表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

友人からの依頼

T県庁の観光課に勤める友人から連絡があったのは、そろそろ4月になろうかというある日のことだった。


「芦野、遅くなってすまん」

「いや、俺が早かっただけだ」


待ち合わせ場所のカフェに着くと、彼はすでにランチのナポリタンセットのサラダを頬張っていた。

俺は席に着くとすぐに飲み物を注文した。


「すみません、アイスコーヒー1つ」

「相変わらずアイスコーヒーか」

「お前だっていつものナポリタンだろ」

「ナポリタンは正義だ」


この無類のナポリタン好きが、俺の大学の同窓生であり今回の依頼人の芦野だ。

観光課はどの地方でも激務だと言われているが、T県も例外ではない。

彼は俺との話が終わったら、すぐに次のアポ先へ出向かなければならないらしい。だから急ぎ昼食をとっている訳だ。


「忙しそうだな」

「そっちは暇そうだな」

「俺の仕事が忙しいわけないだろ」

「そりゃそうだ」


芦野は運ばれてきたナポリタンを黙々と食べ、俺はアイスコーヒーを飲みながら彼の胃袋が落ち着くのを待った。


「あぁ美味かった、じゃあ本題に入るとしようか」


店員がテーブルを片付けると、芦野は追加でコーヒーを頼みつつ、鞄から折り畳まれた紙を取り出しながら話を始めた。

テーブルに広げられたそれは、どうやらT県山間部の地図らしい。

山か……嫌な予感がしてきた。


「奥村、登山の経験はあるか?」

「えっ? ないぞ、んなもん」

「安心しろ、初心者向けの山だ。

 お前に行ってほしいのはこの山小屋だ」

「山小屋?」


芦野は地図に赤ペンで丸を書き込んだ。S山か、結構人気の山だ。標高2182m、登山口から5.5km、ガチの登山じゃないか? 初心者向けって、安心しろって何だよ。

すでに腰が引けている俺のことなど気にも留めず、芦野は話を続けた。


「これから観光シーズンだろ? で、何カ所か山小屋を整備することに決まったんだが、その中の1つで問題が発生した」

「問題って?」

「……神隠しだ」


芦野は呟くように『神隠し』と言った。

確かにそれは俺の領分、仕事の範疇と言えなくもない。

地図の上に3枚の写真が並べられた。全て男性で、1人は40代、あと2人は30代、県が委託した建築会社の社員だという。


「ここは無人の避難小屋で、老朽化に伴って補修工事を行うことになったんだ。

 この3人は工事の事前調査の為に現地に向かい、そこで何らかの異変に巻き込まれて消息を絶った、行方不明ってやつだな」

「行方不明……確かなのか?」

「翌日に3人が下山しなかったから、他の社員が様子を見に行ったんだが……登山口の駐車場に車は置きっぱなし、避難小屋には彼らの荷物が放置されていたそうだ」


説明しながらさらに4枚の写真を並べる。失踪後の現場写真だ。

小屋の中は小上がりになっていて、板張りの床にちゃぶ台が1つ置かれている。

ここでコーヒーを飲んで休憩していたらしく、ガスバーナーやケトル、ドリップバッグ、カップが放置されていた。

警察に通報し現場検証が行われたのだが、荷物は荒らされておらず、誰かと争った形跡や動物に襲われた形跡などもまったくない。


さらに、夕食をとった形跡もなし、ランタンや寝袋の類も使用形跡なし、か。

うーん……避難小屋に着いてすぐかどうかは不明だが、とにかく明るい時間に何かが起きたんだな。

いや、何かって何だよ。

そもそも神隠しって、どうやって起きるんだ? 原因はなんなんだ?

