いからと娘がこの魔導具を勧められたんだが、外すのを忘れておった。ずっと音楽が鳴っているからなんの祭りかと思ったが、コレのせいだったか」


「………」


「やはり最新の魔導具は使いこなせなかったな。いやぁ、どおりでうるさいと思ったわい」



ワハハハ、と何の悪びれもなく笑うクライドは白髪になった頭を掻いている。

改めてメシャルデ国王の方を向いたクライドは不思議そうな表情で首を傾けた。



「で、何故ワシは呼び出されたんじゃ?」


「~~~~っ!」


「さっさと話してくれ。今日は可愛い可愛い孫のアイラとお姫様ごっこをして遊ぶ約束をしてるんじゃ」



メシャルデ国王はフラリと立ち上がり、クライドの元へと向かう。

それからクライドの胸元を掴んで揺さぶっていく。



「こんのっ、クソジジィッ」


「あー……うっせぇのぉ」



メシャルデ国王の怒号で会場一杯に反響していた。

クライドは慣れた様子で小指で耳をほじっている。



「そんなでかい声を出さずとも聞こえてるわ。オリ坊、昔から言っとるじゃろ? 怒りっぽいとみんなに嫌われてしまうぞ?」


「もう私はオリ坊じゃないと何度言えばわかるんだ! それにそのふざけた態度はいつ治るんだっ」


「そうよなぁ……今こそ立派なヒゲをたずさえておるが、あれはオリ坊が五歳の頃じゃった。ワシの剣に触りたいと泣き過ぎてお漏らしを……」


「ワアアアァアァッ!」



クライドの声を掻き消すようにメシャルデ国王を必死に叫んでいた。

目を細めて遠くを見ていたクライドは国王に揺さぶられてもまったく動じることはない。

国王の息遣いだけが耳に届く。

暫くの沈黙の後、耳をほじるのをやめたクライドが問いかける。



「どーせ、その辺にわらわらと湧いてきた魔物のことだろう?」


「……わかっているなら聞くな」


「いや、わからん。何もわからん。ワシが呼び出された意味がわからんもーん」


「……チッ」



クライドは舌打ちをするメシャルデ国王の言葉を聞きつつ、めんどくさそうに反対側の耳をほじりながら答える。



「ここ数週間、魔物からの被害が多発している。同盟が破られたとの報告も受けていない。その時の契約書も綺麗なままだ」


「ほー……大変じゃな」


「もし魔王がこの約束を違えていれば、向こうにペナルティがある。この契約書にもそれは現れるはずだ」



クライドは綺麗な契約書を見て頷いていた。

綺麗な契約書を見て、確かに魔王が約束を破ったわけではないようだ。



「五十年前、魔王軍と人間との争いに終止符を打った。だが、戦いが再び起ころうとしている。辺境に騎士は送っているが、被害は減るどころか増える一方だ」


「ほー……」


「そこでクライド……」


「嫌じゃ! 嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃっ!」


「まだ何も言っていないんだが……」


「言わなくともわかるわいっ、魔物を狩ってこいとか言い出すじゃ間違いない! お前たち王族はワシからキラッキラな貴重な青春を奪っておいて、孫娘との平和な老後まで奪おうと言うのか!? あ゛ぁ゛ん?」



ドスの効いたクライドはペッペッと唾を吐きかけながら叫ぶ。

もちろんその唾はメシャルデ国王の顔面にかかっている。

こんなことをしても不敬罪にならず許されるのは元勇者であるクライドだけだろう。



「それに騎士たちの指導なら月に一度してやっておるじゃろーが! 腑抜け共めっ」


「その通りだな」



真面目に話し出すメシャルデ国王にクライドは拍子抜けしてしまう。



「平和になりすぎて騎士も魔物と戦った者はほとんどいない。また今から魔物との戦い方を教えるには時間が足りない。今はまだ死傷者は出ていないが、どんどんと魔物に土地は奪われている……もうすぐ収穫だった農作物もダメになってしまった」


