表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

避難小屋に漂うモノ

芦野に会った翌日──


俺は一人、朝から人生初の登山を楽しんで(?)いた。

少し冷たく清々しい空気や、芽吹いたばかりの緑の木々が、日々の生活で疲れた体や心を癒してくれる……はずなんだが。

なかなか良い天気で気分上々……と言いたいんだが。

これが初級者コースだと⁉︎

芦野の奴、覚えてろよ。


神隠しの一件以来、この登山コースと例の避難小屋は立ち入り禁止になっている。

登山道入口には警官まで配備されている念の入れようだ。

ということは、単独登山の俺は誰にも会わない。代わりに誰も助けてくれない。

初心者にとっては孤独で危険な状況だと思う。

芦野の奴、本当に覚えてろよ。


愚痴っていても仕方がないので、俺は自分で自分を鼓舞しながら歩き続けた。



途中休憩を挟みつつ件の避難小屋に辿り着いた頃には、すでに14時を過ぎていた。

ちょうど失踪した3人が到着したであろう時間帯だが、外観は特に怪しいところはない。近くの水場にも、設置されているトイレにも、なんら異常な雰囲気も気配もない。

避難小屋の中に入ってみると、板張りの小上がりにちゃぶ台と座布団4枚が置かれ、部屋の隅に毛布が数枚設置されているだけの、何の変哲もない山小屋だった。

ここでも霊の気配は感じない。

感じるとしたら老朽化の所為で生じた隙間風くらいなものだ。

こんな場所で何が起こるっていうんだろう。

昨日聞いた話だと、野犬が出るかもしれないんだっけ。野犬の集団に襲われるとか?

いや、それじゃあ現場が血まみれになってしまう。だいたい現場検証ではそんな痕跡はなかった。


目的地には着いたが、相変わらず手掛かりはない。

焦っても仕方がないので、俺は休憩をしつつ様子を窺うことにした。


  *  *  *


この季節は午後6時頃に日没を迎える。

山の稜線がオレンジ色に縁取られ、濃紺の夜が降りてくる、そんな時間帯だ。

暗い場所が好きな俺でも、避難小屋で真っ暗なのはさすがに嫌だ。

ランタンを灯すとかなり明るかったので、文明の利器にちょっと感心してしまった。


「暇だ……」


だいぶ寒くなってきたので、俺は毛布に包まってボーっとしていた。

まだ何も起こらないので、出来ることが何もない。それに俺一人だから話し相手もいない。

〝トモダチ〟を呼んでもいいが、怪異が起きなくなる可能性がある。やめておこう。

そろそろ腹が減ってきたし、昼食の残りのおにぎりを食べるとするか。

おにぎりはやっぱり梅干しだよな、うん。



──その時、〝それ〟は唐突に姿を現した。

緊張感のない俺の性格が呼び寄せたのだろうか。


おにぎりを食べ終えペットボトルの水を飲んでいると、目の前を、直径10センチくらいの黒くて丸いものが飛んでいた。俺は今、少し上を向いているから、斜め上45度、距離1メートルってところか。

フヨフヨと漂うように飛ぶ物体を目で追っていると、ソイツは視線に気づいてピタッと静止した。

えっ……なんだあれ、生きてるのか?

試しに目線を逸らすと、そいつはまた動き出した。


水を飲み干してしまったので、空になったペットボトルのキャップを閉めながら考える。

もしかして、あれが、神隠しの、正体?


「いやぁ、まさかねぇ」


思わず声が出てしまった。

それと同時に、黒丸はまるで猫が毛を逆立てたかのように全身を波打たせ、ウニのような刺々しい姿に変形した。

しまった、と思った瞬間……黒丸ウニはものすごい勢いで逃げ去り、積んである毛布の陰に隠れた。


えっ、逃げた?

マジかっ!


俺は四つん這いで追いかけ、正座して腰を落ち着け、大きく深呼吸してから毛布をどかした。

黒丸はまだそこにいた。元の丸い姿に戻っている。

あれ? おとなしいな。むしろ怯えてないか?