俺はかなり困惑したが、とにかく霊能者として必要そうな事項も尋ねてみた。


「この避難小屋近辺では、前にもこんな事件が起きたことがあるのか?」

「いや、そんな話は聞いたことがない」

「近くに祠とか、墓とか、神仏や霊に関係する場所はあるか?」

「うーん、ないな」

「じゃあ、この辺りの山にまつわる怪談話とかは」

「知らないし、聞いたこともない」


あれもない、これもない、これ程までに無い無い尽くしとは。

手がかりが無さ過ぎて頭が痛くなってきた。


「これを俺に解決しろって?」

「他に依頼できる相手がいないんだよ、めぼしい霊能者には軒並み断られた」

「そうだろうなぁ……」

「お前が頼みの綱なんだ、なんとか頼むよ」

「えぇ……」


芦野に拝み倒されながら、俺は考えを巡らせた。

そもそも、こんな訳の分からない現象は俺の手に余る。

これは俺みたいな弱小霊能者が解決できる案件じゃないよな。

簡単に引き受けちまっていいんだろうか。

でもなぁ、断りたいのは山々だけど、こいつには昔から世話になってる。さすがに無下には出来ないよな。

それとさ、お願いだから潤んだ瞳で俺を見ないでくれ、それ絶対に演技だろ。


結局、神隠しに対する恐怖よりも友人を助けたい気持ちが勝った俺は、もうどうにでもなれとヤケクソ気味に腹を括った。


「仕方がない、その依頼受けるよ」

「本当か? すまん奥村、恩に切る」

「ただし、解決できるかは分からないぞ。

 何も掴めないかもしれないし、俺自身が神隠しに遭うかもしれない」

「お前なら大丈夫だろ」

「いやいや大丈夫って……謎の自信で微笑んでるけどさ、万が一俺が失踪したら探してくれるんだろうな」

「……お前なら大丈夫だ、うん」

「芦野ぉ……」


依頼を受けたことで安堵したのか、芦野は爽やかな微笑みを浮かべている。

この微笑みで面倒くさい相手とも上手に交渉してるんだろうな。

学生時代も何度もこれで誤魔化されたよな。

まあ、いいか。


「帰ったら何か奢ってくれよ、無事に下山できたら、だけどな」

「ナポリタンでよければ」

「大盛りで頼むわ」

「分かってるさ」


地図その他の資料を受け取り、カフェを出て駐車場に向かうと、芦野は車のトランクから登山用品一式を出して渡してきた。

俺の車に積み替えながら、必要な物が揃っているかを確認している。


「リュックから登山靴まで一式揃ってるぞ、あとは水と食べ物だな」

「準備がいいな、最初から行かせる気満々だっただろ」

「行ってくれると信じてたからな」


そういえばこういう奴だったよ。

しっかりしてるっていうか、ちゃっかりしてるっていうか。


「そうだ、言い忘れてたけど」

「うん?」

「あの避難小屋辺りは、今の季節だと夜はマイナス5℃以下になるから、防寒対策をきちんとして凍えないように気をつけろよ」

「マジかよ」


寒いのは大嫌いなんだが。

最後に爆弾を投下するのはやめて欲しい。


  *  *  *


芦野と別れた俺は、運転席をリクライニングにしてくつろぎながら、もう少し情報収集しようとネット検索をしてみた。

がしかし、T県の山の怖い話、幽霊、妖怪……色々と探したが該当するような話は全然見つからない。


そういえば俺は登山初心者なんだけど、一人で行くんだよな。

芦野、お前は来ないんだよな。

今さらだけど腹立ってきたな。

まあ、いいか。

もしもの時は〝トモダチ〟に手伝ってもらおう。


あれこれ考えても埒があかないので、俺は明日の準備をする為にネット検索の対象を【山の怖い話】から【登山 防寒】へと変更した。

やばいな、知らないことがてんこ盛りだ。検索しといて良かった。

荷物を確認すると、レインウェアやスウェットなどはあったので、足りない衣類を買いに行くことにした。

アウトドア用品専門店に行き、買い物ついでに店員さんからも情報収集をしてみると、近くに登山愛好家が集まる喫茶店があると教えてくれた。


その喫茶店は商店街の裏通りにあった。

入り口のドアを開けると、カランコロンッ、とドアベルの音が響いた。

内装はログハウス風で、確かに登山愛好家が集まりそうな雰囲気の店だ。

壁には日本各地の山で撮影した風景写真が何枚か飾られている。

店内は土曜日の午後のせいか満席に近く、俺はカウンター席に案内された。

目の前にある水出しコーヒードリッパーにそそられて、迷わずにアイスコーヒーを頼む。少し酸味が強いがなかなか美味い。

山のことばかり考えているうちに腹が減ってきたので、何か軽く食べようとメニューを見ていると、店主に小倉トーストを勧められたので頼んでみた。

甘さ控えめの小倉あんがコーヒーに合って、なかなか美味い。

食べることに夢中になっていると、カウンター席に座っている常連らしき男女と店主の会話が耳に入ってきた。


「N岳の方に別荘地ってあるじゃない、最近あの辺りに野犬が増えてたんだけど、このところ見なくなったわね」

「近くの温泉に行ったけどずいぶん静かになってたよ、前は露天風呂に入ってると遠吠えが聞こえたりしたんだけどね」

「保健所が対策したんでしょうね」


野犬か……一時期問題になってたよな。

別荘に長期滞在している家族が犬を飼い、都会に戻る際には別荘地に捨てていき、結果的に野良犬と化して地元住民が迷惑しているといった話だ。

まったく、生き物を何だと思ってるのかな、これだから人間って奴は。

……あぁ、俺も人間か。


「そういえばS山の避難小屋が立ち入り禁止になってるらしいよ、マスター、今度登りたいって言ってなかったっけ?」

「ああ、春山登山にどうって誘われてたんだけどね、別の山に変えたよ」


えっ、立ち入り禁止?

俺が明日行く予定の避難小屋の話だよね、それ。

そんな話聞いてないんだけど。

芦野にメールで確認しておこう。


ふと目をやるとカウンター席の端っこでコーヒー豆を売っている。ドリップバッグもあるので明日の登山用に買っていくことにした。

レジで支払いをしながら店主にそれとなく聞き込みをしてみると、興味深い話を聞くことができた。


「マスターはS山に詳しいんですか? 僕も友人に誘われてるんですよ」

「おや、そうなのかい? じゃあ気をつけた方がいいよ」

「えっ、何かあるんですか?」

「去年の夏あたりから、たまに遠吠えが聞こえるんだよ」

「遠吠えって、狼じゃないですよね」

「違うよ、犬、犬の遠吠え。

 別荘地で増えた野犬が山に行ったんじゃないかって噂されてるんだ。

 まあ、空耳だろうって話だけどね」

「へぇ……」


芦野さん、野犬の話、聞いてませんよ。

色々やばくありませんかね。


  *  *  *


喫茶店を出ると、芦野からメールが届いていた。


『言うの忘れた。

 登山道も避難小屋も立ち入り禁止だが、

 お前は通れるように話はついてる。

 よろしく頼みます』


芦野ぉ……

まあ、いいか。

頑張ろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