「…………」


「このままではメシャルデ王国はめちゃくちゃになってしまう。勇者クライド、このとおりだ。助けてくれ」


「ワシはもう元勇者だ。それにこの歳で剣は振るえんよ」


「そうでもないだろう?」


「もう大切なものを失うのはごめんだ……」



クライドの顔が曇ったのと同時にパンパンと手を叩く音が聞こえる。



「仕方ない……この手は使いたくなかったが」


「どんなことをしてもワシの決意は揺らがぬ。何があってもな」


「さぁ……どうだろうな」



クライドが眉を寄せているがメシャルデ国王の唇は弧を描いている。

どんな作戦かはわからないが、クライドが首を縦に振ることはないだろう。

そう思っていたのだが、騎士たちに囲まれて入ってきた少女の姿に目を見開いた。



「ア、アイラ……!」



そこにいたのはクライドが心から愛する孫娘、五歳になるアイラの姿だった。

アイラはクライドに気がつくと、満面の笑みを浮かべてこあたらにやってくる。



「じーじ、ここにいたんだね!」


「アイラアアァッ、今日も世界で一番可愛いぞっ!」


「うん、知ってるよ」



クライドは軽々とアイラを抱え上げて満面の笑みである。

アイラも当然のように頷いていた。

確かにアイラは可愛らしいが、ここでそれが言えるということはアイラも相当肝が座っている。



「アイラね、王様に聞いたよ! じーじのこと応援してるから」


「…………え?」



クライドはアイラの言葉を聞いて嫌な予感がしていた。

そしてその予想は当たることになる。



「じーじ、頑張って国を救ってね!」


「ア、アイラちゃん……?」


「じーじが頑張っている間、アイラはここで王子様とお姫様ごっこしているから」


「……………」



アイラの横には無駄に顔のいい王子が二人。

もちろんメシャルデ国王の息子たちである。

アイラは二人の王子に挟まれてご満悦だ。

「ああ、わたしを取り合わないでくださいませ」と、役に入り込んでいるようだ。

もうお姫様気分である。クライドは涙目つまアイラを見つめるも、彼女は王子たちに夢中だ。



「アイラを人質にするとは……!」


「人質とは人聞きの悪い。これは合意の上だ」


「……くっ!」



クライドを下唇を噛みながら悔しさを滲ませる。

やはり愛する孫娘のために動くだろうという国王の予想は大当たりのようだ。

クライドは頭をボリボリと掻いた後にため息を吐く。



「はぁ……こんなジジイを働かせるとは嫌な時代になったのぉ」


「なんとでも言ってくれ」


「アイラが幸せならばよしとするか。この歳で結婚相手が決まるとは……じーじ超寂しい」


「おい、そこまでするとは言っていないぞ」


「アイラが未来永劫幸せであれば、ワシは問題ないぞぉ?」


「…………」



可愛い孫娘は王子たちと楽しそうにしている。

国王の表情を見るに、余裕のない状況なのは確かなのだろう。



「それでアイツらは? まだ生きているのか?」


「もちろん連絡はしているし、もちろんお前と同じで手を打ってある。アレを勇者クライドに渡してくれ」


「元勇者じゃ」



宰相が紙を持って、クライドの元へ。

クライドは紙を見つつ顎ひげを撫でる。



「おー……これはわっるいやり方じゃのぉ。国王様が収めるこの国の未来が心配じゃな」


「安心の間違いだろう?」



メシャルデ国王の唇がニヤリと歪んだ。

紙を丁寧に畳むと胸ポケットに紙を折りたたむと……。


──プルルルルッ


この場に似つかわしくない音が鳴る。

クライドはポケットをガサガサと突っ込みつつ何かを探している。

それは昔からある定番魔導具で遠くにいる人と連絡が取れるという画期的なものだ。

今までは声だけだったが、どうやら顔が映る最新型のものだ。



「おお、まーくん! 久しぶりじゃな。五十年ぶりか」


『クラちゃん、久しぶりー。すっかりしわくちゃになっちゃって、ジジイじゃん』


「うるさい、相変わらず嫌味な奴じゃな」



画面に映っているのはクライドが親しげに話している相手。

可愛らしい声は声変わりすらしていない少年だろうか。

しかし頭には羊のような立派なツノが生えている。

明らかに魔族であることが明白だ。

話し方的にも親しげに名前を読んでいることから二人が親しいことはよくわかる。



『ねぇねぇ、助けてほしいんだけどさー』


「残念だったな。今、頼まれごとをされたばかりじゃ。しかもかなり面倒なやつぅ」


『そんなこと言わないでよ。僕と君の仲じゃないかー』



不満げな声が響く。目の前の少年が魔族だとわかった瞬間、緊張が走る。

知能が低い魔物ではなく、人の形を模した魔のものは魔族と呼ばれる。

そしてここまで話が通じるとなると、かなり高位ランクの魔族だとわかる。

普段通りなのはクライドと孫のアイラくらいだろうか。



「お前のせいで、ワシの平和な老後が台無しになった! 頼み事をする前に魔物たちを止めてくれっ」


『だ・か・ら、そのことについて困っているんだよ! 勇者であるクラちゃんにだから頼むんだ』


「元勇者だ。魔王の、まーちゃんが、どうしてそのことで困るんじゃよ」



クライドから衝撃な事実が明かされる。

彼が会話しているのは、メシャルデ王国に魔物を送り込んでくる魔王が彼だということだ。

周囲は静まり返り、彼らの声が響いていた。



『元魔王なんだけど。僕だって平和な魔界生活を楽しんでいるのに、ちょっと目を離した隙にこんなことになるなんて思わないじゃん?』


「…………」


『ちなみに契約書が綺麗なことから分かる通り、僕は何もしてないからね~』



どうやらクライドが仲良さげに話しているのは元魔王だそうだ。

しかも彼は頼みごとがあるという。



『それで話は戻すけど、僕の孫が反抗期でさ……立派な魔王になるって聞かないんだよね。ほら、思春期だと思うんだけど、僕には手に負えなくてさ。いやぁ……若さって怖いよね』