小屋の隅っこで震えてるけどさ、俺から見たらお前の方が正真正銘の〝怪異〟なんだぞ、なんでお前が怯えてるんだよ。

お前が神隠しの……いやぁ、無理だよな、これじゃ。


俺は黒丸にスッと手を伸ばした。

人差し指をクルクルと回し、ついでにちょっとつついてみる。

煙? 霞? エアロゾル?

モヤモヤっとしていて、触れたという感覚は全然ない。


黒丸はつつかれてピクンッと反応した。

指先の匂いを嗅ぐような仕草で、怪しいところがないか探っている。

コイツ、鼻があるのかな……見た目じゃ分からないぞ。

でも、単なる黒いモヤモヤの塊が、子犬みたいに可愛く見えてきた。

弱っちいし、このまま消すのもなぁ。

そうだ、コイツも〝トモダチ〟になってくれるかな。

コイツなら一緒にいても楽しそうだ。


「お前、俺の体(おれんち)に来るかい?」


黒丸がピクっと震えた。

ちょっと後退りしているように見える。


「警戒しなくても大丈夫だぞ、

 他にも〝トモダチ〟がいるんだ、

 お前にそっくりな奴だよ。

 おーいクロさん、出てこいよ」


俺が〝トモダチ〟に声をかけた次の瞬間、ランタンの灯りを背にしている俺の、暗く影になった胸元から、漆黒の靄が溢れ出てきた。

それはこんもりと立体的に膨らんで、真っ黒なクマの頭の形になった。

俺の胸から頭だけ出した格好だ。

全体的に黒いので表情が分かる訳ではないけれど、丸っこいフォルムで愛嬌のある形をしている。

そしてモヤモヤっとした質感が目の前の黒丸と似ている。


「おーい、出すのは顔だけか」

『ゼンブ デタラ デカイ』

「それもそうか……

 ところでコイツ、お前の仲間じゃないか?

 見た目がそっくりだぞ」


クロさんは自分の正面にいる黒丸と鼻を突き合わせた。似たモノ同士お互いに興味津々のようだ。

(俺が)可愛い(と思う)怪異同士の触れ合いって、なんだか微笑ましい。


『ヤッホー ヨウコソ ウェルカム』

「おっと、今日はノリが軽いな」

『ナカマ カワイイ スキ』

「クロさんもこう言ってるし、ほら、来いよ」


黒丸は、こくり、と頷いたように見えた。


  *  *  *


夜の避難小屋で思い掛けず和んでしまい、のんびりとした雰囲気に浸りきってしまった俺は、脳内をリセットする為にコーヒーで一服することにした。

コンロでお湯を沸かしている間、クロさんは俺の背中から頭を出していて、その周りを黒丸がフヨフヨと飛び回っていた。

すっかり仲良しになってるけど、コイツらがいると灯りが吸収されて部屋が暗い気がするんだよな。

まあ、いいか。楽しそうだし。


さて、その黒丸のことだが……

コイツは神隠しとは……関係ないよなぁ。

とても気が弱いし、人を襲えるとは思えない。

じゃあもっと別の〝何か〟が潜んでいるのか。


そういえば黒丸って、仕草が犬っぽいよな。

となると、思い出すのは野犬の話だ。

でも、ここに来てから生き物の気配は一切感じていない。

犬の遠吠えどころか鳥の声すら聞いていない。


……あれ? それっておかしくないか?

野犬に遭遇しなくても、鳥くらい鳴いてるだろ、ピッピッとかチッチッとか。

……やばい、今になって鳥肌が立ってきた。

これだから怪異に慣れすぎてる(ヤツ)は駄目なんだよ、危機感無さすぎだ。


お湯が沸いたな。

ここは落ち着いてとりあえずコーヒーだ。

俺は昨日購入したドリップバッグを開けた。

うーん、いい香りだ……


──まさかその香りが、怪異を呼び覚ますトリガーになるなんて、俺は思ってもみなかった。


続きは明日12時頃に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