「「「「「……」」」」」



ペラペラと話す魔王だが、クライドたちが彼と対峙した時は歴代最強で最悪の魔王として、この世界を震撼させたのだ。

それを止めたのは勇者クライドと聖女マリア、魔法使いのイヴリン、戦士のリーヴァイの四人だった。

彼らが魔王と交戦して混沌とした世界を平和に導いた。

本人たち曰く少しの戦いと話し合いと解決したそうだ。



「魔族のことは魔族で解決しろ! クソボケハゲッ」



クライドは画面越しであるが、ペッペッと唾を吐きかけている。



『なんでそんなこと言うのっ! それができないから頼んでるんでしょう? クラちゃんだって孫は可愛いでしょう!?』


「──当たり前じゃ!」



叫ぶように言うクライドに元魔王は諭すように言う。



『……孫、怒れる?』


「ぐっ……」


『こんなに可愛い孫を怒れるの……?』


「グハッ」



画面越しでのダメージ。

クライドは膝をついて額を押さえてしまった。



「……おこれなーい」


『でしょう? 孫大好きなクラちゃんならわかってくれると思った』



呟くように言ったクライドが目を逸らしたのと同時に魔王と始まる孫自慢。

うちの孫の方が可愛いと言い争いながら早口で話している。

手を合わせた元魔王はとても恐ろしいあの魔王だとは思えなかった。

ふわふわとした空気感は魔族には思えない。

ただ孫を溺愛する普通の人間のように見えた。



『それでさ……言っても聞かないから一回、痛い目に見てもらおうと思って』



画面越しではあるか、こちらがゾワリと鳥肌が立つほどの殺気が元魔王から放たれる。



「とは言ってもなぁ……」


『大丈夫だよ。若くして亡くなってしまったイヴリンの代わりに僕が手伝うから』


「まーくんがそれを言うのか……?」



今度はクライドから地を這うような声が出てる。

それにはアイラも怯えたように王子たちの背に隠れた。



『ああ、彼女は愚かだった。とてもね……』


「…………お前」


『ふふっ……』



クライドが腰に携えていた短剣を取り、何もない空間に投げる。

ザシュという音と共に、空間を切り裂いてそこから少年がポロリと落ちてくる。

受け身を取れずにベチャリと床に尻から落ちてしまう。



「いたた……」


「頼む時は直接来い。よいな?」


「クラちゃん、荒っぽーい」


「ワシは騙されんぞ。子どものフリをするな、気色悪いのぉ……ペッペッ」


「勇者様ってば、口悪い~」



どこから出てきたのか、最初からいたのか、元魔王は当然のように立ち上がる。

それからぶつけた尻をパンパンと払う。

真っ黒な髪に赤い瞳、羊のような立派なツノ。

だがシャツに半ズボンを履いているのを見る限り、アイラと同じくらいの子どもにしか見えないだろう。



「孫の反抗期が終わるのを待とうかと思ったんだけど、ちょっとおいたがすぎるから」


「腕は鈍ってないだろうな。まーくんよ」


「クラちゃん、僕だって千七十五歳だよ? もうジジイだよ~」


「……その姿で言われてもな」


「魔族は人間とは逆で力がなくなればこういう姿になるんだ。全盛期とは程遠いよね。今の僕は可愛すぎて困っちゃう」


「はっ、役立たずはいらんぞ?」


「大丈夫、問題はあるけどまだまだ魔法は使えるからさ」



ケラケラと笑う元魔王にクライドは軽く息を吐き出した。

クライドはアイラへと視線を戻して親指を立てる。



「アイラ、ワシが帰ってくるまで思いきり贅沢して王家から死ぬほど搾り取ってやれ」


「うん、任せて! 言われなくてもやるつもりだから」


「じーじが帰ってくるまでイイコにしろよぉ~」


「わかってる。じーじ、頑張ってね」


「うん! じーじ頑張るっ」



親指を出したアイラの笑顔が輝いている。

クライドは可愛いアイラの笑みにメロメロだった。

その後に横にいる王子の腕をがっしりと掴んでいる。

メシャルデ国王と王子たちの顔が青ざめていくのを気にすることなく、元魔王に視線を送る。



「まずどこに行きたい?」


「うーむ、大聖堂のマリアのとこじゃな」


「──大聖堂!? うげぇ……僕、マリアに殺されちゃうよ」



元魔王の顔が思いきり歪む。



「そうじゃろうな。イヴリンのこともある。まーくんは引っ込んでおれ」


「もちろんそうする。消し炭になりたくないからね。クラちゃん、説得頑張ってね」


「おー……」



元魔王が頷くと足元に魔法陣が浮かび上がり、瞬きをするために瞼を閉じる。

目を開けた瞬間、目の前には見上げるほどに大きな建物がある。

白い壁、金色の装飾が施された豪華な建物は輝いており目がチカチカする。



「まーくんの魔法は相変わらず荒っぽいのぉ」



若干の目眩を覚えたが、クライドは門番に声をかける。



「マリアはいるか?」


「……っ、勇者様!」



門番の声に反応したのか、あっという間に人に囲まれてしまう。



「この方がマリア様と共に魔王を倒した勇者様……!」


「また魔物が暴れ出しているから助けに来てくださったんだったんだ!」



期待溢れる声が聞こえた。

クライドはもう一度「マリアはいるか?」と問いかけると、門番はすぐに門を開けた。

頭の中に『信頼されてるね~』と元魔王の声が聞こえたが、無視して足を進める。

勇者でいてよかったことといえば、大体顔パスでどこにでも入れるというところだろう。


大きな扉の前に辿り着くと、シスターたちがクライドに深々と頭を下げる。



「今、お祈りの時間ですがもうすぐ終わります」



クライドはここで待っているのもしんどいため、どこかに座ろうかと辺りを見回す。

扉の横にベンチを見つけたため、そちらに座って待とうかと歩き出したた時だった。


──バタンッ


勢いよく両開きの扉が開き、クライドの背にぶつかっていく。

凄まじい力で押し潰されている中、精一杯声を上げる。



「痛ッ」


「──アイツが来たって、本当なのかい!?」


「は、はい」


「どこにいる!? クライド、さっさと顔出しなっ」



困惑する若いシスターたちの声が聞こえてくる。

『ここにいる』と返事をしようとして、内臓が押し潰されて声が出ない。



「さっさと顔をだしな、クライドッ」


「……ゔぐっ」


「今、声が……奴はどこだい!? 目を離すとすぐフラフラとどっかにいくんだからっ」



マリアは苛立ちからか、扉を叩くがその行動がさらにクライドに追い討ちをかける。



「あ、あの……マリア様」


「クライド、さっさと顔見せなっ!」



ドシドシとマリアが扉を押すたびにクライドは潰れていく。

シスターは話しかけてはいるものの、マリアはクライドを探しているからか周りの言葉が聞こえていないようだ。



「この扉、建てつけ悪いんじゃないかい!?」



マリアの勢いに青ざめていくシスターたち。

しかしこのままではクライドが死んでしまうと思ったのだろう。



「マリア様、動きを止めてくださいっ!」


「勇者様が死んでしまいますっ」


「は…………?」



マリアはそう言った途端に動きを止めた。

そして扉をゆっくりと開くと、そこにはカエルのように潰れたクライドの姿があった。

シスターたちが倒れそうになるクライドを支えていた。



「いたた……相変わらず怪力な聖女じゃな」


「……クライドォ」


「いだぁい……!」



マリアはクライドを思いきり殴る。

クライドは頬を押さえながら涙目で訴えかけるように言う。



「ワシ、悪くないじゃん!」


「すぐに返事をしないお前が悪いっ」


「相変わらずじゃの……マリアは」



──パシッ



再びマリアがクライドを殴り飛ばす。

宙に浮いたクライドの体にシスターたちの悲鳴が上がる。



「なんで殴るんじゃ……!」


「……自分の胸に手を当てて考えな! 最後ここに来たのいつか思い出してみろっ」


「さぁ……いつじゃったかなぁ。最近、忘れっぽくていかんなぁ」


「こんのクソジジイッ!」



マリアはクライドの胸元辺りを掴んで、グラグラと体を揺さぶっている。



「マ、マリア……勇者様がっ」


「落ち着いてください!」


「アンタは約束一つ守れんのかいっ! このクソジジイがっ」


「王都は遠いんじゃから仕方ないだろーが」


「関係ないっ、来いったら来るんだよボケハゲェ」



悪魔のように顔を顰めたマリアに揺さぶられ続けて、ぐったりした頃にクライドは解放された。

マリアはシスターたちに大司教を呼ぶように言う。

シスターたちはクライドをチラチラと見つめながら去っていく。



「行かないでくれぇ……! このままだとマリアに殺されてしまう」


「何を馬鹿なこと言ってんだい! ほら、行くぞ」



マリアに引き摺られるようにして部屋に入ったクライドはソファにもたれかかる。

ローブが首に突っかかっていたため、クライドは解放されるのと同時に項垂れる。



「オェッ……」


「この程度で情けない」


「…………怪力ババァめ」



聞こえないように呟いたつもりだったが、マリアには届いていたようだ。

ギロリとこちらを睨みつける鋭い瞳にクライドは横を向いて口笛を吹いた。

ため息を吐いたマリアは苛立ちを抑えるようにポケットから煙草を取り出した。

慣れた様子で火をつけると煙草を口に咥えて煙を吸い込んで、思いきり吐き出した。



「ふぅー……。一仕事のあとの一服は最高だね」


「……本当に聖女か?」


「他に何に見えるってんだい!」


「若づくりを頑張っている聖女」



真っ白な聖女服に金色の線で縁どられている。

十字架も金色に光り輝いていて、真ん中にはマリアの瞳の色と同じ青い宝石が嵌め込まれている。



「聖女なんて呼ばないでおくれ。むず痒くなる」


「じゃあなんて呼ばれてるんじゃ?」


「アタシのことは……ゴッドマザーと呼びな」


「──ブハッ!」



クライドは腹を抱えながらソファでのたうち回っている。

しかしすぐにマリアの持っていた銃からカチャリと音が鳴った。

言い訳をしようと唇を開く前に弾が放たれて、クライドの頬を掠める。

クラウドの頬にツーっと頬を伝うのと同時にマリアは煙を吐き出して、テーブルにある灰皿に短くなった煙草を押し付けた。


クライドが雨に濡れた子猫のようにプルプルと震えていると、大司教たちが深々と頭を下げながら部屋の中へ。



「おい、お前たち……! こんなのが聖女でいいのか、考え直した方がいいぞっ」


「……クライドォ、今度は当てるぞ」


「ほらっ、ほらほら! ヤバい奴じゃあ……目がイッちゃってるもん!」



困惑する大司教を盾にしつつ、クライドは壁際へと移動する。

そのまま魔王のことを話そうとするが、先回りするようにマリアが口を開く。



「用件はわかってる。アタシはもちろんノーだ」


「おい、まだ何も言っとらんじゃろーが」



そう言いつつもクライドが胸ポケットからメシャルデ国王から預かった奥の手を取り出そうとした時だった。




「言わなくても大体わかる。アタシを揺さぶろうったって無駄だからね?」


「……ふむ」


「教会の孤児院には十分手は回っている。というよりはアタシの金で賄う。息のかかった奴らを派遣しているから王国の力を借りる必要はないんだよ」


「ほー……なかなかの高給取りだな。ゴッドマザーは」


「田舎で隠居暮らししているクソジジイに言われたくないんだよ」


「田舎で孫娘と幸せに暮らして何が悪いんじゃ!」


「…………孫? 孫娘だって?」



マリアは目を細めた。

クライドは気にすることなく、マリアにアイラと二人で映る写真を見せる。

するとマリアは二本目の火のついていない煙草を咥えていたが、ポロリと落ちてしまう。



「可愛い可愛いワシの孫、アイラだ。今は王家の城で悠々自適生活をしている。王子たちを侍らしてな! さすがワシの孫じゃ。肝がすわっておる」


「…………クライド、お前」



マリアはそこで言葉を止めた。

何か言いたげに唇は開いたり閉じたりを繰り返す。

クライドは胸ポケットに紙をしまって胸元を整える。



「なら仕方ないのぉ」


「随分とあっさり引き下がるじゃないか」


「まぁな。これ以上お前のそばにいたら命がいくつあっても足りん。さて、まーくんと一緒にリーヴァイの元へ行くか」


「……まーくん、だと? そのふざけた呼び方、あの元魔王のことじゃないだろうな」


「まーくんはまーくんじゃ」



クライドがそう言うと、マリアは銃を持ちつつ、バンと力強くテーブルを叩く。

するとテーブルは綺麗に真っ二つになっている。



「あいつが……何をしたのか忘れたのか?」


「はて、なんじゃったかのぉ」


「──ふざけるんじゃないよ! アンタ、いい加減にっ」



マリアが再びクライドの胸元を掴んだ。

しかし今度は揺さぶられることはなかった。

何故なら、マリアの手をクライドが抑えたからだ。



「ワシは本気だ。イヴリンがいない以上、まーくんの力が必要だ」


「……っ、だが!」


「お前の気持ちはわかる。だがな、今暴れているのはまーくんの孫なんじゃ」


「…………元魔王の孫、だと?」


「ああ、そうだ」



マリアの手から力が抜けていく。彼女は手のひらで額を押さえた。

「なるほどな……」そうやってポツリと呟いたマリアはため息を吐く。



「仕方ない。アタシも一緒に……」


「いや、いいです。じゃっ!」



クライドはマリアの言葉を遮り、一瞬で扉の前で移動している。

ガチャガチャ開けようとするが、ドアノブが一切回らない。

すると、後ろから迫る影と肩に置かれる手。

フーッと息を吐き出すのと同時に煙が顔を送る。



「このアタシが一緒に行くって言ってんだ。もっとありがたがりな」


「大丈夫です。遠慮しておきます」



マリアがクライドの肩を握りつぶすように掴む。



「いだだだっ」


「返事は?」


「…………あい」



クライドの言葉を聞いて、そっと手を離す。



「アタシがいない間、教会を頼むよ」


「マ、マリア様、引き継ぎなどは……っ」


「適当でいいさ。今から出るから。あとよろしく」



マリアは愛銃と煙草を持つ。

クライドを連れて、さっさと大聖堂の外へ。

後ろから「ゴッドマザアアアアアアァッ」と、叫び声が聞こえたような気がした。


クライドとマリアが大聖堂から出た瞬間、何もない空の空間から顔を出す少年。

元魔王の姿があった。彼はパッと表情を輝かせてマリアの名前を呼んだ。



「マリア、久しぶり! かなり老け……痛ッ」


「アタシに話しかけるんじゃないよ、外道が」


「いたーい、ひどーい」


「それから、あとアタシは老けてない。それからゴッドマザーと呼びな」


「はーい、ゴッドマザー」



元魔王は素直にマリアをゴッドマザーと呼んでいる。

そして空の裂け目から体を出して二人の間に着地する。

元魔王は二人を見回しつつ、ニコリと笑う。



「ねぇねぇ、こう見ると老夫婦と孫みたいじゃない?」



元魔王がそう言った瞬間、マリアは銃を取り出して足元に打ちつける。



「こんな可愛くない孫はいらないのぉ」


「ああ、珍しく同意見だ」


「え……クラちゃんまでひどーい」



クライドとマリアは元魔王を置いて歩いていく。



「街に寄って、旅の支度を整えたらリーヴァイの元に向かうかのことぉ」


「リーヴァイはどこにいるんだい?」



クライドが国王から預かった資料を取り出す。

何枚かめくった方が後に紙を上下に動かしていく。



「クライド、どうしたい?」


「霞んで見えないのぉ。老眼かのぉ」


「仕方ないねぇ……貸してみなっ」



マリアが紙をもつものの、眉を寄せて険しい顔で紙を見ている。

それから数分経つが、マリアは何も発しない。



「マリアも老眼じゃな」


「だねー」


「うるっさい、さっさと読みなっ!」



マリアが元魔王に紙を渡す。

元魔王がペラペラと紙をめくっている間、マリアは手慣れた様子で煙草に火をつける。

「結局、二人とも老眼じゃん」と、呟くように言うと頭には銃が突きつけられた。


すらすらと紙の内容を読み上げる元魔王だが、結局のところリーヴァイの居場所はわからない、と書いてある。



「なんじゃ、役に立たないのぉ……」


「アイツは山にでもこもっているんじゃないのかい? ここにも山にいるって書いてあるじゃないか」


「山に登っている間にワシたち死んじまうぞ? もうちょいどうにかならんかのぉ……」


「おい、魔王……さっさと探せ」


「まーくん、よろしく」


「えー……結局、僕なの? 今は元魔王ね。暫く魔力切れになるからちゃんと僕も連れてってね」



元魔王はため息を吐いてから、空に魔法陣を展開していく。

目を閉じていた元魔王だったが、パチリと赤い瞳が見開かれた。



「あ、見つけた」



そう言った瞬間、元魔王は膝から崩れ落ちてしまう。

クライドが元魔王が倒れる前に体を支えた。

元魔王はスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てて眠っている。



「おお、危ない危ない。魔力切れかのぉ」


「結局、行き先がわからないじゃないか。情けないねぇ」


「まぁ、そう言うな。まーくんも頑張ってくれたんじゃ」



元魔王を抱え上げたクライドはマリアを見る。



「まーくんが起きるまで飲むか」


「たまにはいいこと言うじゃないか」



クライドとマリアの足取りは軽い。

お酒を求めて歩き出す。



「さて……死ぬ前に国を救ってやるか」










end



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― 新着の感想 ―
うわーうわー、すっごく面白かったです!! なんといってもキャラがいい! 元勇者も元魔王もゴッドマザーも、お孫ちゃんも王様も、出てくるキャラ出てくるキャラ、みんないいですね! この、物語の序章だけで終…
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